HCD-Net通信
「人間中心設計 (HCD)」を効果的に導入できるよう、公の立場で研究や人材育成などの社会活動を行っていくNPO「人間中心設計推進機構(HCD-Net)」から、HCDやHCD-Netに関連する話題をお送りしていきます。
HCD-Net通信

UX王子曰く、“いいもの”を世の中に増やすには、現場でUXやHCDに取り組む当事者が大切なんですよ

「いいWebサイト」「いいもの」を作るためには、現場の当事者が人間中心設計(HCD)に取り組むのが大切

実際に手を動かしているデザインや開発のプロの人たちが少しずつでも人間中心設計に取り組めたら、間違いなくWebサイトは良くなるはず。

人間中心設計(HCD)は、良いユーザーエクスペリエンスとはどういうものかを追求して、それを計画するためのアプローチ。

世の中に「いいもの」を増やしたいですよね。それには、「作りたい人」と「使う人」のギャップを埋められる、UXやHCDがわかる人が大切だし、そういった人たちを支えていきたいのです。

「UX王子」とも呼ばれる、ユーザーエクスペリエンスの専門家の安藤昌也氏に、「いいものを作れる企業」を増やすために大切なことと、HCD-Netの「人間中心設計専門家」認定制度に新設された「人間中心設計スペシャリスト」について聞いた。

ここ数年、Web制作の現場において、「ユーザーエクスペリエンス(UX)」や、その手段としての「人間中心設計(HCD)」が、よく語られるようになってきました。人間中心設計とは、ユーザーに注目し、ユーザーの体験を軸にWebサイトやWebサービスを設計・改善するプロセスです。

現場のWeb担当者や、制作者、エンジニアやデザイナーが、自ら人間中心設計のスキルを身につけ、現場に取り入れようという動きも、少しずつ始まっています。

そうした変化に応え、HCD-Netが毎年実施している「人間中心設計専門家」認定制度でも、今年度は対象者をさらに広げ、「人間中心設計に現場で取り組む人」を認定する「人間中心設計スペシャリスト」という認定資格を、新たに追加します。

「人間中心設計に、現場で取り組む人」とは、どういうことでしょうか。今回は、「人間中心設計スペシャリスト」新設の背景を、新資格のコンピタンス検討委員会の主査を担当した、HCD-Net理事の 安藤 昌也 さん(千葉工業大学 准教授)に伺いました。

愛されるものをつくるには、人間中心設計が近道

――安藤さんは、国内のユーザーエクスペリエンス分野の第一人者として、活躍されています。まず、ふだんのお仕事をかんたんにご紹介いただけますでしょうか。

安藤 昌也 さん
HCD-Net認定 人間中心設計専門家

ユーザーエクスペリエンス(UX)の研究を、千葉工業大学で行いながら、人間中心設計を企業に導入する支援もしています。

私の研究室は「エクスペリエンスデザイン計画研究室」といい、デザインのプロセスのなかでも、「何を作るか」だけでなく、「なぜ作るのか」まで考えるところに力点をおいています。

――ユーザーエクスペリエンスの研究とは、どのようなものでしょうか。

たとえば、人が物に「愛着」をもつことの研究があります。物の使い方を工夫したり、必要以上にカスタマイズしたりする。愛用の自転車に名前をつけている人もいますよね。

おもしろいことに、そういった「愛着」は、使いやすいものだけに起こるわけではないんですよ。使いにくいものであっても、愛着をもつということは起こるんです。

たとえば、私は2004年ごろ、ノキアの携帯電話を使っていました。その携帯電話は、携帯メールが届いても、差出人の名前ではなくメールアドレスがそのまま表示される仕様でした。ですから、メールが来ても、誰からのメールなのか、ぱっと見てわからない。

初めは「なんて使いづらいんだ」と思っていたのですが、2週間もたたないうちに、メールアドレスを覚えてしまって「これは○○さんからだ」とわかるようになったんです。それどころか、周囲の人に、必要以上に携帯電話を紹介して回るようになりました。「これ使いづらいんですよ」とか「名寄せしてくれないんです」とか言って(笑)。

使いづらいにかかわらず、だんだん愛着を覚えるようになったわけです。

使いやすいものや、操作感のよいものを、単純に作っても、良いユーザーエクスペリエンスになるとは限りません。愛される物を作るためには、人の心理のメカニズムを知ったうえで、デザインする必要があります。

その一番の近道となるのは、人間中心設計なんです。

たとえば、「愛着をもつ」というメカニズム」がわかったら、愛される物をもっとたくさん増やせますよね。人間中心設計は、良いユーザーエクスペリエンスとはどういうものかを追求して、それを計画するためのアプローチなのです。

実際に手を動かしている人が、人間中心設計に取り組むのを支えたい

――今回、HCD-Netの認定資格に、既存の「人間中心設計専門家」に加えて、「人間中心設計スペシャリスト」という資格が新設されました。

「人間中心設計専門家」の認定資格は、今回で第5期になります。これまで287名が認定を受け、人間中心設計の実践と啓蒙につとめていただいています。

とはいうものの実際の現場では、こんな声もあります。

人間中心設計専門家が1人で頑張るだけでは、
十分に効果が出せない。

ではどうすれば、人間中心設計を現場で実践できるのでしょうか。

大切なのは、たとえばデザイナーやエンジニアのような現場で実際に手を動かしている方が、現場のひとつひとつの工程で、人間中心設計に一緒に取り組むことです。

私たちは人間中心設計の専門家なのですが、必ずしも自分たちが実際に手を動かすとは限りません。たとえばWebサイトでいうと、多くの場合、現場で実際に手を動かしているのはデザイナーやエンジニアといった方たちです。Webサイト制作の工程の一部を担っていて、実際にワイヤーフレームを描いたり、HTMLを書いたりしている方たちです。

こうした実際に手を動かしているデザインや開発のプロの人たちが少しずつでも人間中心設計に取り組めたら、間違いなくWebサイトやは良くなるはずですし、その会社としても、人間中心設計をちゃんとできるようになります。これはWebサイトに限らず、どんな製品やサービスでも同じです。

最近は、社外の勉強会などで人間中心設計を勉強して、自分のできる範囲で人間中心設計を取り入れようと努力する方も増えてきています。「すごく詳しいわけではないけれども、できる範囲で取り組んでる」という、そういう活動が増えているんですよね。

そういった、「自分の業務に人間中心設計のエッセンスを取り入れている人」たちを、「人間中心設計スペシャリスト」として積極的に認めていくことで、頑張っている人たちを応援できたらいいと思い、今回、認定資格を拡張しました。

――「人間中心設計専門家」と「人間中心設計スペシャリスト」は、上級と中級というような、階層関係ではないということですか。

上下ということはないですね。守備範囲の広さが違うというイメージです。

「スペシャリスト」という名称は、「自分の業務の専門性を中心に、人間中心設計の活動もできる」ということを期待したものです。主な業務としての「人間中心設計専門家」を目指すのではなく、あくまでも自分の業務を中心としているが、そのなかで人間中心設計活動を実践している方、そんな人を「人間中心設計スペシャリスト」として認定しようと考えています。

もちろん、主業務として人間中心設計に取り組んでいる方でも、「人間中心設計専門家」を目指す第1段階として「人間中心設計スペシャリスト」を取得するというのもあります。

「いいもの」を作りたい人と、使いたい人の、ギャップを埋めたい

――実際に手を動かしている人を「人間中心設計スペシャリスト」として認めることで、「愛されるもの」を作れる企業がより増えると期待しているのですね。

私がユーザーエクスペリエンスの研究をする動機は、「いいものを増やしたい」からなんです。だって「いいもの」を使いたくないですか? 使いたいですよね? 私は「いいもの」を増やしたいんです。

世の中には「いいもの」を作りたいと思っている人がたくさんいますし、現場の人に「いいもの」を作りたいともっと思ってほしい。

ただ、「いいもの」に関するギャップが「作りたい人」と「使う人」のあいだにあることが多いのです。

最近の事例でいうと、国立国会図書館が運営している「ひなぎく」というWebサイトの設計を支援しました。「ひなぎく」は、東日本大震災でデジタルメディアで記憶された、膨大な情報のデータベースです。

Webサイトをふつうに作ると、メニューや機能を考えるときにイメージするのは、そのサイトをいま使うユーザーですよね。でも「ひなぎく」は、東日本大震災のことを未来に伝えるためのサイトです。25年後くらいの将来に、震災時の逃げかたや、防災教育、あるいは次に震災があったとき避難所のコミュニティ運営はどうあるべきなのかといった、新しい知識を、そこから生み出せるようにする必要がありました。

つまり「ひなぎく」を使う人は、25年後の、未来のユーザーなのです。作る人が、今日のユーザーだけに気を取られて、25年後のユーザーをきちんと想定できないと、ギャップができてしまいます。

そこで、人間中心設計のプロセスを用いて、「25年後の、震災を経験していないユーザーがどう学ぶか」という利用状況を洗い出しました。人間中心設計によって、作りたい人と使う人のギャップを埋めたのです。

私は「いいもの」を増やすために、人間中心設計の力を使うという仕事をずっとやっています。人間中心設計のプロセスを用いると、作りたい人が何に気がついていなくて、使う人が本当は何をしたいのか、わかります。

「いいもの」を増やすためには、人間中心設計を学んだ人が現場にも増えるといい。HCD-Netが人間中心設計を啓発していけば、「いいもの」が増えると思っています。

――最後に……1つ気になっていることがありまして。

なんでしょう?

――安藤さんは、周囲から「UX王子」「UXプリンス」とあだ名されているようですが、本人としては、いかがなんでしょうか。

ははは(笑)。いや、有り難いことです。そのように呼んでいただくことで、ふさわしい活動と実積を出さなければという意識も高まります。

――本日はありがとうございました。

取材・文・撮影:人間中心設計推進機構(HCD-Net) 専門資格認定委員会 羽山 祥樹

■人間中心設計専門家・スペシャリスト 資格認定
受験者募集中(申請締め切り1月10日)

現場のWeb担当者・デザイナー・ディレクタ-・エンジニアの方、あなたも「人間中心設計スペシャリスト」として認定を受けませんか?

http://www.hcdnet.org/certified/

人間中心設計推進機構(HCD-Net)が実施する「人間中心設計専門家・スペシャリスト」の資格認定制度は、人間中心設計の専門スキルを評価し認定する、日本で唯一の人間中心設計の資格認定制度です。

2009年における本制度の創設以来、企業や教育機関からの好評を受け、4年間での資格取得者は287名となります。

認定者の多くは、企業・団体において、

  • 人間中心設計
  • ユーザビリティ評価
  • デザイン
  • システム開発
  • Web制作
  • ユーザーリサーチ
  • テクニカルライティング

などの従事者や研究者として、第一線で活躍しています。

今回より「人間中心設計スペシャリスト」という名称で、実務経験「2年」以上の実務者にむけた、新しい制度も追加されました。

第5期となる今回の受験応募は、12月20日(金)に開始しており、受験申請の締め切りは1月10日(金)です。

Web担当者やデザイナーとしてユーザーエクスペリエンス(UX)や人間中心設計(HCD)も取り入れて活動されている方、または、より本格的にHCDやユーザー調査、IAなど、UXに関わる業務に携わっている方は、ぜひ受験ください。

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