5.5万ページのソニーWebサイト。時代遅れに見えるサイト管理体制がガバナンス、セキュリティ面で有効
ソニーのWebサイトはヴィジョンアーツ株式会社ウェブサイト課の総勢14名で運営しています。ウェブマスター業務だけでなく、ITインフラ管理からコンテンツの制作・公開、サイト全体の企画やガバナンスまで担っています。また、この仕組みを活用してグループのウェブサイトも20サイト以上運営しています。一つの組織で全てのレイヤーを担うのは、一見、時代遅れに見える管理方法ですが、ガバナンスやセキュリティにおいて最適だと考えています。
そう語るのは、ソニーのグループ企業、ヴィジョンアーツに所属する田尾幸弘さん。
田尾さん率いる「ウェブサイト課」では、コンテンツオーナーである80以上の部署から、毎月、さまざまな相談やリクエストが250件ほど寄せられると言います。チームのほぼ全員が「コーディングができる」という専門性を持ちながら、それだけにとどまらず「社内のウェブコンサルのプロになる」というビジョンを掲げています。そんな田尾さんに、チームの役割やサイトの運営方法などを伺いました。
メディア並みの更新回数。わずかな人数で
田尾さんチームが運営しているサイトは主に次の2つ。
- Sony Global サイト(www.sony.net)
- Sony Japanサイト(www.sony.co.jp)
ソニーほどのサイト規模だと、Webサイト全体の管理部門はガイドラインなどをオーナー部門に配布し「ガバナンスのワークフロー最終段階でチェックするだけ」で、コンテンツの制作と公開はオーナー部門がそれぞれの責任で行うというのが一般的です。そのためCMSのアカウント発行数が数百を超えている場合も少なくありません。
しかしソニーでは、そういった運用方法はとらず、サイトの日々の更新もすべて「ウェブサイト課」が担います。ですからCMSのアカウント発行数も十数程度です。
日々、80を超えるコンテンツオーナー部署の担当者からは、「掲載希望の写真やテキストがメールで添付されて送られてくる」そうで、添付された情報から、文章構造に沿った適切なタグ付けを行い、ウェブアクセシビリティを考慮して制作、公開しているのだとか。
また、この体制とプロセスを活用して「ウェブサイト課」ではソニー株式会社のコーポレートサイトだけでなく、ソニーグループの20サイト以上のウェブマスター業務の代行なども行っています。
時代遅れに見えるWebサイト管理体制がガバナンス、セキュリティにおいて有効
ソニーがWebサイトを開設したのは1995年。それ以降、上位組織や会社は変われども、同じチームで続けている運営体制ですが、これまでもコンテンツオーナー部門から「自分たちでCMSを直接使いたい」と、言われることもあったと言います。
しかし、コンテンツオーナーが自身の業務を行いながら、ソニーのレギュレーションに沿ったページを制作することは難しく、結局は田尾さんのチームに依頼が戻ってくるそうです。
各コンテンツのオーナー部門に使いやすいCMSを提供して直接インプットできるようにしていくのが時代の流れだとすると、我々のやり方は時代遅れのように見られるかもしれません。しかし、近年のウェブ業務は見やすさ使いやすさだけでなく、ウェブアクセシビリティやモバイル対応などの実装技術や、個人情報保護法などの関連法規など、多岐にわたる深い専門知識の活用が不可欠となります。適切なウェブサイト運営のためには、ビジネス側と役割分担をしっかりと行うことがガバナンス面、セキュリティ面ともに一番良いと考えています(田尾さん)
全員コーディングができるウェブチームの課題
ほぼ全員コーディングができるチームが社内のウェブ技術者集団として社内でも認識されるようになったものの、田尾さんはそこに大きな課題があると言います。それは社内のオーナー部門のビジネスに直接貢献できていないのでは?という危機感です。
専門家集団として磨きがかかればかかるほどチームメンバーは「スキルに安住」してしまいがち。あくまでも技術は手段として用いる必要があり、ビジネスに貢献できるようにならなければいけない。そのため、コンテンツオーナーの業務を理解し、オーナー部門のビジネス課題を解決できる「社内コンサルタント」としての役割も担っていきたいです(田尾さん)
そういった課題認識から、数年前より外部のウェブマーケティング専門家(元キヤノンマーケティングジャパンの増井さん)を招いた勉強会などを始め、チームのスキル拡大に取り組み始めたと言います。
ビジョンと行動指針で「ふるまい」の大切さを伝える
また、次のようなミッション、ビジョン、行動指針を定め、チームメンバーが一つの方向に向かうように意識していると言います。
ソニーのウェブを担う次世代を育てる
これまで新しいコンテンツの企画は、ベテラン社員達が中心となって担当していきましたが、今年の「採用サイト」は、企画段階から若手に任せてみたそうです。
「我々にとってのチャレンジでしたが、結果は大成功だった」と言います。若手メンバーの視点でサイト企画・設計から実装までを行い、モバイル端末での読みやすさを考慮して文章量までこだわったモバイルファーストなサイトは、学生さんからの評判も良く、採用部門からも高い評価を得ました。
全ての物事の背景を知る
若手育成では、まず通常の業務を滞りなく進めてもらうことが第一歩です。その点に関しては、「すべての領域でマニュアルを用意しているため、それを見れば一通りの業務は遂行できるようになっています」と田尾さん。
しかし、「なぜ、そうなったかそう決められたかを理解しないままマニュアルに書いてあるから従うと言うケース」を危惧していると言います。
若手育成で大切なことは、マニュアル通りに進めてもらうことではありません。なぜそうしなければいけないのか、マニュアルに書かれた背景を理解して、日々の業務にあたって欲しいのです(田尾さん)
まずはマニュアル作業を通じて、段階的に技術を習得できるよう育成を行っているそうですが、あくまでも技術は手段であり、大切なことはその手段をどう用いるか。習得した技術をどう使えば、コンテンツオーナーやお客様の役に立つことができるのか。依頼されたことだけをこなすのではなく、本当の意味で相手の役に立てるWeb担当者を育てるため、技術だけでなく行動指針チャートを用いて人間力向上にも力を入れているそうです。
カミソリのように切れ味鋭いCMS
そんな、巨大ソニーWebサイトで使用しているCMSは「WebRelease2」。田尾さんいわく、「カミソリのように切れ味鋭いCMSだ」そうです。
コンテンツ制作に特化していて、余計な機能がないところが、私たちにとってはとても使い勝手がいいんです(田尾さん)
このCMSとの付き合いは長く、2004年以来もう15年。もちろん、過去に何度かCMSの見直しをしたそうですが、WebRelease2よりフィットするCMSは見つからなかったとのことです。この間、リリースアップごとに新しいテンプレートなどが加わることもありましたが、CMSへの「カストマイズは一切無し」だそう。
CMSを使う全員がコーディングできるメンバーにとっては部門から依頼されたコンテンツをサクサク思い通りにインプットできることこそがCMS選択の一番の要素となるのはよくわかります。
また、CMS自体のリリースアップなどに際し、自社用にカストマイズされた部分が足を引っ張ることもなく、データの流し込みもスムースになると言う大きなメリットもあります。利用部門が多くなるとCMSへの要求もあれもこれもと多種多様になり、ついカストマイズの魔力に惹かれてしまうものですが、「カスタマイズ一切なし」と言う潔さにも驚きます。
ちなみにソニーのコーポレートサイトのアクセシビリティに関してはJISX8341-3:2016のAA準拠を昨年達成。入力者のスキルによってアクセシビリティ品質に大きな差が出るWYSIWYGエディタは使わず、アクセシブルなモジュールを用意し、その組み合わせでページを作成するようにCMSのテンプレートを変更したことが、AA準拠を達成できたことの要因の一つだそうです。ウェブアクセシビリティのチェックにはソニーの特例子会社(ソニー・太陽株式会社)の社員も参加しました。今後は他のソニーグループサイトのウェブアクセシビリティチェックを担当することも検討しているそうです。
PageSpeed Insightsで100点を取得!
表示スピードにはこだわりがある田尾さん。以前「Google PageSpeed Insightsで100点を取った」時は「ひとつやり遂げたと言う大きな達成感」があったとか。「コンテンツとITインフラの双方を一つの組織でマネージしているからこそ実現できた成果の一つです」とのこと。ただ、最近は少し数字が落ち気味なので日々改善中だとか。
全世界のサイトはすべて公開前審査フローを通る
ソニーが管理しているサイトは、海外サイトや海外アーティスト、映画の作品名で使っているドメイン名を含めると全部で約3,000サイト。
管理している約3,000サイトはどのサイトも例外なく「公開前審査」を受ける必要があります。まず、セルフチェックでアクセシビリティとセキュリティチェックを行います。その後、ブランド、広報、知財、法務、外部専門機関によるアクセシビリティのチェックを受け、最終的に各リージョンのウェブサイト事務局による公開承認となるわけです。
ちなみに田尾さんのチームは、本社のグローバル向けグループポータルと日本向けグループポータルのウェブマスターです。
最後に
田尾さんの前職はメーカー系SE。その後ソニーに転職以来約20年、途中さまざまな業務も兼務しつつも、ずっと変わらずソニーのウェブマスターを主務としてきました。
まさに「ソニーのウェブは自分そのもの。人生をかけています」と田尾さん。
ウェブの創世記は、多くの企業が自社の強みを生かし、人々の役に立つ情報を発信していました。今のウェブサイトは短期的な宣伝、マーケティング主導で進められる傾向がありますが、広告が溢れる今こそ原点に立ち返り、ソニーの強みを生かした人々の役に立つウェブサイトを提供することで、結果的にあらゆるステークホルダーにソニーを正しく理解してもらえるような活動を行っていきたいと思っています。自分はもう若くないので、以前の上司がチャンスを与えてくれたように、私も若手に積極的に経験の場を提供して、後進を育成していきたいです(田尾さん)
技術に長けた田尾さんが、やはり技術に長けた若手に向かって「技術だけでなく、ふるまいが大切」と説く。重いですね。田尾さんだってまだ若いですよ! 若手育成とともに次のステップへの活躍を祈ってます!
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