[マーケターコラム] Half Empty? Half Full?

Apple Vision Pro デジタルマーケティング視点で体験してみた件

マーケターコラム、今回は村石怜菜氏。Apple Vision Pro体験を、UI、デジタルマーケティング視点で紹介します。

みなさん、こんにちは。村石怜菜です。

ペンでノートに文章を書いていて間違えたときに、無意識にキーボードを頭の中に思い浮かべて、キーボードのコントロールZを押すジェスチャーをしたことはないでしょうか。そしてコンマ何秒か経過したあとに、「ああ、ここはフィジカルな世界だった」と気づくという経験です。パソコンが出現し、機械と人間の主なインターフェイスがキーボードやタップ、スワイプといった主に指での操作が主流である現在、身体にそのような行動が刷り込まれているのは必然ではないでしょうか。

Appleは「Apple Vision Pro(以下AVP)」をリリースするにあたって、今まで市場が使ってきた「AR」や「VR」という言葉を使用しておらず、「空間コンピューティング(Spatial Computing)」という言葉で表現しており、新しい製品カテゴリであるとアピールしているように思われます。まさに、フィジカル空間とデジタル空間を統合することに挑戦した製品といえるでしょう。

先日、日本での販売開始よりも少し前にAVPを体験してきましたので、今回はその話をしたいと思います。

STYLY(スタイリー)社でAVPを初めて体験する筆者

筆舌に尽くし難い没入感を生むAppleならではのインターフェイス設計

AVP体験の提供をしてくださったのはSTYLY社です。きっかけは、以前の本コラムの記事「テクノロジーが切り拓く新たなユーザー体験」。渋谷PARCOで開催された「冬の渋谷の夜空を彩るAR花火イベント ~ MIRAI HANABI in SHIBUYA PARCO~」というイベントについて触れたもので、STYLY社の方がそれを読み、声をかけてくださったのです。STYLY社は日本未発売時点ですでに10台以上のAVPを保有しており、AVP版アプリケーションを提供していたりするので、ご存知の方も多いでしょう。

さて、この記事が公開される時点ではすでに日本でもAVPが発売開始されているため、レビュー記事が多く登場しており、食傷気味の読者もいるかもしれません。ということで、今回はなるべく新しい視点で何かをお伝えできるように、常日頃からUX(ユーザー・エクスペリエンス)やデジタルマーケティング、消費行動について考えている筆者視点での感想を述べたいと思います。AVPの搭載チップがすごいとか、4K以上の画質でデータ処理能力が瞬きより早いので俗に言うVR酔いが起きにくいとか、そのような技術的な話は専門外なので、説明は省略させていただきます。

まずAVPで感動したのが、過去2日間VR酔いで具合が悪くなった筆者がまったく酔わなかったことです。そして、圧倒的な画像の美しさ。「イマーシブ=没入感」とはこのことか、と納得しました。この没入感については筆舌に尽くし難く体験してもらうしかないと思いますが、この没入感を影で支えているのは、AVPのセットアップの緻密さだと推測しています。

AVPを使用する際には、ユーザーごとに緻密なセットアップを行う。写真は、今回一緒に体験したマーケター界隈の知人

AVPを利用する際に、ユーザーは両手を伸ばして手の位置を合わせたり、表示されるドットをタップしたりして、ユーザーの視線と手のセットアップを行う必要があります。AVPは主に指によるジェスチャーと視線で操作するため、この設定のおかげでジェスチャーの精度が上がり、ストレスフリーでシームレスな利用体験を実現しているのでしょう。実際、身長がさほど変わらない他のユーザーの設定のまま利用してみましたが、うまく操作できず、パーソナライズの精度の高さを実感することができました。

インターフェイスの操作は、指によるジェスチャーと視線によるカーソル操作、そして声による入力です。ジェスチャーは全部で5種類あり、「タップ」「タッチ」「ピンチして押さえたままにする」「ピンチしてドラッグ」「スワイプ」と文字で聞いただけでも何となく操作感を想像できるのではないでしょうか。ジェスチャー自体を理解することには時間は要しませんでした。

しかし、空間コンピューティングというだけあって、タップしたりタイピングしたりする対象もバーチャルなため、最初は空をタイピングしている感覚が不思議な感覚でしたし、もっと的確にタイピングできるようになりたいとも思いました。

マーケティングへ変化をもたらすのか

AVPは最低でも約60万円はします。気軽に購入できる代物ではありません。しかし、今回の体験を通じて、将来的にAVPが現在のスマートフォンのように普及するのであれば、確実に人々の行動様式に変革をもたらすだろうと思いました。

今までのデジタルマーケティングは、どうしてもデバイスの物理的な制約を受けがちでした。アプリケーションなどの違いはあったとしても、デスクトップ、タブレット、スマートフォンは、画面の広さという物理的制約を受けてきたわけです。ショート動画が隆盛な今、コンテンツに消費される時間は短縮化し、さらにAIも登場し、AIが何でも要約して教えてくれる時代がきています。

そういう時代になってきている今、AVPのような空間コンピューティングが普及したらどうなるのでしょうか。AVPなど製品を通して、ユーザーはバーチャルな世界にカスタマイズされたパーソナルな空間をもち、さらに今まで2次元が中心だった情報は、現実の空間にさらにレイヤーを重ねられる3次元へと変わり始めます。

空間にレイヤーを重ねることがどういうことなのか、それを理解するには動画を見てもらうのが一番いいでしょう。有名なYouTuberのCasey Neistat氏のYouTubeではAVPを着用し、ニューヨークの地下鉄に乗り移動するという動画があります。動画中には、タイムズスクエアの真ん中で腰掛け、その景色上に、Apple TVとYouTube、そして仮想キーボードを表示するというシーンがあります。

これは今までの視覚空間に新たにレイヤーを追加し、カスタマイズするという「空間コンピューティング」という概念が伝わりやすいシーンではないでしょうか。

このようにAVPは、今までアプローチが難しかったユーザーそれぞれの場所情報をかけ合わせて広告を表示したり、ユーザーにPush通知を送信したりすることも可能になるかもしれません。

空間コンピューティング時代のコンテンツ設計

さて、次はWebコンテンツという面においてはどうでしょう。もちろんAVP用のアプリを提供し、AVPの特性を活かしたユーザー体験を提供することも重要だと考えます。実際、アメリカではアパレルブランドや不動産会社などがすでにAVPのアプリで新しい体験を提供しています。

AVPではWebブラウズすることも可能です。そのため、これからAVPのような大画面での閲覧も想定したUI設計が必要になってくる可能性が高いでしょう。

WebサイトのUIは、デバイスのサイズや種類に応じて変化し、その結果、現在はレスポンシブウェブデザインが主流となっています。今後、AVPのようなデバイスが主流になったとき、コンテンツ制作者はどうすべきかを我々は考える必要があるのではないでしょうか。

今までのような物理的なディスプレイという制約がないため、画面自体が従来の想定を超えるほど大きく表示することが可能です。今までのようなUIではユーザーにとってコンテンツは魅力的に映るのか、可読性はどうかなど、さまざまな観点でUI/UXを見直す機会がくることでしょう。

また、個人的に気になるのは、AVPの操作で使用する視線やジェスチャーの情報です。アイトラッキングデータを分析できるのであれば、ユーザーがどのコンテンツに注視してコンバージョンに至ったのかといった一連のデータが分析できるのではないでしょうか。しかし、Appleの「データとプライバシー」を読むと「視線入力は、アプリ、Webサイト、またはAppleとは共有されません。」と記載されていたため、難しいのかもしれません。

実生活におけるUXと周囲が感じる奇妙さ

AVPを着用すると視界が覆われるため、着用時の安全性が気になるところですが、その点も設計済みでした。没入感が強いため周囲の様子がわからなくなり、障害物にぶつからないように、障害物が近づいたら表示していたアプリ画面が透過して、障害物が見えるようになる仕組みになっています。

このようなさまざまな事象を想定した体験設計がすでに実装されていること自体がAppleらしいなと感じました。ちなみに公式サイトでは階段や滑りやすい環境、暗所での利用は避けるように記載されています。

前述したCasey Neistat氏の動画では、地下鉄内で隣に座った男性と会話をするシーンがありますが、AVPを着用したまま会話するNeistat氏に対して、「私のことは見えているのか?」と質問し、「青いネクタイをして、ネクタイピンを付けているのが見えますよ」と回答しているシーンがあります。

AVPの製品紹介写真ではゴーグルに着用者の目が表示されることを示すものがありますが、実際には「目なのかな…?」というくらいぼんやりとしか表示されません。目が表示されるという仕様を知っている人でないと気付かないくらいです。

その動画内では、自分が相手から見えていることに気づいていないような行動をとる人々が多く(こそこそと写真を撮ったり、凝視して観察したり)、黒いゴーグルに対する得体の知れない奇妙な感情・好奇心をもっていることが伺えました。AVP自体の没入感の高さの一方で、逆に現実世界には馴染まず浮いているという逆転現象が印象に残りました。

ジェスチャーで操作しながら、AVP体験の没入感の高さに驚く筆者

製品自体とバッテリーは常用するには重く、軽量化、生活に馴染む製品デザインへの進化が期待されます。AVPは本体とバッテリーの重さが気になる点ではありますが、スマートフォンを操作するときのように下を向くことがなく、常に正面を向いて操作できる点が気に入りました。スマホ首・ストレートネックという言葉が、なくなる日もくるのではと期待しています。

私が幼少期のときに両親がもっていた初期の携帯電話は驚くくらいの大きさでした。そんな携帯電話が今や手のひらサイズのスマートフォンになって、まるで持ち歩けるパソコンへと進化し、私の脳内では勝手にコントロールZボタンを押すという癖までついている状態です。冒頭で話した「コントロールZを押してしまいたくなる」刷り込みが、今後新たなAVPのジェスチャーに更新される日も近いかもしれません。

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