失敗事例から学ぶ隠れた落とし穴とその回避法
第2回 身元偽装ブログ「flog」の嘘と偽りが暴かれたその時
TEXT:新世代マーケティング研究会
※1 User Generated Content:ユーザー発信型コンテンツ、CGMやCGCともいう。
本連載では、企業が実際に行ったブログやSNSなどのUGC※1を活用したプロモーションの事故事例を取りあげ、その失敗や炎上の理由、その回避方法などを考察する。うまくいかなかった失敗事例だからこそ得られる教訓やノウハウを明らかにすることで、読者のマーケティング施策に少しでも役に立てれば幸いだ。
前号で紹介した「NTTドコモのmixiコミュニティ炎上」に関して、各所から多くの反響を頂いた。本格的なCGM時代の到来を前に、クチコミマーケティングのリスク的側面でもある「炎上」に対する関心の高さがうかがわれた。
いま市場ではブログが有効なマーケティングツールの1つとして注目を浴びている。日本においても数多くの企業がブロガーに商品やサービスについて語ってもらうことで、認知向上や使用感の伝達を図ろうとさまざまな活動がなされている。しかし、ブロガーに報酬を渡して企業側にプラスになることだけを書かせたり、企業がかかわっていることを隠して偽ブログを書いたりといった行為は、最もやってはならないアプローチである。今回は、世界を代表するガリバー企業であるウォルマートがブログを偽る行為、いわゆるflog(fake blog、「フログ」)で炎上した事故事例をご紹介したい。
イメージ回復を狙ったブログ
米国に拠点を置く世界最大のディスカウント小売りチェーンWal-Mart(以下「WM」)は、社員の最低賃金保障や医療保険などの労働問題で、長年にわたり社会から批判を受けてきた。WMはネガティブな企業イメージを払拭しようと考えていたが、マスメディアによるイメージ回復は困難であると判断したのか、ブログでの復権を試みた。米国では、ブログは個人の意見を発表・主張する場として市場に大きな影響力を持っており、WMはそれをうまく活用しようと考えたのだろう。
そこで白羽の矢が立ったのが、PR領域の世界的企業であり、WMのPRパートナーであるエデルマン社だった。同社CEOのリチャード・エデルマン自らが陣頭指揮を執り、2005年12月にWMのイメージ回復を目的としたPRプログラムの一環としてNPO「Working Families for Wal-Mart(WFWM)」を設立した。そして、その中で2006年9月から「Wal-Marting Across America」という旅行ブログを開始した。ところが、このブログはエデルマン社が手がけていることを隠した、いわゆる「flog」だったのである。
なぜかポジティブな内容ばかり
ブログの内容は、ある米国在住の夫婦、Jim(58歳)とLaura(41歳)が、WMの提供するRV車のための無料駐車場キャンペーン「RVフレンドリー」を利用しながら、ラスベガスからジョージアまでキャンピングカーで横断するといった旅行記であった。2人は旅行中に出会うWM社員の実情や、親切な対応などを自身の旅行ブログに書き綴っていった。
●ある社員が重病に陥ったが、WMが提供する保険(後にflogの資金源と判明するWFWM)で30万ドルの治療費をカバーし、無事職場に復帰できた
●ある社員はしがないレジ係から本社の管理職まで出世した
上記はほんの一部だが、旅行ブログではこれまで報道されてきたWMの社内体質とは大きく異なる好意的な内容のみが数多く公開されていった。2人はそうした社員との交流を写真に収めながら、旅行ブログを書き進めていく。
暴かれたflogの偽り
公開から約1か月後の2006年10月8日、Business Week誌は、このブログの管理者が匿名で投稿している点と、キャンピングカーや旅の諸費用、ブログの原稿料に至るまで、すべての資金の出所がWFWMであることを確認した事実と、このNPOを設立したエデルマン社の名前を公表した。この報道は瞬く間にブログ界に広がり、有名ブロガーたちはこぞってWMによる偽証に対する怒りと痛烈な批判を繰り広げた。
中でも、WMに対して批判的な姿勢を取っていた団体「Wal-Mart Watch」が、旅行ブログを書く夫婦が偽りの存在である事実を突き止めた。旅行ブログ内のプロフィールで、「58歳、プロカメラマン」と紹介されていたジムは25歳で、フリーではなく、ワシントンポスト紙所属のカメラマンであった。ローラはフリーのライターで、実の兄がエデルマン社の社員であり、この企画を考案した人物であった。
2人のプロフィールさえも偽りだったことがさらなるブロガーの怒りを買うこととなり、炎上はさらにエスカレートしていった。
WOMMAの倫理規定に自ら抵触
ブログ界は当初WMを非難していたが、次第にその怒りの矛先はエデルマン社に向けられるようになった。というのも、エデルマン社はブログマーケティングの先駆者として認知されており、本PR活動の陣頭指揮を執っていた同社CEOのエデルマン氏は、WOMMA(米国クチコミマーケティング協会)の倫理規定作成に関与していたからだ。同氏は、クチコミマーケティングを実施する企業に、「身分証明=透明性」を確保する、つまり、企業がブログの内容に関与しているときには、それを隠さずに明示することが重要であることを説いてきた中核的人物だったのだ。これが、ブロガーの怒りにさらなる燃料を注ぐことになってしまったのである。
さらに、同氏のブログに質問が殺到する中、「件のブログは透明性を欠くもので、問題の責任がすべて同社にある」との謝罪文を掲載するまで数日を要したことが、さらなる非難の集めてしまった。とは言え、過ちを率直に認める姿勢への肯定的な意見も多かったことを記しておく。
ブロガーが身分を偽ったり背景を明らかにしないまま企業のマーケティング行為に加担することは、ブログ界で最も嫌悪される行為である。なぜならば、企業の意図的な偽りやなりすましには、「読者を欺く」「読者を操る」という欺瞞にも満ちた悪意を感じるからだろう。
従来の広告ならば、企業が「言いたい場所で、言いたいことを、言いたいタイミングで、言いたい表現によって、言いたいだけ」言うことができる。しかし、CGM時代では、「ブログなどの個人メディアやSNSなどで、個人が思ったことを、突発的または不特定時期に、個人の表現で、好きなだけ」発信される。本格的なCGM時代の到来を前に、我々は従来のマーケティングパラダイムからの転換をしなければならない。さもないと、本事例と同様の過ちを犯してしまいかねない。
本事例では、ウォルマートの宣伝担当者によるものではなく、PRのプロフェッショナルであるはずのエデルマン社、しかもCEO自らが関与していたことが特筆される。企業の宣伝担当者はもちろん、広告・PR業界に身を置く者は、時代の移り変わりを敏感に把握するとともに、いちブログ読者としての感覚を持ち続けることが大切だ。
わざわざ誌面で書くことすら憚れる当然のことだが、「読者として自分がやられて嫌なことは、人にもするな」ということだ。それさえ忘れなければ、クチコミマーケティングで失敗することはなくなるであろう。
※この記事は、『Web担当者 現場のノウハウ vol.4』 掲載の記事です。
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