[マーケターコラム] Half Empty? Half Full?

ヒットコンテンツメーカーの哲学、高橋弘樹氏の挑戦と成功するクリエイティブの秘訣

マーケターコラム、今回は明坂真太郎。「世界の果てに、ひろゆき置いてきた」の演出・プロデューサー 高橋弘樹さんにインタビューし、コンテンツ企画を考えるポイントなどをお聞きしています。
明坂真太郎氏

こんにちは、明坂です。

いきなりですが、ABEMAで放送している「世界の果てに、ひろゆき置いてきた」という番組をご存知でしょうか。“2ちゃんねる”開設者の西村博之さんと俳優の東出昌大さんが唐突にアフリカのナミビア砂漠に連れてこられ、そこから自力で旅をしてもらうという、普段フランスからロジカルな舌戦を繰り広げているイメージのひろゆきさんを考えると、とてもユニークな番組です。実際、配信が開始されると週間視聴ランキングで1位をとるほど注目されていました。

この番組の演出・プロデューサーをされている高橋弘樹さんは、私の前職の先輩で2005年にテレビ東京(以下、テレ東)に入社され、数々のテレビ番組制作に携わり、昨年テレ東を退社。現在はご自身で起業した株式会社tonariの経営と、ABEMAのプロデューサーという二足のわらじを履いています。

今回は、優れた「企画者」は何をインプットし、どのように着想しているのかを知るべく、テレ東の人気番組「家、ついて行ってイイですか?」やYouTubeで展開する経済番組「ReHacQ(Re:Hack リハック)」といった数々の人気コンテンツを生み出してきた高橋弘樹さんに、企画を考えるポイントや大切にしていることなどをインタビューで深掘りしました。

私もテレ東を辞めておよそ1年半。高橋さんと似た立場ですが、元同僚とはいえめちゃくちゃ忙しいところを快く引き受けていただいたので、テレ東にはいい人が多かったなとあらためて思いました。

独立してどんな感じですか

というわけで、前半は独立してコンテンツ制作を続けることの楽しさや難しさ、後半はヒットする企画を生み出すポイントについて高橋さんにインタビューしていきます。

今回、インタビュー取材をうけてくださった高橋弘樹氏

――明坂(以下省略) 二足のわらじでお忙しそうですが、ABEMAとtonariとではどのような比率で働かれていますか

高橋弘樹(以下省略) 通年で5分5分にしようとしています。直近がちょっと忙しくて、(ABEMAが)8:2ぐらいになっていますけど。基本は両方にフルコミットするっていう方針です。

――テレ東を辞められて約1年ですが、独立してみて実際どうですか

自分でやるっていいですよね。経済合理性がないこともできるじゃないですか。もちろん自社の社員の納得があればですけれど。

――たしかに。とはいえ、社員を養う責任もあるわけですよね

社員もどっちかというと経済合理性だけで来ている人が少なくて、「ReHacQ」や会社のミッションが好きで来てくれている人が多いので、すごく楽しいですね。テレビだと企画を思いついても編成を通して作るまでに、数ヶ月は最低でもかかりますけど、やりたいってなったらすぐにできますから。

後発から成長した経済メディア「ReHacQ」

――高橋さんが経済メディアをプロデュースされ始めたときは、すでにNewsPicksやPIVOTなど先行する経済メディアがありました。その環境下で、どのような切り口でいこうと考えたのでしょうか

「日経テレ東大学(ReHacQの前身メディア)」をやるときには、“お高くとまらない”ようにしようということは意識していました。どうしても既存のビジネスメディアには、意識高くて、理解できる人に届けられればいいって思想を感じたんですよね。故に質の高い情報は多くあったんですけど、そうじゃなくてもっと幅広く、それこそ中学生が見てもわかる、あるいは経済に今まで興味がなかったけどこれから知りたいとか、そういった人に見てもらえるようにマスを志向しようとはしましたね。

ReHacQ-リハック-【公式】(https://www.youtube.com/@rehacq

――たしかに、たとえばNewsPicksだと落合陽一さん、堀江貴文さんをはじめ、タレントでも加藤浩次さんやカズレーザーさんなどコメンテーターとして一定のイメージがある方が出られている番組が多いですね

MCがテレビタレントだとしても、やっぱり高いビジネス経験がある人に向けて作っている気がしていて。できれば、そういった層が見ても見ようによっては深く見られるし、その上で間口をもっと広くしたいというのが理想ですね。マーケティング的な理想ではもっと絞ったほうがいいんでしょうけど。

――高橋さんの書籍『1秒でつかむ――「見たことないおもしろさ」で最後まで飽きさせない32の技術』にも、テレビ番組を作るときには、誰が見ても楽しめる親切さがありつつ、深い知識がある人にはもう一段深い楽しみがあるよう、両方を意識して作ると書かれていました

そうですね。たしか本の中ではマルチターゲットみたいな言葉を使いましたけど、テレ東時代にそういう思考があったので、それは今でも意識していますね。

――それはターゲットが広いほどインパクトが大きいという考えのもとなんですか

それもありますが、メディアってそういうものだと思うんですよね。知らない人に知ってもらうことが一番うれしいので。情報を取りたい人に届けるっていうのもあるんですけど、やっぱりテレビで学んできたことは、興味なかった人が興味をもつとか、知らなかった人が知るとか、そういった部分にマスメディアの良さを感じますね。

YouTubeでもテレビほどじゃないですけど、そういったことにチャレンジしたい想いがありました。

「ReHacQ」の撮影の合間にさまざまな質問に答えてくれた高橋弘樹氏

――幅広い人に届けるという思想がありつつ、どういった部分で他のコンテンツとの差別化を図っていったのでしょうか

たとえば、ちょっとエンタメっぽさがあるとか。それと、ドキュメンタリー的な要素を意識していますね。単なるトークだけど、その中にドキュメンタリーがあるとか。

あと、ビジネス動画メディアって名乗っていますけど、ビジネスパーソンに必要なのはビジネスの話だけじゃないみたいな思想はあって、「ビジネスパーソンのための物理学入門」とか、「まったりFUKABORIN」っていう先端技術の研究者を紹介するコンテンツがあります。ビジネスにとって必要なのって、市況とか経済だけじゃなくて教養全般だ、みたいな意識は他のメディアより強いと思います。

――前述の書籍内で、ドキュメンタリーも観測者がいる以上、ストレートな事実ではなく観測者によるストーリーテリングになっていると語られていますね。高橋さんが経済メディアを通して伝えたいストーリーがあるということでしょうか

ドキュメンタリーもやっぱり物語になっている気がしますね。たとえば情報を引き出すことを目的とするなら、1時間でこういう質問項目があって、それを一問一答していくっていうやり方もありなんですけど、僕らは一問聞いて、その答え次第で次に何を話すかを考えながら話を進めていきますから。

そこから見たいものって何かなっていったときに、その人の話す学びだけではなくて、姿勢とか、人間性の部分も見たいとかってなりますよね。

――なるほど、プロデュース・演出・ディレクターからファシリテーターまで一気通貫して行う高橋さんであり、「ReHacQ」だからこそ、生み出せている魅力があるということですね

ヒットメーカーの発想法

――成田悠輔さんや東出昌大さん、YouTuberのスーツさんとか、コアな知名度はあるのに、あまりマスでは見かけなかった方をよく起用されるのはどういった考えからでしょうか

おもしろいなと思ったらフットワーク軽く出演依頼をしよう、というところがあって。成田さんのことを知ったときもそうだし、最近だと石丸伸二さん(前 安芸高田市長)に話を聞きに行ったのもかなり(石丸さんが有名になる)初期のころですね。地方の番組を見る機会が多いんですが、広島のテレビ局が作った、1年くらい追いかけた安芸高田市のドキュメンタリーを見て、それがめちゃめちゃおもしろかったんですよね。それでこの方は興味深いと思って出ていただきました。

「ReHacQ」のマスコットキャラクター リハックマ

――直感で、このおもしろい人で作りたいなと思うのでしょうか。それともマス層にも受けそうだなという算段で考えているのでしょうか

もう好奇心ですね。おもしろいなって興味があって。

フットワークが軽くて打席数が多いので、その中からマス受けする人が出てくるのかもしれないですね。

――じゃあ結果として高橋さんの感性が、そのまま多くの人もおもしろいと思うチューニングになっているんですね。テレ東時代の経験からそこに至ったのでしょうか

テレ東時代に作ってきたもので多かったのは、いわゆるテレビ局のゴールデン(で放送するマス向け番組)だった気がします。「家、ついて行ってイイですか?」もそうですし。“テレ東で成功するゴールデン”が僕の感性を育ててくれたかもしれないです。

いわゆるゴールデンであり、マス向けなんですけれど、でも他局と比較するとエッジが効いているので、いわゆる深夜番組とかサブカル好きな人も食いついてくれるような番組をうまく作れました。これって幸せだったなという感じがありますね。

――どのようなところからインスピレーションを持ってくるのでしょうか

日々の暮らしの中で、自分の心が動いた瞬間を企画に変化させることが多いです。 今は生活の大半が仕事になっちゃっていますから、仕事の中で感じたことを企画にすることが多いです。プライベートの時間が多い人はプライベートから、恋愛が多い人は恋愛からっていうことになるかな。

あと、若いころの方が心って動くので、若いころに心が動いた体験をもとにしていることもあります。心の感受性がやっぱり年々衰えてくるんですよ。なので、若いころにたくさんストックしておいたことをもとにすることも多いですね。

「ReHacQ」の番組「なぜ会社辞めたんですか⁉」で赤裸々に話をする上出遼平氏

――よく時代より先に行きすぎた企画だと、早すぎてウケないみたいなこともありますが、そういったアウトプットの仕方を意識することはありますか

あんまり意識してないですね。過去作ってきた番組は、構成要素を10とすると、8、9割が普遍的なもので構成されている気がしていて。あと、1、2割をちょっと流行りにする。色味とか、テンポとか。そういった小手先のことはやりますけど。でも、描いていることは普遍的なことが多いかもしれない。人生とは、とか、知的好奇心を刺激するとか。

――最近だとコロナで大きく生活が変わりましたが、そういった時代背景を考えることはありますか

時代性みたいなことは結構意識したり、あるいは意識じゃなくて逆に巻き込まれたりすることもあって。

たとえばコロナの例でいうと、去年「世界の果てにひろゆき置いてきた」って番組を作りました。これはいろんな企画を考える中で、コロナの最中に海外の方を周りで見る機会が少なくなった。私たちもやっぱり海外旅行っていうことを忘れたなと。自分もテレビ局も海外に行かなくなったんですよ。なので、今、こういう映像を見たいんじゃないかという考えはありました。

ときには時代に巻き込まれる形で番組ができることもあるという高橋弘樹氏

企画者のフィロソフィー

――テクノロジーの進化で映像の表現方法が広がったり、AIを活用した企画が生まれたりしてくるであろう今後についてどう思いますか

分業でやっている企画とか映像はAIに代わられる部分もあるでしょうね。ただ、自分が描きたいから書いているとか、自分が作っていておもしろいからやっていることに関しては、あまり関係ない気がしていて。

自分がやりたいことをやって、そしてその世界観に視聴者がついてきてくれる。想いのある人が作っている番組なんだな、みたいなオーラが番組から醸し出されてくるんですよね。AIがやっても同じにはならないと思います。

――クリエイターの人格やストーリーテリングと、視聴者との対話が重要であると

たとえば「秒速5センチメートル」(2007年公開の日本のアニメーション映画。監督:新海誠)みたいなものを、AIに作られてもあまり感情移入できないと思います。作家が持っている精神的な自傷行為というか……新海誠さんっていう人が描くからいいんだと思うんですよね。作者との対話の気持ちが視聴者に生まれるものは代替されにくいでしょうし。そうじゃないものは代替されるんでしょうね。

そういう作家性みたいなものは、その人の歩んできた人生があるから、味わえるんじゃないですか。太宰治の『人間失格』だから興味がありますけど、AIにあれを書かれてもちょっとっていう。

クリエイターにとってAIに代わられる部分とそうでないものがあると語る高橋弘樹氏

――今までコレは失敗したなっていう番組はありますか。どんなポイントで失敗に向かったんでしょうか

マーケティングの思考が強すぎる番組で失敗したことがありますね。テレ東にいたとき「のりもの天国」っていう番組を作ったことがあって。僕ももともと乗り物が好きだったし、鉄道ってやっぱり数字を持っているからっていう安易な気持ちで作りました。自分の中でそれを絶対作らなきゃいけない、みたいな感情が動いていたかというとそうじゃない。そういう気持ちで作るとダメですね。

熱量はどこから生まれるかを物理になぞらえると、摩擦で出るわけなので、心の擦れる感じ、それはたとえば傷つくことでもいいですし、こんなすごいこともあったとか、絶対伝えたいとか、心の大きな動きがあって、その動きと現状とに摩擦が生まれる。そうした熱量がないものはだめでしょうね。

――安易にマーケティングの考え方に寄り掛かると作り手の熱量や目的を見失ってしまうんですね

マーケティングとかマーケターの力は強いですし、最終的にはその力を借ります。マーケティングもちゃんとしないと、成功しないですから。

――高橋さんも自身の哲学を軸にプロデューサー、ディレクター、演者の枠組みを再構築してヒットを生んでいますし、いろいろな立場の人がクリエイターやマーケターの枠組みを再構築できるようなことができればいいですね

そうですよね。この記事をマーケターの方が読むのだとしたら、動物園を見るつもりで読んでもらってもいいと思います。自分たちと違うロジックで動いている生き物っているなと思う感じで。僕はエンタメよりの作り手ですけど、アートを作る人はまたもうちょっと違う想いで動いているんですよね。

マーケターの方はそれらの思考回路を真似るべきじゃないと思うんですけど、刺激とか、何かのヒントになるかもしれないです。違うものとして眺めていただく、そういう感じで。

――ありがとうございました

◇◇◇

自身の熱量と視聴者のニーズを両方満たす

以前、テレビ東京OBのテレビプロデューサーである佐久間宣行さんと話したときもそうでしたが、高橋さんと話していて感じたことは、自分の作りたいものや熱量を大事にしているということでした。そして、そうした熱量を大事にしつつも、顧客インサイトのような市場が求めているものをどこかでは意識している。自分自身の熱が市場の中でまだ見たことのないようなものを作り出すこと、それが顧客インサイトとどこかでリンクしていると感じました。

そして、自分のチューニングが市場にフィットするかどうかは、日々いろんな体験をしたり、情報をインプットしたりすることが重要で、日々生活する中でもいろいろなところに感度を高める必要がある。特に自分が携わるサービスが提供する価値に関して、誰よりも敏感でありたいと思いました。

東京都知事選関連の番組制作でとてもお忙しい中、お時間をいただいた高橋さんにはこの場を借りて、あらためてお礼をいわせてください。

本記事に興味やご意見がある方は、ぜひ私のX(旧Twitter)にリプライをいただければと思います(https://x.com/dr_akesaka)。それではまた。

高橋弘樹

映像ディレクター。経済メディア「ReHacQ」プロデューサー、株式会社tonariCEO。企画・演出に『家、ついて行ってイイですか?』『日経テレ東大学』『吉木りさに怒られたい』『ジョージ・ポットマンの平成史』『世界の果てに、東出・ひろゆき置いてきた』。著書『1秒でつかむ』『TVディレクターの演出術』『都会の異界』など。起業と同時にサイバーエージェントにも入社しABEMAゼネラルプロデューサー。

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