インターネット広告創世記 ~Googleが与えたインパクトから発展史を読み解く~

Overtureの「マネージメントフィー」の導入と「推奨認定代理店協会」の設立[第3部 - 第23話]

Overtureが代理店を巻き込むための戦略「マネジメントフィー」「認定代理店制度」を作っていく過程を振り返ります。

インターネット広告創世記〜Googleが与えたインパクトから発展史を読み解く~」シリーズ第23話。前回の記事はこちらです。

杓谷

前回のお話では、Yahoo! JAPANとの交渉の末、Overtureの「スポンサードサーチ」とGoogleの「AdWords」が、日本の検索シェア60%を誇るYahoo! JAPANのトラフィックを巡ってA/Bテストを実施することになりました。

トラフィックは両社に50%ずつ公平に分けられ、より多くの売上をYahoo! JAPANにもたらしたほうが、最終的に同社への検索連動型広告システムを導入できる、という勝負です。

佐藤

「スポンサードサーチ」も「AdWords」も新しいサービスだったので、Yahoo! JAPANなどの提携先のパートナーは広告代理店がいかに広告を売ってくれるかをとても気にしていました。広告代理店を巻き込むという観点で言うと、Overtureが考案した「マネージメントフィー」制度の導入は大きな転換点だったと思います。

杉原

この「マネージメントフィー」を考案したのは、Overture日本法人の社長だった鈴木茂人さんです。僕がOvertureに入って最初に担当した仕事がこの「マネージメントフィー」と「認定代理店制度」にまつわる仕事でした。

広告代理店を巻き込む工夫「マネージメントフィー」と「Agency Comission」

佐藤: 通常、テレビや雑誌などの広告は、大手総合代理店がテレビ局の持つ広告枠をあらかじめ買い取り、それを広告主に仲介する形で販売します。広告主が広告代理店に支払う費用と、広告代理店がテレビ局などに支払う「媒体費の差額が広告代理店の仲介手数料」となります。この仕組みは「コミッション」と呼ばれています。

広告枠の買い付けにおける広告業界の基本構造
出典:インターネットマガジン1996年11月号―INTERNET magazine No.22をもとに筆者作成

日本とアメリカで違った“広告取引”の常識

佐藤: 日本ではこのコミッションが広告ビジネスの前提となっており、広告主が広告を出稿する際には、広告代理店に媒体費の○○%を手数料として支払うのが一般的です。

ところが、GoogleのAdWordsを日本で展開しようとした際、アメリカ本社に「コミッションはどうするのか?」と聞くと「え、コミッション? 何それ?」と言われてしまいました。アメリカ本社では、広告費に“卸値”や“代理店の仲介手数料”を設定するといった考え方がなかったのです。

AdWords「Agency Commission」を日本独自に導入

佐藤: 僕は広告代理店出身。日本では「コミッションがないと広告代理店は動かない」と理解していたので、AdWordsにも日本独自の仕組みとして、媒体費の20%を「Agency Comission(エージェンシー・コミッション)」として設定する案を考えました。ですが、これをアメリカ本社に承認してもらうのは、相当骨が折れました。

オーミッドが来日したとき、代官山の小料理屋で2時間話し込みましたが、オーミッドはじっと僕の目を見て「Agency Commissionは本当に必要なのか?」という質問を繰り返し、その場では承認を得られませんでした。

Overture「マネージメントフィー」で代理店との連携を実現

杉原:Overtureは、Googleと違って自社の検索エンジンは持っていませんでした。そのため、MSNなどのポータルサイトにスポンサードサーチを提供し、そこで得られた広告収入を双方で「レベニューシェア」するビジネスモデルでした。

ところが、広告代理店を通すには、「コミッションモデル」に対応する必要があります。つまり「広告費に対する卸値」を設定する必要が出てくるわけです。ただでさえレベニューシェアで利益が限られているなか、さらに卸値を設定するとOvertureの利益がかなり減ってしまうので、どうしたものかと悩みました。

「マネージメントフィー」広告代理店経由の広告費は20%値上げ

杉原: このジレンマを解決するため、Overture日本法人の鈴木茂人社長は、アメリカ本社を説得して「マネジメントフィー」という制度を作りました。広告代理店を通じて広告を出稿する場合に限り、広告費を20%値上げするというものです。

Overture CEOのテッド・マイゼル(左)と日本法人社長の鈴木茂人氏(第21話より再掲)
出典:Internet Watch 「キーワードの値段は市場が決める~Overtureインタビュー」(2002年7月2日付け)

この値上げ分を含む広告費の15%が、広告代理店の収益になります。もちろん、値上げした部分に含まれるサービス内容は明確に定める必要があります。

マネジメントフィーを適用した場合の広告費と運用手数料

僕が2002年9月にOvertureに入社して担当した最初の仕事が、この「サービス内容の基準作り」つまり、広告代理店が提供するサービスレベルの基準を作ろうとしたんです。それが、後の「推奨認定代理店協会」の発足につながっていきます

競合Overtureの「マネジメントフィー」が「Agency Comission」の後押しに

佐藤: Overtureが「マネジメントフィー」を導入したということは、取引先の広告代理店経由で知りました。Googleで「Agency Commission」を導入しようと苦戦していた僕にとっては、まさに渡りに船でした。

やはり、日本の広告代理店を巻き込むためには、「Agency Commission」は絶対に必要です。Overtureの知らせは、アメリカ本社に「Agency Commission」制度を納得してもらう良い機会だと考え、改めて本社に説明を試みました。

本社を説得、AdWordsでも「Agency Commission」が実現

佐藤: Google創業者のラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンは、広告費の20%値上げが、AdWordsのオークションに影響を与えるのではと懸念していました。しかし、これはあくまで、広告代理店への請求書での金額調整であり、オークションのアルゴリズム自体には影響がないと説明すると、最終的に許可をしてくれました。

こうして、AdWordsでも日本独自の「Agency Comission」を始めることが決まりました。この制度によって、広告代理店が扱ってきた従来の広告商品と同様に、「仲介手数料込み」の仕組みで、検索連動型広告を販売できるようになり、代理店との連携が一気に進みました。

今も続く「運用手数料(20%)」の基準

杓谷: この時に設定された20%の比率が、今でも運用手数料の基準になっていますよね。広告運用の手数料を広告費の◯◯%という「コミッション」型で請求するのか、作業時間をベースにする「フィー」型で請求するかの問題は、後々まで尾を引いていくことになります。

Overture、AdWordsの日本市場参入に感じたビジネスチャンス

加藤

OvertureとGoogleが、このような検討をしていた2002年頃、僕はOvertureの日本法人社長の鈴木茂人さんから「Overtureの普及啓蒙のための団体を作りたい」という相談をうけていました。

加藤: 僕が初めて検索連動型広告に出会ったのは、アスキーが運営していた「e-sekai(イーセカイ)」というサイトでした。サービス自体は、しばらくして終了してしまったんですが、e-sekaiでは検索結果の上位表示をお金で買うことができたんです。

1999年11月の「e-sekai(イーセカイ)」トップページの様子
出典:Internet Archive
「e-sekai(イーセカイ)」の検索結果画面の広告メニュー
出典:Internet Archive

加藤: 僕もGoogleと同じく「検索結果は広告とは別物であるべきだ」と思っていたので、正直「これはインチキだ」と感じていました。でも、中古車販売や一括見積サービスなど、“今すぐ買いたい”ユーザーを狙う広告主にとっては明らかに効果がある。これはすごいアイデアだと感心して見ていました。

大手広告代理店はすぐに動けない——だからチャンスだ!

加藤:第15話でお話しましたが、日広はiモード広告の取り扱いの関係でJAAA(日本広告業協会)に加盟し、インターネット広告部会や広告のレギュレーション作りの委員会にも出席していました。そこで、日頃会う機会のない電通のIC局(インタラクティブ・コミュニケーション局)の局長の話などを聞くうちに、彼らの価値観や「正しさ」に対する考え方を肌で感じていました。

その経験から、「大手総合広告代理店は、すぐには検索連動型広告に乗り出せないだろう」と確信したんです。逆にいえば、これは「僕たち(日広)にとって、ビジネスチャンスだ」と思いました。

だから、Overtureの日本法人が設立されるという話を聞いたとき、僕は内心で小躍りしました(笑)。その後間もなく、Overtureの鈴木さんが僕のところに訪ねてきました。

従来の“アドマンの価値”と真逆だったOvertureとAdWords

加藤:第22話で、佐藤さんが大手総合代理店にAdWordsの営業をした際、「まったく相手にされなかった」という話がありましたが、Overtureの鈴木さんも大手総合代理店から同じようなことを言われていたようです。

Overtureの広告の仕組みは、理解しがたい。お金で検索結果を買うなんて、悪魔にも似た行為だ。何の価値もないサイトが、検索結果の一番上に出てきてユーザーが詐欺に遭ったらどうするんだ。Yahoo! JAPANもgooもそんな広告を採用するわけがない!(大手総合代理店)

僕の見立て通り、今までの広告業界の価値観とは真逆の仕組みだったために、受け入れられなかったんですね。

アドマンの価値=枠を取ってくること

加藤:従来の広告業界では、アドマン(広告の営業パーソン)の価値は、「広告の掲載位置を確実に保証すること」です。接待でも何でもして「僕の命に代えてでも◯月◯日の朝刊のラテ欄下の広告枠を取ります!」と言えることが、アドマンの信頼や評価につながっていました。

一方で、スポンサードサーチやAdWordsの広告は、オークションで掲載位置が決まり保証されません。たとえば、広告主に「一番に上に出ます」と言っていたのに、朝起きたら4番目になっていることが平気で起こり得ます。

これは従来の広告業界の感覚だと大問題で、「とらやの羊羹を持って謝りに行く案件」だったわけです(笑)。こうした価値観の中で、「何位に出るかわからない」不安な仕組みの広告を、大手総合代理店がすぐに販売できるはずがありませんでした。

だからこそ立ち上がった“新しい仕組みづくり”

加藤:Overtureの鈴木さんは、大手広告代理店からの理解を得られず困ってしまったんだと思います。そこで、「Overtureの推奨認定代理店制度を作り、検定試験を作って広告の運用スペシャリストを養成したい」と僕のところに相談に来たのだと思います。

僕は、当時からOvertureの検索連動型広告に大きな可能性を感じていたので、鈴木さんに初めて会ったとき、こう伝えました。

Overtureの検索連動型広告、これすごくいいですよ!

その一言は、きっと鈴木さんにとって心強く聞こえたのではないでしょうか。

Overtureの鈴木さんが日広に声をかけた理由

加藤: 鈴木さんが僕に声をかけてきたのは、当時の日広がiモードなどのモバイル広告で注目されていたからだと思います(詳細は第15話を参照)。

下の画像は、2002年にOvertureから声をかけられた当時の、日広創業10周年記念誌に掲載された「取扱い媒体の内訳」です。ちなみに2001年度の売上は26億円、社員数は31名でした(創業当時のエピソードは第8話を参照)。

日広創業10周年記念冊子 『nikko group 10th Anniversary』(2002年8月25日付け。加藤さん所蔵)

世界からも注目されていた日本のモバイル広告市場

加藤:当時の日本のモバイル広告市場は、世界の最先端を走っていたといっても過言ではありません。アメリカのOverture本社も、日本市場を注目していて、「世界に先駆けた先行事例になる可能性がある」と考えていたそうです。

Overtureの日本法人としても、日本のモバイル広告市場をどう攻略するかは大きなテーマ。そうした中で、モバイル広告に強い広告代理店の一つとして、僕の名前が挙がったと聞いています。

Overtureの「推奨認定代理店協会」が発足

加藤: こうした流れの中で、2003年3月にOvertureの「推奨認定代理店協会」が発足し、鈴木さんの依頼で僕が初代会長に就任しました。最初の参加企業は、「アイレップ」「アウンコンサルティング」「オプト」「サイバーエージェント」「セプテーニ」「日広」の6社です。

出典:CNET Japan 「オーバーチュアが代理店認定制度を発足」(2003年3月4日付け)

およそ1000万円! Overtureの紹介パンフレットも作成

加藤:下の画像は、2004年に雑誌『宣伝会議』の広告として、Overtureが作成した推奨認定代理店協会の紹介パンフレットです。1枚目の画像の右から2番目に映っているのが僕です。Overtureはこの広告枠と制作、印刷に1000万円ぐらいかけたのではないかと思います。このパンフレットを2万部くらい抜き刷りしたと記憶しています。

写真の右から2番目が加藤さん(加藤さん所蔵)
推奨認定代理店協会の理事を務めた広告代理店の方々(加藤さん所蔵)
Overture推奨認定代理店協会のパンフレット(加藤さん所蔵)

「推奨認定代理店協会」の設立で業界内に生まれた秩序

加藤: この協会ができたことで、これまで激しく競い合っていたインターネット専業代理店に横のつながりができ、業界に一定の秩序が生まれました。

今振り返ってみると、このOvertureの「推奨認定代理店協会」とスペシャリスト教育(認定)は、個人としても広告業界としても、とても意義深いものだったなと感じています。

今でも当時、若手だった競合代理店の人に会うと「あの時は勉強になりました!」と言ってくれます。この推奨認定代理店協会の活動で、スポンサードサーチやAdWordsの検索連動型広告の理解が一気に進んだのは間違いない、と自負しています。

「サイバーエージェントは検索連動型広告市場には参入してこないだろう」という勝算

加藤: 実は、僕にはもう一つ勝算がありました。それは、サイバーエージェントはスポンサードサーチやAdWordsのような検索連動型広告には参入しないだろうという読みです。その最大の理由は、利益率の低さにあります。

2003年の時点で、サイバーエージェントの藤田晋さんは株主向けに「他社媒体の販売を極力控えて、自社媒体に注力していく」と明言していました。その流れの中で2004年にアメーバブログが誕生します。利益率の高い自社メディアの広告枠を売ることに注力していたんです。

これまでのバナー広告は、ある意味「売ったら終わり」ですが、スポンサードサーチやAdWordsの広告は、配信後も細かなチューニングが必要です。広告代理店の利益率は15%程度ですから、そこから運用担当者の人件費を捻出するとなると、会社の利益はかなり低くなります。だから僕は、サイバーエージェントは検索連動型広告を本気でやらないだろうと思っていたんです。

実際、サイバーエージェントはスポンサードサーチやAdWordsの販売を始めますが、本格的に人員を割いて注力するのは、しばらく後のことです。

実際には子会社が参入し、その後サイバーエージェントが参入

加藤: 2003年10月に、サイバーエージェントの子会社であるシーエーサーチが推奨認定代理店協会に参画しています。実は、スポンサードサーチやAdWordsを積極的に売ったのは子会社のシーエーサーチの方でした。

その後、検索連動型広告の市場拡大の波に乗って、順調に業績を伸ばし最終的にサイバーエージェント本体に吸収されます。現在、サイバーエージェント広告部門の役員の多くは、このシーエーサーチ出身者です。この流れを見ると、当初は参入に慎重だったサイバーエージェントが、後に本格参入し、組織全体で取り組むようになったことがわかります。

出典:CNET Japan「オーバーチュア、認定代理店制度をアップグレード」(2003年10月1日付け)

メディアレップの価値の相対的な希薄化につながった

加藤:ここで強調したいのは、この「推奨認定代理店協会」の話の中にメディアレップが一切登場していないという点です。

これまでのインターネット広告は、メディアレップ(媒体社と広告代理店の仲介業者)を通すのが当たり前でした(※第9話第17話の「メディアレップ編」参照)。

しかし、第11話で佐藤さんが語ったように、メディアレップを挟むと広告代理店とメディアレップの「二重の仲介手数料」が発生し、広告主の支払う広告費に対して、広告プラットフォームの利益が減ってしまいます。

推奨認定代理店制度は、「利益率を二重配分にはしない。利益配分の主導権はなんとしても自社で持つ」というOverture 鈴木さんの強い意志表示でもあったと思います。

二重のコミッション構造(第11話より再掲)
出典:インターネットマガジン1996年11月号―INTERNET magazine No.22をもとに筆者作成

メディアレップの役割が相対的に変化していった

加藤:これ以降、スポンサードサーチやAdWordsの検索連動型広告市場が爆発的に成長する中で、メディアレップの存在は相対的に希薄化していったように感じます。

杓谷:とはいえ、メディアレップ自体もこの時期に成長を続けていました。なので、「存在感が薄れた」というよりは、「異なる商流が新たに確立された」という言い方が正しいかもしれませんね。

Yahoo! JAPANを巡るOvertureとGoogleの競争はOvertureが一歩リードか

杓谷: ここまでの話を聞いていると、Yahoo! JAPANを巡るOverture(スポンサードサーチ)とGoogle(AdWords)の競争では、Overtureがかなりリードしている印象を受けます。Overtureが代理店を巻き込む体制を、いち早く整えたのは大きかったと思います。

こうしたOvertureの動向を、Googleの佐藤さんはどのように見ていましたか?

佐藤: Overtureの動向は、取引先の広告代理店経由で逐一耳に入っていました。当時のAdWordsは、まだ体制が整っておらず、人数も限られていたため、広告代理店との連携に関しては、Overtureの後塵を拝することになっていました。

その代わり、僕らは「中小企業を巻き込む戦略」に注力していくことにしました。

 

次回は5/15(木)公開予定(毎週木曜日更新)です。

◇◇◇

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用語集
AdWords / オーバーチュア / コミッション / スポンサードサーチ / メディアレップ / モバイル広告 / 広告代理店 / 検索エンジン / 検索連動型広告
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