サイトリニューアルは若手Web担当者に対する教育機会にもなる。貝印 郷司氏の考えるWebマスターとは?
これからウェブに携わる若い人々へのアドバイスは?
新しいことへの好奇心を忘れず情報を大量に取り入れて、考えて考えて考え抜いて課題へ挑戦することとアウトプットを続けること。
これがウェブに限らずこれからの若い人々の仕事に対する取り組み方として薦めたいことです。
こう語るのは、貝印株式会社の郷司功さん。今回は、今年創業105年を迎える日本の代表的な長寿企業の一つ、貝印株式会社に伺いました。
会社経営を経験したことが今の仕事にも役立つ
基本的には「仕事が趣味」という郷司さん。仕事以外の趣味は、年に2回の海外旅行だという。現在は経営企画室の室長として、ウェブサイト運営を中心としたマーケティング推進チームと経営管理チームの両面の責任者であり、貝印株式会社の経営会議の事務局を担当し、さらに同社の事業投資先であるGreat Works社の日本・中国法人の取締役も兼務しています。
自らの経験をもとに語る郷司さんの職歴は多彩です。新入社員として大手総合商社に入社した初日から、当時の上司に徹底的に鍛えられたそうです。その厳しさに当初は戸惑った郷司さんですが、その後、語学研修のために2年間タイへ赴任。商社を退職後、ネットベンチャーのスタートアップ、さらに商社時代の先輩らと共に、デザインインテリアの輸入商社を起業・共同経営を手がけた後、貝印株式会社に入社して現在に至っています。
小なりと言えどもひとつの会社経営を経験したことで、企業経営におけるさまざまな厳しい局面を体験することができました。そのためか当社に入った後に担当する部門だけでなく、他部門の状況も踏まえた業務の進め方を意識する癖がつき、それが現在の仕事に大いに役立っています。当時の苦労を思えば、今は多少苦しいことがあっても乗り切れます(笑)。
貝印に入社した2006年は、ちょうど全社サイトのリニューアルを検討していた時期と重なり、ネットベンチャーを経験していた郷司さんは、さっそくそのとりまとめ役を任されることになったのです。郷司さんともう一人、たった二人のウェブチームが積極的に活動を開始したのが入社翌年の2007年。その年には第一回企業ウェブ・グランプリにもエントリーを果たしています。
サイトリニューアルは若手社員の教育機会
郷司さんをトップとする経営企画室には、マーケティング推進チームとICT・財務戦略を中心とした経営管理チームがあり、合計12名(郷司さんを除く)が所属しています。マーケティング推進チームに所属しているメンバーは、貝印のコーポレートサイト、プロモーションサイト、自社ショッピングECサイトの管理、国内・海外モールなどの出店管理、ソーシャルメディアとの連携を計る役割を担っています。
郷司さんから直接指導を受けるメンバーの特徴は「若い」こと。ウェブに関しては新鮮な感度と、新しいことに飛びつくどん欲さ、フットワークの良さが重要だと言います。郷司室長は厳しいだけでなく、メンバーの教育や社外の研修への出席についても積極的に支援しています。
今春、貝印はウェブサイトをリニューアルしました。リニューアルそのものに目的があるのはもちろんですが、若いメンバーに対する教育機会として位置付けていると郷司さんは言います。
また、郷司さんがもっとも時間をかけているのが営業部門とのコミュニケーション。伝統的に営業の力が強い貝印ですが、マーケティングチームと営業チームが対等に議論する土壌を作りながら、相互の連携強化を図っています。加えて、Webの技術・ノウハウを活用した社内インフラ整備など社内のIT戦略の企画立案も担当しています。
稼働中のサイト運営もすこぶる重要なことですが、若手のメンバーにとって、ウェブサイトの大規模リニューアルを経験しているかいないかは、大きな違いになります。サイトを新たに企画、制作して多勢の関係者とともにリニューアルオープンに漕ぎつけた喜びは、経験した人でなければ味わえないことです。
また、リニューアルオープンまでの過程で、日々の運営だけでは経験できない新たな気づきもあり、そうしたことが非日常的な事柄を学ぶ良い機会になります。この経験が日々の仕事に反映され、良い影響をもたらすことは間違いのないことで、メンバーにとっては後々大きな財産になるでしょう。
伊勢神宮の式年遷宮のように技術の継承という「一度は経験させよう」という視点からサイトリニューアルを考えてくれる上司はあまり居ないかもしれませんよ。
ウェブ担当者とってコミュニケーション能力も重要
ウェブを担当する当部門では、ウェブのことを知っているだけではつとまりません。商品部門や営業部門など、他部門の人を巻き込む必要があるため「コミュニケーション能力」を特に重視しています。
相手の言うことをよく聞いて理解し、理解した内容を簡潔にドキュメントにまとめるスキルや、自分から相手に伝える場合には回りくどい言い方をせず、要領良く簡潔に伝えるスキルの強化に努めています。
ちなみに遠藤社長が掲げる今年の貝印のスローガンは「対話」。遠藤社長のコミュニケーションに対する思い入れは深く、「週報」という他社には見られないユニークかつ画期的な施策が5年ほど前から行われています。工場も含め、260人の全従業員が毎週一度170字以内で週報を書き、社長へ提出するそうです。
170文字という文字数は、Twitterの140文字を意識しているわけでなく、Twitterが普及する以前から始めていたことで、基本的に遠藤社長はこの週報のすべてに目を通しているという。週報を書いた従業員に直接、社長自ら連絡を入れることもあるそうです。また、週報に書かれた提案が、そのまま実施に移されることもあるという。
このような仕組みを考えつくことはできても、それを実行に移し、しかも5年以上継続しているということに、社長を始め貝印の「コミュニケーション」に対する強い信念を感じ取ることができます。
週報を始めたときは、部門の上司から、事前に内容チェックが入ることもあったといいますが、今はそのようなこともなく、会社全体を極めて風通しの良い組織体に保つ基盤となっているようです。
お客様とのコミュニケーションから生まれる製品
貝印のコミュニケーション重視の姿勢は社内にとどまりません。貝印が取り扱う1万点を超える商品の多さにも実は「お客様とのコミュニケーション」が関係しているのです。
というのも、貝印のコア技術はいうまでもなく「刃物」ですが、一言で「刃物」といってもそう単純ではありません。
主力商品のカミソリ・包丁・爪切りに加え、理容・美容向け、スポーツナイフ、さらには医療用など多岐に渡ります。たとえば、眼科手術用のメスは、そのドクターの施術方法に適したモノにするため、営業担当者や開発担当者との対話や試作を繰り返して作られます。そのため、それぞれ異なる製品となるのです。
「○○先生仕様のメス」。これでまた一つ製品が増えることになります。一般的に「お客様の声を反映した製品作り」というのはよく聞きますが、本当の意味でお客様の要求を理解するには、とことん徹底したコミュニケーションが必要になるし、技術的知識や経験もないと理解できないでしょう。
普通の企業でこれを実現するには、さまざまなハードルがあるはずですが、貝印はこの方式を営々と守り続けています。お客様にとってもこのうえないサービスであることは間違いないはずです。
貝印のブランド力を上げることがウェブの果たす役割
1万点を超える商品を持つ貝印は、人々の生活の隅々まで浸透し使われていますが、あまりにも身近なので「貝印」の製品であることを意識して使っている人は少ないだろうと郷司さんは言います。
「貝印」ということでの指名買いもさほど多いとは言えません。こうした状況のなかでウェブやソーシャルメディアなどの連携により、いかに「貝印」のブランド力を高め、好感度を上げていくかが、現在のウェブなどのデジタル・マーケティングに期待されている役割だと認識しているとのこと。
また、競争の激しいビューティケア用品や調理器具分野では、それぞれの領域の専門家やお客様との関係作りがとても重要になります。これも一朝一夕にできることではなく、息の長いおつきあいになります。
直近の売り上げに貢献することも、もちろん大事なことではありますが、こうした長期的な取り組みをソーシャルメディア、デジタル・マーケティングとの連携、さらに実体験とネットとの連携などにも力をいれていかなければなりません。
TVCMなどを使って認知・理解を促進する取り組みよりも、こうした取り組みの方がプライオリティが高いものとして社内での考えは一致しています。
また、ロイヤリティの高いカリスマ美容師やカリスマ・パティシエとのフェイスtoフェイスのコミュニケーションを取るために実際の商品を使用してもらったり、調理器具を使ったクッキングスクールなどを行うためのリアルなコミュニケーションスペースとして「Kai House」も本社内に設置したりしました。
ブログにコメントをする「KAI TOUCH Project」のインパクト
貝印のブランディングサイトの中に、「KAI TOUCH Project(カイタッチプロジェクト)」というコンテンツがありました。このサイトは第4回企業ウェブ・グランプリのマーケティング部門でグランプリを獲得したサイトです。2008年に登場したカイタッチプロジェクトは、企業関係者の大きな驚きの声と貝印への賛美の声で包まれたものです。
このプロジェクトは、数あるブログのなかから貝印や貝印の製品について、なにがしかの話題を提供しているサイトを探し出し、貝印のウェブチーム(当時は郷司さんを入れて3名)から該当ブログにコメントをしにいくというものです。貝印からのハイタッチということで「KAI タッチ」と名付けられました。
コメントを書かれたブログ管理者も、まさか貝印の社員から自分のブログにコメントをもらうとは思わず、さぞおどろいたことでしょう。これを制作会社などに任せず、社員自ら行ったことは賞賛に値することです。
企業ウェブ・グランプリを受賞したのは2010年。カイタッチプロジェクトが登場した2008年当時は、TwitterやFacebookよりもブログが盛んな時期でした。しかし各企業は、この新しいメディアとのつきあい方について方針が定まらず、ソーシャルメディアとウェブが一体となったマーケティングに踏み切れる企業は皆無だといっていい頃でした。こうしたなかで、たいへん失礼ながら、ウェブサイトに関してはさほど先をいっていないと思われていた貝印が、これまでの常識を打ち破る一歩を踏み出したことに感嘆の声があげられたのです。
このカイタッチプロジェクトは概ね良好な反応を得たことから、それまでの3名体制から社を挙げた26人体制にまで一挙に拡大しました。マーケティングや営業部門にとどまらず、工場従業員から経理・財務の担当者も巻き込んだ全社挙げてのプロジェクトに変身したのです。
カイタッチプロジェクトの新たなメンバーを選抜するにあたって、役に立ったのが遠藤社長肝いりの「週報」でした。ブログへのコメントを簡潔に要領よく好印象を与えるように記入するというのは、それなりに才能と技術が必要なことです。それを各人から提出される170文字以内の「週報」の内容を見て判断したそうです。良い考えですね。
こうして選ばれたメンバーは、業務として郷司さんから与えられたブログサイトに「タッチ」するわけです。メンバーの所属部門とブログへ書き込む領域にも配慮がされました。たとえば、経理部門の女性に製品仕様に関して書かれたブログをわざと担当してもらうことなどです。
コメントするためには、製品について勉強しなければなりませんから、カイタッチプロジェクトに参加することによって社員の自社製品に対する知識も深まるという効果があったのです。
このプロジェクトは6年目を迎えた2013年6月で終了し、現在ではFacebookにその後を引き継いでいます。プロジェクトが行われていた6年近くの間でタッチした数は2,000近くに達します。程度の差こそあれ貝印は、これだけの数の消費者に好印象を持ってもらったことになります。小さなことではありません。
貝印のサイトには、常にある種の覚悟と思い切りの良さを感じます。先ほど説明したカイタッチプロジェクトの企画自体に大胆さがありますが、サイトにもユニークな仕掛けがなされていました。現在はそのサイトを見ることはできないのですが、写真イメージを使わず、モノトーンのイラストで描かれ、文章は縦書き、スクロールは横というものでした。
また、カイタッチプロジェクトでブログにコメントする従業員は、ほぼ実名で登場していたことにも驚かされたものです。
貝印のユニークさがわかるものとして、他にも「土下座」という名前のコンテンツがありました。SNSと連携したこのコンテンツでは、SNSのエラーによりコンテンツが表示されないときに、社員の見事な土下座姿を三方からとらえた写真が登場するというものです。
Twitterを利用しているとき、Twitterが落ちるとクジラが潮を噴くマークが出ていましたが、それを生身の人間がやるという図柄です。デジタルを使った最新テクノロジーにも、お詫びのときはしっかり社員が出演して謝るという姿勢に、おざなりなイラストで済ますより、人間が土下座をして平謝りという図柄のほうが誠意を感じるかもしれません。
高校生No.1パティシエの座を競う「貝印 スイーツ甲子園」
貝印では、CSR活動の一環として「貝印 スイーツ甲子園」というイベントを開催しています。このイベントでは、全国を8ブロックに分け、高校生3人が1組となって、高校生No.1パティシエの座を競い合います。
今年で6回目を迎えた「貝印 スイーツ甲子園」は、約800のチームが参加しました。参加チーム数は毎年増加し、TVなどのメディアで取り上げられることも増えました。その結果、高校生を中心とした若い世代やそのご両親、あるいは学校の先生など幅広い世代に向けて、このスイーツ甲子園は貝印のブランド認知拡大と好感度アップに貢献しているのです。
ウェブサイト、ソーシャルメディアでは、恒例となったイベントを盛り上げると同時に、過去の大会のアーカイブとしても利用されています。ちなみにこのサイトは第3回企業ウェブ・グランプリ スチューデント(高校生)部門でグランプリの栄冠を獲得しています。
今後の4つの課題
今後の課題を聞いたところ、郷司さんは次の4つをあげました。
貝印ブランドイメージの向上と定着のため、一層のデザインを中心としたクリエイティブ・コントロールを強化すること。
社内を納得させるKPI(Key Performance Index)と明示的なROI(Return On Investment)の算定基準を挙げること。
お客様に貝印を理解してもらって、楽しんでいただくためのコンテンツ作りに力を入ること。
KAI TOUCHなどのソーシャルメディアでの経験を活用して、ロイヤリティの高い会員向けサービス、Club KAIメンバーとのより強固な信頼(ボンディング)関係をいかにして築き上げるか。
多くの人との対話から生まれた? 「KAI Touch Earth - EARTH RADIO」
インタビューの最後に、子供が社会に出て仕事をするにあたってのアドバイスを伺いました。
何にでも興味を持ってたくさん遊んで、経験して、多くの人たちと会話をすること。
仕事のアイデアは何かほかのことを夢中になってやっているとき、たとえそれが遊びであっても、その最中にふと浮かぶものです。さらに、良いアイデアは一人だけのものにせず、考えを口に出して多くの人と意見を交わすなかから生まれてきます。
多分、そんなところから生まれたのでは、と予想するのが KAI Touch Earth - EARTH RADIO(アース・ラジオ)です。CSV(Creating Shared Value)を体現する活動として「これからの100年のために、いま僕たちができること」というテーマで非常に格調高いラジオ番組を企画・放送しています。
今期のテーマは「未来を創るニッポンのモノづくりの現場」。モノ作り企業の未来モデルを求めて、日本各地を巡り、さまざまな人や企業のモノ作り哲学や、新しいモノ作りの取組みについて社員が同行取材を行い、ラジオ・Facebookで紹介しています。また、オンエアされた内容はアーカイブされPodcastでも試聴できます。
インターネットを中心としたウェブ関連の動きはとてつもなく速い。関係者の多くが新しい時代の始まりを予見し、夢中になって話していたWeb 2.0やCGC(Consumer Generated Content)今では、あまりにも当たり前のこととして口の端にのせる人は少ない。
思い起こせばTwitterやFacebookも5年前には、まだ海の物とも山の物ともわからず、この間にスマホがこれほど急速に普及し、パソコンをレガシー領域に追い込み、Googleに”モバイルファースト”から”モバイルオンリー”とまで言わせてしまうとはなかなか想像できなかったことかも知れません。
こうした日進月歩の分野において、多少の出遅れは少しも問題になりません。それどころか、かえって既存のテクノロジーに縛られることがないため、その時点での最先端技術をすばやく活用ができるという大きな利点もあります。
スタートが遅れたにもかかわらず、先行他社をあっという間に抜き去ってしまうことができた良いお手本が、貝印だといえるでしょう。
創業100年を越す長寿企業で、伝統的に営業の力が強く、超多品種大量生産の貝印。少し前までは、デジタルの世界で特に目立つということもなく、むしろ戸惑いを見せていた企業が、経営トップのリーダーシップと良き人材を迎えることで、一躍デジタル先端企業の一翼を担い、さらに高みをめざす姿勢は賞賛に値します。ただし、油断は禁物、今日の最先端はすぐに古くさいものになってしまうのがこの世界なのです。
KAI Touch EarthのEARTH RADIOをPodcastで聴くのも楽しみという貝印Webマスター郷司さんがおススメするスマホアプリ
Gunosy(グノシー)
ニュースアプリ、自分の興味のあるニュースを届けてくれる。Flipboard(フリップボード)
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