紆余曲折したキャリアも武器に。政治家秘書など多様な職歴をもつ三井住友海上CMOが語る「道の拓き方」
転職はもはや当たり前の時代だが、それでも転職先やタイミングに悩むことは多い。転職してからも、理想と現実のギャップに直面することもあるだろう。
三井住友海上火災保険株式会社でCMOを務める木田 浩理(きだひろまさ)氏は、そんな経験者の一人だ。なりたかったデータマーケターの職に就くまでに、政治家秘書や営業、婦人服の販売員などを経験した。
決して順風満帆とはいえませんが、いろんな仕事をしてきたことが、今の仕事に全部役立っています。すべてのキャリアが応用力として生きています(木田氏)
そんな木田氏のキャリアや仕事の4つのマイルールについて聞いた。
政治家秘書を経験して、マーケティングに興味を持った
ルール1クレームだったとしても、意見を言ってくれる人を大事にする
木田氏のキャリアは多彩だ。新卒でNTT東日本に入社し1年後、学生時代にボランティアをしていた政治家に声をかけられ、政治家秘書を1年半ほど経験したことがある。意外なことに、木田氏がデータマーケターとしてのキャリアを歩むターニングポイントは、政治家秘書時代の経験が大きく影響している。
議員候補者のことを知ってもらうために講演会を行う機会が数多くありました。すると『A地区で講演会をすると、新規来訪者の割合が他の地区より増えている』ことに気づいたのです。新規が多いエリアはこれまで競合が強かったが徐々に支持層が拡大しているともいえる。マーケティングでいう3C分析のような視点で、エリアマーケティングをしていました(木田氏)
政治家秘書の仕事はなかなかに泥臭い。一般家庭のチャイムを鳴らして、政治活動用のポスターを貼らせてほしいというお願いをする。当然断られることは多いが、なかには文句を言いながらも自分の話を聞いてほしいと思う方がいたりする。
クレーマーというと怒られてしまうかもしれませんが、なにか意見を言ってくれる人は、しっかりと向き合えば強烈な支持者になってくれるという経験を何度もしました(木田氏)
事務所のメンバーが増えて基盤が整ったところで、木田氏は次のキャリアを考え始める。分析の仕事に興味をもっていた木田氏は、統計解析ツールのセールスに転職する。当時の営業活動は電話をかけた回数が重視されていたが、それだけでは既存顧客が離れていくと木田氏は感じていた。架電の数もこなしながら、一人ひとりの顧客に時間をかけることを大切にしていたという。
目の前のお客様には後ろに繋がっている人が何人もいます。その存在を無視してセールス活動はできません。セールスのときに私のミスで強烈にお叱りをいただいた方がいましたが、今でも連絡を取り合うほど親しい仲になりました。強く要望を伝えてくる方は強烈な想いがあって何かを変えてほしいと思っている。応えていけば必ず相手にも伝わります(木田氏)
分析ツールを契約した顧客からは「どう分析をしたらいいかわからない」という相談をよく受けたという。当時は、今でいうカスタマーサクセスの部門がなかった時代だ。カスタマーサポート部門で操作方法はサポートできるが、分析自体をアドバイスできるポジションは存在しなかった。木田氏は顧客の要望に応えるため、統計学や分析ツールの使い方を覚え、分析方法のアドバイスも行うことでトップセールスとなった。
分析をしたいと思って転職→婦人服売り場へ配属
ルール2どんな仕事に対しても、常に学ぶ姿勢をもつ
統計分析ツールのセールスを経験して、より分析業務を経験したいと考えるようになった木田氏が選んだ次の仕事は、大手百貨店でのデータ分析のポジションだった。
入社して半年から1年は現場に配属されると聞いていたが、配属先はまさかの婦人服売り場だった。
婦人服のブランドは知りませんし、服の素材もまったくわからない。販売員から見た私は『使えない人』でした。『現場の仕事はデータ分析のための踏み台なんでしょ』と現場の社員や販売員から当初は思われていて、信頼を得るのに非常に苦労しましたね(木田氏)
百貨店で働く人は百貨店の正社員とブランドごとの販売員に分かれる。そのどちらからも信頼を得る必要があると考えた木田氏は、まず正社員の中で影響力の強いキーパーソンと親しくなり、信頼を得ようと考えた。
飲み会などでコミュニケーションを取り、自分という人間を伝えて敵意はまったくないことを理解してもらいました。現場の何かを変えようとしているわけではなく、とにかく学びたいのだという姿勢でのぞみました(木田氏)
次に販売員との信頼関係を築こうと考えた木田氏は、ブランドの店頭に立ち販売員と話す機会を増やした。売り場に立ったことで「百貨店のルールなどを正社員に聞きたくても、非常に聞きにくい」という販売員のペインポイントに気づく。木田氏は婦人服の全ブランドをまわって、困ったことがあったらいつでも、どんな相談でもしてもらえるような信頼関係をつくった。
信頼があれば『この人の言っていることは正しいのかもしれない』と思ってもらいやすいですよね。現場を経験した後、さまざまなデータ分析の施策を行いましたが、やはり現場の協力が不可欠でした。現場になじんで同質化した経験があったからこそ、データを集めて分析、施策を展開するところまでを現場と一体となって進められました(木田氏)
木田氏は婦人服売り場のエスカレーター前に立って、フロア案内をよくしていた。来店者が探している商品やブランドの店舗を案内しながら、「このタイプのお客様はこんな商品に興味があるのか」とメモして知見を溜めていたのだ。こうした経験があるからこそ、今でもトランザクションデータ(購入履歴)を見るだけで顧客像がリアルに浮かぶのだという。
三井住友海上火災保険に初めてのデータサイエンティストとして入社
ルール3将来なりたい姿をイメージしながら一歩ずつ進む
現在は三井住友海上火災保険でCMOを務める木田氏。順風満帆なキャリアを送っているように思えるが、これまでのキャリアの道のりは決して平坦ではなかった。
絵に描いたような成功者なんて存在しないと思うんです。私自身、『自分のキャリアは詰んでしまった』と思いかけたことが何度もあります。それでも何かしらの糸口やチャンスは常に転がっていました。諦めが悪いので、絶対に乗り越えてやるという思いで進んできました(木田氏)
木田氏は、5年前に三井住友海上火災保険に初めてのデータサイエンティストとして入社した。前職では部長を務めていたが、当時はまだ年次の影響が強く課長代理からのスタート。確立された立場ではなかったが、伝統的な日本企業にデータマーケティング組織をつくりたいと考えたのだ。
自分が変えたい未来図を描いたら、そこまでにどんな道筋があるかを空想でもいいので描いておく。そのためには何年後にどういうキャリアにステップアップしておくという目標を立てます。そこから逆算して何が必要なのかを考えるんです(木田氏)
3年以内にデータマーケティングを会社で広めようと考えた木田氏は、営業が強い会社なので営業全体に広めていくストーリーを練る。まず、今は事業として展開している『RisTech』というリスク×テクノロジーの分析サービスを営業に理解してもらうことから始めた。
『データを活用するとマーケティングがうまくいき、お客さまにも喜ばれる』と営業に認知してもらえるようになり、社内のプレゼンスが上がっていきました。同時期に外部での講演依頼も増えていき、どんなに小さな講演も引き受けました。その結果、私の名前で検索すると多くの講演レポートがヒットするように。社内外に向けた自分コンテンツマーケティングをしていました(木田氏)
入社して3年後、木田氏は念願だったマーケティング組織を作り史上最年少で部長兼初代CMOに就任、マーケティングやデータ分析を推進できるようになった。組織発足から2年が経過した今では約50人の組織にまで成長。どんな時でも諦めずに自分の能力を磨き続けて、周囲に伝播していった結果が実を結んだのだ。
いろんな職場を経たからこそ、大切にしている人との接し方
ルール4つめない、怒らない、常にオープンマインド
木田氏が大事にしていることは、「己を知り強みや弱みを理解して、人にも理解してもらうことだ」という。
自分に足りないこと、周囲からどう見られているかを常に意識しています。すると自分の弱さがわかり、何を強みにすべきかわかります。マーケティングでいえば差別化軸と独自性ですよね。独自性は人に理解してもらうことに意味がある。そのためには、相手が理解できるように伝える必要があるし信頼関係が必要です。だからこそ、人と接するときはノーガードで何でも話します(木田氏)
木田氏が信頼関係を重視するもうひとつの背景は、過去に上司との関係で苦労したことがあるからだ。さまざまな職場を経験するなかで、パワハラ上司の下で働いたことがあるのだという。
パワハラ上司の共通点はつめる・怒る・閉鎖的の3つです。上司が部下を怒りにまかせてつめる行為はマネジメント能力の欠如と自己満足に過ぎず、モチベーションダウンによる組織の生産性低下に繋がるだけで意味がないと感じていました。へこんで引きずる人もいるし、ときには病んでしまうこともある。誰かの生産性を高めるためには、正しく示唆してマインドをプラスに向けていくことが必要です(木田氏)
自身がマネジメント層になったときにパワハラ上司を反面教師にして、真逆のマネジメントをしようと決めた。マネジメントのモットーは、「つめない、怒らない、常にオープンマインド」だ。そして、個人に対するアプローチだけではなく、チームの雰囲気を重視しているという。取材に同席していた社員の方が、木田氏は「平和の象徴」だと語ったのが印象的だった。
個人と上司の関係性がフラットでいい状態であるだけでなく、チーム全体が柔らかくしなやかな雰囲気で、前向きに目標に取り組めるように日々心掛けています。日常的に気軽に話したり笑ったりできる環境だとみんなが思えるように、自分自身の姿として見せ続けることを意識しています(木田氏)
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