法律×ショート動画で総フォロワー270万人超! 岡野タケシ弁護士に聞く、視聴者を惹きつけるSNS運用のコツ

2008年に設立されたアトム法律事務所は全国に15拠点を構え、グループ弁護士・税理士などで構成されたリーガルサービスを提供するアトム法律グループとして活動する。同グループ代表の岡野武志(岡野タケシ)氏は「法律系インフルエンサー」として活動しており、SNSの総フォロワー数は270万人を超える。近年は、話題のニュースを法律の観点で解説したショート動画が人気を集める。岡野氏に「SNSの運用術」を聞いた。
2019年に路線変更、名前を前面に出してSNSを運用開始
2025年で創業18年目を迎えるアトム法律グループは、主に刑事事件・交通事故・離婚・相続に注力する。代表の岡野氏は、高校卒業後、10年間の無職・フリーターを経て28歳で司法試験に合格。修習期間後は、刑事事件に特化した弁護士事務所として、アトム法律事務所の前身となるアトム東京法律事務所を立ち上げた。それ以前にWebマーケティングを独学で学び実践していた経歴があり、設立当初からSEOで集客に成功してきた実績があるという。
その後、スマートフォンの普及が進んだことから、アトム法律事務所としてX(当時はTwitter)やFacebookなどのSNS運用を始めたが、狙ったような効果は出ていなかった。そんななか、2019年に路線変更して、岡野氏の名前を前面に出してYouTube、X、Instagram、TikTokのSNSを一斉に開始した。

当時は、ちょうどビジネス系YouTuberが台頭し始め、マーケットが成熟してきたようなタイミングでした。そこで、当グループとしてもSNSにより注力しようと、私が顔と名前を露出して各種SNSを始めました。今でこそ事業成長を目的に運用していますが、当時はWebマーケターとしての「好奇心」が先行していました。SNSで数字を作れるか挑戦してみたくなったんです(岡野氏)
主流のショート動画は、“ネタ”と“わかりやすさ”で勝負
現在、岡野氏の名前を前面に出したアトム法律グループのSNSは、Xが24.7万人、Instagramが5.3万人、TikTokが69.2万人、そしてYouTubeが175万人となる(2025年7月時点)。岡野氏の名前を出さないアトム法律事務所のX・YouTubeのアカウントも存在するが、勢いは岡野氏のアカウントに遠く及ばない。
アトム法律事務所の公式アカウントは、採用説明会や公式のお知らせを淡々と流すためのものです。私の名前を出している公式アカウントは、時流に合わせた企画を多く盛り込み、老若男女に向けて発信しています。前者は数字などを追っていませんが、後者はコンテンツの分析を通じて再生回数拡大を狙った発信を行っています(岡野氏)
同社のSNSは、社内のSNS担当者5〜6名ほどですべて内製している。ここからは、岡野氏の名前を出した公式アカウントのみに言及していく。
各種SNSで投稿する動画コンテンツは、「大人から子供まで法律が100倍楽しくなる」をテーマに、法律の知識を老若男女の幅広いターゲットに向けて発信している。現在のKPIは「ショート動画を1日に2本配信する」のみ。「無理に数字を追い求めるのは事故のもとになる」という理由から、厳しい数字目標は立てない方針だ。
投稿スタイルは、時代の流れに沿って変化が見られる。アカウント開設から2〜3年は、著名人のトラブルや視聴者の気を引くような話題をフックに、法律の観点からわかりやすく解説した5分前後の動画を多く配信。「法律厳守でマリオカートをやってみた」「知らなきゃ損する交通事故の慰謝料の上げ方」「ツーブロック禁止を完全論破」といった企画は、いずれも200万再生を超える。

その後、2021年からはタイムパフォーマンス(タイパ)の価値観の浸透もあり、YouTubeとTikTokでショート動画の配信に注力。それからは、1日2本のショート動画を配信している。ショート動画は、“最初の5秒でいかに視聴者の気を引けるか”がカギであり、「ネタの選定」と「大筋の方向性」が再生回数を大きく左右するという。
現状の動画の方向性は、主に2種類です。視聴者の質問を拾って回答する「質問きてた」シリーズ、そして、注目度の高いテーマや気になる話題を解説する「本物の弁護士が1分で要約」シリーズです。ネタの選定で意識しているのは、多くの視聴者が知りたいことかどうか。たとえば、著名人のニュースで多い男女トラブルや注目された各国の裁判事例など。これらは、犯罪予防の観点でも扱う意義があると考えます(岡野氏)
動画:2週間で174万回再生されているショート動画「刑務所から釈放された受刑者→その後どう過ごす?」より
解説にあたっては、難解な法律用語を噛み砕くだけでなく、「法律の世界っておもしろいな」と思ってもらえることを目指しています。弁護士が法律の話をすると大学の講義のようになりがちですが、そうならないように配慮しています(岡野氏)
実際にショート動画を見ると、スピーディーな映像の切り替わりや豊富なテロップが印象的で、“ドキュメントバラエティ”のような見せ方になっている。法律という難しいテーマながら、入り口のハードルを下げるような演出だ。
制作は生成AIを駆使、主な指標は「再生回数」と「コメント数」
現在、主流としているショート動画は、以下のようなフローで制作している。
- ネタ出し・初期チェック
- 脚本作成
- 脚本内容の事実確認・表現の整備
- 動画編集
- 最終チェック(社内弁護士含む)
- 投稿
著名人のトラブルや法律といったセンシティブな話題を扱うため、フローに複数回のファクトチェックを組み込んでいる。上記のうち、1・3・5がその工程で、炎上リスクや誤解の可能性がないかを、社内の複数メンバー、および弁護士の視点を交えて多角的に確認している。その成果として、2019年のSNS開始以降、炎上や大きなトラブルは起きていないという。

1日2本の配信を効率化するために、制作工程では生成AIを駆使している。まず、ネタ探しは、海外メディアや世界最大級の知識共有プラットフォーム「Quora(クォーラ)」などから、一定以上の注目度がある話題が自動的にピックアップされる仕組みを構築。その内容をAIで要約したり、関連事項をAIでリサーチして企画や脚本に落とし込む。脚本の文章整理や誤字脱字のチェックもAIで行う。さらに、AIビデオジェネレーターの「HeyGen」を使用して、岡野氏のAIアバターを作成。 動画内で使用するイメージ画像も、AI画像生成ツールを用いて作成している。
投稿完了後は、反響を分析して改善に活かしている。主な指標とするのは「再生回数」と「コメント数」だ。同社では、再生回数が100万回を超えると、チャットツールに自動で通知が飛ぶ仕組みが構築されている。該当コンテンツがなぜ支持を得たかを分析するほか、コメント欄で寄せられる疑問や視点もテーマ選定や脚本改善に活かしているそうだ。
企業SNSは、「社長の実名顔出し」か「真面目にコツコツ」
近年は、企業のSNSアカウントによる炎上が頻発している。企業として不適切な投稿、差別や性的表現と指摘されるCMや広告の演出などは、その代表例だ。炎上は避けなければならないが、過度に自衛すれば、多くの人に届く魅力的な発信になりづらい。こうしたジレンマを抱える担当者は少なくないだろう。この問いに対して、岡野氏は「社長が実名顔出しで発信するのがおすすめだ」と答えた。
私の名前を前面に出したアトム法律グループのアカウントは、できる限りの炎上対策をしているものの、攻めた視点を盛り込んでいるので炎上のリスクはあります。ただし、万一トラブルがあっても、代表の私が発信しているので、私自身が責任を取ることができます。インフルエンサー並みのフォロワー数やインプレッションをねらうのであれば、踏み込んだ発信をしてネガティブな結果が出ても責任を取れる人が、実名顔出しで運営するのがおすすめです(岡野氏)

一方で、SNS担当者が企業名で運営する場合は、「インフルエンサーのように数字を追い求めず、真面目にコツコツ発信していくのが最善だろう」とのこと。
企業名で運営するアカウントは、情報を広く拡散することを目的とせず、訪問してきた人との信頼関係を築くために運用するのが良いと考えます。自社に興味のある人がアカウントに訪れた際に、企業の取り組みが丁寧に語られていれば、誠実な印象を受けるはずです。一部、企業担当者が運営しているインフルエンサーのような企業アカウントもありますが、どうしても属人的になりやすい。担当者が変わっても、同じスタンスで継続できる企業アカウントを育てるほうが良いだろうと思います(岡野氏)
アトム法律グループのSNS運用による成果をたずねると、岡野氏は「さまざまなイベント登壇の声がかかる」「優秀な人材の採用につながる」をあげた。SNS運用の直近の展望としては、生成AIの活用を広げて、よりコストや時間の削減につなげたいとしている。そして、いずれは「新聞に掲載されている4コマ漫画のような存在になりたい」という願望もあるという。
私の目指す立ち位置として、トップインフルエンサーではないけれど数字はそれなりに取れていて、「隅っこのほうで事件についてこっそり話している人がいるな」ぐらいでいいかなと。なので、SNSに対して大きな期待があるわけではありません。私が今、最も注力しているのは生成AIです(岡野氏)
岡野氏は、弁護士YouTuberとして業界内で圧倒的なフォロワー数を誇る。代表自らが表に出て、自社のPRよりも視聴者が興味を持つネタ、視聴者の価値観に沿う構成を最優先に考えている。そんな方針が短期間での成果につながっているようだ。
ソーシャルもやってます!