「マジ価値」で挑む、freeeのUXデザイン。確定申告のプロフェッショナルの信頼を支える
ユーザーにとって本質的な価値があるものを作っているか――。クラウド会計ソフトを提供するfreee株式会社には「マジ価値」という指針がある。ユーザーに本質的な価値を届けることが、組織の前提となっている。
freee株式会社で、「申告freee」という税理士向けプロダクトのUXデザインを手がけるデザイナー春田雅貴さん(HCD-Net認定 人間中心設計スペシャリスト)に聞いた。
「マジ価値」の基準を満たすために、初めてのユーザーインタビューを実施
春田さんは、「申告において絶対に間違えてはいけない項目を、正しくユーザーに理解してもらえる画面の設計になっているかどうかを常に意識している」と話す。
freeeには「マジ価値」という価値指針がある。これは「ユーザーにとって本質的に価値のあるものを作っているか」という意味だ。この指針はUX チームだけでなく、組織全体に浸透している考え方で、さまざまなところで議論が行われているという。
今回お話を伺った春田さんは、2019年の春にリリースされた、「個人の確定申告を税理士が代理する機能」のUXデザインを担当。リリースの約1年前からユーザーである税理士事務所に行きインタビューをして、準備を進めていった。
本当に価値があるものを作る「マジ価値」があったので、ユーザー(税理士)に話を聞く、というのは自然な流れでした(春田さん)
実はそれまで、ユーザーインタビューの経験がなかった春田さん。社内メンバーに教えてもらいながら、事前準備やインタビュー設計を進めていった。
しかし最初は、ユーザーインタビューが全くうまくいかなかったという。それには税理士の業務が関係している。
税理士は専門性が高い。深堀りして話を聞くものの、その業務が税理士の業界全体のことなのか、事務所固有の慣習としてやっていることなのか、区別がつかなかったと春田さん。
非効率に見えるフローに隠された理由
さらに、「税理士事務所」と言っても、規模の違いで業務フローが異なる。大きい事務所の場合は、確定申告までの流れを完全に分業しているので、同じソフトでも入力担当と税理士で使い方が異なる場合がある。また、事務所ごとで使い方に違いもあった。
ユーザーインタビューをする前は、税理士がソフトを選ぶ基準は、
- より早く作れること
- 無駄な作業がないこと
だと考えていた。しかし、インタビューしてみると、税理士にとって重要なことは「正しく申請書が作られること」だと気が付いた。一見、非効率に見えるフローにも、計算の間違いがないか念入りに確認するために、あえて業務フローに組み込まれていたのだ。
一つでも数字を間違えてしまうと、顧客からの信頼を失ってしまうことになる税理士。実際にインタビューしたことで、税理士の申告業務を理解でき、個人事業主の申告業務との違いも明確になったという。
もしユーザーインタビューをしていなかったら、自分の思い込みで、「早く、効率よく作る」を基準に機能設計をして、失敗していた可能性があります(春田さん)
デザイナーは、プロダクトマネージャーの意思決定の材料をインプットしていく補佐的な役割
ユーザーインタビュー実施後、エンジニアを含む新機能の開発メンバー全員と税理士の業務フローを付箋に書き出すワークショップを行った。メンバー全員と税理士の業務フローを可視化することで、
- 業務フローに沿った機能になっているか
- 改善が必要な機能はあるか
といったことを整理をしていった。その後、プロダクトマネージャー(PM)と春田さんの2人で、
- サービスに与えるインパクト
- 実現可能性
の2軸で出たアイデアの優先度をつけて、機能開発とデザイン設計を進めていった。業務フローをひとつずつの要素に分解すると、今まで明確に課題として挙がってはいなかったが、改善ができそうな部分が見えてきた。そこに焦点を当てて開発していくことになった。
できるだけチームを早く巻き込んで、自分一人で考えない
現在では、メンバー全員でワークショップすることは当たり前の認識となっているが、「自分一人でなんでも抱えてしまうことが多かった」と春田さんは振り返る。
ワークショップをする前に、自分一人で分析したら「思っていたほどの不満はなかった」という結果になった(春田さん)
また、自分の主観でデザインをして、後で仕様を戻されることも何度かあった。
そんなとき、あるミーティングに簡単なイメージを自ら作って持ち込むと、議論がスムーズに進んだことがあった。そこで春田さんは「完璧なデザインを作り込む前に、エンジニアやPMの意見を聞く方が、より良い議論ができる」と気がついたと語る。
ユーザーテストをやったからこそ見つかった、仕様のあるべき姿
税理士向けの確定申告の機能が使われるのは、確定申告が行われる数か月の短い期間しかない。ちゃんと使ってもらえるレベルに達するため、リリース前にプロトタイプを作ってユーザーテストを行い、課題を直していった。
ユーザーテストでは税理士に会社へ来てもらい、実際に触ってもらった。PMにはテストにずっと同席してもらい、何件かはエンジニアにも同席してもらった。テストが終わったあとには、チームメンバーと結果を共有する時間を取り、実際の画面を見せながら、何が起こったかを再現して共有した。
たとえば、「更新」ボタンを押すことで税額の控除額が反映される箇所の検討漏れだ。ユーザーテストをしたところ、誰も「更新」ボタンに気がつかずに進んでしまっていた。ユーザー全員が税額を間違える可能性のあるプロダクトを、リリース前に見つけることができた。
その後、何度もユーザーテストをおこない、致命的な課題はすべて修正してリリースした。テストしたことで、ちゃんと世に出せるレベルにはなったという実感があり、自信にもつながった。
税理士は、通常は確定申告の締め切りである3月15日の間際に、大変な残業になってしまう。ところが、「申告freee」を使った事務所の職員は、3月13日に担当分の業務を全て終えて、2日間有休を取れた。受け持った件数は所内で一番多かったが、所内で最速で作れたという。
「『申告freee』をリリースしてみたら、僕たちが作ったソフトによってちゃんと業務が効率化されていたし、働き方自体を本当に変えるプロダクトの可能性を見せることができた。すごくうれしかったです」と春田さんは話す。
資格を受験することは、自分の成長を目で追いながら確認すること
春田さんはUX デザイン未経験でfreeeに入社。先輩からレビューを受けながらUXデザインを身に付けていった。体系立てて学んだわけではないので、正しく理解できているか常に不安があったという。そこで、人間中心設計スペシャリストの資格をとることで、UX デザインの理解度をはかろうとした。freeeでは、すでに4名が資格の認定を受けていて、自分も取ってみようという気持ちになったという。
資格をとるにあたって、実務経験を申請書にまとめる必要がある。
入社してから必死に食らい付きずっと駆け足でやっていたので、過去のプロジェクトを振り返ったことがなかった。あらためてみてみると、経験年数を追うごとに人間中心設計への取り組みが具体的になっており、成長が実感できた(春田さん)
使ってくれる人のためにサービスを改善してちゃんと届けたい
その後資格を取得。UXデザインの全体像をつかめたことで、何にフォーカスすればユーザーにとって価値あるものを作れるかが見えやすくなった。
高校時代の入院で不快な体験をしたことがUXデザインに興味を持つようになったきっかけだという。
ソフトの一部分を変えてあげるだけで、ユーザーは不安から解消されていく。UXデザイナーとして、使ってもらう人のために普段どういう使い方をしているのかをリサーチして、サービスを改善して、ちゃんと届けたい。
特にfreeeのようなBtoBのサービスだと、UIを改善した結果として目に見えて、使いやすくなった、わかりやすくなったという反応が届くと、そこにやりがいを感じられる。
「最近は、仕組みとして見直せる部分もあるのではないかと思い、サービスデザインにも興味があります」と言う春田さんの視野はどんどん広がっていくだろう。
人間中心設計専門家・スペシャリスト認定試験が開催されます
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- 応募要領: http://www.hcdnet.org/certified/
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