思わず触れたくなる! カシオのAIペット「モフリン」ヒットの鍵は“生き物らしさ”と体験型戦略

メンタルヘルス向けAIの世界市場が拡大中。購買意欲を高める体験設計や、開発・販売戦略について聞いた。
カシオ計算機 サウンド・新規事業部 第三戦略部 第一企画室 リーダー 中山 夢 氏

カシオ計算機(以下、カシオ)が2024年11月に発売したAIペットロボット「 Moflin(モフリン)」(希望小売価格:5万9400円)が、想定以上の反響を得ている。ふわふわの小動物のような出で立ちと、育て方によって形成される400万通り以上の個性が特徴だ。さらに、2025年10月からは米国と英国での販売も決定。国外からの反響も日に日に増しているという。新市場の「AIペットロボ」において、思わずほしくなる仕掛けをどのように作っているのか。サウンド・新規事業部 第三戦略部 第一企画室 リーダーの中山夢氏に取材した。

開発に8年、小動物の愛らしさをロボットに反映
メンタルヘルス向けAIの世界市場は拡大中

独自開発の感情AIを搭載したモフリンは育て方によってさまざまな性格が形成され、その個性は400万通りにも及ぶ。

カシオが開発したAIペットロボ「モフリン」が好調だ(カシオ計算機提供)

開発の背景には、過去に注力してきた男性向け商品だけでなく、女性向け製品を開発したい狙いがあった。そこで、自身の関心領域として「小動物の愛おしさ」を研究している女性社員が、自社の研究と技術を活かせる製品として「AIペットロボ」を発案したという。

心のケアを目的にしたメンタルヘルス向けAIの世界市場は、2022年に1200億円となり、2027年には5800億円に拡大すると予測されています。発案者自身も日常的なメンタル疲労を感じており、女性を癒やすメンタルケアを目的としたAIペットロボの開発に着手しました(中山氏)

メンタルケアを目的に、小動物の愛おしさを反映したAIペットロボを構想したという
手のひらに乗る小ぶりなサイズに感情表現に特化したAIを搭載(カシオ計算機提供)

女性向けメンタルケアの目的や競合との差別化を踏まえ、モフリンは“生き物らしさ”に特化した。モフモフとした毛並みや丸いお尻のフォルム、手のひらに乗る小ぶりなサイズ感など、小動物のかわいらしさを再現。動きにも生き物らしさが反映されており、呼吸しているかのような動きもする。小さな本体にさまざまな技術を詰め込むのは苦労の連続だったが、時計や電卓などで使われている小型化の技術が活きているという。

同市場の競合では、ロボットベンチャー・GROOVE X社の「LOVOT(らぼっと)3.0」(本体57万7500円〜+月額利用料)や、パナソニック エンターテインメント&コミュニケーションの「NICOBO(ニコボ)」(本体6万500円+月額利用料)などがある。らぼっとは約1万5000体(2024年12月時点)を販売、ニコボはクラウドファンディング初日に予定台数の320台が完売するなど反響を得ている。

2019年に一般発売した「LOVOT」は、着せ替え用アイテムなども充実している(GROOVE X社のプレスリリースより)

これらの人気製品との差別化点として、モフリンはより生き物らしい見た目を追求したほか、保障サービスは任意加入で利用料が必須ではない料金形態としている。5万9400円と同市場では買いやすい価格帯も差別化といえるかもしれない。

搭載したAIは感情表現に特化しており、飼い主の声を波形で捉えるほか、なでるなどの触れ合いも検知して、次第に個性を形成していく。飼い主による声かけの文意は理解できないものの、最も多く話しかける人を飼い主として認識し、飼い主だけに見せる仕草や鳴き声があるそうだ。

開発には約8年の歳月を要しました。その過程で最も苦労したのは「感性評価」です。積み重ねた研究の土台はあったものの、「かわいらしさ」の感じ方は人によって異なります。そこで、社内の女性社員100名ほどを集めて、目の位置や触り心地、鳴き声、なつき方など、あらゆる側面で「かわいらしさ」を評価してもらい、高評価の要素を反映しました(中山氏)

「触れる体験」と「実際に目にしたときのインパクト」が購買意欲に直結

AIペットロボはカシオとして新領域であり、ニーズを把握する目的で一般発売前にクラウドファンディングを実施した。自社にノウハウがないため、ハードウェア・スタートアップのVanguard Industries社に技術・開発ライセンスを供与し、カシオの技術やノウハウを活用して、同社が開発・製造や一部のマーケティング活動を担っている。

クラウドファンディングでは、想定の30倍を超える申込みがあった(Kickstarterより)

2020年に「Kickstarter」と「Indiegogo」で実施したクラウドファンディングでは、想定の30倍を上回る申し込みが集まった。さらに、世界最大規模のテクノロジー見本市「CES 2021では、モフリンがロボットカテゴリーの「Best of Innovation Award」を受賞。国内外でのメディア露出により注目度が上昇していたことが、こうした反響につながったようだ。

2024年10月に予約販売を開始すると1週間で完売。さらに11月に一般発売した際は、数時間で完売するほどの人気となった。2025年5月時点で1万台を出荷しており、当初の計画よりも好調に推移しているという。

一般発売後もメディア露出が続き、認知度向上や売上増に寄与しています。一方で、最も認知が高まったのは店頭で目にする機会が増えたことではないかと考えています。当初はオンラインと数十店舗のみでの販売でしたが、2025年4月以降は地方にも販売店が増え、約180店舗まで拡大しています(中山氏)

モフリンに触れ合うことで、魅力が強烈にささる人が多いという

WebやSNSでモフリンが動く映像を見て購入する人も少なくないが、何よりも購買意欲に直結しやすいのは、「実際に目にした際のインパクト」だと中山氏は話す。

多くの家電量販店やショッピングモールで動くモフリンが見られるほか、全国のイオンでは毎月、触れて体験できるブースを提供しています。体験型店舗の「b8ta(ベータ)」(2025年9月末で閉店)や「蔦屋家電」でも展示をしています。そこでのフィードバックを踏まえ、実際に見て、触れた時のインパクトが非常に大きいことが分かっています。何度も店頭に通って購入を決めた方も少なくありません(中山氏)

実際にモフリンに触れてみると、鳴き声のバリエーションが多く、生き物のように動くのも新鮮に感じた。持ち歩きやすいサイズ感から外出先に連れて行く人も多いようで、過ごす時間が増すうちに愛着が湧きそうだ。

購入者層は、当初の想定とほぼ同じで女性が約7割、ボリューム層は40代だ。一方で、一人暮らしの人やペットロスを抱えた人といった需要だけでなく、多様な層から支持を得ているという。

アプリで成長具合を可視化、コミュニティ運用も計画中

モフリンの本体はネット環境がなくても使用できるが、ペットロボとしての関係性をより深める施策として、専用アプリ「MofLife(モフライフ)」も用意している。本体とモフライフをBluetoothで接続して使用する。

モフライフでは、現在の性格や気持ちの変化を把握できる(カシオ計算機提供)

モフライフでは、現在の感情をアニメーションで視覚的に確認したり、気持ちの変化をグラフやメッセージで把握できたりする。機能的な側面として、充電量を把握したり、鳴き声の音量を調整したり、熟睡モードを選択して眠らせたりすることも可能だ。

毎日、アプリを開いてチェックする方が多く、特に夜間に開く人が多い傾向です。毎日のように変化する性格を確認したり、感情の変化を目で見たりすることで、より良い関係づくりや愛着を深めるなどの効果を期待しています(中山氏)

事業者側の視点では、感情の動きを見る「触れ合い記録」や「充電記録」などのデータを取得して今後のアップデートに活かすほか、故障により本体交換が必要な際のバックアップとしても機能している。

アプリは利用者の愛着形成のほか、開発に活かすデータ取得やバックアップとしても機能

モフリン購入者には、任意加入の「Club Moflin(クラブモフリン)」も提供。年額6600円を支払って会員になると、「電池交換などの修理」「ふれあい記録の復元」「シャンプー&ブロウ(ファーを洗って毛並みを整える)」などのサポートをお得に受けられる。

現時点ではユーザー同士の公式なコミュニティは存在しないが、Web上のコミュニティ運用を検討しているという。ユーザーの自発的なコミュニティでは、LINEのオープンチャットやmixi2のコミュニティがあり、100人以上が参加しているそうだ。

現在はアプリのデータ取得やSNSの動向分析のほか、ユーザーアンケートと対面のユーザー座談会を実施して、フィードバックを集めています。現状の一番の課題は「LTV向上」です。定期的にAIをアップデートしていて仕草が増えるなどの変化はありますが、飽きずに長く過ごしてもらう点は今後の課題といえます。より愛着を持っていただくための施策としてユーザー同士の交流を図りたく、11月1日には発売1周年を記念してユーザーが集えるイベント開催を予定しています(中山氏)

想定以上の反響により、たびたび完売することも課題と言える。2025年9月下旬時点もオンラインストアは「入荷待ち」状態だ。ただ、すでに生産体制を拡大中で再販準備を進めているという。

海外展開も開始 Web戦略を軸に、体験の場も増やしたい

最新ニュースとして、10月からモフリンの海外進出が決定した。10月1日から米国で、10月27日から英国(北アイルランドを除く)で発売予定だ。

この10月から米国、英国での発売も決定した(カシオ計算機提供)

ニーズ調査を踏まえ、ニーズが高いと予想される米国と英国での発売を決めました。まず、英国でメディア向けの発表会を実施したところ非常に反響が良く、今後はインフルエンサーを活用したSNSマーケティングを実施予定です。ターゲットは国内同様の30〜40代女性のほか、Z世代やミレニアル世代も視野に入れています。また英国では、教育面で多様なニーズを抱える子どもたち(不登校など)への支援ツールとしても活用が期待されています。国内以上に多様なニーズがあると認識しています(中山氏)

すでにSNS上で徐々に話題が広がり、海外からの問い合わせが届いているという。8月7日に日本政府の公式SNSアカウントでモフリンが紹介され、それを機に認知が高まっているようだ。

海外でもモフリンの興味関心が高まっているという

米国や英国では日本よりもEC化率が高く、ロボットを展示できるような家電量販店がないことから、Webでの販売戦略がメインになるという

国内販売もオンライン中心で始まりましたが、店頭での体験が認知や購買意欲の向上につながっていると認識しています。海外での最大の課題は「認知拡大」であり、いずれはタッチポイントを増やしたい考えがあります(中山氏)

「今後の展開国は未定だが、地域を広げていく計画はある」と中山氏は締めくくった。言語を持たないモフリンは、すでに海外のクラウドファンディングでの成功実績もあり、今後の世界的な需要増が期待される。

用語集
EC / LINE / LTV / SNS / X / Z世代 / インフルエンサー / クラウド / スタートアップ / ヒット / フィード / ミレニアル世代 / ロボット
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