Yahoo! JAPANを巡るOvertureとGoogleのA/Bテストは意外な結末へ[第3部 - 第25話]
「インターネット広告創世記〜Googleが与えたインパクトから発展史を読み解く~」シリーズ第25話。前回の記事はこちらです。

前回のお話では、GoogleのAdWordsが最低入札価格を30円から7円に、Overtureのスポンサードサーチが35円から9円に値下げしたことにより、中小企業の広告主が急激に増えていったところまで話を伺いました。

最低入札価格の値下げをしてからAdWordsの売上は急増。目標未達の日は1日もなく、大幅に売上目標を上回りました。そして、サービス開始から約1年が経ち、Yahoo! JAPANのA/Bテスト期間が終了する時期を迎えました。

この頃は楽しかったですね(笑)。日ごとの売上がそれまでの記録をどんどん更新していくわけですから。一方で、急激に売上が伸びたのは良かったのですが、その反動の影響も大きいものがありました。
広告主の飛躍的な増加でOvertureのオペレーションが限界に
杉原: 第22話でお話ししたように、Overtureでは広告代理店を巻き込むために、社内に「エディトリアルチーム」と呼ばれるチームがありました。このチームは、営業担当が広告代理店や広告主から受け取った提案依頼書に基づき、キーワードの調査や入稿、見積もり作成を担当していました。
ところが、広告主の数が急増しすぎて、見積もり待ちの案件が500〜600件にも膨れ上がってしまい、何ヶ月も見積もりが出せないという深刻な事態に陥ってしまいました。
AdWordsは最初から“セルフサーブ”でスムーズに運用
佐藤: 一方でGoogleのAdWordsは、基本がセルフサーブ型(広告主が自ら操作・管理)で、支払いもクレジットカード決済。広告代理店だけは請求書払いという仕組みでした。そのため、Overtureのようなオペレーション上の問題はあまり発生しませんでした。
杓谷: 広告代理店を巻き込むという点では、AdWordsのセルフサーブ方式は一見不利に見えましたが、広告主の数が爆発的に増えたことで、逆にその仕組みが大きな強みになったというわけですね。
第19話でも触れましたが、Googleもかつて「プレミアムスポンサーシップ広告」では、Overtureの「エディトリアルチーム」に相当するチームが社内にありました。当時、業種による価格変動で営業が混乱していたそうです。その経験が後のAdWordsに活かされたのかもしれません。
ちなみに、「Google」という社名は、10の100乗を意味する数学用語「Googol(グーゴル)」に由来します。今振り返ると、最初から中小企業の広告主が大量に集まる未来を見越して、AdWordsをセルフサーブ型かつクレジットカード決済にしたようにも思えます。
「品質スコア」が決め手となってA/BテストはAdWordsが勝利
杉原: 社内のオペレーションが限界に達していた頃、Yahoo! JAPANで行われていたA/Bテストの途中経過を耳にしました。その際、「AdWordsはスポンサードサーチの2倍のクリック率を出している」と聞き、「これは負けた」と感じました。クリック率が2倍ということは、当然ながら売上にも大きな差が出ているだろうと想像できたからです。
佐藤: このクリック率の差は、AdWordsの掲載順位、課金の仕組みに「品質スコア」(現「広告の品質」)が組み込まれていたことに起因します。
「広告ランク」の仕組み:1インプレッションあたりの収益最大化へ
佐藤: 下の図にあるように、AdWordsでは広告の掲載順位を「広告ランク」という指標で決定します。
当時の「品質スコア」はクリック率が最も重視されていたため、実質的には次のように考えることができました。
さらにこの「広告ランク」は因数分解すると、最終的には「1インプレッションあたりの想定収益」にたどり着きます。つまり、Googleは最も収益を生みそうな広告を上位に表示させる仕組みを構築していたわけです。

広告主 | 上限入札単価 | 品質スコア | 広告ランク | 掲載順位 | 実際の課金額 |
---|---|---|---|---|---|
A社 | 200円 | 4 | 800 | 1 | 101円 |
D社 | 40円 | 10 | 400 | 2 | 31円 |
C社 | 60円 | 5 | 300 | 3 | 43円 |
B社 | 70円 | 3 | 210 | 4 | 5位の広告ランク÷品質スコア+1円 |
広告主 | 上限入札単価 | 掲載順位 | 実際の課金額 |
---|---|---|---|
A社 | 200円 | 1 | 71円 |
B社 | 70円 | 2 | 61円 |
C社 | 60円 | 3 | 41円 |
D社 | 40円 | 4 | 5位の入札額+1円 |
佐藤: 「広告ランク」の計算は、ユーザーが検索するたびにリアルタイムで行われます。そのため、Yahoo! JAPANにもたらす収益は、AdWordsの方が自然と高くなっていきました。こうしてYahoo! JAPANを舞台に行われたA/Bテストでは、AdWordsがスポンサードサーチに勝利する結果となったのです。
高い入札だけでは勝てない時代へ
杓谷:スポンサードサーチでは、入札価格が高ければ上位表示が可能でした。しかし、AdWordsのように、「ユーザーの検索意図」と「関連性」を重視していなかったので、クリック率は低くなってしまいます。
スポンサードサーチもAdWordsも「クリックされて初めて課金される」仕組みのため、クリック率が低ければ、当然収益も下がります。その結果、AdWordsに軍配が上がったというわけですね。
「品質スコア」はユーザー・広告主・広告媒体3者の利益を高める仕組み
佐藤: オークションの仕組みに「品質スコア」を取り入れたことで、3つの立場すべてにとってメリットが生まれました。
- ユーザー: 検索意図に合った関連性の高い広告が表示される
- 広告主: クリック単価(CPC)を抑えることができる
- 広告媒体: 広告収益を最大化できる
このように「品質スコア」は、「ユーザー」「広告主」「広告媒体」の3者すべての利益を最大化できる、素晴らしい発明だなと思いました。

広告の氾濫が「ユーザー体験」を壊していた時代
佐藤: 第17話でお話しましたが、これまでのインターネット広告は、ユーザー体験を無視していました。
ウェブサイトの空きスペースを埋め尽くすバナー広告、スパムのようなポップアップ広告が氾濫している状態。挙句の果てには、広告代理店から「パソコンの全画面を広告でジャックしたい」という要望まで出てくる始末。
こうした事態になってしまった背景には、インプレッション保証型広告やクリック保証型広告に、「品質スコア」のようなユーザーからの評価が考慮されていなかったことが原因だったと思います。
上の図の「広告主」と「広告媒体」の円が大きくなりすぎて、「ユーザー」の円が小さくなってしまっていたのが1990年代のインターネット広告です。
Yahoo! JAPANという「実証の舞台」
佐藤: 当時、日本のインターネットユーザーの8割強にリーチしていたYahoo! JAPAN。その最高の舞台で、「ユーザー」「広告主」「広告媒体」のバランスを保つことが結果的に、広告収益の最大化につながると証明されたわけです。
杓谷: この流れを見ると、「Overtureが検索連動型広告を発明し、Googleが完成させた」と言えるかもしれませんね。
佐藤: 「品質スコア」のような考え方は、インターネット広告でビジネスを行う上で絶対不可欠な考え方です。ただ、AdWordsやスポンサードサーチなどの広告を経験していない人にとっては、イメージがしづらいかもしれませんね。2025年の今でも、ユーザー体験を無視した“画面を占有する広告”を目にしますから。
オークション理論の存在とハル・ヴァリアン
佐藤:GoogleがAdWordsに「品質スコア」を取り入れた背景には、オークション理論の存在があったと思います。オークション理論は、1990年代にアメリカでテレビや携帯電話の電波使用権の入札に利用されたことで注目を集めました。
このオークション理論を研究した米スタンフォード大学のポール・ミルグロム教授とロバート・ウィルソン教授は、2020年にノーベル経済学賞を受賞しています。

佐藤: このオークション理論を元に、AdWordsに「品質スコア」を導入したのがGoogleのチーフエコノミストを務めていたハル・ヴァリアンです。彼は、政府統計や経済指標などに加え、Googleの検索データなどを活用して経済のトレンドや変化を分析し、Googleのビジネスの予測などを行っていました。

出典:Hal Varian.jpg is under CC BY-SA 2.0
佐藤: 下の動画は、ハル・ヴァリアン自身がAdWordsのオークションの仕組みを解説している動画です。「品質スコア」の考え方は、後にGoogleを離れてFacebook(現Meta)に移籍したシェリル・サンドバーグによって、Facebook広告(現Meta広告)にも取り入れられました。
佐藤: それ以降、Twitter広告(現X広告)など、さまざまな広告プラットフォームが同様の仕組みを導入していきます。そう考えると、ハル・ヴァリアンがインターネット広告に与えた功績はとても大きかったと思います。
米Yahoo! Inc. が米Overtureを買収した結果、Yahoo! JAPANはスポンサードサーチを採用
杉原: Yahoo! JAPANを巡るA/Bテストで、「AdWordsに完全に負けたな」と思っていたちょうどその頃、2003年7月に米Yahoo! Inc.がOvertureを買収することが決定しました。この買収の影響で、Yahoo! JAPANは検索連動型広告にOvertureの「スポンサードサーチ」を全面的に採用する方針に切り替えることになりました。
Yahoo!JAPANに採用されたものの、パフォーマンスではAdWordsに負けていたので、「気を抜いたらリプレイスされてしまう」という危機感が常にありました。
期待が裏切られたA/Bテストの結末
佐藤: A/Bテストの勝負がつき、次の契約更新でYahoo! JAPANの検索連動型広告は、「100%AdWordsになる」と期待していた矢先での出来事でした。パフォーマンスでは勝っていただけに大きなショックでした。
Yahoo! JAPAN経由の売上は、AdWords全体の売上の大きな部分を占めていました。そのためYahoo! JAPAN側も配慮し、一定の猶予期間を設けて、段階的にAdWordsのトラフィックを減らしていくことになりました。
Overture日本法人の社長交代と再編の動き
杉原: この猶予期間中に、Overture日本法人立ち上げ時から代表を務めていた鈴木茂人さんが体調を崩されて退任されました。後任として、第14話、第16話でダブルクリックジャパンの代表として登場した株式会社SUIMの上野正博さんが、Overture日本法人の社長に就任することになりました。

2001年4月にダブルクリックジャパンの上場を見届けた後、私は出資者のトランスコスモスに移籍しました。
上野:当時、私がいたトランスコスモスは、インターネット関連企業への投資には積極的でしたが、トランスコスモス本体にインターネット関連のサービスはまだありませんでした。そこで私が中心となり、インターネット広告代理店事業を立ち上げ、上陸したばかりのスポンサードサーチとAdWordsの認定代理店となりました。
第23話で紹介されたOvertureの認定代理店協会のパンフレットにも、よく見ていただくとトランスコスモスの名前が掲載されています。そうした経緯から、Yahoo! JAPANでスポンサードサーチとAdWordsがA/Bテストをしていることもよく知っていました。

右から2番目に「トランスコスモス」と記されている
その後ご縁があり、2004年6月にOverture日本法人の社長に就任することになりました。着任前に最終面接も兼ねてYahoo! JAPANの代表取締役社長の井上雅博さんにもお会いすることになりました。
「そろそろスポンサードサーチを100%にしませんか?」と直談判
上野: 井上社長との面談の際、私は率直に「いつまでA/Bテストを続けるおつもりですか? 米Overtureも米Yahoo! Inc.の傘下になったわけですし、そろそろスポンサードサーチに100%寄せても良いのでは?」とダメ元で言ってみたところ、井上さんが「じゃあ手数料率も含めて相談しよう」と答えてくれました。
結果として、2004年6月1日には猶予期間を終了して、Yahoo! JAPANの検索連動型広告は100%スポンサードサーチに切り替わることが決まりました。

出典:Internet Watch「やじうまWatch」(2004月7月7日付け)

出典:Internet Watch「やじうまWatch」(2004月7月7日付け)
杓谷:猶予期間終了後の2004年7~9月期の決算は、Overtureの影響でYahoo! JAPANの広告売上が過去最高を記録したようですね。
OvertureとGoogleの特許訴訟がついに決着、Google上場へ
杉原: Yahoo! JAPANの検索連動型広告が100%スポンサードサーチになった2ヶ月後の2004年8月9日、アメリカで2002年4月から続いていた検索連動型広告の特許侵害を巡るOvertureとGoogleの法廷闘争(第21話参照)にも決着が着きました。Overtureの主張が認められ、Googleは親会社の米Yahoo! Inc.に対して、約300億円相当(当時の為替レート換算)の株式を支払うことで和解しました。
和解の衝撃と、その後のAdWords
杉原: 日本でこの知らせを聞いた僕らとしては「もっと戦えよ!」と思いました(笑)。この後、Googleが大手を振ってAdWordsを販売できるようになったのは、この和解があったからこそ。和解のインパクトは大きかったと思います。
約300億円という和解金は、当時としてはかなり大きな額でしたが、2024年のGoogle 広告の売上が約45兆円(現在の為替レート換算)であることを考えるとかなり小さいように感じます。
佐藤:この和解からわずか10日後、2004年8月19日にGoogleは株式上場を果たします。おそらく、Googleとしては、上場による株価への悪影響を避けるためにも、上場前にこの特許問題を解決しておきたかったのだと思います。
上場をきっかけに、Googleは事業・技術開発への投資を一気に加速させていきます。Googleで検索エンジンやGmailなどのユーザーインターフェース開発などを統括し、後に米Yahoo! Inc.のCEOを務めることにもなったマリッサ・メイヤーが、上場当時の写真をポストしています。
20 years ago today. Picture from the ringing of the bell for GOOG's IPO. @omidkordestani @ericschmidt and many more pic.twitter.com/sXaZVm43Pw
— marissamayer (@marissamayer) August 19, 2024
出典:X.com Marissa Mayerの投稿より
杓谷: Yahoo!JAPANを巡るGoogleとOvertureの攻防は、米Yahoo! Inc.の米Overture買収劇で、Overtureが勝利しました。一方で、GoogleのAdWordsの技術力の高さは、誰もが認めることとなり、Googleが持つ既存のプレミアム広告やOvertureにも影響を与えていくことになります。
次回は5/29(木)公開予定(毎週木曜日更新)です。
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