UXは「ユーザーを正しく理解」だけじゃない――組織のUXデザインを、Gaji-Laboの山岸さんに聞いた
「どうして私の考えていることをわかってもらえないんだろうか」――プロジェクトや会社でのそんなもやもやを解決する「組織のUXデザイン」をワークショップやKPTを活用して行っている山岸ひとみさんに、「チームの信頼感を生むための組織のUXデザイン」について伺った。
「ユーザエクスペリエンス(UX)」のデザインや、その手段としての「人間中心設計(HCD)」という単語を、このところよく見かけるようになりました。
その多くは、「ユーザーを正しく理解しよう」というものです。それ自体はすばらしいことで、価値があることに疑いはありません。
でも、UXの対象者は、実はエンドユーザーだけではないと言うと、あなたは驚くでしょうか。
というのも、UXを大きな視点で見ると、サービスや製品がエンドユーザーに届くまでのあいだに、そこにたずさわる、すべての人が、その対象であると考えられるのです。
その1つに、自社の「チームのUX」のデザインという考え方があります。
「チームの信頼感を生むための、組織のUXデザイン」について、ワークショップ設計の専門家でもある、株式会社Gaji-Labo(ガジラボ)の山岸ひとみさん(HCD-Net認定 人間中心設計専門家)に伺いました。
社員やパートナーは、当社と関わることでどんな価値を得るのか
――山岸さんは、人間中心設計の専門家であるとともに、ワークショップ設計の専門家でもあります。ワークショップに取り組むようになったのは、なぜですか。
起業したのが、1つのきっかけです。
組織を率いるということは、社員やパートナーが、当社と関わることで、どういう価値を得ることができるのかを考える役割をもつということです。その点を考えていくうちに、「プロジェクトメンバー同士の理解をちゃんとするにはどうすればいいか」という、「チームの理解のためのデザイン」に興味をもつようになったのです。
というのも、会社をつくってしばらくは、いろいろと悩んでいて、そのなかに、「自分の気持ちをうまくわかってもらえない」経験がありました。
そこで気がついたのです――自分には自分の常識があり、他者には他者の常識があるのに、「こちらの常識を読め、空気を読め」と言っても、相手にはそれが読めるわけがないのです。
――自分がその常識に至った背景と同様のものを、相手が経験しているとは限りませんからね。
そう。でも、伝えたいことを相手にうまく渡せなければ、組織でやるからこその価値を生み出せるはずがなく、つまり、当社と関わることの価値をも生み出せないのです。私はせめて、自分の持っているものをだれかに託せるスキルが欲しいと思いました。
「異なる背景や経験をもつ人たちが、気持ちを共有していくためには、どうすればいいんだろう」
それを考えていたときに「ワークショップなら、うまくいくのではないか」と感じたのです。
ワークショップでは、人の頭のなかを可視化して、何らかの形に留めることができます。「他者といっしょに、具体的な経験をして、気持ちを共有する」――これこそが、私が求めていたことだったのです。
それで、青山学院大学の「ワークショップデザイナー育成プログラム」に通ったりして、まじめに勉強するようになりました。
私がワークショップに取り組むようになったのは、悩みをこじらせた結果なんです(笑)。
――こじらせた結果ですか(笑)。
私は、もともとコミュニケーションがあまり得意ではなくて(笑)。スキルとして意識的に身につけないと、できないんです。
頭のなかは見えないけれど、模造紙に描くことができれば、みんなで共有できる
――具体的には、社内では、どんなワークショップをされているんですか。
最近では、自分のキャリアを考える、というワークをしました。「ストレングス・ファインダー」というもので、得意なことや不得意なことを、参加者が5つずつ模造紙に貼っていく。貼った理由を、他のメンバーと共有して、フィードバックをもらう、というものです。
近くオフィスの引っ越しをするので、その検討もワークショップでしています。仮のオフィスの見取り図をもとに、「働く場所」や「集う場所」というように、場所の役割を持たせて、どんなものが必要か、みんなで書きました。
そうすると、新しいオフィスで実現したいことのイメージが共有されるだけでなく、さらに興味深いことがわかりました。ワークショップの結果を見ると、当社では「働く場所」に望むことは多いものの、制度やルールへの不満は少なかったのです。
もちろん、Web担当者Forumの読者の方々が興味をもつような、もっと日々の業務に密着した情報デザインの手法を学ぶワークショップなども、していますよ(笑)。
――ワークショップを通じて、参加者のいろいろな価値観が見えてくるのですね。他には、どんなものがありますか。
そうですね。たとえば、会社のバックアップを受けて、個人活動でのワークショップもしています。
その1つが、「deCAFE(デカフェ)」というワークショップイベントです。運営チームは4人で、私が代表をしています。3か月に1回くらいのペースで開催しています。
deCAFEは、勉強会やセミナーの感じではなく、まさに「ワークショップ」です。ふだん考えたこともないことに気づく時間にしたい、というところから、企画を立ち上げました。
deCAFEでどんなことを行うのかの企画そのものも、運営メンバーでワークショップをして、つくりあげています。ワークショップを、ワークショップでつくっているわけです。参加者の感情の変化を線で描いて、いつ何をしたらいいのか、参加者にはどういう気持ちで帰ってもらいたいのか、メンバー全員の認識を合わせました。
それから、deCAFEでは、ワークショップからの流れで、参加者がふわっと雑談するタイムを設けています。コーヒーを用意しておいたり。そうすると、共有できるものがより増えるんです。
――なるほど、深いところまで、綿密に計算されているのですね。
ワークショップのワークを考えるというのは、「相手にどんな体験をさせるのか」を突き詰めて考えることなのです。
ワークショップをうまく使えば、チームでの気持ちの共有も、初対面の人との会話のきっかけも、つくれます。ファシリテーターのスキルが高ければ、うまくアイスブレークして、相手の深いところにある話題に迫ることもできます。
ただし、ワークショップは人の気持ちを取り扱う時間なので、その自覚は強く持たないといけない。やり方によっては、ひどく傷つけてしまうこともありますから。
――山岸さんが、ワークショップにこだわるのは、なぜでしょうか。
ワークショップは、あくまで、ツールの1つですよ(笑)。
私が興味をもっているのは、「人の頭のなか」という見えないものを、外に出して、みんなで共有できるようにすることです。私はそれを「暗黙知を形式知として道具化する」と言っています。
頭のなかにあるものは、だれにも見えないけれども、それを、たとえば模造紙の上に描くことができれば、みんなで共有できる。そこに留めておくことができる。たとえば、私の「知識」を、みんなに見えるように共有すれば、「道具」になります。それを、会社のチームでできれば、ステキですよね。
小さいことが言えたら、大きいことも言えるようになってくる
――「チームの理解のためのデザイン」として、ほかには、どのような取り組みがありますか。
振り返りミーティングも、まめにやります。これはとても価値があります。
振り返りのツールには、「KPT」というものを使っています。プロジェクトの振り返りを「キープ(続けていきたいこと)」「プロブレム(問題)」「トライ(今後、試すこと)」にわけて、出していきます。アジャイル開発ではおなじみの手法です。
「KPT」とは、業務やプロジェクトに関して定期的に以下の3点を洗い出し、それ以降の行動に反映させる手法。
- Keep(キープ)――続けていきたいこと
- Problem(プロブレム)――問題だと感じていること
- Try(トライ)――今後、新たに試してみたいこと
メンバーの感想や意見をもとに、こうした「今後の行動の基準」をつくることを繰り返し行うことで、メンバーにとって良いプロジェクトにしていく。
当社は、外部のパートナーと仕事をするときも、振り返りミーティングをします。ちゃんとミーティング分の費用もお支払いして、必ず参加してもらいます。
人によって、はじめは「プロブレム」も「トライ」も、なかなか書けないこともあります。
でも、続けるうちに、だんだんと書けるようになります。俯瞰する力が上がってくる。成長していく過程を見るのは、私にとっても勉強になります。
――KPTを徹底されているのは、なぜですか。
やらないと、そのうちに、事故につながるからです。
人には、思っていることを言える「タイミング」が必要なんです。ものごとは、時間がたてばたつほど、言えなくなります。ひとつひとつが重くなるんです。
振り返りミーティングのペースは、理想は1週間に1回くらいです。できるだけ新鮮なうちに、先週1週間はどうだった、と共有するようにしています。
そうして、こまめにKPTをすると、ちょっとしたことが、気軽に言えるんですよ。重くならない。
だから、深刻な事態になる前に解決できるようになります。言える場を用意すれば、「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」というのがなくなりますからね。
――週に1回、機会があって、ちょっとしたことを気軽に言える場があれば、確かに問題は解決しやすそうです。
プロジェクトを回しているのは「人」なんです。
プロジェクトメンバーが「このディレクターはやりづらい」と思ったまま、最初から最後まで行くのはしんどいですよね。ディレクターも、「話がかみ合っていない」と思いながらいるのは、しんどいですよね。
情報が見えなくなると、相手が見えなくなる。信頼できなくなる。情報の透明度と、組織の信頼度は、おおむねイコールです。
相手が見えないと、自分だけでなく、相手にとっても、良い仕事ができなくなるんですよ。精度の高いフィードバックができなくなる。相手がなぜそうしているのか、その背景がわからないと、相手のパフォーマンスを削ぐコミュニケーションをしてしまいます。
――なるほど。
KPTでもワークショップでも、メンバーがしっかりと言いたいことを伝え合えるようになるには、積み重ねがいります。ぶつかったり、ペースを整えたり、お互いに何を求めているのか、その理解をして応えていく。当社は、それを続けてきたから、信頼関係が築けています。
KPTは、信頼関係を築く、その取り掛かりとしてちょうどいい。
最初は大きなことを言えなくても、小さいことが言えるようになったら、大きいことも言えるようになってくるものです。初対面の相手には、言えないことはいっぱいあります。でも、毎週KPTを重ねていけば、プロジェクトの問題も、ときには人生の問題ですら、1年後には言えるようになります。
だから、KPTは、まめにやったほうがいいんです。
会社に関わる人たちのUXは、人一倍に考えているかもしれない
――山岸さんからは、自社で働く人、関わる人たちのことを真剣に考えたい、という思いを強く感じます。
私は、自分の経歴としてUXデザインは強くアピールしてはいないのですが、会社に関わる人たちのUXは、人一倍に考えているかもしれない、と思います。
「会社をつくる」というのは、あらゆるデザインの要素を包含しています。サービスデザインも、組織や場のデザインも、含んでいる。
「会社をデザインする」と考えたとき、ステークホルダーはお客様だけではありません。メンバーも、メンバーの家族も、周辺の人々すべてがステークホルダーになります。人生は、仕事抜きには語れない。でも人生は仕事だけでもない。私は、どちらも地続きでいいと思っています。
だから私は、会社に関わる人たち、みんなのことを考えていきたい。
――山岸さんの場合は「会社」ですが、それはチームやプロジェクトでも同じように考えられるかもしれないですね。
そう。仕事というものは、それが自分の仕事でも、自分一人じゃ決まらないことが多い。どんな仲間と仕事ができるのか、どんなお客様とどんな案件ができるのか、いろいろな偶然によって決まります。未来はわからないですからね。
だから、頭のなかを、みんなで共有できるようにしていくことが大切だと思っています。
私は、悩みをこじらせて、今ここにたどり着いています(笑)。仕事は、うまくこじらせれば、どこにでも行ける。
会社をデザインするのは、楽しいですよ。
――ありがとうございました。
取材・文:羽山 祥樹(HCD-Net)、神田 江美 写真:神田 江美
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