点と線—達成すべき目標/HCD-Net通信 #4
私はユーザビリティを、目標達成との関係で考えている。そもそも人間の意識的行動は、何らかの目標を達成しようとして行われるものである。人間の行動には、歩行時に脚を出す行為のような半意識的行動もあれば、寝返りを打つような無意識的行動もあるが、これらは目標を明確に意識したものではないので除外していいだろう。
意識的行動は、人間が手指や脚や声など体の一部を使うだけで達成できるものもあるが、多くの場合、人工物の助けを必要とする。それは、人工物を利用した方が、効率的に効果的に目標に到達できるからである。また人工物は、そのように人間を支援するように作られてきた。
ここで、目標には「点」と「線」があることについて考えてみよう。
点の目標というのは、時間軸上のある時点で目標が達成されるものである。たとえばビデオの予約録画とか、デジタル時計の時刻あわせ、満開のバラのデジカメによる撮影、受信したメールの発信人のアドレス帳への登録などである。
これに対して線の目標というのは、時間軸上にひろがりをもった目標を達成することである。たとえば高原地帯のドライブを楽しむ、ワープロソフトでレポートを作成する、友達とメールのやりとりをする、オーブンレンジを使ってスポンジケーキを焼くなどである。
初期のユーザビリティ活動では、点としての目標達成支援が重視されている。機器のインターフェイス設計においても、そうした個別の目標達成のやりやすさを目指し、複数の目標達成行動のユーザビリティを良くすることで、全体として機器・システムのユーザビリティの向上を目指そうとしてきた。ISO13407に描かれている人間中心設計や、米国で唱えられたユーザー中心設計という考え方は、こうした点としての目標達成支援を焦点課題としていたといえる。
そこにUXすなわちユーザーエクスペリエンスという少々曖昧な、しかし何やら重要そうなキーワードが登場してきた。アクティビティデザインという言葉も登場した。その解釈に当惑したユーザビリティ関係者も多かったように思う。
私が考えるに、ユーザーエクスペリエンスやアクティビティデザインといった概念は、線の目標との関係で理解すべきではないだろうか。経験や活動というものは、個別の要素的操作よりも時間的な広がりをもっている。つまり線の目標を達成することである。こうした発想が出てきたのは、点のユーザビリティを局所的に最適化していくだけでは本来の望ましい製品やサービスは実現できないだろうという気づきにあったのだと思う。線というのは、点を要素としてもちながら、点の集合以上のものを含んでいるのだ。これはちょうどゲシュタルト心理学で全体は部分の総和以上のものである、という主張がなされたのと同じ構図だといえる。
もちろん線の要素としての点は重要であり、これまでどおり点の目標達成を支援するためのユーザビリティ活動を推進することは不可欠である。また点の目標達成によって生じる点としての満足感を支えることも大切である。しかし、多くの場合、点としての操作はある経験や活動を構成する要素となっている。
車の運転を例にとれば、ドライバーはいろいろなことをやっている。車の加減速や方向制御だけでなく、運転中のカーナビやステレオの操作、エアコンの操作、助手席との間においた財布を探ること、同乗者との会話、ペットボトルでお茶を飲み、サンドイッチをほおばる、携帯電話で通話するなどなど、適法かどうかは別として、人々は車の中でいろいろな行為をしている。それらの行為が円滑に実行でき、行為から行為への遷移が円滑にできることが快適な運転状況を構成する。その流れの中で、たとえば1つの要素であるカーナビのタッチパネル操作が、点としてのユーザビリティを高い水準で達成していることは重要である。円滑な流れが1か所でも滞ると人は不快感を感じるからだ。
カーナビというのは車というシステムを構成する要素であるが、それを含んだ車という線的な行為の場は、さらに道路構造や道路状況といった全体システムの中に位置づけられている。その意味でシステムとしてのデザインは重要である。経験や活動の場をいかにデザインするかは、システムデザインの目線がなければ不可能である。
線としての目標達成に関わる割合が高いのは、システムとしてのサービスを提供する立場にいる設計者やデザイナーである。Webサイトやアプリケーションソフト、自動車や家屋のように多数のエレメントが複合している人工物、高速道路の供用者や携帯電話のキャリアなどのようにサービスとしての人工物を提供している場合はその典型といえる。
しかしシステムというものは必ずしも大規模人工物とは限らない。小型のミュージックプレーヤを聞きながら、ちょっと音量を上げたいな、と思うのは、その行為自体は点であっても、音楽を聴いているという線の流れの中の重要な部分である。その意味で、点としての目標達成支援を行っているつもりでも、実は線としての目標達成を支援していることは多いわけである。設計者やデザイナーは、自分の関与している人工物がどのような経験や活動に関係しているか、その場を想像し、そこで満足感を与えられるような設計をする心構えが必要だといえるだろう。
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