UXデザインは「絶対プロジェクトに取り入れるぞ」と意気込んでやるものではない――HOME'Sの小川さんに聞いた
UXデザインは、「絶対プロジェクトに取り入れるぞ」という意気込みで推進していくようなものではありません。
UXは、プロジェクトのさまざまな構成要素の1つです。
UXが優れていても、それ以外の要素でうまくいかないところがあれば、プロジェクトが失敗してしまうこともあるんです。
そう話すのは、実装者からUXデザイナーになったという少し珍しいキャリアを持つ小川美樹子さん。日本最大級の不動産・住宅情報サイト HOME'S(ホームズ)を運営する株式会社ネクストで働く、UXの専門家(HCD-Net認定 人間中心設計専門家)だ。
そんな小川さんに、UXデザインの実践や組織にとってのUX、そしてUXの専門家資格をとって仕事がどう変わったのか、話を聞いた。
UXデザインはプロジェクトの部品の1つ
――UXデザインの専門家でありながら「UXデザインは部品の1つです」と言い切るその視点は新鮮ですね。
UXデザインは部品の1つだと考えています。
サービスを成功させるためには、ユーザーにとって良いものをつくるだけでは成り立ちません。ユーザーのことも考えつつ、会社として伝えたいメッセージもしっかり伝えて、競合サービスと比べて優位性があることも重要です。そういった多くの要素のなかで、バランスの良いところを選択していく必要があります。
UXデザインがどんなに良くても、そうしたバランスがうまく取れなければ、プロジェクトが消えてしまうこともあります。ですから、UXデザインは部品の1つなのです。
UXデザインがどんなに良くても、ほかがダメなら、プロジェクトが消えてしまうことも
――うまくいかなったプロジェクトが実際にあったのですか?
コンテンツが中心のサービスで、実際に運用が回らなくなってしまったプロジェクトがありました。
うまくいかなかった理由は、簡単に言うと、コンテンツを作るのに、非常に手間がかかる仕組みだったからです。コンテンツを生み出すのにマンパワーが必要なものだったので、人がついていないと回らないものでした。
そのプロジェクトを担当していた当時は、そこに気づけていませんでした。結局リソースに問題が出てしまい、プロジェクトは失敗してしまいました。ですが、そこから得たものはすごく大きいです。
――そこから得たものとは?
「UXデザインを絶対プロジェクトに取り入れるぞ」という意気込みでやる必要はないということです。
UXデザインの視点を全員が持つ必要はないし、無理やり押しつけるのもよくない。その人は、その人なりの事情があって、UXのことを後回しにしているだけかもしれない。
私は「ユーザーが使いやすい」というところに注力したいと、常に思っています。でも、他の人たちは、私とは別のところを大切に思っているかもしれません。
その人たちに私の考えを押しつけても、UXデザインに対して同じ熱量で取り組んでもらえるかというと……難しいものです。「それも大切だよね」ぐらいの感じで、お互いの大切なところを尊重して、最終的に良いサービスが継続していければいいのだと思います。
UXデザインに関して、他の人が自分と同様の熱量をもってくれるとは限らない
サービスは、1人で作っていくわけではありません。ですから、ユーザーのことを最優先に考える人がチームの中にまず1人いれば、それだけで最低限のバランスが保たれるのではないかと思います。
以前の私は、そんな風に考えることはできませんでした。でも、数年前にプロダクトマネージャーのサポートを経験したことで、考えが変わったのです。
――具体的には?
プロジェクトを継続していくには、ビジネスとお金という観点も重要だということです。
- 会社として何を伝えたいか
- 事業を継続させるには、どれくらい売上が必要なのか
といったことですね。
もちろん、「UXデザインにばかり注力していても、良いサービスができるとは限らない」ということは、以前から知識としては持っていました。でも、腑に落ちていなかったといいますか……。それまでは実装フェーズしか積極的に関わっていなかったので、他の部分が見えていなかったのです。
プロジェクトの部品には、たとえば、利用者だけに必要とされるだけではなく、会社やクライアントに対しても必要とされるサービスにするための設計が必要です。
それ以外にも、プロジェクトの進捗管理はもちろん、他のプロジェクトとの関わり、他部署との連携や調整、それをふまえたうえでサービスをリリースするタイミングやプレスリリースについても考えなければいけません。
リリース前から運用・継続の計画を立てたりルールの整備、資金計画も考える必要がありますし、要所要所で判断するための目標(KPIなどなど)を決めたりすることも重要です。
このように「サービスを作っていくことは大変だと思っていたけど、こんなことも考えているんだ」というのを、次々と知ったことで、プロジェクトを組み立てるときの部品の多さを実感として持ちました。
それから、UXデザインを「プロジェクトの部品の1つ」として見ることができるようになり、プロジェクトやサービスを育てながらUXデザインすることを意識するようになりました。
実装者は使いやすさを担保する最後の砦
――小川さんは、HOME'Sで実装者兼UXデザイナーですが、珍しいキャリアですよね。
そうですね。HOME'Sで制作職としてHTMLやCSSを書くような実装の仕事をしている一方で、UXデザインの分野で、ユーザー調査やユーザビリティテストを業務に採りいれています。
――実装者からUXデザインへ進んだのは、なぜですか?
もともと私の考え方として、次のように強く思っていました。
- 使う人が戸惑わないサービスをつくりたい
- 使う人が不安に感じないサービスをつくりたい
「企画者が企画したものを、実装者が形にして、ユーザーに届ける」という流れのなかで、実装者が担う役割としては、サービスとユーザーの接点をしっかり作るところだと思います。実装は一番ユーザーに近いところにいます。
実装者はモノをつくるなかで、いろんなパターンを作ることが多いです。だから、仕様の矛盾や「この流れ、おかしくない?」という部分に気づきやすいです。
デザインの静止画で見ていると違和感はなかったけれど、実際に動かしてみると流れがおかしいという点は、やはり出てくるものです。その部分を実装者が見逃してしまうと、そのままリリースをされてしまいます。
実装していて「使いにくい、流れがおかしい」と感じる点を見つけたら、それはちゃんと発信して直していかなければいけません。実装者は、使いやすさを担保する最後の砦になる職種ですから。
ですが、やっぱり、「ただの実装者」という立場だと発言に説得力がないのです。
なので、自分の発言に裏づけがあればいいのではないかと思い、ちゃんと勉強するようにしたのです。具体的には、ユーザビリティやアクセシビリティの知識をつけるために、産業技術大学院大学の履修証明プログラム「人間中心デザイン」(社会人向けのUXデザインの専門コース)に通いました。
そうすることで、確固たる背景をもって、説得力のある改善提案をしていけるように、成長していったと思います。
実装者は、使いやすさを担保する最後の砦。
でも、「ただの実装者」では発言に説得力がない。
部署を横断してUXデザインをまい進
――ところで、ユーザー調査をするときは、小川さんはどういう立場になるのですか?
現場レベルで、ユーザーの声が必要になったときの手助けです。
調査や評価を業務として行っている部署もあるのですが、部署として仕事を依頼するとなると大掛かりになってしまうので、「ぱっと手軽に調べたい」というときに自分の部署や他の部署から相談を受けることが多いです。
「サイトの改修でユーザー調査をしたいのだけど、やり方がわからない」そういうときに私がヘルプに入って、ユーザーインタビューの指導やその結果からアイデアを発想するお手伝いしています。
――部署を横断的に動けるのですね。
そうです。当社は、社是で「利他主義」を掲げています。
「自分の部署だけじゃなくて、他部署の仕事も積極的にお手伝いをする」というのが、もともと社風にあります。個人の職務だけでなく、それ以上の範囲でやりたいところについては制限を設けない。そんな会社なので、自分の好きなところまで手を伸ばせるのです。
――他の現場への関わりというのは、どのようなものでしょう?
そうですね。たとえば、エンドユーザー向けのサービスに関わったときの事例です。
リニューアルを目的にしているのですが、調査する費用がないという相談がきました。
内容を聞くと「そのサービスを使うユーザーは、社内にもいる」ということがわかり「社内の人にインタビューをしましょう」という方針が立ちました。
定期的に実施しているアンケートからターゲット像を絞り込んで、それに一致するような人を、社内の協力者として募り、4人ほどユーザーインタビューをしました。
このようにすれば、お金をかけずに「自分たちのターゲットユーザーはこういう人だ」という理解を深められます。
そうした理解をもとにカスタマージャーニーマップを作成して、ユーザーの課題やソリューションのアイデアを出していきました。
やはり、社外の人に協力してもらうのは、スケジュールやコスト面で難しいことが多いので、社内の人に協力してもらって、ユーザビリティテストやユーザー調査をすることも多いです。
社員も500人くらいいると、たとえば「最近、引っ越しをした人に意見をもらいたい」と言うと、けっこう手が上がります。
――そうなのですね。
今年になって、相談を受けることが多くなってきました。その理由の1つは、HCD-Net認定 人間中心設計専門家の資格を取ったことも大きいようです。
今までは周囲の人から「使いやすさに詳しい小川さん」という認識だったと思うのですが、資格を取ったことで「専門家の資格を持っている小川さん」に周りの印象が変わった気がしています。
そうなると、あちこちから「小川さんってUXとか詳しいんですよね」というかたちで相談に来るようになりました。専門家の資格を取ることで、周りも相談しやすくなったようです。
専門家の資格を取ったら、「UXに詳しい人」と認識され、周りも相談しやすくなった
――ほんとうに、ボトムアップで活動していますね。
そうですね。現場、現場なところでやっています。
「会社のなかでUXデザインの理解が深まっていくといいな」と思っています。無理に促進していくタイプではないので(笑)。
私が、ユーザーをちゃんと理解して、UXデザインを業務としてやり続けていくことで、まわりの人にその価値を実感してもらえたらいいと思います。
やっぱり制作職、ものづくりの人間なので、ものをつくるというところからは離れたくないですね。
ユーザビリティテストだけするとか、ユーザー調査だけをする仕事ではなくて、私がつくるものを使いやすくするために評価や調査をする。そういうスタンスでやっていきたいな、と思います。
――ありがとうございました。
取材・文:羽山 祥樹(HCD-Net)
「HCD-Net認定 人間中心設計専門家・スペシャリスト」受験者を募集中(申請締切: 12月26日)
あなたも、UXや人間中心設計のプロとして小川さんのように活動してみませんか?
現場のエンジニア・デザイナー・ディレクタ-の方、あなたも「人間中心設計(HCD)」の専門家として資格をとりませんか?
人間中心設計推進機構(HCD-Net)が実施する「人間中心設計専門家」「人間中心設計スペシャリスト」は、日本で唯一の「人間中心設計(HCD)」の資格として、注目されています。
資格認定者の多くは、企業・団体において、
- 人間中心設計
- UXデザイン
- ユーザビリティ評価
- Web制作
- システム開発
- ユーザーリサーチ
- テクニカルライティング
などの従事者や研究者として、第一線で活躍しています。
ユーザーエクスペリエンス(UX)や人間中心設計にたずさわっている方は、ぜひ受験をご検討してみてはいかがでしょうか。
「人間中心設計専門家」「人間中心設計スペシャリスト」の、今回の受験応募は、11月25日(金)に開始します。受験申請の締め切りは12月26日(月)です。
- 申込受付期間: 2016年11月25日(金)~2016年12月26日(月)
- 主催: 特定非営利活動法人 人間中心設計機構(HCD-Net)
- 応募要領: http://www.hcdnet.org/certified/
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