PVよりも大事なのは“自分”の深掘り/いちるさんのブログ論(第12回)
いしたに このインタビューは、おもに企業のWeb担当者が読むことを想定しています。今回は、前回の「情報考学 Passion For The Future」の橋本大也さんからご指名をいただいていませんが(笑)、ここのところ書評系ブロガーが続いたということで、満を持して登場のいちるさんです。
いちる こんにちは、いちるです。「小鳥ピヨピヨ」というブログを書いています。他にも、「ギズモード・ジャパン」というガジェット系ブログメディアのゲスト編集長など、複数のブログを運営しています。
ブログ名 | 「小鳥ピヨピヨ」 |
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一言で言うとどんなブログ? | 自分が興味を覚えたり、ふと思ったことを記しているブログ |
運営者略歴 | いちる。ニフティ(株)でWebディレクターとしてココログをはじめ様々なサービスを企画した後、シックス・アパート(株)にてメディア事業担当ディレクター。「ギズモード・ジャパン」のゲスト編集長も務める。「アルファブロガー・アワード2005」など数々の賞を受賞。詳しくは「いちるのプロフィール」で。 |
開始年 | 2003年9月 |
RSS登録数 | 3642(旧ドメイン名で3410。新ドメイン名で232)フィード(livedoor Reader調べ) |
「小鳥ピヨピヨ」を始めた意外な理由
いしたに いちるさんと言えば、ブログ黎明期から活躍している有名ブロガーですが、あえて聞きたいのが、そもそもなんでブログを始めようとしたか? 実に今さらな質問ですが(笑)
いちる そもそもブログを始めようとは思ってなかったんですよね。今さらですが(笑)
いしたに すごく意外(笑)。他になんか理由があった?
いちる 当時僕はニフティで「ココログ」というブログサービスを始める準備をしていて、そのシステムが「TypePad」という米国のブログサービスだったので、テストとしてブログを立ち上げて書いていただけなんです。
いしたに なるほど、単にテストしようとしただけが……。
いちる だから、「書き続けると人とつながる」とか、今よく言われているそういうブログのパワーみたいなものは、当時は一瞬も頭をよぎったことすらありませんでした。
いしたに なかったんだ(笑)
いちる だってただのテストですから(笑)。ただ一つ念頭に置いていたのは、当時ブログを書いている人というのはギークばか、話す内容といえば「Perlがどうのこうの」というものしかなかったので、ココログを立ち上げて日本でブログというものを広めようと思っている側としては、「いや、ブログってもっと簡単だよ。適当でいいんだよ」ということを伝えるためのサンプルとしてのブログを書いておこうと。
いしたに たしかに当時ってそうだった。ブログってけっこう高度な話が多かった。
いちる 米国のネット系ハイカルチャーの雰囲気がそのまま日本で展開されていた感じですね。斬新なWebサービスとか、スマートなコーディングの仕方とか、美しい写真とか。エログとかありえなかった(笑)
いしたに そんな目論見もありつつも、すっかり続いているわけですけど。
いちる もともとは「ココログ」を立ち上げたらやめるつもりだったのですが、ある日アクセス解析を見てみたら、なんか妙に人が来てたんですよね。といっても100人くらいなんですが、それでなんだか興奮しちゃって(笑)、調子に乗ってまた書いたら、ある日1日に20万人とか来て。
いしたに そりゃやめられない(笑)
いちる そのうち「blog of the yeah! 2003」で賞までもらって。そこからですね、勘違いが始まったのは。
いしたに でも、勘違いは大事ですよ。
勘違いがブログを続ける原動力
いちる 最近、いろんな人と話してて思うのは、もう5年もブログやってるというのに、僕が考える「小鳥ピヨピヨ」像と、他の人が考えるそれとは違う面もいろいろあるんじゃないかということ。「僕、何か重大なところ勘違いしてるのかも」と(笑)
いしたに それは、勘違いがブログのエンジン、続ける原動力になっているということ?
いちる 原動力かどうかという点で言うと、僕が意図したのと違う部分が読者に刺さってることがあるのだとすれば、そこについては知りたいと思います。「自分が何を勘違いしているのか知りたい」といいますか。
いしたに ややこしくなってますが(笑)、それはブログでアウトプットしたから、初めてわかったことなんでしょうか。
いちる まあ、「アウトプットすると自分と他者の境界が見えてくる」というのは、ブログが広がり始めた2004年くらいから、ブログの効用として言われ出していました。僕ももちろんその説は支持しますが、一方で、それと「自分のマーケティングができてくる」というのは違う話だな、と最近は思っています。あと、アウトプットするためのコストが下がってきているので、従来の意味での「マーケティング」って、する必要もない場合も出てきてる。
いしたに マーケティングの部分は私も思っていることで、ターゲットを想定して何かを仕掛けるのが旧来型マーケティングとすると、ブログはターゲットも目的も無しにとりあえず全部出してしまうところに新しさがある。世間的に意味があったり、人気の出るものは絶対にリターンがあるから、そこから再スタートする方が効率がいい。でも、これはアウトプット前提の方法なので、ここがブログをやってない人には伝わりにくいところです。
いちる ネット登場以降のソフトウェアやサービスの作り方を、コンテンツにも拡大して当てはめることは可能ですよね。
いしたに 可能です。
いちる アウトプットはフロー感覚で気軽におこなって、でもそのデータはストックデータになってるから、アウトプット後にそれを微調整する、というブロガーさんも結構いて、それはそれで正しいやり方でしょうね。最初に「インスタントにやる」のが大事で、それはネットでもここ数年のキーワードだった気はします。
いしたに まずやってみる、ですね。
いちる ヒップホップでいうとフリースタイル、みたいな。
いしたに 実際、「小鳥ピヨピヨ」というブログもそうだったわけだし。
いちる あと、これはたぶんみなさん言ってるんだと思いますが、ボールを1球だけとりあえず投げるんじゃなくて、周囲の反応を見ながら100球くらい投げてみれば、自分が「ネットでの表現」についてエキスパートになっていくのを感じられると思います。
いしたに そうそう! 10球程度じゃダメなんですよね。100球ぐらい投げないとダメ。
いちる 「こういうのが自分は書きやすいし、他の人も比較的読んでくれるのかな」というのがわかってくるのには3段階あって、まず1ヵ月後、次に4ヵ月後、それから1年後くらいな感じがします。
いしたに その時間の感覚も大事ですね。
いちる 1年経つとまたモヤモヤしてくるのですが、その頃にはその「モヤモヤ」=「外界と自分、自分と自分の内側とのギャップ」自体が楽しくなってくるので、もうブログを続けられるかどうかは心配要らなくなっていると思います。
「絶対に道玄坂に連れて行ってくれないタクシー」など:
いちるの自薦ベスト3
いしたに ということで! 数多い「小鳥ピヨピヨ」の名作エントリーからベスト3を選んでもらいました。カウントダウンでいきましょう。まず3位、「絶対に道玄坂に連れて行ってくれないタクシー」。
いちる これは自分用のメモとして、「道玄坂って言ってんだろ」というメールを自分宛てに送信したつもりが、間違って「小鳥ピヨピヨ」に投稿しちゃって。「ええっ!? いつも柔らかい口調の小鳥さんに一体何が!?」みたいなメールがいくつか来たのを見てヤバいと思い、仕事を中断して急いで書いたエントリーです。でも書いてる途中でどんどんリズミカルに言葉が浮かんできて、書いてるとき異様に楽しかったのを覚えています。やっぱ体験した直後だったからかなあ。
いしたに あれは笑った(笑)
いちる 2位はこれですね。「間違いなく、好きじゃないとできない仕事」。当時、「好きなことを仕事にしろ」とか「好きと仕事を分けろ」とか、そういう仕事術とか人生術みたいなことを書くのがブログ界で流行していて、そういう状況にちょっと茶々を入れようとして(気づかれないように)書いたエントリです。でもヨガ行者の写真を集めていたらだんだん楽しくなってきて、気がついたらお気に入り記事になっていました。
いしたに これもある意味リズム系ですね。
いちる そして、1位はこれ。「クラリネット壊しちゃって発狂」。
いしたに これもリズムですねえ。
いちる 3つとも選んだ理由は似ています。PVの多さや評判ではなくて、「書いていて楽しかったかどうか」というのがキーポイントになってます。
いしたに 「ランナーズハイ」じゃなくて「エントリーハイ」。
いちる ブログを書いてる人は誰でも経験あると思うのですが、入魂のエントリーがあまり評判を集めなくてガッカリしたり、適当に書いた記事や時流に乗って書いただけの記事が妙に人気が出てガッカリしたり。
いしたに あるある。
いちる だから、PVや評判を集めた記事は、確かにかわいいけど、自薦ベスト3には入ってこない。
いしたに 今回いちるさんには別途、PVのベスト3も用意してもらったのですが、見事に食い違ってますね(笑)
順位 | エントリー名 | アップ日 |
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1位 | スネ夫を正面から見たら | 2003年10月17日 |
2位 | 高校生は、音楽CDのことをなんと呼ぶか? | 2008年10月22日 |
3位 | ウルトラマンSNS:懲りすぎな円谷公式エイプリルフール | 2007年4月1日 |
順位 | エントリー名 | アップ日 |
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1位 | クラリネット壊しちゃって発狂 | 2005年8月24日 |
2位 | 間違いなく、好きじゃないとできない仕事 | 2007年12月10日 |
3位 | 絶対に道玄坂に連れて行ってくれないタクシー | 2007年10月5日 |
いちる PVベストの記事は、書いてるときに自薦の記事ほどウキウキと楽しかった記憶はないですね。エントリーハイにはならなかった。苦しいというのは、なかなか言葉が決まらなかったり、読みやすくしようと何度も段落を入れ替えたりしていたということです。でももちろん、大好きな記事ではありますけどね。
いしたに アクセスがドンと集まるという現象が起きて、それが自分にフィードバックされるというのが醍醐味かなあとも同時に思いますね。
いちる そうですね。これらの記事はすごくたくさんの人が読んでくれて、それこそ名刺みたいになっているので、「読みました! おもしろかったです!」って言ってもらえると嬉しい、みたいなところはありますね。コミュニケーション用エントリーと化しています。
いしたに 看板みたいなものか。
いちる ブログに看板となる記事なり何かなりがあると、いろいろと便利だと感じますね。たとえば、企業がブログをやることも多いと思いますが、黙々と自社の情報をただアップしてるだけだと、正確だけどおもしろくない記事ばかりになる。それはただの情報発信なのでコミュニケーションにはなりづらい。たまにはネットで話題になりそうなことも気軽に書いてみるとか、そういう「上手な釣り師になろう」的な発想は大事だと思います。
いしたに いいコメントだ。実感がこもってますね。
いちる タイトルを工夫するだけでもだいぶ違いますから。
いしたに 結局、人が来ないことには何にも始まりませんからね。
いちる いくらプロモーションして網を放り投げていっぱい集めてきたとしても、最近はみんな網から逃げる術を身につけてますから。ネットって結局「巨大なネタ場」なのだから、ネタを提供する釣り師を意識したほうが良いかなと思ってます。読んでる人はみんなネタ探してるだけですから。
いしたに 特にタイトルはそうかもしれませんね。
自分の内側にモチベーションを持ってブログを書く:オススメブログ3
いしたに 最後にいちるさんのネタ探しソースと言えるかもしれない、普段読んでいるブログを3つ紹介してもらいます。まずは「切込隊長BLOG(ブログ)」。
いちる 3つともそれぞれ理由があります。まず「切込隊長BLOG(ブログ)」は古くからあるブログで、「オレが興味を覚えたり、ふと思ったことをただ脊髄反射でダラダラ記してるだけ。でももちろんジャーナリズムじゃないからポジショントークだよ」という、これこそ個人ブログの正しいあり方だと思います。「小鳥ピヨピヨ」とはまったく書いている内容が違いますが、基となるコンセプトは似てるかなと。
そして2つ目は、「ハムスター速報 2ろぐ」です。
いちる 2ちゃんねるが今も人気を保っているのは、「2ちゃんまとめサイト」のおかげだと思っています。「ネットにおいて編集は重要」という、よくマーケティングやWebディレクションで言われる単なる机上の空論的キーワードが、「2ちゃんまとめサイト」を例に取ると、急に実感をもって理解できます。
いしたに おお、ホントにそうだ。
いちる この「ハムスター2ろぐ」は、数ある2ちゃんまとめサイトの中では、ネタの選び方やその編集方法が一番個人的に好みで、いつも更新が楽しみです。
3つ目は、「Native Heart」。このブログのすごいところは、たぶんあんまり読者がいないというところです(笑)
いしたに (笑)
いちる あんまりいないのですが、刺さる人には異常に刺さるし、その人にとってはたぶんすごくクオリティが高いブログに見える。つまり超ニッチな情報を黙々と提供し続けているブログであり、それこそが、「切込隊長BLOG(ブログ)」とはまた違った意味で「まさに個人ブログの醍醐味」ではないかと思うのです。PVとか関係ないんです。
いしたに PV関係ないですよね。それは声を大にして言いたい。PVだけがゴールじゃない。
いちる PVをとるゲームをするという意味でブログをやってももちろんいいですが、それだと、ブログの醍醐味は味わえないです。ブログの醍醐味はP2P。書いていると、不思議なことに、それを欲している人のところにちゃんと届く。もちろん時間はかかるかもしれませんが。
いしたに 届きますよね。
いちる だからとりあえず書いておこうよ、と思います。僕だって、実は匿名で「livedoor Blog」内で1日10PVしかないブログを黙々と更新してます(笑)
いしたに そんなことしてるんですね(笑)
いちる PVやアフィリエイトなどの外部要因じゃなく、「自分の内側にモチベーションを持ってブログを書く」ということを、ちゃんと自分に定着させたくて。
いしたに ブログやってると「自分」という問題は突きつけられますね。企業だと、そのまま「自社」になるんだろうけど。
いちる ネット時代は、企業も「自分」になっていくんだと思います。
いしたに 結局、「自分」や「自社」を深堀りしないと先に進めないということでいいんだと最近では思ってます。その深堀りツールとしてはブログはけっこうバランスがいい。
いちる 「ねじまき鳥クロニクル」にあったように、自分という井戸を掘っていくといきなり世界とつながりますしね。
いしたに 掘っていく過程を途中経過でもなんでもいいから、不特定多数にさらす。
いちる その過程はちょっと孤独ではあるけれど、そんなときは、自分が書いていて楽しい、書いていること自体がハイにつながることを書きましょう。たぶんその「楽しい」気持ちは他の人にP2Pで伝わりますから(笑)。最近は草薙素子があんなにネットとつながりたがってた気持ちがちょっとわかりますよ(笑)。
いしたに 人形使いになってください(笑)
まとめ
今回の話、いろいろと多岐にわたってはいるのですが、黎明期からブログにかかわってきたいちるさんならではの実感のある話でした。中でも「ボールを100球投げろ」「自分の内側にモチベーションを持ってブログを書く」「ネット時代は、企業も「自分」になっていく」という話は、ネットのマーケティングにかかわる人であれば、頭の片隅にずっとおいておいていい話じゃないかと思います。その一方で、いちるさんからは、これからブログやブログマーケティングに懐疑的な人に対して、以下のようなメッセージもいただきました。
ネットが好きじゃない人はあんまり無理しなくてもいい。テレビと同じで、みんな見てるから見るっていう強迫観念はいらない。他の人が言った「ブログ最高!」とか「Twitter最高!」という言葉に「自分もそろそろやんないとヤバい?」とうろたえる必要はない。
そういう意味では、受け手のスキルアップが求められているんじゃないでしょうか。
私もいちるさんも、ブログもネットもいいものだから使わなくちゃもったいない、とは思っていますが、ネットが新たな強迫観念になってしまっては本末転倒ですし、それは本意ではありません。そういう意味では何をやるにしても「自分はどうなのか」をいちいち考えなくてはならない面倒臭い時代なのかもしれないですが、楽しいことを味わった人は「その先には楽しいことがあるよ」とは言ってもいいでしょうし、発言していきたいとも思います。
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