ユーザーに愛されるサービスづくりの話 ~UI/UXデザイン・ユーザー満足度向上の取り組み~
ユーザーに愛されるサービスづくりには、UI/UXデザインと、ユーザー満足度向上施策が欠かせないが、成果を上げている企業は、どのように取り組んでいるのだろうか。
GMOインターネットグループは、ホスティング事業のノウハウを共有するカンファレンス、第14回「GMO HosCon」を12月12日に開催した。
このイベントでは、これまではホスティング事業を支えるインフラや技術について語られることが多かったのだが、今回は「ユーザーに愛されるサービスづくりの話~UI/UXデザイン・ユーザー満足度向上の取り組み~」というサブタイトルのもと、UI/UXについてのトピックが多く紹介された。その中からGMOペパポとGMOクラウドのセッションを中心にレポートをお届けする。
まだ存在しないユーザーの体験をデザインする方法
GMOペパボ株式会社のデザイナー武重ゆか氏は、以前は「minne」のデザイナーとして活躍していたが、2016年に、ホスティングサービスの部門に異動になった。
minneとは、ハンドメイド作品を「買いたい人」と「売りたい人」をつなぐ、国内最大のハンドメイドマーケットだ。
武重氏がminneでUXデザインをしていた頃は、
- 作家さんや購入者さんが喜ぶ特集を!
- 作家さんのやる気が持続する仕掛けを!
- イベントではワクワクするおもてなしを!
など、やればやるほど手応えがあった。
しかしホスティングサービスでは、
- 機能追加
- スピードアップ
- セキュリティ強化
などに挑んではみたものの、ユーザーからうれしいという言葉を聞くことは少なく、UXデザインが見えなくなってしまったという。
見失いがちな価値提供の違い
数か月間落ち込んでいた武重氏は、基本に立ち返り「ユーザーが得られる価値・体験をきちんとデザインできているか確認しよう」と思い立った。これは、顧客が満足する品質をモデル化する「狩野モデル」や「UXピラミッド」を使えば可能だ。
狩野モデルは、商品・サービスの品質を次のように分類するメソッドだ。
- 魅力的品質: 不充足でも仕方がない。充足されると満足。
- 一元的品質: 不充足だと不満。充足されると満足。
- 当たり前品質: 充足されて当たり前。
これに当てはめると、minneは一般的には「なければ困る」というサービスではなく「①魅力的品質」に相当する。このため、「楽しい・心地よい」と感じるUXデザインを考えればユーザーの満足度は高まり、デザイナーとして手応えがあるのは当然だった。
一方、ホスティングサービスは性能勝負であり、機能・性能・セキュリティといった、あって当たり前の基礎機能のうえに事業が成り立っている。機能追加やスピードアップは「②一元的品質」に相当する良い価値の提供だが、時間がたてばユーザーはそれに慣れて「③当たり前品質」に格下げとなる。このため、ユーザーの満足度を高める体験を生むのは難しいのだ。
ホスティングサービスでは機能に付随するUXを提供してもユーザーの満足度上昇は一時的なものになる。そこで新たにはじめたホスティングサービス「ロリポップ!マネージドクラウド」では、機能をウリにするのではなく「楽しい・使う意義のある」という新しい体験を提供することに決めた。
「ロリポップ!マネージドクラウド」とは、ロリポップ!から2018年リリース予定の新しいプランで、レンタルサーバーの手軽さとVPS・クラウドの自由度・拡張性の高さを持つ、新しいホスティングサービスだ。
想定ユーザーでUIデザインする苦悩
新しい体験をデザインするには、まずユーザー理解が必要だ。通常は、お問い合わせ内容を確認したり、ユーザーインタビューやアンケートなどでたくさんユーザーの声を集めたりする。minneでは、「使いづらい」という声があればUIを改善し、「退屈になってしまった」という声があればUXを改善していた。アナリティクスの数字が改善したり「良くなった」というユーザーの声をもらえて、正しいことをしていると確信できていた。
ところが、リリース前の「ロリポップ!マネージドクラウド」にユーザーがいるはずはなく、お問い合わせもなければ、ユーザーインタビューの相手もいなかった。このため、利用ユーザーを想定し、その想定ユーザーが求める体験を想像して、競合調査や研究結果を基にしたプロトタイプをデザインするしかなかった。
「想定」だの「想像」だのばかりで、武重氏は「これは、もはや妄想では」と思うようになった。このため、競合調査と研究の成果も、自分のデザインも、社内の批評すら信じられなくなったという。
「α版」で製品版に匹敵するフィードバックを得るコツ
目の前が真っ暗になり、顧客もまだいないのに顧客サービス戦略の本を読むなど迷走していたところ、プロダクトオーナーやマネージャーが「α版リリースでユーザーにフィードバックもらえるよ」と軽く声をかけてくれたことが光明となった。「α版」とは、まだサービスとして未完成な状態で、限定されたユーザーに使ってもらうテストバージョンのことだ。
クローズドな「α版」は、性能・機能を試すものでデザインまでは作り込まない、そういう認識だったが、そこでUI/UXデザインもテストしてもらえると武重氏は気づいたのだ。これによって、妄想を確信に変えることができる。
「α版」でテストができない場合には、「身近に使ってくれそうな人がいないか足で探してでも、試してもらった方がいい」と武重氏は言う。
この時点でやっと「フィードバックを基に新しい体験をデザイン」するというスタートラインにやっと立つことができたのだ。ここから、テストを元に仮説検証してUI/UXを改善していく動きを始められる。テストは行って満足するためのものではなく、改善のヒントを得る場だ。
しかし、リリース時点で壮大な体験をデザインするのは難しいため、フィードバックをもらうまでは小さなUXを地道にデザインしていく必要がある。たとえば次のようなものだ。
地道なデザインからフィードバックをもらい、壮大なUXデザインに育てていくことが重要だが、かなり未完成状態の「α版」であっても製品版に匹敵するフィードバックを得るコツがあると武重氏は言う。それは、
実装予定だがまだ機能していないUIも、グレーアウトしてリリースする
というものだ。未実装のUIデザインをグレーアウトで残しておくだけで、製品版に近いUXの状態をテストしてもらえる。
動くUIだけを提供した場合は「このような機能が欲しい」というやりとりになるが、実装予定のUIがあれば「どう動くのか」「クライアントに××のデータを提供したい」など、深掘りした意見交換が可能になる。
これについて会場から「未実装機能のUIを残すと、ユーザーからいつできるのかと催促されたり、まだなら消せとマネージャーに言われる」という懸念が出された。
これについて武重氏は、「まったく予定のないものや、かなり先の未来を見た未実装機能のUIを残すと、その可能性はある」としつつ、「実装予定だがまだ動いていないということをUIで示すことで、フィードバックをもらっている」と答えた。
「ロリポップ!マネージドクラウド」では、11月30日にリリースした完成版の直前のレベルである「β版」でも未実装のUIを残している。いずれにしろ、想定ユーザーでUI/UXデザインすることに苦悩した時は、クローズド「α版」や使ってくれそうなユーザーに見せて、妄想を確信に変えることが大切だ。
重い改善を進めるにはまずインナーブランディング
クラウド・ホスティングサービスは、コモディティ化による価格競争にさらされている。GMOクラウドが価格以外の差別化として行っているのは、ブランディング施策だ。
次のセッションでは、GMOクラウド株式会社の田伐直子氏が、クラウドサーバー「ALTUS(アルタス)」で行ったブランディングとUX改善を紹介した。
ブランディングチームが最初に行ったのは、自分たちのサービスの評価を知り、強みを見直すことだ。社内外のアンケートやお問い合わせ内容、ネット上の声など調査し、
- 正統派な感じがする
- 安定している感じがする
- コストパフォーマンスに優れている
- 導入後サポート
など、さまざまな声を発見。一見無機質なサーバーサービスだが、その裏にはたくさんの人がより良いサービスにしたいという思いをもってサービスを提供していると気づき、自社の強みは「やさしさ」であると認識した。そして、その気づきを浸透させるための「やさしさプロジェクト」が立ち上がった。まずはタグラインを制定し、サービスロゴと一緒に表記した。
また、重要だと考え注力したのは社内でのスタッフに対する「インナーブランディング」だ。「サービスを作るスタッフがやさしさを持っていなければ、良いサービスは提供できない」と考え、社内で説明会を開き、各部署に取り組みを理解してもらった。「やさしさ」を浸透させるために社内新聞やポスターの設置、アンケートも実施した。スタッフ間の会話では「やさしさ」を判断基準とし、できることを各部署に提案してもらった。
集まった方針の中でも、クリエイティブはUX改善に携わったという。今回は、GMOクラウド社が提供するクラウドサーバー「ALTUS(アルタス)」で実際に行われた改善施策の例を元にUX改善の手法を紹介した。改善施策は、3つのフェーズで進められた。
- フェーズ1 ユーザビリティテストとインタビューで課題を発見
- フェーズ2 テスト結果に基づいたUI改善
- フェーズ3 テスト結果に基づいたお申し込みフロー改善
3つのフェーズ、それぞれについて解説する。
フェーズ1 ユーザビリティテストとインタビューで課題を発見
ALTUSをよりやさしいサービスに改善するため、まず1か月かけてユーザビリティテストを実施し、問題点を洗い出した。ユーザビリティテストとは、想定したユーザーが特定の作業をスムーズに行えるかなどを、実際のサイトやサービスを使って、実行してもらう手法だ。
まず、検証したい項目を洗い出して評価シートを作成する。
テストは、目の前で「新しく仮想サーバーを作ってください」などタスクをユーザビリティテストの対象者に提示し、そのタスクを達成するまで言動や難易度など、見受けられたことをすべて記入する。そして、達成度、効率度、満足度を○△×でつけていき、タスクの重要度を加味した計算で評価を定量化した(重要な作業ほど、使いにくいと困るため、重み付けを変える)。
こうして問題を定量化することで、どのくらい深刻な問題が発生しているかがわかった。
その他、NPS(ネットプロモータースコア)のアンケートやインタビューも実施した。「NPS」は、「このサービスを他の人にも奨めますか」といった質問を軸にしたアンケートで、「顧客満足度調査」よりもビジネス成果に相関性が高い調査結果を得ると言われている手法だ。NPSアンケートの結果はかなり低い満足度で、アンケートやインタビューからも管理画面にやさしさが欠けていることが明確になった。
フェーズ1での成果をまとめると、次のとおりだ。
- 問題点を定量化し、優先順位をつける
- 重い改善案件も、テスト結果を見せることで社内の理解を得られる
- デザイナーにとっては、日頃接することのないお客さまに直接会えて、モチベーションアップにつながる
フェーズ2 テスト結果に基づいたUI改善
フェーズ1で見つかった課題を可能な限り減らすため、約1年半かけてUIをリデザインした。テスト結果はもちろん、ペルソナやカスタマージャーニーマップを見直し、ターゲットを再認識したうえでUI設計を進めた。
UIの改善では、良い点は残しつつ、次のような悪い点を改善した。
- UI設計ができていない
- 専門知識がないとわかりづらい
- オプション購入の導線がわからない
結果として、UIは見ためがすっきりしただけでなく、ユーザーにとって面倒だったことが簡単にできるようになり、やさしさが伝わる管理画面になったという。
フェーズ3 テスト結果に基づいたお申し込みフロー改善
フェーズ1で改善点として挙がったなかに「お申し込みフロー」があった。フェーズ3では、このお申し込みフローを、1か月かけて改善した。課題だったのは、お申し込み直後にメールが3通届き、情報がバラバラと通知されるという点だ。また、0時から8時の夜間は、お申し込みを完了してもサービスを開始できず、クラウドサービスとして当たり前のことができていなかった。
これらの問題は、基幹システムの仕様が原因とわかり、基幹システムの改定というかなり重い案件に発展した。基幹システムを1か月以上かけて改定し、無事問題が解決した。その結果、ユーザーからの反響も上々で、NPSスコアが低かったALTUSが、「人にすすめたいすばらしいサービス」とお客さまからのうれしい声も届くようになったという。
インナーブランディングの大切さ
クラウドホスティングのコモディティ化という問題を、ブランド施策で解決するという内容だったが、現状を改善するには社内の理解が必須だ。田伐氏は、次のように述べた。
基幹システム改修、管理画面リニューアルなど、重い案件が実現できたのは、「やさしさ」というインナーブランディングのおかげだと感じている
顧客満足度を上げるさまざまな方法
その他のセッションでは、顧客満足度やカスタマーサクセスのための取り組みが紹介された。
顧客の立場に立ったサービス提供
最初のキーノートセッションに登壇したのは、株式会社はてなMackerelチームの井上大輔氏。Mackerel(マカレル)は、はてなが開発したサーバー管理・監視サービスである。
「社内で発生していた問題を解決するために開発した」というドッグフーディング(開発者自身がユーザーとして日常的に使う)のソフトウェアで、毎週のように新機能追加や改修が行われる。
ドッグフーディングでは、自分たちもユーザーであるため顧客の気持ちがわかる。それがカスタマーサクセスにつながるという。まさに「顧客の立場に立ったサービス提供」である。
また、井上氏の役割であるCREはCustomer Reliability Engineerの頭文字をとったもの。日本語にするなら、「顧客信頼性エンジニア」である。はてなではCREのことを「顧客活動(顧客の課題全般を技術的にサポートする)や技術広報を通じて顧客満足度を上げる役職」としている。
メンバーはエンジニア出身者で、問い合わせの約7割が1回のやりとりで解決できているという。サポートの対応がいいことは顧客にとってストレスがなく、良い顧客体験といえる。
顧客と良好な関係を築くためのユーザー視点
GMOデジロック株式会社の藤田伸広氏は、顧客と良好な関係を築くためのユーザー視点について紹介した。
「10人の小さな会社だからできること」だと前置きしたうえでだが、顧客が困っていれば、大手では対応できないような柔軟な対応行っているのだという。
こうした対応を行ったユーザーは、後々大規模契約ユーザーに成長した。このように顧客の視点に立った対応をこっそり行うと口コミで拡散しやすく、広告費をかけずに宣伝できる。また、利用歴の長いユーザー向けキャンペーンでは単独でみると赤字になったものもあるというが、将来の契約や拡張に結びつけば会社の利益としては悪くないということだろう。
従業員満足度↑で、サポートチームを再生
GMOクラウド株式会社の原田真二氏のセッションは、コンタクトセンターのサービスレベル向上により顧客満足度をアップさせた事例を紹介。手法としてはコンタクトセンターで働くメンバーの給与体系の改定、教育制度の見直し、オフィス環境の向上など本来外部向けには発表しないようなリアルな改善施策を説明。
このような成果を評価され、GMOクラウド社の商材だけを扱うコンタクトセンターが、GMOインターネットグループのさまざまななサービスを対応する総合コンタクトセンターに向かっているほど活躍の幅が広がっているとのこと。
キャラクターと共に歩むサービス作り
最後のセッションでは、GMOインターネット株式会社取締役の児玉公宏氏が、キャラクターと共にサービス作りをしたVPS「ConoHa(コノハ)」の取り組みを紹介した。「ConoHa」は、サービス自体の企画・設計当初から「美雲このは」というキャラクターの存在を前提としていた。
「このは」への愛は深く、コントロールパネルやスマホアプリにはキャラクターのスキンに切り替える「このはモード」ボタンがあるほどだ。
「このは」はアーティスト活動もしており、カンファレンス会場でデビューCDも売られていた。キャラクターを使うかは業種・業態によるだろうが、提供者が愛せない製品・サービスを顧客に愛してもらおうというのは、確かに間違っているのかもしれない。
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