稲富滋のWebマスター探訪記 稲富滋のWebマスター探訪記

関係者1000人超から成るHonda Webマスターの谷口さんが大事にしている仕事の流儀とは?

Webサイトに関わる関係者と良好な関係を築くコミュニケーション術などを本田技研工業のWebマスター谷口さんに聞いた。
右から、本田技研工業 ブランド・コミュニケーション本部 広報部 Web・社内広報課の谷口慎介氏、稲富滋氏

本田技研工業は、クルマ、バイク、発電機の他にたくさんの製品を扱っています。製品の種類が違えばお客様も異なり、コミュニケーションの取り方も異なります。そのため、Webサイトもそれぞれのお客様に対し最適化する必要があるとの考えのもと、運用上のルールやガバナンスはできるだけ少なくしています。

大事なことは「お客様が不便と感じない」こと。たとえば、離脱のきっかけになりかねないWebページの読み込みは、時間を定めています。

と語るのは、本田技研工業 ブランド・コミュニケーション本部 広報部 Web・社内広報課の谷口慎介さん。

本田技研工業(以下、ホンダ)のWebサイトは、サイト毎にコンテンツオーナー(事業部の担当者)と制作会社がいます。それらすべてを統括するのが谷口さんたちのいる広報部です。関連部署は100以上あり、制作会社も含めると1000人以上の関係者で成り立っています。

そんな膨大な関係者から成るWebサイトを管理し、ときにアドバイザーとして、ホンダのWebマスターを続けている谷口さんに、仕事で大切にしていることやWebサイトの運用について話を聞きました。

谷口さんの仕事の流儀「コンテンツオーナーが本来解決したい課題を聞き出す」

ガバナンスやルールは最低限にしているものの、コンテンツオーナーから「ガバナンスやルールを超えたサイト制作や変更がしたい」という問い合わせがたまにあるそうです。

そういった問い合わせがあった場合、谷口さんは次のようなコミュニケーションを取っていると言います。

「ホンダは自由にやりたいという人が多い会社。だからこそ本来解決したい課題を明らかにすることが必要」と谷口さん

まずコンテンツオーナーに「サイトを作ることが目的になっているのではないか? やりたいことの本来の課題は何なのか? その解決策としてサイトが何にどれくらい寄与できるのか?」をできる限り直接会って話を聞くようにしています。

「ガバナンスやルールを超えたサイト制作や変更がしたい」という行動は、サイトを「自分なりに良くしたい」という気持ちからくるものです。その気持ちは尊重しないといけません。ですから、まず相手の話を聞く

そうするとたいていの場合、「サイト全体へのアクセスが伸び悩んでいるから伸ばしたかった」とか「キャンペーンへアクセスを増やしたかった」とか解決したかった課題が見えてきます。

やりたいことの本質が見えてくれば、別の方法を提案できます。遠回りのように見えるかもしれませんが、この方法がWebサイトをより良くしていくための一番近道なんです。

ちなみに、制作会社の選択・発注は各事業部が行っているため、広報部が直接制作会社とやり取りすることは原則ないと言います。しかし、制作会社さんからコンテンツオーナーを飛び越えて質問や相談されることもあるそうで、「そんなときはビジネス向けのチャットツールなどを利用してコミュニケーションを取っています」と谷口さん。

稲富レクチャー

「ルールだから」と一言で却下してしまうWebマスターはいませんか?

担当者のやる気を活かして、ベストな方法を模索するのは、なかなか簡単にできることではないですよね。

「広報部と事業所を対立軸で考えるのではなく、自ら出向いてまず話を聞く」というのは、とても重要なことです。

社内の意識変化「Webは発信ばかりでなく、お客様を理解する大切な接点」

100を超える部門があれば、担当者のリテラシや興味の度合いもさまざまです。谷口さんは事業部のサイト担当者を対象にして、年に数回、地区ごとに勉強会を行っています。また、サイト担当者さんが受信できるメルマガを使って、Webに関する最新情報や注意喚起などを共有する活動もしています。

そういう活動の甲斐もあってか、「Webサイトは情報を発信するだけでなく、発信した成果はどうだったのか計測をして、改善していきたい」ということを言う部門が増えてきたそうです。

実際に、解析結果がアクションにつながって、目に見える成果が出た小学生向けの夏休みの「自由研究」を扱ったサイトの例を教えてもらいました。

毎年夏休み前に小学生向けの「自由研究」サイトを更新するのですが、掲載直後Googleの検索では6番目でしたが、アクセス解析のデータをもとに、タイトルを変え、ターゲットをより明確にしたところ対策の翌日から一番となりアクセスも増えました。

ちなみに編集部が「自由研究」というキーワードで検索したところ検索結果1位に表示されていました(2018年4月時点)

こうした成果を増やすために、担当者を対象にしたアクセス解析の勉強会を地道に続けている谷口さんですが、今のところうまくできていないこともあるとのこと。それは、「折角学んでもらった担当者が異動で変わってしまい、部門としてのアクセス解析をしたデータの読み方がうまく伝承されないこと」だそうです。

稲富レクチャー

こうした対策や成功事例について他部門に伝えることも重要です。うまくいったケースが身近にあるとわかればさらに多くの部門の関心も高まるからです。

折角良いコンテンツなのに見られていないのは「もったいない」、もっと多くの人に役立つこのコンテンツを知ってもらいたいからSEOをする。真っ当な順序です。SEOは大切なことですが、優先するのはまず届けたい人に向けた良質なコンテンツが用意されていること。

公開したコンテンツは、SEOをする価値があるのか。ユーザーにとって価値のある情報なのか。それを判断してからSEOを考えても遅くありません。上っ面の対策だけ施されたコンテンツは利用者の期待を裏切り無駄な時間を使わせることになってしまいます。ネットは自分のものではなく世界の公共財です(使わせてもらっている感が強いのは私が古い人間だからかな?)。

ネットは利用するばかりでなく自分なりの付加価値をつけてお返しするのが本筋。SEOは自分の会社のためにやるのではなくその価値ある情報を必要としているターゲットユーザーのためにすることだと思ってください。

企業に求められるものが変化。その視点で「ホンダの価値を伝える」

稲富さん

現在のWebチームは全部で8名。この人数でホンダ全体のWebを統括し、グローバルサイト、ソーシャルネットワーク(2名でほぼ専任)、エクストラネット(関連会社向けサイト)まで担当しています。すでに20年近くホンダのWebを担当している谷口さんですが、「利用者が企業サイトに求めるものが、時とともに変わってきた」と言います。

ホンダには、狭山、鈴鹿、熊本に社会人野球チームがあります。その活動状況や試合結果は「Honda SPORTS」のサイト(下図)に掲載していました。

しかし、利用者の方から「なぜ都市対抗野球をホンダのコーポレートサイトにニュースとして出さないのか」と指摘を受けたことがあるそうです。

谷口さん自身「『ホンダの本業である製品情報を伝えることが使命だ』とWebの仕事の範囲を定めていたのかもしれません」と振り返ります。それ以降、ホンダに関する情報は、素早く入手してタイムリーに出せる体制を整えたそうです。

Hondaトップページ(ホンダに関するニュースはコーポレートサイトで掲載されています)

そんなWeb統括部門(広報部)のKGIを谷口さんに聞いたところ、次のような回答がありました。

  • ネットにおけるホンダのプレゼンスを高めること
  • 自社メディアを賑やかにすること

昨年度のユニークブラウザー数は約5800万。ホンダのWebサイトにアクセスしてくださる方々の居場所が作れているかを大事なことと考えて、これをKGIとしているそうです。

稲富レクチャー

ホンダジェットの生産台数がセスナを上回ったり、F1への再挑戦が決まったり、設楽雄太氏が16年ぶりのマラソン日本記録を打ち建てたりと一般人にも関心の高いホンダの価値あるニュースが続いています。こういった情報を取りまとめるWeb統括部門はますます忙しくなりそうですね。

また、日常的にネットを利用する人々の層も幅もデバイスも変わり、大きく広がりを見せるなかで、企業側がこれまで想定した(望んだ)利用者像だけを追って情報を用意するだけでは収まらない時代に突入したのでしょう。

今後は企業の視点に加え、社会(世間)一般の視点から情報発信を行う事、企業側にはその感度を上げること、その対応力をつけることが大切になりますね。大変だとは思いますが、これがうまく回るようになれば、企業の本業へも好影響をもたらすことは、間違いのないことです。

これからは「提供側が世間より一歩先を行っている」とは思わないことです。「世間の方が先を行っている」と考える謙虚さも必要なのかもしれません。

継続的なユーザー調査

約5800万ものユニークブラウザーであれば、先に定めたKGIを調べるのも大変です。しかしそこは「ものづくりホンダ」。本業の知見を応用し、継続的なユーザー調査を10年以上前から半年に一度行っているそうです。

「直接お客様と接する機会のユーザー調査は貴重な機会」と谷口さん

サイトのメイン利用者である、30代から40代の方に集まっていただき、サイトの使い勝手やデザイン、コンテンツなどのインタビューを続けています。

ネットを介してだけだとわからないことも多いものです。直接利用者と触れ合う機会は、お客様を知るうえで貴重だと思っています。

ユーザー調査の他に、ソーシャルメディアでお客様の声を聞くこともあるそうです。ただ、部門個別のアカウントは持っていません。「始めたい」という部門には「一度始めたらやめられませんよ。その覚悟はありますか」と伝えるようにしていると谷口さん。

稲富レクチャー

私から紹介したい「Honda TV」というサイトがあります。

もともと社内向けの動画を集めたサイトですが、一部を社外にも公開しています。社員の家族や知り合いにも見てもらえるので、登場する社員のモチベーションにも役立っているとか。こういう取り組みは、とてもいいことですね。

今後の計画と課題

これまでコンテンツ制作は100あまりの各部門が主体的に制作していますので、製品の種類が異なるとデザインも異なり使い勝手も異なります。

今後は各事業部が「デザインなどを考える時間を減らし発信する情報だけに注力できるように共通ツール化して行くことを考えています」と谷口さん。

稲富レクチャー

これだけの企業規模のWebサイトを統括していくことは容易なことではありません。利用者の利便性や企業としての一体感は保ちつつ、一方ではホンダらしい部門の自在で良質な情報発信を続けてもらうにはそれなりの仕組み作りが必要ですよね。

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