Googleの「プレミアム・スポンサーシップ広告」はメディアレップを通さないという決断の意味[第3部 - 第19話]
「インターネット広告創世記〜Googleが与えたインパクトから発展史を読み解く~」シリーズ第19話。前回の記事はこちらです。

杓谷
技術としては高度な「ロボット型」検索エンジンが、「ディレクトリ型」の検索エンジンに負けてしまったり、高価なサーバーが必要となったり、Googleが登場する前の「ロボット型」検索エンジンは技術的にもビジネス的にも課題が多かったんですね。

佐藤
この後登場する「Overture」やGoogleの「検索連動型広告」が、それまでの広告とどのように違っていたかを浮き彫りにするために、Googleが登場する前の検索エンジンにまつわるインターネット広告について紹介します。
検索結果に表示された「サーチワード広告」
佐藤: 第10話で角くんに紹介してもらいましたが、1990年代、Googleが登場する前の検索エンジンでは、「サーチワード広告」と呼ばれる検索結果にバナー広告を表示させる手法が人気でした。広告主は「転職」「自動車保険」などの検索語句を指定し、インプレッション保証でバナー広告を掲載することができました。

出典:Internet Archive
佐藤: サーチワード広告で最初に大きく売上を伸ばしたのは、「美容整形」など、他人に相談しにくいサービスの広告でした。予想外の検索語句の広告が次々と売れていく様子を目の当たりにし、バナー広告を手売りで販売する方法に疑問を持つようになりました。

加藤
検索数が多い検索語句のことを「ビッグワード」、少ない検索語句のことを「スモールワード」と呼びます。
「スモールワード」に関しては幾つかの検索語句をパッケージにして販売していました。この「スモールワード」のサーチワード広告に注力し、躍進したのがアイレップとアウンコンサルティングです。
加藤: 1996年にサーチワード広告が登場すると、広告代理店の日広はスモールワードを軸に幅広く広告を展開しました。しかし、2000年代に入ると携帯電話のインターネット広告市場が拡大し、そちらにシフトしていきました。
当時のサーチワード広告は、一つの検索語句につき広告枠が一つしかなく、かつ継続契約の形だったため、競争が生まれませんでした。一度契約すると、広告主が解約しない限り枠は埋まったままで、新たに参入したい企業には枠が回ってこない状況でした。
高額化したビッグワード広告
2001年頃には、「引っ越し」などの人気キーワードの広告枠がすべて埋まり、「アート引越センター」が固定されるなど、競争のない市場が形成されていました。一部の超ビッグワードでは、広告費が月300万円に達することもありました。
2000年頃には、検索語句とIPアドレスを組み合わせて地域ターゲティングが可能になり、「岩手県で『レンタカー』が検索された場合」など、エリアごとの広告配信が行われるようになりました。
アイレップやアウンコンサルティングなどの広告代理店は、スモールワードのサーチワード広告に注力しました。スモールワード広告は、一度契約されると解約されにくく、ユーザーあたりの平均売上(ARPU)が長期間、維持されるという特徴がありました。
Google最初の広告商品「プレミアム・スポンサーシップ広告」
佐藤: Googleが創業当初に収益の柱としていたのは、「プレミアム・スポンサーシップ広告」(以下「プレミアム広告」)でした。これは検索結果の下に表示される広告です。僕が入社した2001年10月の時点では、「Google AdWords」(現:Google 広告)も始まっていませんでした。

出典:Internet Archive
佐藤: プレミアム広告は、検索結果の上部に表示されるテキスト広告で、現在の検索広告と似ていますが、オークション形式ではなくインプレッション保証型の広告でした。広告主は検索語句と掲載期間を指定して購入でき、どの検索語句でも価格は一律でした。
当時、Infoseekでは検索結果にバナー広告を表示するCPM(Cost Per Millの略、1000回表示あたりの価格)が12円だったのに対し、Googleはテキスト広告のため、もっと効果が高いと考えて15円で開始しました。特に「自動車保険」「為替ローン」などの金融関連の検索語句では、広告主の利益率が高いため奪い合いが起こりました。

出典:Internet Archive
佐藤: 日本で公式にサービスを開始する前から、リクルートがGoogleの米国本社経由でプレミアム広告を購入し、一部の検索語句で広告を配信していました。リクルートは、日本のインターネット広告市場においてトップクラスの広告主であり、その行動の速さには驚かされました。
課題その1: 広告の在庫担当が不在で、米本社に配信依頼が必要
Google日本法人には当初、広告の配信を管理する在庫管理担当者がいませんでした。広告を受注すると本社に配信設定を依頼する必要があり、日本で本格的にサービスを展開する上で課題となりました。そのため、Infoseek Japanで広告出稿オペレーションを担当していた人材を急遽、Googleに迎え入れることになりました。
また、プレミアム広告は現在のGoogle 広告のようなセルフサーブ型(広告主が自ら設定・運用する形式)ではなく、営業担当が在庫確認、見積もり、受注管理、請求書の発行まで手作業で対応する仕組みでした。
課題その2: 日本円で決済ができない
もう一つの課題は、広告主への請求書がドル建ての海外送金で発行されていたことです。為替リスクもあり、出稿を渋る広告主が出る可能性がありました。そのため経理担当を雇い、日本円で支払いができる体制を整えました。
課題その3: 90日の支払いサイトを何とか認めてもらう
ある大手総合広告代理店の支払いサイト(入金までの期間)は90日でした。広告配信が完了してから90日後に入金されるという条件を伝えたところ、本社の経理部門が激怒。しかし、相手が大手広告代理店であったため、条件を受け入れざるを得ませんでした。最終的には、グローバルのセールス統括であるオーミッド・コーデスタニに掛け合い、なんとか認めてもらいました。
「メディアレップを通さない」という決断の大きな意味
佐藤: Googleの広告ビジネスを統括する立場として、最初に決めたのは「プレミアム広告をメディアレップを通さずに販売する」という方針でした。
第二部メディアレップ編(第9話~第17話)を通じてメディアレップの役割について話をしてきました。これまでのインターネット広告は、メディアレップを通じて販売するのが一般的でした。そのため、これは単なる販売方法の変更ではなく、業界の慣習から独立することを意味する大きな決断でした。広告主への営業も自前で行う必要があり、売上に責任を持つ立場としては重大な決定でした。

出典:インターネットマガジン1996年11月号―INTERNET magazine No.22をもとに筆者作成

出典:インターネットマガジン1996年11月号―INTERNET magazine No.22をもとに筆者作成
杓谷: CCIやDACといったメディアレップを通さないということは、彼らの親会社である大手総合広告代理店とも一定の距離を置くことを意味します。つまり、Googleは「広告業界の既存の構造や商習慣」から独立する道を選んだとも受け取れます。この決断によって広告業界から敬遠され、プレミアム広告がまったく売れなくなるリスクもあります。なぜ、この決断ができたのでしょうか?
メディアレップのビジネスモデルの限界
佐藤: 第10話で角くんにメディアレップの忙しさを語ってもらいましたが、インターネット広告の種類や数が急増し、メディアレップが窓口となって広告枠を仲介するというビジネスモデルが限界に近づいていました。
また、メディアレップは日本特有の仕組みです。Googleの創業者であるラリー・ペイジやサーゲイ・ブリンをはじめ、Googleのエンジニアたちに、日本の広告業界の商習慣を理解してもらうことは難しいと考えていました。
反発を受けなかった理由
この決断は、当時の主要なポータルサイトや検索エンジンの中では初めての試みだったはずです。しかし、メディアレップ側から大きな反発を受けることはありませんでした。その理由として、
- Googleの広告はテキスト広告であり、メディアレップが主に扱っていたバナー広告とは異なっていた
- 当時のGoogleはまだ日本市場でそれほど大きな存在ではなかった
- メディアレップ側が「検索連動型広告は自分たちの扱う商品ではない」と考えた可能性がある
といった点が挙げられます。そのため、結果的に黙認される形になりました。
業界の歴史における分水嶺
杓谷: その後、2007〜2008年頃にFacebookやTwitterが日本市場に参入したときも、最初はメディアレップを通して広告を販売していました。同じGoogleでも、YouTubeが日本で広告営業を始めたときは、メディアレップを利用していました。
その後、今のGoogle 広告に通じる「Google AdWords」が登場し、日本で広く普及していきますが、Googleが大手総合広告代理店の枠組みから比較的自由に事業を展開できたのは、「メディアレップを通さず広告を販売する」という決断が、下地になっていると言えるかもしれません。この決断は日本のインターネット広告の歴史における一つの分水嶺だったと言えるでしょう。
本連載では、このGoogleのプレミアム広告の登場をもって、時代区分を「メディアレップ期」から「検索連動型広告期」へと移行しています。
もちろん、日本史において鎌倉幕府が武家政権を樹立した後も、藤原家を中心とする貴族政権が存続したように、メディアレップもインターネット広告市場において引き続き大きな存在であったことは言うまでもありません。
広告の表示回数の予測と保証の難しさ
佐藤: プレミアム広告の販売で最も難しかったのは、広告の表示回数の予測と保証でした。米国ではプレミアム広告は「インプレッション保証型」(表示回数を保証する広告)でしたが、掲載期間の保証はありませんでした。しかし、日本では「表示回数」と「掲載期間」の両方を保証するのが一般的な商習慣だったため、運用が複雑になりました。
たとえば、「転職」というキーワードが1週間に70万回検索されるとします。この場合、50万回分をA社に、20万回分をB社に販売するという形になります。ところが、検索数は状況によって変動するため、万が一保証した表示回数に届かなかった場合、3倍のペナルティを受けるリスクがありました。そのため、実際の検索数の約8割を保証する形で販売していました。
検索数が上振れしたとき「広告が出ない」問題
さらに、日本では掲載期間の保証も求められたため、新たな課題が生じました。たとえば、1週間で70万回の表示を保証していて、実際には100万回の検索が発生した場合、残りの30万回分の広告が表示されないことになります。時間帯によっては広告が一切表示されない状況も発生しました。
広告主にとっては広告が表示されないこと=機会損失なので、
「追加で広告枠を発注したい」
「他社より高い金額を出すのでどうしても広告を出稿したい」
といった要望が寄せられ、広告配信の管理が非常に大変でした。
また、プレミアム広告は見積もり時点での検索回数(キーワード在庫数)と、実際にオーダーする時点の検索回数が大きく異なることが多く、見積もりを出す際にはより保守的な数字を使わざるを得ませんでした。こうした背景があって、日本でも「期間保証なし」という仕切りにしました(実際、プレミアム広告の説明ページの画像でもそのように説明しています)。
杓谷: こうした広告管理の煩雑さを経験したことが、「Google AdWords」(現Google 広告)の開発につながったのかもしれませんね。
広告業界の常識破りだった「広告枠1枠から2枠へ」の変更
佐藤: 当時、日本のプレミアム広告では1つの検索語句に対して、1つの広告枠が基本でした。これは、日本の広告業界の商習慣として「同じページには1業種1社」という鉄則があったため、それに従う形で1社1枠にしていたのです。
しかし、米国では1つの検索語句に対して2つの広告枠を表示するようになっていました。
当初、僕の裁量で日本は従来通り1枠で運用するとしていました。ですが、広告枠を2枠に増やせば売上も増えることから、本社から「日本も2枠にしてほしい」という強い要請が何度もありました。
最終的に、日本でも広告枠を2枠に増やす決断をしましたが、これはそれまでの広告業界の商習慣から考えるとかなり常識破りなことでした。
広告業界の反応と徹底したヒアリング
この変更が広告業界から大きな反発を招く可能性もあったため、大手総合広告代理店や広告主に何度もヒアリングを行いました。インターネット専業の広告代理店は「売上が上がるのでぜひ導入してほしい」と前向きな反応でした。
最終的に、プレミアム広告のような検索結果に表示させるテキスト広告は、電話帳広告(≒リスティング広告)と同じだ――電話帳広告には同業他社が出ますよね――だから同じ業種の広告が検索結果に2つ表示されるのは不自然ではないはずだ、という確信を得て広告枠を2つにすることを決断しました。
大手広告主からのクレームと契約キャンセル
広告枠を2枠にした直後、大手電機メーカーの広告主からクレームが入り、1000万円規模の年間契約がキャンセルされてしまいました。
「うちは天下の◯◯ですよ!」と、ものすごい剣幕で怒られたことは今でも覚えています(苦笑)
その日の夜、Google本社の営業統括責任者オーミッド・コーデスタニに連絡し、「広告枠を2枠にしたので挽回します」と謝罪したほどでした。
この出来事からも、当時の広告業界にとって広告枠を増やすことがいかに大きな決断だったかがわかるかと思います。広告枠の拡大は、まさに広告業界の常識を変えた決断だったのです。
売上は急成長、しかしオペレーションの負担も増大
さまざまな問題はありましたが、広告枠が1枠から2枠に増え、Googleの検索数自体も伸び続けたおかげで、売上は右肩上がりでした。毎月、営業目標を大幅に上回るほどの好調ぶりでした。
一方で営業、見積書の作成、請求書の送付などの業務量も2倍になり、日々のオペレーションは大きな負担を抱えることになりました。
次回は4/17(木)公開予定(毎週木曜日更新)です。
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