ヤマハが最後発企業として参入したBtoB新領域で例年比5倍のリードを獲得! そのマーケ戦略とは?
新規事業への参入は、大手企業でもそう簡単なことではない。楽器や音楽関連事業で知られるヤマハが、BtoB領域であるシール検査市場に、最後発企業として参入した。「デジタルマーケターズサミット 2023 Summer」にヤマハの金成典氏と、ヤマハファインテックの長畑渓心氏が登壇し、市場調査・分析、製品開発、販促・販売の全てを社内メンバーで行い、展示会で通常の5倍のリードを獲得するまでの取り組みを紹介した。
ヤマハの売上の7割は楽器事業。新事業での戦略構築・実行のプロセスは「王者への挑戦」だった
「ヤマハ」と聞くと、ピアノや管楽器、イヤホンなど音楽や音に関する製品、または兄弟会社であるヤマハ発動機株式会社のバイクを想像する人が多いだろう。ヤマハ株式会社のグループ全体の売上収益は2023年3月期で4,514億に上る。売上収益のうち、7割弱が「楽器事業」、2割強が「音響機器事業」を占めており、「その他の事業」は1割に満たない。今回は「その他の事業」に関するマーケティング活動の事例を解説していく。
今回の事例を一言で表すとしたら、『王者への挑戦』です。メインフィールドである楽器・音響業界とは別の領域において、わたしたちが挑戦者という立場になったとき、どのように戦略を構築し、実行していったかを紹介します(金氏)
今回、挑戦者として挑んだのは、「ヤマハファインテック株式会社」だ。ヤマハファインテックは精密技術にかかわる企業で、ヤマハの楽器生産における自動化技術にルーツをもつ。楽器製造で培った加工・検査・測定などの技術を活かし、自動車・家電製品の高度化を支える各種検査装置、熟練工の技を継承する仕上げロボットといった生産設備を開発・生産する「FA事業」を展開している。本セッションでは、ヤマハファインテックの新製品、食品包装向けのヒートシール検査機である「ULTRASONICA」に関する取り組みを紹介していく。
BtoB新領域への挑戦。マーケティングの知見が豊富なヤマハに協力を依頼し、組織横断プロジェクトチームを立ち上げ
「ULTRASONICA」は食品包装向けのヒートシール検査機で、超音波を用いてレトルトパウチなどの不良を検出する新製品だ。食品包装のヒートシール検査は完全な新規参入であったが、なぜそこに舵を切ろうと決断したのか。
長畑氏は「12年前から基礎となる超音波技術の開発に着手していたが、その技術をビジネスにつなげられなかった。検証を進める中で、食品包装の検査ニーズがあることに気づいた」と振り返る。ただ、ヤマハファインテックは、顧客企業のオーダーカスタムは得意としていたものの、マーケティングの経験・機能がなかった。そこで、長年BtoC領域で豊富な経験があるヤマハに協力を要請したという。その背景を長畑氏は次のように語った。
ヤマハファインテックのBtoB事業は、電気検査が70%、漏れ検査が29%を占め、超音波検査は1%。超音波検査を第三の柱として成長させたいというミッションがあった。しかし、『ULTRASONICA』の対象市場は1社の寡占状態であり、切り込むための戦略が必要だった。顧客の生産設備への納入という、従来のBtoBtの営業主体のフィールドセールスから脱却し、マーケティングの立案や施策を通じて、より広範なマーケティング活動にシフトする必要があるという課題感がありました(長畑氏)
ヤマハに協力を求め、組織横断のプロジェクトチームを立ち上げた。コアメンバーには、ヤマハから金氏、松原氏、ヤマハファインテックから長畑氏、奈良氏が参画し、プロジェクトを推進していった。
まず関係者全員参加のアイディエーションを実施。全員が一丸となり、プロジェクトに臨む体制を構築
競合企業による寡占市場への最後発参入という非常に高いハードルをいかにして乗り越えていくかが、このプロジェクトの鍵となった。全員が一丸となりプロジェクトに臨む体制を組み上げるため、はじめにマーケティング研修という名のアイディエーションを行ったという。
開発から営業、購買、マネジメント、さらには新入社員も加えて、関係者全員で「ULTRASONICA」が持つ価値やターゲットは誰か、アイデアを発散することを目的に実施した。「アイディエーションを通じて、多くのステークホルダーとの連携が強化され、その後のプロジェクトの進行に大きく寄与した」と金氏は振り返る。
アイディエーションの実施において、ヤマハが用いている「マーケティングハンドブック」を使って研修を行った。このハンドブックは、2017年にコーポレート・マーケティング部が作成したものだ。
それまでヤマハでは各部にマーケティング担当者がおり、担当者が独自のマーケティング手法を用いてそれぞれの製品の戦略立案を行っていた。全員が一定のレベルでマーケティング活動を行えるよう、標準化することを目的にマーケティングハンドブックが作成されたという。毎年、新入社員研修などでも使われているが、今回は「ULTRASONICA」という実在する製品を題材として研修を行った。
マーケティングフレームワークを活用して戦略立案。自社の強み・ターゲットが明確に
アイディエーションの次は、各種デジタルツールを活用して戦略立案に取り組んだ。リサーチツールを用いて、顧客業界マップを作成し、自社のターゲットとなる企業をピックアップ。包装シール市場が特殊な業界のため、なかなか情報がとれないという課題があったという。そこで隣接する市場、たとえば、食品メーカーの市場情報を集めることで深掘りしていったと、金氏。
競合他社のWebトラフィックからは、オーガニック検索後の遷移先の分析や、キーワード分析を行い、広告出稿や、SEO対策などの施策に落とし込んでいった。並行して、社内インタビューを行い、購買フローやターゲットのインサイトの整理などを実施した。アイディエーションに加えて、こうしたデータに基づいた定量的な情報によって、自社の強み、狙うべきターゲット像やコアバリューなどが定まっていった。
続いて、金氏は戦略を組み立てる上で、情報の棚卸しとリサーチのフローについて詳しく解説していった。まず取り組んだのは、情報の整理だ。ヤマハはBtoCをメインにマーケティングに取り組んできたため、今回参入するBtoBtoBの市場把握のための情報整理を行ったという。
その次に、明らかにしていくべきことは、ターゲットは誰で、それらに対する価値は何なのかということだ。そのために、どういう調査・分析が必要かというリサーチ設計をした。
続いて、「どのような市場なのか」「競合は誰なのか」「自社が最終的に目指すポジションはどこなのか」を明らかにしていった。次のフェーズでは想定している顧客に整合性があるのか、それを調査でどうクリアにするかに取り組み、最終的にどのような顧客にリーチするか、そこに整合性があるのかを確認していった。この過程で、ターゲットと製品価値を明確にするために社内インタビューを行った。そして、最後に「ヤマハにしかできない価値の見せ方はないか」を考えていった。
「『ULTRASONICA』は“音”を強みとした製品として打ち出すことになるが、はじめの頃は全くその価値に気づいていなかった。こういった過程を経て、自社製品のポジショニングを行うことで、自社の強みを明らかにできた。まとめてみると、このフローは、マーケティングフレームワークの3CとSTPですよね。マーケティングのフレームワークに沿った活動だった」と金氏は振り返る。
動画・Webページ・広告、他社との差別化を図るクリエイティブはどう作っていった?
自社の強み・ターゲットは明らかになったが、それを顧客にどう伝えていったのか。続いて、金氏は他社との差別化を図るクリエイティブを紹介していった。
1.「ULTRASONICA」の紹介動画
他社の場合、製品紹介や開発者や営業担当者のインタビュー動画が多いが、後発が同じことをやっても見向きもされない。そこで、競合企業との差別化を図ったCGを活用し、実写では撮影困難な細部の描写と音波を表現し、音に関するブランド力があるヤマハならではの『音のヤマハの超音波』という強みを、“知的にかっこよく”伝える手法をとった動画を作成した。BtoBtoB関連の動画としては非常に高い再生数とリピート率を獲得し、「かっこいい」などの好意的なコメントも多く得られたという。
2.検索や広告の遷移先としての「Webページ」
Webページは検索および広告着地先での顧客価値提案によるリード獲得を目的として作成した。ゴールには「レトルトパウチの品質クレーム“ゼロ”へ」というコアバリューを伝え、「ULTRASONICA」を試してみたいと思ってもらうことだ。作成にあたっては競合他社のWebページを徹底的に分析・調査し、さらにヤマハのBtoC向けのサイトの知見を活かし、以下の図のような構成としている。「ULTRASONICA」を試してみたいと思った人がすぐにアクションを起こせるよう、「無料サンプルテスト申し込み・お問い合わせ」への導線を随所に盛り込んだ。
3.広告出稿(リスティング広告・ディスプレイ広告)
広告はリスティング広告とディスプレイ広告を出稿したという。リスティング広告では、BtoBtoB領域での経験があまりなかった。そのため、どのような文言や表現がターゲットに刺さるのか、A/Bテストを繰り返して、効果的な文言を探っていったという。当初は強みである「音」や、直接的な価値を訴える文言などいくつかのキーワードで出稿を行ったが、「レトルト食品に最適なシール検査」という文言の結果がよかった。出稿後の検索クエリや、競合他社の広告文を参考にわかりやすさを重視したキーワードに変更することで、CTRを改善していった。
ディスプレイ広告では、強みである「音」を訴求したテキスト入り、直接的な価値を伝えるテキスト入り、そしてテキストなしの画像のみの3パターンでテストを行った。その結果、テキストなしの画像が最も効果が高いことがわかり、出稿後1週間でテキストなしに絞ったという。このように、トライ・アンド・エラーを重ねながら、出稿、A/Bテストを実施し、より効果の高いものに絞っていった。
展示会で例年の5倍、史上最多のリード数を獲得! 成功の要因は?
ここまで、マーケティング施策や戦略立案、クリエイティブを紹介してきたが、どういった成果を獲得できたのだろうか。まず、国際食品工業展「FOOMA JAPAN2022」への出展では、1,078件のリードを獲得することができたという。例年の獲得件数は200件ほどなので、5倍以上のリード獲得につながった。
これまで話をしてきた、戦略立案・データ分析・クリエイティブと、それをつなげるカスタマージャーニーを意識した効率的なフローが効果を発揮したことで、ヤマハファインテック史上最多のリードを獲得できた。成功の大きな要因となったのは、アイディエーションだった。アイディエーションの段階で、トップを巻き込み、全体で共通言語を作りながら進めることで、トップへの理解が意思決定の早さにつながった(長畑氏)
各種KPIは前年を大きく上回り、開発人員は1.8倍に増強。本格的な事業展開につながった
続いて、各種KPIの達成度合いを金氏が紹介した。いずれも前年を大きく上回る成果を獲得できた。
- Web流入数(オーガニック流入のみ):184%(対前年)
- Web滞在時間:258%(対前年)
- Webからの問い合わせ件数:100件超
では、リード獲得後、実際に導入に至ったのは何社だったのか。生産のキャパシティもあり、初年度のローンチカスタマーは4社となった。また、「10年以上ビジネスとして確立することが難しかった中で、今回の活動でニーズの可視化ができ、経営層の理解や期待を得ることができた」と長畑氏。そういった背景もあり、開発人員が前年比1.8倍に増強されるなど、本格的な事業展開をスタートさせることができた。
長畑氏によると、「食品業界だけでなく、将来的に参入が期待される薬品・医療機器領域への足がかりや、新製品開発のきっかけにもなるなど新しいシーズも多く発生し、新たな研究開発の種を発見することができた」という。日経新聞が主催する「NIKKEI BtoBマーケティングアワード2022」においても、デマンドジェネレーション賞を受賞するなど、外部からの高い評価も得ることとなった。
重要なことは、お客様をしっかり想像し、メンバーが一丸となって取り組むこと
一連の取り組みを通じて、金氏は「BtoBマーケティングと、BtoCマーケティングに大きな違いはない。その先にいる一人のお客様をしっかりと想像することが大切であり、お客様を明確化・具体化するためのテクノロジーや顧客情報の活用はより重要になっている。顧客接点でブランドの価値を強く認識したが、それを活用するまでの道のりが何よりも重要。メンバーの認識合わせやチームビルディング、戦略を一丸となって取り組めたことが大きい」と語った。
長畑氏も「これまで意識してこなかったが、今回の施策を通じて、改めてヤマハのブランド力や、マーケティング文化の醸成の重要性を実感した。今後は、全世界に対して価値を届けていきたい。そのためにもデジタルマーケティングおよび、その土台となった3CやSTPなど基本的なマーケティングを社内外に問いかけ続けていきたい」と語り、セッションのまとめとした。
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