戦略の出発点は「顧客を知ること」 成果につながるマーケティングの進め方
トレジャーデータの宮野淳子氏は、新卒で日本ロレアルに入社し、CRMやDX推進に携わった。その後、アマゾンジャパンでソーシャルマーケティングの責任者を務め、ジョンソン・エンド・ジョンソンやゴディバ・ジャパンでも活躍。また、自身で会社を立ち上げ、企業の成長戦略を支援するコンサルティングを実施している。こうした多彩な経験を経て、現在は日本市場で売上シェア1位のCDPを提供するトレジャーデータのCMOを務めている。
数々の企業で成果を上げてきたマーケティングのプロが、「デジタルマーケターズサミット 2025 Summer」でDXとAIの時代を生き抜くために必要な戦略について語った。

70代でもインターネットの利用率は67%と高い
電通の「2024年 日本の広告費」によると、日本の広告費は7兆円を超える。その広告費のうち、47.6%をインターネット広告が占めており、今やインターネット広告は広告媒体の主流となっている。2023年のインターネット利用率は86.2%で、利用端末別に見るとスマートフォンによるアクセスが多く、72.9%となっている(出典:総務省「通信利用動向調査」)。
「年齢が上がるとインターネットの利用率が下がり、デジタル広告は活用しづらいと言われるケースもある」と宮野氏は言う。だが、13歳~69歳までは各階層でインターネットの利用率は9割を超え、70代も67%とシニア層でもインターネットの利用率は高い(出典:総務省「通信利用動向調査」)。
宮野氏のこれまでの経験からも、お客様の平均年齢が高い商材でも、もっとも多い最初の流入経路は「インターネット・Webサイト」であったケースもあるという。
年齢が上がれば上がるほど、ブランドスイッチ(他社ブランドへの乗り換え)が起きにくい。お客様の平均年齢が高い商材ほど、インターネット・デジタル環境でお客様と接点を持っておくことが非常に重要です(宮野氏)
コロナ以降、生活パターンの多様化によりマーケティングが難しい時代に
またコロナ以降、リモートワークの普及に伴い、消費者の行動は大きく変容している。平日、仕事の休憩時間などに動画を見たり、買い物をしたりする人が増えた。
そのため、従来の「360度マーケティング」と言われる手法、具体的には出勤前はX(旧Twitter)広告の出稿量を増やし、通勤時間には電車広告・ビジョンを出し、お昼にはメールマガジンを配信して、さらに夕方の帰宅時間にまた電車広告・ビジョンを流すといった、人の24時間の行動に合わせて広告出稿パターンをプランニングする手法では対応しきれなくなっている。
そして重要なのは、インターネットによって流通する情報量は大幅に増加しているが、私たちが消費できる情報量は変わらないことだ。消費者は情報を大幅に取捨選択する時代になった。つまり、消費者の情報の取捨選択の基準ラインに到達しなければ、お金を使ったマーケティングも、すべて無駄なコストになる。「お客様の今」を理解し、お客様に情報を認知してもらえるよう、うまくマーケティングを組む必要がある。
マーケティングの父と呼ばれるフィリップ・コトラー氏が「デジタル化するか死ぬか」という名言を残したように、消費者を理解し、消費者の変化に合わせて企業も常に進化していかなければ生き残れなくなっている。
マーケターが押さえるべき「4Rコミュニケーション」
では、成果を出すためにはどうしたらいいか。宮野氏が紹介したのが「4Rコミュニケーション」という考え方だ。これは「最適な相手に、最適なタイミングで、最適なコンテンツを、最適なチャネルで届ける」というマーケティング方法である。

ファミリーレストランのマーケターが顧客単価を上げる、という架空の事例を基に4Rを解説した。
まずは、「最適な相手」だ。最適な相手とは、最短距離で実現可能なお客様のことを指す。このケースで最適な相手は、今まさにこのファミリーレストランで食事をしている顧客である。ファミレスに人を呼ぶにはお金と時間がかかる。今ファミレスで食べているということは、お店のブランドを認識していて、何かを期待してお店に入っている状態だから、最適な相手と言える。
このお客様に、単価を上げるために最適なタイミングで、最適なコンテンツを、最適なチャネルで届けるにはどうしたらよいか。たとえば、お客様がハンバーグセットを食べ終わった直後に、デザートを食べたいと仮定する。ハンバーグを食べ終わった後に、スマートフォンへ「期間限定、パンケーキの50円オフクーポン」を送信して、追加注文を促す。これがまさに4Rコミュニケーションの好例である。
即時にユーザーを理解してこの4Rコミュニケーションを仕掛ける。これにより態度変容を促すことが、4Rコミュニケーションの実現であり、昨今のマーケティングで非常に重要です(宮野氏)
「4Rコミュニケーション」の実現に必要な2つのテクノロジー
4Rコミュニケーションを実現するには、基盤となるテクノロジーが必要になる。その1つが、CDP(カスタマー・データ・プラットフォーム)だ。CDPとは、企業が持っているすべてのデータ(ウェブサイトへの訪問履歴やアンケートデータ、コンタクトセンターへの問い合わせ情報など)を統合し、顧客を一元管理するためのプラットフォームである。
統合され一元管理されたデータから、AIの力を使って、顧客を可視化していく。もう1つは、MA(マーケティング・オートメーション)だ。CDPを使って分析した顧客データをもとに、最適なアプローチを行うためのソリューションである。
トレジャーデータをはじめCDPとMAが一体となり、包括的な顧客アプローチが可能なソリューションも生まれつつあるが、CDPとMAを統合してアプローチを実践した事例として、宮野氏は、健康食品会社のコンタクトセンターのケースを紹介した。
従来であれば、化粧品の購入履歴がある顧客から入電があった際には、洗顔料や美容液など同ブランドの商品を勧めていた。CDPを導入したことでデータが一元管理され、Webサイトの回遊データからユーザーニーズが可視化され「実は別の商品に興味がある」ことがわかった。そのレコメンドをコンタクトセンターの対応者に表示することによって、お客様へ最適な商品提案が可能となったという。
今の時代に我々が目指すマーケティングは、ユーザーにどんなニーズがあるかを全方位から可視化すること。顧客の可視化がうまくいかないと、打ち手の精度が落ちるので、顧客理解をとにかくクリアにすることが重要です(宮野氏)
Path to Purchase(カスタマー・ジャーニー)を数値化し、優先的に取り組むべきプロセスを決める
続いて宮野氏は具体的なマーケティングについて解説を進めた。顧客が商品を購入するまでの道筋を「Path to Purchase(またはカスタマー・ジャーニー)」と呼ぶ。
Path to Purchaseは、次の3つのプロセスに分類される。
- 購買前:検索をしたり、クチコミを調べたりするプロセス
- 購買:実際に購入する(または他店にスイッチするかを判断する)プロセス
- 購買後:再購買のタイミングで同じブランドを選ぶかどうかを決めるプロセス
宮野氏がマーケティングを行う際は、3つのプロセスをすべて数値化し、その上でどこにプライオリティを置くべきかを決めていくという。たとえば、認知度が高いため購入までは上手くいくが、購買後の再購入の割合が低い場合、購買後のプロセスに課題があるので、このプロセスに施策を打つという具合だ。
2つのセグメントサンプルをつくり、誰に・何を・いつ伝えるかを明確にする
Path to Purchaseで、優先的に取り組むプロセスを特定したら、その中でセグメントサンプルを作り、訴求を変えていく。一つ目は、「ターゲットセグメントサンプル」だ。ターゲットとなるユーザーのセグメントによってマーケティング施策を変えていくものである。つまり、誰に・何を・いつ伝えるのかを明確にするのだ。
宮野氏は、コンタクトレンズの例を挙げ、購入前と購入後のターゲットを以下に分類した。
- 購買前のターゲット
- カテゴリー非購入者(視力矯正者でコンタクトレンズを購入していないユーザー)
- カテゴリー購入他ブランド購入者(他社レンズ購入ユーザー)
- ドロップ(コンタクトレンズを購入していたがやめた離脱者)
- 購入後のターゲット
- 一般ブランド購入者
- ロイヤルカスタマー
上記のようにターゲットセグメントを作り、自社にとって最も重要な層に重きをおいて、そのユーザーに最適なコミュニケーションを取ることが重要だ。
二つ目は、「ショッパーセグメントサンプル」だ。ユーザーの性格(賢く買い物したい/手間をかけたくない/安心して買いたい/日用品購入者)に応じて、購買のモチベーションを理解してコミュニケーション方法を考えよう。
「ターゲットセグメントサンプル」と「ショッパーセグメントサンプル」をPath to Purchaseの中で適切に設計して、4Rコミュニケーションを実現していけば、態度変容が起こり、売上アップにつながる(宮野氏)
デジタルテクノロジー時代の今、戦略を持って、リスクを取ってでも早く進めることが重要
最後に、宮野氏は世界の経営リーダーが現在のマーケティングをどのように見ているかを紹介した。
「どこの会社もすぐに真似をする。だからこそ、とにかく早くやること。リスクをとってでも早くやることが重要」―ジェフ・ベゾス(Amazon.com 創業者)
「DX戦略がうまくいけば毛虫は蝶になって羽ばたけるが、そうでなければ早く歩く毛虫にしかなれない」
―ジョージ・ウェスターマン(MIT Sloan Initiative on the Digital Economy)
今後、デジタルテクノロジーがさらに重要な時代となる。その中で、戦略を持つこと、またリスクを取ってでも早く進めることが重要であると宮野氏は語る。さらにデータだけではなく、AIを取り入れた顧客管理や顧客可視化が必要不可欠だ。
「こうしたアクションは、一部門でやるよりも、経営戦略として会社全体でやっていくべき。顧客が可視化され、全部門で同じ情報を持つことができれば、社員全員が同じ方向を向くことができる」と伝え、講演を締めくくった。
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