なぜエスビー食品は「事前要件定義」に6か月も費やしたのか? サイトフルリニューアルの舞台裏
エスビー食品の企業サイトは、長らくCMSを入れずに運用してきました。しかし、モバイル対応など運用面で課題が出てくるようになり、CMSはWebReleaseを導入し、クラウドのAWSに刷新しました。
しかし、いざリニューアルの準備作業に取り掛かると、要件定義の範囲が多岐にわたり、「全体像を把握できていない」、「技術要素の知識が不足」などの壁に突き当たりました。そこからリニューアル費用とは別枠で予算をとり、要件定義をするための「事前要件定義」を半年ほどかけて実施しました。今回のリニューアルがスムーズに進んだのは、この事前要件定義のおかげだったかもしれません。
そう語るのは、エスビー食品の菊地竜太さん。
エスビー食品がサイトをリニューアルしたのは、2018年8月2日(エスビー食品が制定したハーブの日)。実際の開発・移行にかかったのは約1年ですが、その前の半年を事前要件定義のための棚卸しに割き、WebサイトとITインフラをすべて刷新しました。
エスビー食品でリニューアルプロジェクトのリーダーを担当した菊地さんに、フルリニューアル成功へのポイントを聞きました。
事前要件定義を実施した理由
Webサイトリニューアルでは、「要件定義」を定めてから実際の制作が始まります。技術的課題やリソースなどの問題も重要ですが、まずは現状の課題や問題点をどれだけきちんと整理できるかがとても大切です。エスビー食品でもWebサイトのフルリニューアルプロジェクト開始に向けて、要件定義を固めていくところで問題が起こりました。
要件定義に必要な作業をはじめたものの、当初相談した制作会社から投げかけられた質問に明確な回答ができず、課題が整理しきれていないことに気づかされました(菊地さん)
たとえば、以下のようなことです。
- エスビー食品のサイトのステークホルダー(利用者)は誰?
- それぞれのステークホルダーには何を提供することが求められている?
- ステークホルダーに何を期待している?
- Webサイトのインフラはどういう構成になっているのか?
- 更新作業のプロセスは?
- 課題をどのように解決したいのか?
- ブランドによっては外部の制作会社に委託をしているため、更新作業のプロセスが不明確で、どう改善すべきかつかめていない
そこで、菊地さんは要件定義をするための「事前要件定義」が必要だと判断し、そのための予算を獲得。実際の開発・移行にかかったのは約1年ですが、事前要件定義を半年かけて実施しました。
サイトリニューアルの流れ
2016年10月~2017年3月 | 事前要件定義実施 |
2017年8月 | リニューアル作業開始 |
2018年8月 | リニューアル公開 |
その間、棚卸し、他社サイトの調査、初めてのCMS導入のための比較検討、基盤刷新の整理などを行いました。時間と予算をかけて事前要件定義を行ったことで、十分に練られたRFPが作成可能になり、プロジェクトメンバー同士の合意形成がしやすくなる、などのたくさんのメリットがあったと振り返る菊地さん。
今回のリニューアルプロジェクトと同時期に結成されたWEBシステムサポートチームのリーダーを務めているのが菊地さん。2009年にエスビー食品のマーケティングリサーチを行う部門に異動した際、前任が行っていた自社WEBのインフラサポート業務も引き継ぐこととなり、その後、エスビー食品直営の通販サイトを3年半担当した後のプロジェクトで、初めてWEBの業務に携わってから、8年後のことでした。
「要件定義をしっかり整理するために、事前要件定義を実施したほうが良い」という決断を下すのは、なかなか大変だったのではないでしょうか。「エスビー食品の中で一番ウェブに詳しい菊地さんが言うことなら」という社内での信頼も大きかったのでしょう。
やって良かった「事前要件定義」
事前要件定義を行ったことで、WEBを通じてエスビー食品に関わるステークホルダーとどのように関わっていくことを目指すのかを明確化することができました。
生活者全般(ニーズ顕在層)
エスビー食品や特定のブランドを知っていてさらに詳しく知りたい層生活者全般(ニーズ潜在層)
レシピを探していたり、スパイスやハーブについて知りたい層無関心層
現時点でエスビー食品に明確なニーズはないが、さまざまな経路から偶然呼び込まれた層株主・投資家
学生(採用)
(取引先、メディア、エスビー食品社員など)
エスビー食品のケースのような「事前要件定義」的なことを実施することは多いですが、当事者はあまり認識せず要件定義の一部として組み込んでいることがほとんどです。今回のように、プロジェクトが始まった後に、事前要件定義を実施するというのは、勇気のいる決断だったかもしれません。
基盤刷新(クラウドへの移行とCMS導入)
今回のリニューアルに至った背景として「マルチデバイス対応」や増加しつづけるコンテンツに対しての「ガバナンスと生産性の向上」という狙いがありました。また、メディアの影響によるアクセス急増時の「パフォーマンスの向上」や進化する脅威に備えた「セキュリティ対策の強化」が急務と考えていました。そこで、Webサイトの刷新に加えて基盤となるITインフラも刷新するフルリニューアルとなりました。
リニューアル以前のサーバーは、外部のホスティングサービスを利用していましたが、これをアマゾン ウェブ サービス(AWS)へ移行。また、以前は導入されていなかったCMSも新たにWebRelease(ウェブリリース)を導入しました。
以前のホスティングサービスでは、システム環境の修正、変更などはエスビー食品側からその都度、外部の運営パートナーに依頼をしなければなりませんでした。特にセキュリティに関しては、常に神経を使う必要があります。
運営会社にすべてを任せておくこともできず、ITの専門家ではない私たちがセキュリティ脆弱性の問題などへの対応のためにサーバーやPHPのバージョンアップなどを気にかけなければいけませんでした(菊地さん)
以前のエスビー食品のサイトは、大きく分けて次の3つに分かれて、コンテンツ管理も異なっていました。
- コーポレートサイト
- ブランドサイト
- グローバルサイト
これらの一体化とスムーズな運営とガバナンスを向上させること、時間のかかっていた更新時間を短縮することなどがCMS導入の目的でした。
いくつかのCMSを比較検討した結果、選んだのが「WebRelease」。なぜWebReleaseが選ばれたのでしょうか。菊地さんが挙げてくれたのが次の5つのポイントでした。
階層別のユーザー管理ができてセキュリティレベルの管理や承認フローが作りやすいこと。
エスビー食品のブランドサイトには個別に広告代理店などによって管理されてテンプレート化されていないサイトもありますが、WebReleaseのサイトリソース機能や外部コンテンツ取り込み機能によって、こうしたブランドサイトも同じCMSの下に置くことができ、いわば「ハイブリッド」型の管理ができること。
エスビー食品では、4,000ページを超える静的コンテンツがあります。WebReleaseはセキュリティ対策が容易な静的配信型で、さらにAWSフレンドリーであること。AWS上でSaaS提供される「クラウドCMS」を利用でき、エスビー食品の担当者がプラットフォームの脆弱性を直接心配しなくて済むようになったこと。
MFI(Mobile First Index)への対応にも優れていること。
グローバルサイトに必要な多言語化に対応していること。
個人的には大かたのサイトは静的サイトで十分ではないかと思っています。静的コンテンツでも外部ソリューションを使えば、パーソナライゼーションやレコメンデーションも可能です。動的サイトの方が良い場合ももちろんありますが、その機能が本当に必要であるか見極める必要があります。安易に動的サイトを選ぶのは、ある種提供側の衣の下に鎧を隠した不遜な思い込みでしかないでしょう。企業の豊な情報資産使って静的サイトをまずしっかりと作り込むことです。エスビー食品さんがその良い例と言えましょう。
リニューアル体制&現状の運用体制
以前は、WEB運営にかかわるメンバーが、機能に応じ各部門にバラバラに在籍(運営統括:広報、WEBデザイナー:広告、インフラ担当:EC部門兼務)して活動をしていましたが、今回のリニューアルを機に、広報部門に専任のWEBシステムサポートチームが結成されました。
移行のためのパートナーにはミツエーリンクスを選定。ミツエーリンクスには、ウェブサイトの構築だけでなく、CMSやサーバーなど基盤づくりも、全面的にサポートしてもらいました。
パートナー選定のポイントは、フロントからバックエンドまで、それぞれの専門スタッフをワンストップで体制提供できること。そして、構築後の運用も一貫してサポートしてもらえることでした。
ミツエーリンクスが提供するクラウドサービスを採用したので、CMSのバージョンアップや脆弱性対応といったノンコアな業務はお任せして、コンテンツ企画など本来業務に注力できるようになりました。
リニューアル化の効果
エスビー食品のウェブサイトの公開最終権限は、菊地さんの所属するWEBサポートチームの「広報・IR室」ですが、CMSの承認権限管理機能を使うことによって、たとえば、下記のようなコンテンツがテンプレート化によって関連部門で直接更新ができるようになり、PHPなどを作り込む外部発注によるサイト構築が無くなりかなりの省力化ができました。
- お客様相談センターのQ&A (お客様相談センター部門)
- レシピ (社内の管理栄養士が所属するレシピ部門)
- 特集サイト 「スパイス&ハーブで手作りパン」など(広報のWebシステムサポートチームとレシピ部門)
また、テンプレート化によってタグの挿入も自動化され、Googleの検索画面上で、料理画像を表示できるリッチリザルト(Rich Results)に対応しました。
すべてのウェブページを静的コンテンツに統一してAWSに移行したことから、従来、メディアでの関連情報放送後にアクセスが急増してレスポンスが極端に遅くなるといった問題も解決されました。
今回のクラウド移行とCMSの導入により、当初目指したスマホ対応、IT基盤の脆弱性を心配する負担の軽減、サイト運営のガバナンス強化、スムーズな運営と更新スピードの向上などが実現しました。
さらにリニューアル以前と比較してレシピへの閲覧件数が30%アップ、スマホからのアクセスが従来の60%程度から80%へ大幅にアップ、外部評価についても2018年のリニューアル後の日経BP社によるウェブブランド指数が500社中それまでの50位前後から15位にまでアップしました。特に「ユーザビリティ」と「態度変容」のスコアが大きく評価されたことが順位を押し上げたようです。
実際に取引先からも「使いやすくなった」との声が届き、営業部門からも感謝され、社内で「もっとウェブを活用したい」という声が広まってきたことも大きな効果だったと言えます。
ご自慢のコンテンツ
スパイス&ハーブの魅力満載「レシピ」サイト
お気に入りのサイトを聞くと「レシピサイトです」と菊地さん。
ネットにはレシピのサイトは数多くありますが、スパイスとハーブを軸に検索できて、その特徴や使いこなしのポイント、意外な活用方法まで体系的に案内しているサイトは他にないと自負しています。エスビー食品では一定期間のカリキュラムを習得、スパイスとハーブに関するさまざまな知識と経験を身につけ社内資格を取得した「スパイス&ハーブマスター」がおり、「Pick Up! スパイス&ハーブ」をはじめWEB上でも多くのコンテンツで、情報発信をしています。また、テンプレート化により、ともすると猥雑になりがちなトーン&マナーの統一を図り、毎日見ても飽きない心地良いサイトを目指しています。
今後の計画と展望
スパイスとハーブの国内トップメーカーとして日々の食生活にスパイスやハーブはもっと取り入れられるはずと考えています。もっと身近に感じてもらえるようにしていきたいです。
日本の味が海外でも受け入れられるようになったということはよく話に聞きますが、今、英国ではカツカレーが人気だそうです。グローバルサイトでは、このカツカレーのレシピ動画を多言語(英語、韓国語、中国語「繁体字、簡体字」)で配信していますが、今後は海外への情報発信にも力を入れていきたいです。
今回のリニューアルが成功したことにより、社内ではウェブといっても特別なものではなく、一つの有効なビジネスツールと見るようになってきました。リニューアルを機にチームが編成されて、全体を見渡しやすくなったので、組織の枠に囚われず横連動・連携をして、コンテンツの質を上げていきたいと考えています。レシピであれ商品であれ、「スパイスやハーブの事が知りたい!」と思ったら、真っ先に思い浮かべていただけるサイトへと進化させていきたいです(菊地さん)
調理の際に使うスパイスやハーブは無意識にいつもと同じものを手に取って何気なく使って良しとしてしまいがちですが、古えから延々と使われ、スパイスをめぐって戦争まで起きている歴史を考えると今更ながらその奥深さを考えざるを得ません。日常的にこれまでにないほど多くの食料素材に接する機会が増えた現在、スパイス&ハーブのことがわかれば、さらに素材本来の美味さを引き出して食生活を一層楽しむことができるでしょうね。菊地さんありがとうございました。
- CMS「WebRelease(ウェブリリース)」
ソーシャルもやってます!