稲富滋のWebマスター探訪記 稲富滋のWebマスター探訪記

Webの専門家はいらない! 125周年の伝統企業ヤマハ流Webマスターの求める能力とは?

オウンドメディアの専門家ではなく、多様なメディアをいかに組み合わせるか

あなたが考えるWebマスターとは?

枡本賦太氏
枡本 賦太 氏
ヤマハ株式会社
広報部 宣伝・ウェブコミュニケーショングループ マネジャー

企業の中のWebの専門家ではなく、会社の事業を幅広く知っている必要もあるし、広い視野を持っていることが大事

Webは自分が専門とする分野の一つと捉えなければいけない。

オウンドメディアの専門家ではなく、デジタルマーケティング、多様なメディアをいかに組み合わせるかということが大事。

有冨 良孝氏
有冨 良孝 氏
ヤマハ株式会社
広報部 宣伝・ウェブコミュニケーショングループ 課長代理

ただ闇雲にWebの専門家を目指すよりも、会社全体の事業内容や社会の動きなど広い視野をもって経験を積み重ねていくことが重要

良い音楽家になるには、音楽の勉強ばかりではなく、音楽以外の経験もしっかりと体験することが大切だといわれます。

Webについても同じことが言えるのではないでしょうか。

新連載「稲富滋のWebマスター探訪記」の第一回として、ヤマハ株式会社を訪問しました。

団塊世代の私にとって、ヤマハと聞いてまず思い浮かべるのは「ヤマハ音楽教室」です。子供の頃「お教室」といえば「ヤマハ音楽教室」、何しろ当時は引越し先に音楽教室があるかないかで住まいを決めていた知人もいたほどです。ヤマハは電子ピアノで世界ナンバー1、インターネットに関わる人間にとっては定番ルーターのメーカーとしてもたいへん馴染み深い企業です。

ヤマハ株式会社は2012年10月~2013年9月を創業125周年メモリアルイヤーと定めており、特別な年になりました。新社長を迎え、事業領域の再定義を含む新成長戦略の初年度展開の年、これまでの製品別事業部制から機能別本部制への組織の一大変更など、たいへんお忙しいなかを、東京事業所でお話を伺いました。

技術研究部門を中心にコーポレートサイトが立ち上がる

有冨 良孝氏

ヤマハ株式会社として最初に全社の立場からコーポレート・Webサイトを立ち上げたのは1996年頃で、当時は技術研究部門内にある「ホームページ企画グループ」が中心になって始めたものでした。

それ以前にも事業単位でのWebサイトがいくつか存在しており、特に電子楽器の事業部などでは、当時メーカー間で標準化が進んでいた「MIDI(電子楽器の演奏情報に関する規格)」やそのデータに関する情報を中心に、ユーザーに対してかなり積極的なWeb展開を行っていました。

コーポレートサイトになってからもしばらくは、同じく技術研究部門が中心となり運用していましたが、2000年に運用業務を広報部に移管、全体のガバナンスの観点からまとめ役となり、コンテンツ管理システム「チームサイト」を使ったワークフローによる承認プロセスを開始しました。

その後、2006年5月にWeb主管部門として「eヤマハ室」が設立され、全社Webサイトの運用管理も同部門が引き継ぎました。2007年1月には、全社規程の一つとして「ウェブサイト運用管理規程」を発効しています。

CMS(コンテンツ管理システム)を自社開発したのもこの頃です。CMSの自社開発に至った主な理由は、数多くの製品データベースを一元管理したいという強い要求が背景にあったことと、それらも含めた社内の要求仕様に当時市販の商用ソフトでは対応できなかったからでした。

この時点では、各事業部のコンテンツ制作をそれぞれの事業部内部できちんと承認して公開することに重点を置いた管理プロセスで、この頃のeヤマハ室の役割は、サイトのガイドライン作成やルール管理をすることでした。

当時の組織体系では、ITインフラ全体、サーバー、ネットワーク管理、業務アプリケーションの開発運用、品質管理に至るまでを一つの組織下に置いていたため、60名を超える大きな所帯でした。

Webサイトのグローバル統合を終えたところで、60名超のメンバーは広報部と情報システム部に分かれました。Webサイト統合後の組織体制では、各製品部門のWeb担当者がコンテンツの制作・更新を行い、部門管理者が担当者の作成したコンテンツ公開の承認を行います。広報部は、全社のWeb主管部門となり、Web戦略・方針の立案と推進を行うことになりました。

そのため、各製品部門の担当者と管理責任者向けに年に一度、情報共有とガイドラインなどの推進、成功事例紹介などを目的に全体会合を開いて情報共有を計っています。その他にも、社内メルマガを月2回配信し、セミナー情報やWebのトレンド情報などを伝えています。広報部にはWebチーム、ソーシャルメディアチーム、商品広報・宣伝チームの3つがあり、有冨さんをリーダーとするWebチームは5人。ヤマハの企業規模からもかなりスリムな体制です。宣伝企画と同じ組織にいることは相乗効果を出しやすい状況にあるといえましょう。

稲富レクチャー

Web立ち上がりの初期には、よくこのような大所帯の組織形態を持つ企業がよくありました。

Webという新しい切り口で社内のプロセス全体を見直し、推進していく過程で、一時期、従来の組織の中から関連する必要機能を切り出し一つのマネジメント組織にまとめてしまうことは、たいへん効果的です。

ただ、これがうまく行くためにはトップマネジメントの理解と、このチームを引っ張っていく強力なリーダーシップが必要になります。しかし多くの企業では、このWeb・カルチャー社内啓蒙を兼ねた荒療治的手法がなかなか実現できずに担当者は苦労したところが多かったものです。

ヤマハの場合はこれが成功したのです。

Webのグローバル統合はサイトのことより各国の担当者との交渉がメイン

Webサイトのグローバル統合前は、ヤマハ本社のポータルサイト、欧州現地法人のポータルサイト、それと米国ヤマハが運営していた「.com」サイトの3か所に入り口が存在しました。当時はサイトの管理を各国の自由裁量に任せていた関係上、たいへんバラエティに富んだ内容で利用者を混乱させる要因になっていました。この問題に対処するため、グローバルのポータルサイトを含めた、36サイト21言語でのサイト統合が完了して現在に至っています。

Webサイトのグローバル統合というものの、それぞれ国によって言葉はもちろん、経験、スキル、Webへの関与の度合いや関心も異なります。米国などはWebやデジタルマーケティング先進国であり、現地法人はグローバル統合の意義や必要性は理解しても、他の国と同じプラットフォームを使うことで制約が大きくなるのではないかという不安も持っており、説明にだいぶ時間がかかったとのこと。

実際のところWebサイトのグローバル統合において、Webそのものやテクノロジーに関することは全体の5%ぐらいで、あとの95%は各国の担当者との交渉に時間を費やしたというのが実態でした。

現在のヤマハではグローバルサイトから辿るどの国のサイトも、トーン&マナー、画像イメージ、レイアウトもきれいな統一感でまとめられていて、企業グローバルサイトのお手本のようなサイトに仕上がっています。米国と欧州のWeb管理者とはそれぞれ週一回の定例会議を行い、その他の地域のWeb管理者とも頻繁にメールでコミュニケーションを図っています。

稲富レクチャー

ちょうどヤマハとは逆の立場で米国本社が決めたガイドラインを日本に適用して展開しなければならなかった外資企業に長年勤めた私としては、たいへん身につまされるお話でした。

「日本のことは日本に任せて」とか「ローカルの繁栄無くしてグローバル無し」とずっと言ってきました。なだめられたり脅されたり、統制をかけたい本社側の苦労もよくわかりますので、仕事を離れて大夫経った今でも、この話が始まると、つい、熱くなってしまいます。

ヤマハが最終的に成功したのは、各国で役立つコンテンツをきちんと提供できる力が本社側にあったのと、それを各国の管理者が認めていたからでしょう。「ガバナンス」という天下の御旗をかざしても、それだけで受け入れてもらうことは、なかなか困難なことなのです。

Webの専門家ではなく、世界で使えるコンテンツを考える

枡本賦太氏

Webサイトのグローバル統合も完了した今、ヤマハの考えるWebマスター像についてお伺いしました。

ヤマハでは数年前まで、ネットアカデミーと名付けた、Webマスターや技術者が必要な知識やスキルを半年かけて学ぶ社内教育プログラムがありました。しかし今は、当部門に来る人材はHTMLを書けるような専門家である必要はないそうです。

必要な専門分野は外部の力を活用できますし、制作は100%子会社の株式会社ヤマハビジネスサポートのシェアードサービスを利用するという体制に落ち着いています。

ヤマハにおいてもWebサイトの大きな役割の一つは、営業のマーケティング活動の一つだと位置付けています。昨今たくさんのデジタルメディアの選択肢がありますので、幅広くこれらの機能を知ってヤマハのために生かすことを考えられる人でなければなりません。

また、今年の4月にヤマハの楽器・音響製品の販売機能を集めた株式会社ヤマハミュージックジャパンが設立され、ヤマハ本社として、営業成果は直接のターゲットではなくなりました。従って、Web部門としてはグローバルに統合化されたサイトの管理運営、製品情報や、マーケティング戦略や方向性を具体化したコンテンツやブランディング、サイトの提供、タイミングを考えた展開、各国や地域への支援などが評価の対象となっています。

特に「世界で使えるコンテンツ」をどれだけ提供できるかという点が本社に対する重要な評価ポイントだということです。たとえば米国では、米国ヤマハのWebサイトから販売店サイトへの顧客誘導の実績が具体的な評価基準となっていますので、こうした各国の取り組みを効果的に支援できるコンテンツの提供が、本社には求められているわけです。

また、お客様との接点を考えてみると、今の時代は、これまでとは比べ物にならないくらい、お客様とコミュニケーションをとり、関係作りをするためのさまざまな方法が用意されています。お客様自身も社会もまたそれを受け入れてくれる環境ができあがってきたので、デジタルマーケターとしての活躍の場は、これからますます広がるのではないでしょうか。会社の期待もそこにあるのです。

動画と楽器の相性がいい

ブランディングコンテンツとして動画やビデオは、かなり早い時期から利用していました。これは、ヤマハの主力製品、特に楽器の取り扱いや楽器演奏そのものが、テキストや写真だけで説明するよりもビデオで伝えることで利用者には早く簡単に理解してもらえるからです。そのため、YouTubeがブランドチャンネルのサービスを発表した直後に「ヤマハ公式チャンネル」を開設して、今に至っています。これは2007年10月31日のことでしたから他社に比べてかなり早かったのではないかと思います。

ヤマハ公式チャンネル以外にも、輸入楽譜の専門サイトの「ヤマハミュージックメディア楽譜.com」やギター、ピアノ、バイオリンなど200講座が用意された「ヤマハミュージックレッスンオンライン」その他にも、「ピアノレパートリーガイド」「おんがく日めくり」「楽器解体全書PLUS」などがあります。

また、世界中のさまざまな楽器の音楽家47名がそれぞれに楽器を奏で、最後に一言「I play Yamaha」と話す、ミュージッックビデオクリップ集の「I Play Yamaha」があります。よくこれだけのアーティストの了解を得て集めることができたと驚くばかりですが、これもヤマハブランドの力でしょう。

ソーシャル利用の観点からいうと2011年にTwitterの公式アカウントを取得し、社内向けのガイドラインを作成しました。eラーニングなどを介して社内への周知徹底を計っており、うまく使って行くための成功事例などについても積極的に紹介するようにしています。一方、利用者に向けてはソーシャルメディアの考え方を掲載して公式アカウントの紹介を行ってきました。

「少し控えめ」であることがヤマハの強み

音楽家というものは自分の楽曲や、演奏楽器に関する部分ではひどく熱くなることもあります。
でも普段はどちらかというと謙虚で、控えめ、シャイを本分としているのです。
(有冨氏)

企業としてのヤマハのめざすところは、製品の品質の高さと、お客様を大切にしながら感動を共にして、最終的には音楽ファン、楽器演奏者を増やしていくことにあります。Webについても同様で、立ち位置は常に演奏者(プレイヤー)を第一に考え、製品としての楽器はその次というスタンスをとっています。

この感覚はヤマハのWeb全体のトーン、色使い、テキストのはしばしにもよく現れています。新しいコンテンツやニュースの公開に際してもこの基本的な「控えめ感」が優先されています。「なるべく品良く、がつがつしない」というのが特徴です。

たとえば、ゴルフのメジャー大会で優勝者が使用したゴルフクラブが、実はヤマハ製でした。宣伝担当者なら誰しもここぞとばかりに自社製品のアピールしたくなるこの絶好の機会ですが、何よりも優先したのは選手を讃える新聞広告でした。

このなんともおっとりしたところについて枡本さんは、宣伝の責任者として時に歯がゆい思いをすることもあるようです。しかし、「感動を・ともに・創る」というヤマハの企業目的が現れたこんなエピソードが、ヤマハらしいブランドイメージにつながっているのでしょう。

利用者視点のWeb構築のためには、ヤマハの主要利用者である、楽器演奏者や音楽愛好家の感じ方、性格などをきちんと理解する必要があります。しかしヤマハの場合、社員の皆さん自身がミュージシャンですから、ミュージシャンの気持ちや感性の理解を、想像する必要はなく、社員の気持ちそのままでいいのです。これは大きな利点です。

稲富コラム

ちなみに、枡本さんはギターを、有冨さんはピアノやギターなど広く楽器を演奏し、著名なボーカリストでもあります。社内の催し物などで声をかければすぐに社員によるオーケストラ編成ができてしまうという、まさに「音楽企業」といえるでしょう。

先日も企業ウェブ・グランプリのアクセシビリティ部門を審査する浅川智恵子氏の紫綬褒章を祝うメッセージを各社から送っていただいたのですが、その際、ヤマハの有冨さんからは、レコーディングを重ねて一人五重奏のアカペラを送っていただきました。もちろん贈られた本人は大感激していましたが、出席者全員そのプロフェッショナルな技と歌声を聞いて驚愕したものです。「さすがヤマハ!」

ヤマハの目指す次世代のWeb「ヤマハらしさ」が次のテーマ

振り返ってみますと、Webを通して提示すべき情報、用意しなければならない製品情報、その内容や掲載頻度も含めた全社の組織的枠組みなどは、ほぼでき上がりました。今後はこれらをふまえつつ、いかにして「ヤマハらしさ」をWebで表現できるかが次の課題だそうです。

ヤマハは音楽家、演奏家を大切にして、音楽を愛する人々、楽器演奏を楽しむ人々、関心を持つ人々に寄り添って立つ企業であることを伝えなければなりません。また、製品紹介についてもこれまでは掲載の仕方を統一し、フォーマット化する形で推進してきましたが、これからはもう少し製品の特性に合った見せ方を考えていかなければなりません。

次のリニューアルのタイミングでは、たとえば、製品が完成するまでの制作工程の見せ方を工夫して、社員の気持ちを込めた丁寧な手作業による仕事ぶりを紹介し、ヤマハの製品には関係者の音楽や音楽家に対する「気持ち」がいっぱいこめられているという「情緒」のようなものを伝えられるWebサイトを目指していきたいとお話しいただきました。

さらに一段と高いステージを目指す、ヤマハのWebサイトからますます目が離せません。

ヤマハWebマスターがおススメするスマホアプリ

  • Shazam
    わずか1秒で音楽を検索するアプリ。仕事柄、曲名を確認する事が多いのでとても重宝しています。(枡本さん)

  • Kalc
    単位変換してくれるアプリ。機能もさることながら、使い勝手と背景カラーに引かれました。(有冨さん)

  • Springpad
    メモアプリ。歌詞のフレーズや気になるサイト情報などのメモなどとても重宝しています。(有冨さん)

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