被害額1500億円超「アドフラウド」の実態、対策でCVR15%改善を達成したJALと専門家に聞く

2025年6月9日、総務省は「デジタル広告の適正かつ効果的な配信に向けた広告主等向けガイダンス」を発表した。重大なリスクとされるのは、「ブランド毀損」「アドフラウド」「不健全なエコシステムへの加担」だ。被害は年々拡大し、アドフラウド対策ツールを提供するSpider Labs(スパイダーラボズ)によれば、2024年の国内の推定アドフラウド被害額は、約1500億円にものぼるという。JALでは専用ツールを活用したアドフラウド対策によりCVRを15%改善、ROASの改善も達成した。佐藤裕樹氏(スパイダーラボズ)と小島史也氏(JAL)に、深刻化する「アドフラウド被害の実態と対策」を聞いた。
被害額は毎年増加、生成AIによるMFAサイトの大量生成も
総務省が同ガイダンスで強調した3つの重大リスクは、主に以下の内容になる。
1. ブランドセーフティに関するリスク
違法・不当なサイト、ブランドを毀損する不適切なページやコンテンツに広告を配信されるリスクが高まっている。広告主が意図していない媒体に広告が配信され、それがSNS等で拡散されるなどして、ブランドイメージの悪化やサービスの利用者からの信頼低下につながるリスクがある。
2. アドフラウド(広告詐欺)により広告費が流出するリスク
botによるクリックや偽サイトにおける広告インプレッションなど、広告効果の測定値に含めるべきではない無効トラフィックによるアドフラウドにより、広告費を搾取されるリスクが高まっている。
3. デジタル社会の不健全なエコシステムに加担するリスク
偽・誤情報や違法アップロードコンテンツ等を掲載する媒体に広告が意図せず配信されることは、当該情報の発信者及び閲覧者に対して、情報の流通・拡散にさらなる金銭的な動機付けを与えることになり、不健全なエコシステムを形成し、ひいてはデジタル空間にとどまらず、社会全体に悪影響を及ぼすリスクがある。
スパイダーラボズが毎年実施している調査によれば、2024年の国内の推定アドフラウド被害額は、前年比194億円増の1510億1610万円となった。同社が提供するアドフラウド対策ツール「Spider AF(スパイダーエーエフ)」で2024年に検知した企業のアドフラウド率(ツール導入前)は平均5.12%だった。

アドフラウドをする人々の主な狙いは、「金儲け」「情報収集」「嫌がらせ」です。インターネット広告費の増加に伴い、アドフラウド被害額も毎年増えています。最近の被害トレンドでいうと、以前は不正クリックにとどまっていた被害が、問い合わせフォームの入力などコンバージョンの水増しに発展している。あるいは、生成AIによりほぼ同じWebサイトがいくつも複製されたり、広告収入を得ることだけを目的として作られた価値の低い「MFAサイト」が大量に生成されたりしています。こうした不正をはたらく人々の一番の目的は、収益増加です(佐藤氏)
アドフラウド被害が拡大すると、広告主は広告費を搾取されるだけでなく、広告効果が低下し、データの信頼性も低下してしまう。また、犯罪組織などの反社会的勢力が牽引する不健全なエコシステムに加担することで企業の社会的な信頼も失いかねないと佐藤氏は指摘した。
広告主のアドフラウド対策に遅れ、経営層や管理職の主導が重要
一方、深刻化するアドフラウド被害に対して、対策が進んでいないのが現状だ。デジタル広告品質認証機構(JICDAQ)が実施した「デジタル広告課題意識調査 2024」によれば、無効トラフィック対策をしている広告主は25.6%(部分的な対策では25.6%)、アドフラウド対策をしている広告主は26.7%(部分的な対策では25.6%)にとどまる。

さらに、対策をしていても内容が不十分だと佐藤氏は指摘する。
同上の意識調査において、広告主の無効トラフィック・アドフラウド対策の内容は、「信頼できるプラットフォームを利用したい旨を広告会社へ伝える」が約7割です。その先の広告会社の対策では、「無効トラフィック対策を行っている配信プラットフォームかどうかを精査する」が約8割となります。ただし、大手をはじめプラットフォーム側の対策内容はブラックボックスで、同社の社員でさえ把握していません。開示することでアドフラウドが加速する懸念があるので、開示できないのです。実は、広告主も広告会社も1件1件のトラフィックの詳細を確認していません(佐藤氏)

つまり、対策は配信プラットフォーム任せになっている。しかし、スパイダーラボズのSpider AFでトラフィックの詳細を確認すると、不正が約5%の割合で見つかり、その割合は年々微増している。広告主によっては、不正トラフィックをプラットフォームに指摘して、広告費の返還を受けているケースもあるという。
プラットフォーム側の対策で回避できていない以上、現状は広告主自身がリスク回避をするしか手がありません。対策にあたっては、「まずは実態を把握しましょう」とお伝えしています。自社で行うのは非常に手間がかかるため、専門家に相談するのがベストです。そのうえで、経営層や管理職層がリスクや実態を把握すること、広告会社が実施した対策内容とその結果を明確に把握することも重要です(佐藤氏)

前述の総務省のガイダンスでも、広告担当者だけでなく、経営層がデジタル広告に対するリスクを把握することの重要性を強調している。広告単価の効率や獲得指標を重視することを求められる現場担当者では、広告配信の即時的な成果と品質を同時に考慮するのが困難であるという指摘があるためだ。
経営層や管理職層の主導のもと、人員や予算といった経営リソースを確保して具体的なリスク管理策や広告管理方針を検討・実行するのが望ましいとされている。契約段階においては、信頼できるデジタル広告取扱い事業者や専門家等と相談して、リスクの把握や対策を行うことも示されている。
JALは2ヵ月でCVRが15%改善、アドフラウド対策の成果
広告主による対策が急がれるなか、小島氏が所属するJALのWeb販売部 1to1マーケティンググループでは2023年8月にSpider AFを導入した。同部署では、「航空券とダイナミックパッケージ(航空券+宿泊のセットなど)」のダイレクト広告の販促を行っている。
導入後にJALが実施したABテスト(ツール利用の有無による広告効果を同時期の2ヶ月間で比較)では、CVRが15%改善、結果として目標としていたROASの改善も実現したという。
以前から、アドフラウドやブランドセーフティへの対策の必要性は感じていて、望ましくないWebサイトに広告を配信しないよう代理店経由で対策は実施していました。ただ、特定のサイトやキーワードを除外するという手動の方法が中心だったため、効果には限界がありました。抜本的な対策が必要だと考え、Spider AFを含む複数ツールで無料診断を実施したところ、想定以上の不正トラフィックがみつかりました(小島氏)

複数ツールを検討した結果、Spider AFを導入したのは、「期待できる改善効果と導入コストのバランスが良かったため」だという。外資系企業が提供するアドフラウド対策ツールが多いなか、Spider AFは国内に特化しており、外資系企業のツールよりも手頃な価格帯であることが決め手となった。佐藤氏によると、不正トラフィックの検知ロジックは各社で異なるそうだ。
不正トラフィックの検知は、主に3つの軸で分析しています。1つ目は「ネットワーク」で、IPが重複していないか、特殊な回線を使っていないか等を見ます。2つ目は「デバイス情報」で、一般ユーザーが使わないbotシステムではないか、端末のスクリーンサイズや言語設定などから偽装が疑われないか等。そして、3つ目は「流入元」で、ユーザーが該当Webサイトを訪れる前に、どのサイトや検索エンジン、広告などから誘導されたのかというアクセス元の情報とそのトラフィックです。
検知ロジックは各社で異なり、当社は国内にローカライズしています。例えば、とある外資系企業のツールは、地方企業のローカルな光回線を一概に不正と判断するなど誤りが生じていましたが、当社ツールは正確に検知できます。また、当社は国内導入社数が現在約600社とトップ(※)で、そのどこかで最新の不正を検知すれば、全企業へ展開できる点も強みです。ロジックは高頻度でアップデートしています(佐藤氏)
損をするのは「広告主」、実態を把握して適切な対策を
アドフラウド対策におけるCVRの15%改善、その結果としてのROASの改善は、「大きな成果」だと小島氏は話す。
私たちが扱う航空券とダイナミックパッケージにおいて、この数値は期待以上の成果でした。アドフラウド対策と同時に、Spider AFでブランドセーフティーの対策も実施できました。「公序良俗に反する」など約20のカテゴリーから必要なものを選択すると自動で広告配信を止める仕様です。ツール導入にあたり、サイト内にタグを設置する作業が必要ですが、その後は定期的に成果を確認するだけで手間はかかっていません(小島氏)
今回の事例で非常に良かった点は、広告代理店も巻き込んで3社間で対策を話し合えたことです。そうしたことで、広告代理店の理解が非常に深まりました。一般的に、広告成果の達成に向けた施策を優先する広告代理店からすると「過去の広告配信にアドフラウドがあった」という事実は公にしづらく、「アドフラウド対策をしましょう」と積極的な提案もしづらいと思います。その場合、広告主から広告代理店に要望して双方でリスクを把握することで、対策が進めやすくなります(佐藤氏)

最後に、これからアドフラウド対策をする企業の広告担当者に向けたアドバイスを小島氏にたずねた。
まずは、無料診断などを活用して実態を把握するのが最重要だと思います。そのうえで、自社で定めた広告効果の指標を改善するための説得力のある策を練って、管理職層や経営層へ提案するのが良いと思います。一定のアドフラウドが発生している場合、適切な対策を講じれば改善が見込めるはずです。
対策を練るにあたり、広告効果の指標を改めて検討することも重要だと思います。例えば、問い合わせの申し込みや資料請求をコンバージョンポイントにした場合、不正が紛れてしまうかもしれません。自社がビジネス上で真に追うべき指標は何か。それを踏まえて、コンバージョンポイントを定めることが大切ではないでしょうか。広告代理店を活用している場合は、先方の担当者と互いに目線をそろえて、一体感を持って対策をするのがおすすめです(小島氏)
現状、アドフラウド対策やブランドセーフティを広告代理店に委託しても、不十分であることがほとんどだ。アドフラウドや不正サイト等への広告掲載で損をするのは広告主であり、広告代理店やプラットフォームにとっては喫緊の課題ではないというビジネス構造が影響している。JALのように、広告主が先導して対策を進めるのが賢い選択と言えそうだ。
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