HCD-Net通信
「人間中心設計 (HCD)」を効果的に導入できるよう、公の立場で研究や人材育成などの社会活動を行っていくNPO「人間中心設計推進機構(HCD-Net)」から、HCDやHCD-Netに関連する話題をお送りしていきます。
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「e-Gov」がリニューアル。国民と行政を橋渡しするUXデザインの裏側を聞いた

「e-Gov(イーガブ)」は、2020年11月に10年ぶりに抜本的にリニューアルされました。このリニューアルのデザインチームのリーダーを務めた、富士通株式会社の富士聡子さん(HCD-Net認定 人間中心設計専門家)にお話を伺いました。
森川 裕美(HCD-Net)、羽山 祥樹(HCD-Net) 2021/12/6 7:00 |

e-Gov(イーガブ)は、2020年11月に10年ぶりにリニューアルされました。人間中心設計プロセスに沿ってデザインすることがプロジェクトの条件になるほど、ユーザーの体験を重視して生まれ変わったという。国民と行政を橋渡しするサービスのUX向上はどのようにして行われたのか? リニューアルのデザインチームのリーダーを務めた、富士通株式会社富士聡子さん(HCD-Net認定 人間中心設計専門家)にお話を伺いました。

富士通株式会社 デザインセンター ビジネスデザイン部 富士聡子さん

富士さんはこれまで、ビル管理、鉄道、水路の監視システムといった社会インフラソリューション、ネットワークサービスのアプリケーションのUIデザインなど、大規模システム開発から新規事業のプロトタイプ検討まで幅広く関わってきました。2018年より官公庁の担当として、システムインテグレーション案件の提案検討から、デザインディレクションおよびUX、UIデザインを行っています。

e-Govでは、各府省がインターネット上で提供している情報を検索できたり、各府省に対するオンライン申請・届出などの手続ができたりする窓口サービスの他に、パブリック・コメントなど、さまざまなサービスが提供されています。

誕生してからおよそ 20 年、電子申請が運用され始めてから 13年以上の時間が経過し、今回のリニューアルを富士通が受注(※一部サービスを除く)し、富士さんはUXデザイナーとしてプロジェクトに参加。ポータル、電子申請、パブリック・コメントを対象としたUX検討、ロゴのリニューアル、サービス共通のUIデザインを実施しました。e-GovリニューアルプロジェクトでのUXデザインについて、詳しく教えていただきました。

人間中心設計プロセスに沿ってデザインすることが、リニューアルプロジェクトに関わるための条件のひとつ

行政のITサービス開発では、公平性を期すため条件を公開して民間の開発事業者を募り、提案内容を比較してサービスを「調達」する仕組みがあります。今回の調達仕様書の条件に「ISO9421-210が定義する人間中心設計(HCD)プロセスの活用実績のある要員の参画」が求められていました。

人間中心設計とは、製品やサービス、ウェブサイトを開発する際に、使用するユーザーを中心において、企画・設計・開発・デザインしていく考え方です。富士さんは、営業やシステムエンジニアと共にデザインプロセスやその効果を言語化し、提案を行いました。

今回のリニューアルでは、e-Govで提供されるコンテンツから電子申請の機能まで、サイト全体を横断したユーザー体験の設計からユーザビリティの向上までを求められました。システム設計と並走しながら、およそ半年間でUXリサーチからUIデザインまでのHCDプロセスを回しました。

 リニューアルされたe-Gov

現行システムの利用状況を目の前にすることでわかる課題と責任感

まずリニューアルプロジェクトの開始に先立って、改善点を把握するため、現行のシステムに対し改めてユーザビリティテストを行いました。特に改善する必要のあった

  • 電子申請の利用者に向けた紹介ページ
  • 電子申請の機能
  • パブリック・コメントの機能

が対象になりました。電子申請のユーザビリティテストでは、利用者である社会保険労務士(以下、社労士)や一般企業の労務担当者の方々を対象に、電子申請の操作方法を観察したり、インタビューしたりすることで、現状の問題点を整理しました。

利用者の方たちを目の前にすると、デザイナーとして課題を解決し、よりよくしていきたいという気持ちが湧き上がってきました。このひとたちは、我々がデザインしたシステムを使い、仕事をしていくわけです。その人の生活に入り込んでいるということです。リニューアル後のサイトでは必ず、“使いやすくなった”と思ってもらえるような改善をしたいと思いました(富士さん)

 

利用者の背景をより深く知ることで、必要とされている理由に気づく

現行システムのユーザビリティテストと並行して、顧客主催の、e-Govの今後を考える共創ワークショップが開催されました。e-Govを運営している総務省や、開発事業者の方々、e-Govを利用している省庁や社労士の方まで、多数の関係者と利用者が集まりました。

参加者のさまざまな視点を活かし、システムにはどんな関係者や利用者がいるのか、どのように利用されているか、ターゲットと要望が整理されていきました。ワークショップを行ったことで、それまで見えてなかった利用者が見えてきたといいます。

e-Govのサイト経由で電子申請を主に利用するのは、個人事業主の社労士の方だそうです。一方、社労士事務所に所属している社労士は、e-GovのAPIを使った別の専用のソフトウエアを利用していることが多いといいます。しかし稀に、いつものソフトウェアではできない手続を行うために、サイト経由で電子申請を使うことがあるということがわかったそうです。

ユーザーがどのような目的で、どのように使っているのか、どのくらいの頻度で使っているのかが明確にわかりました。ワークショップに参加したことで、利用頻度が低い方にも使いやすい工夫をしなければならない、と思いました(富士さん)

もうひとつ印象的だったのが、「申請のため最寄りの役所に車で片道1、2時間かかることもある」という現状を耳にしたことです。特に今は、新型コロナの影響で役所に行きにくい状況もあります。電子申請を活用しなければ業務が回らない現実が日本中にあるため、電子申請の仕組みは非常に重要で、社会的意義が大きいといいます。

 

1度設計したデザイナーの仮説を検証

現行システムの利用フローとワークショップの結果をもとに、ペルソナとジャーニーマップを整理し、理想的なユーザー体験への改善施策の検討を進めました。e-Govのサイトは、電子申請だけではなく、電子政府の他のサービスへの入り口となっています。そのため、利用者が目的に合わせてサービスを見つけやすいよう、テーマごとにサイトを分け、複数のウェブサイトを統合した構成にする設計方針にしました。それから、各ページの機能の構成や画面フローなどを経て、UIが設計されていきました。

その後、関係者も参加したワークショップ形式のレビュー会を開き、検討したUIを壁に貼り出して、改善点を出し合ったそうです。さらに、プロトタイピングツールで画面間の遷移が加えられ、簡易プロトタイプを関係者で実際に操作し、意見を出し合いました。関係者の意見ももれなく改善点としてリストアップされ、UI設計へと反映されます。このように、各種アウトプットの完成時には、総務省や協力会社の方など関係者を集め、ワークショップ形式のレビュー会が行われたといいます。HCDプロセスのなかで、計4回実施されました。

ユーザビリティテストだけではなく、お客さまや関係者の皆様で意見を出し合ったのもポイントだと思います。繰り返すことでよりよい設計になるよう、プロセスを回しました(富士さん)

関係者ワークショップの様子(2019年実施)

簡易プロトタイプを使って、1回目のユーザビリティテストと同じ属性の利用者に対して、2回目のユーザビリティテストが行われました。サイト訪問から電子申請、手続完了の確認まで、一連の申請フローが行えるよう改善されているかを検証しました。

「1回目のユーザビリティテストで戸惑っている利用者の様子を見ていたので、改善案は使いやすく設計できている自信がありました」と富士さん。ところが、画面遷移での戸惑いや、意図通りに理解されなかった名称があり、思ってもいないところでユーザーが迷ってしまい、たくさんの改善点が見つかったそうです。

デザイナーのみんなが、衝撃を受けていました。設計中に同じ画面を繰り返し見るうちにデザイナー自身が慣れてきてしまい、誰も疑問に思わないところが何箇所もありました。1度設計をしただけでは、デザイナーの仮説止まりで完全なものではないと痛感しました(富士さん)

関係者ワークショップで富士さんがファシリテーションする様子

限られた時間のなかで、言葉遣いなど細部までブラッシュアップ

2回目のユーザビリティテストで出た課題をひとつひとつ改善し、実物に近いHTMLプロトタイプを対象に、3回目のユーザビリティテストが行われました。3回目のユーザビリティテストでは、もう大きな改善点は見つからない状態になっていたそうです。

「限られた時間の中で、言葉遣いに至る細部まで、改善できるところを見つけてブラッシュアップできたと思います」と、富士さんは改善の積み上げを振り返ります。こうして、リニューアルされたe-Govが昨年11月にリリースされました。

リリース後も、HCDプロセスによる改善が続けられています。リニューアル後のe-Gov利用開始から半年後、実際に利用している方を中心にユーザビリティテストを実施しました。よりサービスを利用しやすくするための改善点を見つけ、現在もブラッシュアップを続けているそうです。

ユーザビリティテストの様子

入念な検証を繰り返した設計中に、実際にどのような改善が行われたのでしょうか。改善点をいくつか教えていただきました。

調査と検証のサイクルから生まれた改善ポイント

ポイント① 電子申請対象手続の見つけやすさの改善

リニューアル前の電子申請では、申請したい手続を、はじめに検索する必要がありました。しかし、手続の名称には似通ったものが多く、単純なキーワードで検索すると、検索結果として似た名称の行政手続が山のように表示され、目的の手続きを見つけづらい状況でした。

そこで改善施策として、従来のキーワード検索のほかに、「状況から探す」といったユーザーの状況に合わせた探し方も可能になりました。

また、よく申請する手続をお気に入りに登録し、マイページから申請できるようになっています。調査のなかで明らかになった、「繰り返し同じ申請をすることがある」という、利用者の行動フローをもとにした施策が、具体的に盛り込まれています。マイページでは、省庁とのやり取りの見落としがないように、申請状況や通知を確認できるようになりました。

単に検索して申請できるシステムではなく、利用者の業務が楽になるような工夫を随所に凝らしています(富士さん)

手続検索とマイページのイメージ
(開発中画面のため、リリース後と一部変更がある場合があります。)

ポイント② トップページ

ユーザビリティテストとワークショップで見つかった大きな問題として、はじめて電子申請サービスを利用する方から、「何ができるのかわかりづらい」という声が挙がりました。利用者に向けた導入動線や初回案内コンテンツが重要であることが明らかになりました。

リニューアル後は構成が見直され、電子申請のメリットや、利用までの流れが丁寧に伝えられています。利用者拡大に向け、訴求効果を高めるための改善を続けました。利用者のリテラシーも考慮し、システムの使い勝手だけではなく、利用に至るまでの道筋も解決していきました。

トップページのチュートリアル

資格を取るに至った背景

富士さんは、人間中心設計推進機構が実施するHCDの専門家認定制度である、「HCD-Net認定 人間中心設計専門家」の資格保持者です。数年前に准資格にあたる「スペシャリスト」の認定をうけたのち、今回の案件を経験してから、上位資格である「専門家」の認定を受けました。今回のe-Govリニューアルプロジェクトの調達仕様書の条件に含まれていたことで、「資格を保持していることが価値になる」と実感したそうです。

「人間中心設計専門家は、今回の事例のような大きな社会システムにも貢献できる人が集まっている資格です」と富士さん。「専門家」の認定を受けたことで、個人的な自信にもつながったそうです。

「UXというものを、どのようなプロセスで設計するかが明示されており、唯一ISOに登録されているのが人間中心設計(HCD)という考え方です。このように明示されているプロセスを使い、きちんとUXデザインを実践しているということを、お客さまや社内へのアピールに活用でできる資格だと考えています」と富士さんは語ります。提案の際には、保有資格として記載しているそうです。

富士通のデザイナーとして社会インフラに関わる理由

富士さんは、美術大学の情報デザイン学科の出身。まだウェブやアプリが当たり前ではない時代から、情報デザインを学びました。先生が、「デザインとは、人と人、人とモノ、人と社会の関係、物事の仕組みを設計すること」と話していたのが印象に残っている、と富士さんは当時をふりかえります。このときから、「デザインスキルで社会をよりよくしたい」という想いが芽生えていきました。

この言葉をきっかけに、「社会インフラの仕事に関わりたい」と考え、富士通に入社したそうです。仕事を通して、その大切さをさらに実感しています。

国のサービスづくりに、開発事業者として関われるのは、富士通のインハウスデザイナーだからこそできる仕事だと思っています。今後も、人間中心設計専門家としてのスキルを、きちんと社会に還元していきたいです(富士さん)

最近では、デザイナーが関わる官公庁の案件が増えてきたといいます。今回紹介した事例は国民向けのサービスでしたが、行政手続のオンライン化の実現に向けて、行政側のサービス検討プロジェクトにも参画しました。オンライン申請において、行政側にどういった審査業務の実態があるのか、サービス設計に向けて調査からUXデザイナーが入り、施策を検討しました。社内では、官公庁を担当する営業やシステムエンジニアへの教育など、事業・組織へのデザイン思考や人間中心設計の浸透を目指しているそうです。

 

システムのデザインで国民と行政をつなぎ、社会に貢献しようとしている姿が印象的な富士さん。仕組みが浸透することでこれから社会にどのような変化が起こるのか、デザイナーの影響力に目が離せません。 

※e-Govの旧サービス名は電子政府の総合窓口 e-Gov。リニューアル時は総務省が運営。現在はデジタル庁が運営を行っています。
  • 富士通のインハウスデザイナーが見えるアイデンティティサイト「FACE

取材・文・写真:森川 裕美(HCD-Net)、羽山 祥樹(HCD-Net)写真:井川拓也

人間中心設計専門家・スペシャリスト認定試験が開催されます

あなたも「人間中心設計専門家」「人間中心設計スペシャリスト」にチャレンジしてみませんか?

人間中心設計推進機構(HCD-Net)の「人間中心設計専門家」「人間中心設計スペシャリスト」は、これまで約1200人が認定をされています。ユーザーエクスペリエンス(UX)や人間中心設計、サービスデザイン、デザイン思考にかかわる資格です。

人間中心設計(HCD)専門家・スペシャリスト 資格認定制度
  • 申込受付期間:2021年11月15日(月)~12月6日(月)
  • 主催: 特定非営利活動法人 人間中心設計機構(HCD-Net)
  • 応募要領: http://www.hcdnet.org/certified/
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