「時間がない」新規事業と「工夫が問われる」既存事業。グロービスのマーケターが語る事業推進の“最適解”
新規事業は、不確実性の中でスピードが求められる一方、既存事業では継続的な成長のために工夫や改善が欠かせない。マーケターに求められる役割は、事業の性質によって大きく異なる。
日本最大規模のビジネススクール(MBA)や定額制動画学習サービス「GLOBIS 学び放題」、企業研修などを展開するグロービスで、既存事業と新規事業の両方を体験してきた大川内氏に、プロダクトのライフサイクルに応じたマーケティングの極意を聞いた。

売上を伸ばすため、あえて「売る」現場を離れた

ルール1 ありのままでいるより、できることを増やす
テレビ業界のADから3社で営業やマーケの経験を積み、現在は「GLOBIS 学び放題」のBtoCマーケティングへ──。グロービスの大川内氏は、実に多彩なキャリアを歩んできた。その原動力は「そのときの興味関心にしたがって学び、できることを増やしていく」というシンプルな好奇心だ。
これまでの幅広い知識や経験があることが今に活きていると感じています。たとえば、新たなプロジェクトを始めるときにさまざまな選択肢を柔軟に思い描けるため、目標やプロセスをイメージしやすいです(大川内氏)
過去のキャリアの転換期は、宿泊予約サイトを運営する旅行会社に在籍していたとき、自ら志願してマーケティングから開発本部に異動したことだ。宿泊予約サイトで、大川内氏は宿泊施設と掛け合って独自の宿泊プランを企画し、Webサイトで販売する営業やマーケティングの仕事を担当していた。なぜ、開発本部に異動を希望したのだろうか。
Webサイトでの売上目標を追いかけながら、営業やマーケティングではカバーしきれないシステム面でのもどかしさを感じることが多かったからです。競合に比べて表示スピードが遅かったり、サービスごとに会員登録が必要であったり。営業が宿泊施設(ホテルや旅館)に商品(空室やプラン)を提供していただいても販売できなければ、何もお返しできません。開発本部に異動することで、サービスを売るための開発環境を整えられたらと考えました(大川内氏)
「どんなに良い企画も、届ける仕組みが弱ければ意味がない」。システム面の課題に直面した彼女は、自ら課題解決の当事者になる道を選んだのだ。
開発本部に異動した後は聞きなじみのない専門用語を、一つひとつ理解するところからのスタートだ。業務外でも本やEラーニングなどを通じて知識をつけていき、やがてDWH(データウェアハウス)やBI(ビジネスインテリジェンス)の構築、それらを活用したMA(マーケティングオートメーション)などの仕事を任されるようになった。
全社の開発を担当する部署で仕事をするようになって学んだのは、物事を広い視野で捉えて全体像を把握する視点です。異動前は国内旅行関連の部署にいたのですが、会社としては海外旅行関連の売上シェアが大きく、全社的な売上や利益を考えて動く必要があることもわかりました。開発本部は開発の優先順位を関係者に説明する必要があり、個別最適ではなく一貫した意思決定と行動を取る必要性も感じました(大川内氏)
大川内氏はその後、より事業会社側で仕事がしたいと考えて航空業界へ転職した。LPO(ランディングページ最適化)や広告などを担当した後、グロービスに転職。その転職理由をこう語る。
自動車業界でリーマンショックを経験し、日本市場の空洞化を目の当たりにしたことから、インバウンド需要で市場を活性化したいと考え、旅行・航空業界でマーケティングに携わりました。職種を横断する中で、スキルアップや学び直しが新たなチャンスと選択肢を広げる鍵であると実感。顧客や市場のニーズに応えるうちに経営全般への興味が深まり、戦略的な視点でビジネスを牽引したいと考えるようになりました。
そして、人の可能性を最大化する「教育」への関心が高まり、日本最大のMBAを運営するグロービスへの転職に至りました。学びを通じて一人ひとりの成長を後押しし、社会に創造と変革をもたらすために貢献したいと考えています(大川内氏)

「工夫が問われる」既存事業にどう挑む?
ルール2 守りの中にも、小さな実験を忘れない
大川内氏がグロービスに入社してまず任されたのは、グロービス経営大学院のマーケティングだ。
開学以来、20年近く経ち入学者数は1,000名を超え、日本最大のビジネススクールに成長してきました。グロービスに限らず、こうした既存事業ほど、勝ちパターンや既存ルールがすでに存在します。それゆえに新しい挑戦を取り入れる際や、改善を進める際には、一定の調整や工夫が必要でした(大川内氏)
そこで大川内氏が実践したのは、地道な改善の積み重ねだ。LPの構成要素は大きく変えず、レイアウトやテキストの変更といった小さなA/Bテストを繰り返し、着実に成果を出す。このプロセスを通じて、マーケターとしての信頼を築き上げてきた。
確立されたブランドを崩さないという制約の中でも、ルーティンに思える仕事に創意工夫をすれば成果につながります。マーケターとしての信頼残高を積み上げ、大きな提案ができる土壌作りを意識しました(大川内氏)
こうして信頼という土壌を築いた彼女が次に取り組んだのは、チームの「時間」を生み出すための、より大きな仕組みづくりだった。当時はマーケティングの数値を算出するのにExcelやマクロを活用して一日がかりで作業しているような状況だった。マーケターが本来最も注力すべき「データを見て、次の一手を考える」ための時間が、日々の集計作業に奪われていたのだ。BIツールの導入は、まさに急務だった。
当初は新たなツールを採用することに対するメリット・デメリットに関しては慎重な意見が出ましたが、今ではすっかり社内に浸透しています。数字の可視化という『作業』に時間をかけるのではなく、その数値から対策や打ち手を考え『アクション』に時間を割けるように変わりました。このツール導入は、前職での経験が大いに活きました(大川内氏)

「やることが多すぎる!」新規事業のカオスを乗りこなすには
ルール3走りながら考え、時には立ち止まる勇気も持つ
大川内氏が次に任されたのは、ビジネススキル(動画)をサブスクで学べる『GLOBIS 学び放題』のマーケティングだ。当初は人手が少ないが、やるべきことがいくらでもある状態だった。もともと「直感と気合いで走り抜けるようなタイプ」だったという大川内氏は、立ち上げ期のプロダクトに向いていると思っていた。しかし、そこには立ち上げ期のプロダクトならではの課題があった。
立ち上げ期のカオスは刺激的で楽しかったのですが、やるべきことが多すぎて時間が足りないという壁にぶつかりました。本来は立ち止まって戦略を練るべきなのに、その時間的・精神的なゆとりがない。気づけば、最初の1年はあっという間に過ぎていました(大川内氏)
その走るだけのスタイルに、明確な転機が訪れる。サービスが成長し、共に走る「チーム」という存在ができたことだ。彼女は、これまでとは異なる課題に直面し、「立ち止まる」ことの本当の重要性を知る。
自分一人なら“まずはやってみよう”で済みます。でも、チームで動くなら、なぜやるのかという“意義”で繋がる必要がある。そうでなければ、施策は場当たり的になり、再現性も生まれません。チームという存在が、私に内省し、優先順位を突き詰めて考える時間の大切さを教えてくれました(大川内氏)
また、「働きながらMBAを取得したことによる心境の変化もあった」と大川内氏は言う。MBAを受講してさまざまな業種や職種でリーダーシップを発揮することを目指している人たちと学びの場で触れ合うことで、人を動かすときに大事なことを少しずつ学んでいくことができた。


メンバーのWillと組織のMustをどう接続するか
ルール4 マネジメントは「理」と「情」を大事に
大川内氏はキャリアを重ね、2023年からはチームマネジメントを任されている。マネジメントでは何を大事にしているのだろうか。
現在だけでなく、メンバーの中長期の成長を考えながらマネジメントをしていきたいと思っています。完全にできているとは言えませんが、メンバー個人がやってみたいキャリアの方向性をヒアリングし、事業の中で挑戦してもらえるようにしていきたいです(大川内氏)
個人のやりたいことと事業や組織の方向性は必ずしも一致しないケースが多いだろう。そのバランスをどのように取っているのだろうか。
前提として、まったく興味・関心がなかったり、適性がなかったりすることを任せることはありません。ただ、新しいことをするのが好き、事業に貢献したいといった抽象度で個人の志向性を捉えられていれば、伝え方次第で興味を持ってもらうことはできます。
たとえば、アフィリエイトの仕事を任せるなら『成果報酬型の集客手法を取り入れることで、事業としては新規獲得コスト(CAC)の平均を下げていくことができるので、価値のある仕事です』と伝えるなど、仕事の価値を多面的に伝えます。マネジメントに限らず、『理と情のバランス』を大切にしています(大川内氏)

個人と組織の方向性をうまく合わせていくことができれば、メンバーはモチベーションを高く保って働きやすくなる。大川内氏はメンバー個人をより深く知るために、チーム全員でストレングス・ファインダーという診断を受けてメンバーの資質や強みを把握し、それを活かせるようにサポートしている。
グロービスに入社する前は、異業種転職などで働く環境を大きく変える機会の多かった大川内氏だが、入社してから既に9年目を迎えている。長く働き続けている理由について聞いた。
MBAの教員をしている専門家が普通に職場にいるような環境なので、社内で知的好奇心が満たされているのかもしれません。また、グロービスは個人の目標の中に能力開発の項目があります。会社としても人の可能性は無限大だという考えをもち、その考えに惹かれて入社してきている人が多い環境です。そのため、人が育つことの楽しさを理解し、自らの成長にも前向きな人が多いです(大川内氏)
プロダクトの成長フェーズに合わせて、自らのワークスタイルを柔軟に変化させてきた大川内氏だからこそ、チームやプロダクトの成長も実現できているのだろう。

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