HCD-Net通信
「人間中心設計 (HCD)」を効果的に導入できるよう、公の立場で研究や人材育成などの社会活動を行っていくNPO「人間中心設計推進機構(HCD-Net)」から、HCDやHCD-Netに関連する話題をお送りしていきます。
HCD-Net通信

プロジェクトの行き詰まり感・メンバーの合意形成に役立つ「グラフィック・レコーディング」とは?

ペンと紙でプロジェクト参加者の議論を可視化し、一歩前へ進めるグラフィック・レコーディングについてグラグリッドの和田さんに聞いた。
グラフィック・レコーディングのサンプル
ワークショップを振り返って、どんなことが大事で、今自分たちがどこにいるのかを俯瞰して考えることを記したもの

プロジェクトやワークショップで、うまく進まない局面に出くわしたことありませんか?

たとえば、参加者のバックグラウンドが大きく違ったり、理解度やコミットする気持ちがバラバラだったり、アイデアが思うように出なかったり。そういう時に、役立つのがグラフィック・レコーディングです(前写真)。グラフィック・レコーディングとは、ただの議事録ではなく「プロジェクトをファシリテート(推進・促進)する」力を持つものなのだという。

イラストや図を駆使して、その場に流れる情報を臨場感のままに、わかりやすく記録するグラフィック・レコーディングをはじめとする可視化を用いたビジュアル・ファシリテーションには、どのような効果があるのだろうか。「絵つきの議事録」とは異なるのか。

ウェブディレクターから、専業のビジュアル・ファシリテーターへと転職した株式会社グラグリッドの和田 あずみさん(HCD-Net認定 人間中心設計専門家)に「グラフィック・レコーディング」や「キャリア」について聞いた。

株式会社グラグリッド 和田 あずみ さん
HCD-Net認定 人間中心設計専門家
大学卒業後、12年ほどWebディレクターとして従事。2017年7月より共創型サービスデザインファーム株式会社グラグリッドでビジュアルファシリーテータ―として活動中。

グラフィック・レコーディングは「プロジェクトをファシリテートする」力がある

――グラフィック・レコーディングを見ていると、場に流れるたくさんの情報を、うまくまとめていきますよね。技量がいるように思うのですが、どのようにしているのですか。

和田 あずみ氏(以下、和田): うーん……。(しばらく考えて)羽山さん、注目するべきポイントが間違ってます。

――えっ!?(困惑)

和田: 羽山さんが今おっしゃったのは、「手法(テクニック)の話」ですよね。グラフィック・レコーディングは、たしかにビジュアルが派手なので、先に絵が頭に入りやすく「会議をわかりやすく見せるものだろう」と思われがちです。もちろん、まとめる技量は必要です。

しかし、グラフィック・レコーディングで本当に注目するべきは、次のようなことなのです。

  • ワークショップの参加者の「自分ごと」を、少しでも増やせたか
  • イベントから帰ったあとの「未来の行動」がどれだけ変わったか
  • プロジェクトメンバーが「次に目指すべき場所」を見つけられたか

グラフィック・レコーディングとは、参加者の発言を、過去のものとして記録する単なる議事録ではありません。ですから、発言を記録しているとは限らないのです。

――では、何を描いているのですか?

和田: プロジェクトやワークショップなどに参加している皆さんが共通の理解をして、次の新しい議論を生み出すために、今、その場に必要なものを描いているんです。

プロジェクトやワークショップには、複数の異なる立場の人たちが集まっていて、その立場でバラバラに発言している。しかも、まだカタチのないものをこれからつくろうとしている。そのような場に共通するのは「対話」が必要ということです。

つまり、プロジェクトにファシリテーションが必要で、それがないと前に進めないのです。

ただ言葉の交通整理するだけではなく、プロジェクトに参加した人の発言を、目に見えるように留めて、みんながつながる足がかりをつくる。そこまで踏みこんだファシリテーションが必要なのです。

ファシリテーションの様子
みんながつながる足掛かりとして、プロジェクトの中ではアクティングアウトのための絵や道具、体験を共有するためのスケッチ、コンセプトを伝えるための図、さまざまなものを描きながらプロジェクトを進める

プロジェクトをビジュアルで見せたら、みんなが前に進めた

――「プロジェクトをファシリテーションする」とはどういうことでしょうか。

和田: 人を動かす原動力をつくって、巻きこんで、プロジェクトを前に進める。その役割のことです。

たとえば、あるサービスデザインのプロジェクトの事例を紹介します。新しいサービスを創る、イノベーションが期待されるプロジェクトでした。

「プロトタイピング(試作)しては壊して、また作って試す」を繰り返すプロジェクトでした。メンバーのなかには、この「作って壊す」にうまく馴染めず「サービスデザインってなんだよ」とプロジェクトメンバーの気持ちが、バラバラの方向をむきかけたんです。

そのとき、代表の三澤が、サラサラっと模造紙に描きはじめたグラフィック・レコーディングが、場の空気を一変させました。まさにグラフィック・レコーディングで、プロジェクトをファシリテーションしたお手本でした。

三澤が何を描いたかというと、プロジェクトの流れ「今は試作品を作って壊すの繰り返しをしている段階で、それがプロジェクトのゴールにどうつながるのか」を「新しい島を目指そう!」というストーリーに変更し、ビジュアル化したんです。

そうしたら、プロジェクトメンバー全員が、「自分たちが今どこにいて、何をしているのか」理解して、先に進むことができたんです。

プロジェクトの状況に応じて、必要なものを、全部そのときに描いていく

――確かに、議事録とはまったく異なりますね。

和田: レコーディングをしていたのは、プロジェクトの流れです。みんなが前に進むための足がかりを作っているのです。

そのためには、ファシリテーターとして、プロジェクト全体を俯瞰して、次のようなことを見通す力が必要です。

  • プロジェクトがどのフェーズにいて、誰が何に戸惑っているのか
  • 足並みが揃わない原因は何か

そして事前に計画し、ワークショップなどの場では瞬時に判断して、必要なものを描く。

グラフィック・レコーディングというと、どうしても絵が注目されがちです。実際にビジュアル力を使っているのは確かです。

しかし、やっているのは記録ではありません。プロジェクトの状況に応じて、必要なものを、そのとき描いていく。そうして、参加者の「対話」を実らせ、次へと運んでいくんです。単発のワークショップで終わらせずに、次へつなげていくための道具の1つがグラフィック・レコーディングなんです。

だから、最初にお話したとおり、注目するべきは、プロジェクトメンバーが「次に目指すべき場所」を見つけられたか。そこなんです。

常葉大学の安武先生が「グラフィック・レコーディングにいちばん必要なのは、モノをつくっていく覚悟だ」とおっしゃっています。その覚悟というのは、ファシリテーターとして、プロジェクト進行の場に立って、責任を取るということです。

プロジェクトでみんなが進むために必要なものを描く
プロジェクトメンバーが描いたものをベースにまた語りだす

サービスデザイン分野から社会に関わりたい

――和田さんは、10年近く勤められたウェブディレクターを辞めて、グラグリッドにジョインされました。どんな思いがあったのでしょうか。

和田: 事業会社で働いていたときから、「サービスデザインの分野で社会に関わりたい」という思いがありました。

戦後、大量生産・大量消費を支えるための文化や仕組みが生み出されてきましたが、インターネットなどの技術発展で、世の中が大きく変化しています。

「機能も情報もたくさんあるんだけど、じゃあユーザーのために何をつくるといいの? どんなビジネスをするといいの? どんなことが社会から求められているの?」といった文化が変化する過渡期にいると思うんです。これって、新しい「文化」を生み出すチャレンジができる、おもしろいタイミングなんじゃないかと。

ちなみに、国際文化論において「文化」とは「生きるための工夫」と定義しています。「生きる工夫」をどれだけ新しく生み出して、社会に提示し、成果を積み上げていけるか。その挑戦ができるのがグラグリッドだと思ったからジョインしました。

また、代表の三澤と「一緒に仕事がしたい」と感じたことも大きな理由です。グラグリッドにジョインする前に、ワークショップを一緒にやらせてもらったことがあるんです。

彼女のファシリテート力、現場を読む力、メンバーを導く力など私には見えていない風景が、彼女には見えているんですよね。「頭のなかを見てみたい!」(笑)って思ったくらい衝撃的でした。

三澤から学びと刺激を受けながら、「生きるための工夫」を創造する毎日、とても充実していますね。

体系だった人間中心設計という学問の背景をもって現場で活かせる人を見せるのに有効

――人間中心設計専門家の資格をとった理由はなんでしょう?

UXの知識や手法を知っているだけではなくて、事業を前進させるために現場でUXの知識や手法を活用することが大事です。そうしたUXを現場で活かせる人というのを証明できたらいいなと感じたので、取得しました。

――ファシリテートするうえで資格が役立ったことはありますか?

資格がファシリテーションに活きる、というのは直接的にはないです。人間中心設計の実務を遂行するために身に付けたスキルの1つが、グラフィック・レコーディングなどを含めたビジュアルでのファシリテーション能力です。

でも、資格を持っていることで「体系だった人間中心設計という学問の背景をもって、現場で活かせる人間だ」というのは一緒にプロジェクトを作っていく方々に、自信を持って伝えられるようになったとは思います。

また、人間中心設計専門家のコンピテンシーが、サービスデザインのプロジェクトのみならず、共創の場づくりにも活かすことができると感じています。

――ありがとうございました。

取材・文:羽山 祥樹(HCD-Net) 写真:髙田 葉子

HCD-Net認定 人間中心設計専門家・スペシャリスト 受験者を募集中(申請締切: 12月25日)

あなたも、UXや人間中心設計のプロとして和田さんのように活動してみませんか?

現場のディレクタ-・デザイナー・エンジニアの方、あなたも「人間中心設計専門家」「人間中心設計スペシャリスト」として認定を受けませんか?

人間中心設計推進機構(HCD-Net)が実施する「人間中心設計専門家」「人間中心設計スペシャリスト」は、日本で唯一の「人間中心設計(HCD)」の資格として、注目されています。

資格認定者の多くは、企業・団体において、

  • 人間中心設計
  • UXデザイン
  • ユーザビリティ評価
  • Web制作
  • システム開発
  • ユーザーリサーチ
  • テクニカルライティング
  • 人工知能
  • IoT

などの業務や研究者として、第一線で活躍しています。

ユーザーエクスペリエンス(UX)や人間中心設計にたずさわっている方は、ぜひ受験をご検討してみてはいかがでしょうか。

「人間中心設計専門家」「人間中心設計スペシャリスト」の、今回の受験応募は、11月20日(月)に開始します。受験申請の締め切りは12月25日(月)です。

◆人間中心設計(HCD)専門家・スペシャリスト 資格認定制度
  • 申込受付期間: 2017年11月20日(金)~2017年12月25日(月)
  • 主催: 特定非営利活動法人 人間中心設計機構(HCD-Net)
  • 応募要領: http://www.hcdnet.org/certified/
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