BリーグNo.1の入場者数を達成! 少ない予算で“ファンを増やす”データ活用とSNS戦略
あらゆる業界において、ビジネスを成長させるためには“ファン”の存在が重要だ。「デジタルマーケターズサミット 2023 Summer」にDeNA川崎ブレイブサンダース マーケティング部 部長の藤掛直人氏が登壇し、プロスポーツチームの事例をもとに、データ収集・活用法からSNS運用戦略まで「ファンづくりの仕組み化」について解説した。
スポーツ業界は一見特殊に見えるが、「コンテンツがスポーツなだけ。抽象化してポイントを洗うことで、他業種でも参考になる要素が少なくない」と藤掛氏は言う。
『ファンをつくる力 デジタルで仕組み化できる、2年で25倍増の顧客分析マーケティング』(著者:藤掛 直人 出版:日経BP)
ファン増加はビジネスメリットにつながる
川崎ブレイブサンダースは、元は東芝の企業チームで、創立73年目の歴史あるクラブ。Bリーグ発足後3季目を迎えるタイミングで、DeNAが承継することになった。
次の写真は川崎ブレイブサンダースのホームゲームの様子。エンタメ性を強化しており、初めての方でも楽しめるので、ぜひ観戦してみていただきたい。
バスケは、DeNAにとって野球、陸上に次ぐ3番目の競技。「DeNAだからお金があるでしょう」と勘違いされることもあるが、実際はそんなことはない。というのも、企業の宣伝目的で保有するスポーツクラブではないので、早期の単体黒字化を期待されていた。このため多くの企業と同じように、限られた予算や工数で、工夫しながらファンづくりをしてきた。
まず、スポーツビジネスについて共有しておこう。スポーツであるからには、勝った負けたという競技面が注目される。しかし事業と競技は両輪の関係であり、事業で稼いだお金で選手獲得や設備投資をするので、事業側の強化も不可欠である。
スポーツクラブの経営は、簡潔に表すと「チケット」「グッズ/飲食」「広告スポンサー」「放映権料」の4つの売上で大部分が成り立っている。どれもが観客動員数の影響を受けるので、クラブ経営においては「観客動員数」が重要なKPIだ。このため、川崎ブレイブサンダースも観客動員数に重点を置き、2018年の事業承継以来、徐々に来場者数を伸ばしてきた。承継後3シーズン目の2020-21シーズンには、BリーグNo.1の入場者数を記録している。
観客動員を増やすには、ファンをいかに増やすかが重要だ。ただし、アリーナの収容人数には上限があるため、2028年竣工予定の新アリーナも見据えて、アリーナにとどまらないファンを獲得することも含めて取り組んできた。
ファンにはいろいろな定義があるが、藤掛氏は「そのブランドの個性を支持し、意図的に選択し続けてくれる方」と定義する。
たとえば、「通勤のために毎日その路線に乗る」は、リピーターではあるがファンとは言えない。一方、「通勤途中に2つのパン屋さんがあるが、こちらのお店の○○が好きなのでよく買う」はファンの行動だ。そして「選択」は「購入」に限らず、「視聴」などあらゆるコンテンツ消費も含む。
ファン増加は、あらゆるビジネスメリットにつながる。「ファンが他のファンの方を呼んでくれる」とはよく言われることであり、ファンが増えることで注目度が上がり、アライアンスにつながる。あるいは、メディア露出も増えるし、協賛等のtoBビジネスにもつながる。それぞれは連関しており、ポジティブなスパイラルが生み出される。
データを活用したファンづくり戦略
川崎ブレイブサンダースは、ファンを増やすために次の3ステップを実践してきた。
- 個性の定義と体現
- 体験価値の最大化
- 体験人数の増加
これらのうち、2と3はビジネス上の利益と直結する部分であり、データ/デジタルの力で仕組み化できる。
以前は、データ自体もなければ活用する仕組みもない状況だったので、まずはデータ活用の土台をつくるところから着手した。データがないと、次のリスクがあるためだ。
- 間違った方向に注力してしまう(戦略の方向性を誤る)
- 効果のない施策を漫然と続けてしまう(施策の選択と集中ができない)
データ整備は、余裕がないとなかなか着手しづらいが、限られた予算で効率的に運用するためには、データをしっかり整備する方が近道だ。そこで川崎ブレイブサンダースは、次の取り組みをおこなった。
1. チケット販売チャネルを1本化
さまざまなプレイガイドでチケット販売していたが、Bリーグ公式チケット販売サービス「B.LEAGUEチケット」に一本化。これは、短期的な売上に対してはネガティブな影響があるが、得られるデータの制限がないことや即時性を重視した。
2. アンケートによりデータを補完する
デジタルのビジネスと違い、リアルビジネスでは取得の難しいデータもあるので、アンケートやインタビューで補完。
データを活用することで、根拠に基づいてターゲットや戦略を設計できるようになる(戦略の方向性)。たとえば、戦略ターゲットであるヘビーアンバサダーの特定では、より多く来場してくれる「来場力」と、周りの人を多く誘ってくれる「勧誘力」の2点を重視し、この2軸でデータを活用して探っていった。
アンバサダー特定時に注意すべきことは、現時点でアンバサダー化している人数が多い顧客属性ではなく、これからアンバサダーになってくれる人が多い顧客属性をターゲットにすることだ。
たとえば次の図をみてほしい。
この図をみると、アンバサダー化人数が多い[③近隣勤めの30代サラリーマン]をターゲットにしたくなるかもしれない。しかし、真にポテンシャルが高いのは、現時点での実数ではなく、アンバサダー化率が高い属性だ。
つまり、「新規が100人来たら何人がアンバサダーになってくれるのか」という視点で見なければならない。この場合であれば、真にターゲットにすべきは③ではなく[①小学生の子連れ層]ということになる。
また、データがあると施策の効果測定が可能で、効果の高い施策に注力できる(施策の選択と集中)。これまでDeNAで培ってきたスマホゲーム運営のノウハウを活かし、データを元にPDCAを回せる仕組みを導入し、施策の選択と集中を行った。その結果、70%程度だった来場者満足度が、95%前後を安定的に出せるまでに向上した。
デジタルメディア活用の具体例
バスケに参入するに当たり、当初は横浜DeNAベイスターズ(野球)の成功事例を横展開しようと考えていた。しかし、アリーナでの観客満足度向上についてはかなりうまくいったが、メディア戦略についてはあまり役に立たなかった。
本来、スポーツは注目度が高く、テレビなどのマスメディアで取り上げてもらいやすいのがコンテンツとしての強みのひとつだ。しかしバスケは、沖縄で開催された「FIBAバスケットボールワールドカップ2023」が盛り上がった今と違い、DeNAが承継した当時は、マスメディアに取り上げられる競技ではなかった。
このため、届けるべき情報をいかに自分たちで届けるか考えることが重要だった。そこに注力した結果、YouTubeではBリーグだけでなくJリーグのチームも含めた比較で、フォロワー10万人の壁を最速突破できた(2023年11月現在15.4万人)。TikTokでは国内プロスポーツで読売ジャイアンツに次ぐ2番目に突破するなど、一定の成果を上げている。
デジタルメディアの運用でポイントと考えているのは、顧客導線に沿ってSNSなどを配置することだ。川崎ブレイブサンダースでは、導線を次の図のように考えている。
活用1TikTok
認知、つまり新規層へのアプローチを目的としているのが、TikTokである。
棒グラフはそのSNSのクラブ公式アカウントのフォロワー数、折れ線グラフは来場者のフォロー率を表している。TikTokは来場者のフォロー率が23%と低い。これだけ見ると、まったく浸透していないネガティブなデータのように見える。
しかし、TikTokのフォロワー数はTwitter(X)やInstagramよりも多い。つまり、TikTokのフォロワーの中には川崎ブレイブサンダースを普段は観戦していない方が多数含まれており、今まで接点を持てていなかった層にアプローチできているということ。
TikTokはかなり拡散力が強く、同じコンテンツを投稿しても視聴回数がTwitter(X)の3倍になる。こうした拡散力も、認知でTikTokを活用する理由のひとつだ。
活用2YouTube
興味を持ってもらい、来場につなげる目的で運用するのがYouTube。
図は、来場者のうち初回チケット購入者に対して、購入前にどの媒体を見たかアンケートした結果。クラブ公式YouTubeの割合は他の2倍以上も多い。さらに、YouTubeは広告媒体としても活用できていて、協賛の機会も増えている。
活用3LINE
「興味あるから機会があれば行きたい」「おもしろかったから機会があればまた行きたい」と思っても、「その機会がない」ということはよくある。SNSでさまざまな情報発信をしても、常に追いかけてくれるコアファン以外には案外届きにくいもの。
そこで、継続して来てもらうための施策として運用しているのがLINEだ。一度接点を持った方をLINE上にプールし、お得な情報や会場に行きたくなる情報を、ここぞというタイミングでユーザー属性に応じて発信する。
活用4Twitter(X)
Twitter(X)は、ロイヤルティ向上・愛着を深めるという文脈で活用し、フォロワー数を最重要KPIとは捉えていない。頻繁な情報発信に加えて、重要な試合の前後等にファンの熱量が上がるような投稿をしている。
活用5オンラインサロン
オンラインサロンは、ファン同士のコミュニティをいかに作るかという観点で運用している。
デジタルメディア運用のポイント
以上がデジタルメディア運用の全体像だが、ポイントは3つある。
ポイント1ブレない目的を定める
デジタルメディアやSNSはあくまで手段なので、目的が先にあるべきで、それをブレさせてはいけない。目的を定めずになんとなく運用すると、施策が偏って空白が生まれる。
さらに、目的を明確にするとそこからKPIが導かれる。目的と手段が結びついていないと、エンゲージメントが重要なのにフォロワー数を見てしまうなど、目的とズレたKPIを追ってしまうことになりかねない。
ポイント2各プラットフォームの特性に適合させる
SNS運用では、もったいないからと一つのコンテンツをすべてのプラットフォームで出してしまうことがある。しかし本来は、プラットフォームに合わせて少しずつカスタマイズすべきだ。
たとえば上の図では、左がなんとなく運用していた時のコンテンツ、右がチューニング後のコンテンツである。YouTubeというプラットフォームの市場を分析し、そこにマッチするようにカスタマイズすることで、視聴回数は劇的に増加している。
また、平均再生時間を伸ばすためには、自分たちが見せたいものを投稿するのではなく、より多くの人が興味を持ち、楽しんでもらえる動画を出すべきだ。かつ、プラットフォームごとにユーザーのタイプが異なるので、それに合わせてカスタマイズする。
たとえば、既にファンの方が多く見るYouTubeでは選手の愛称を使い、まだバスケをよく知らない人も見ているTikTokでは「前MVPの」など客観的にすごさが分かる言い方をするなど、細かくチューニングするのが、それぞれのプラットフォームで成功する秘訣だ。
ポイント3共感されるストーリー作り
プロスポーツクラブは選手がどんどん入れ替わるが、長くファンとして根づいてくれるのは、そこにストーリーがあるからだと藤掛氏は考える。特に、苦しい/つらい経験はストーリーとして共感される。これは、特にスポーツにおいて特徴的だが、ブランドやプロダクトも同じだろう。
しかしそうは言っても、最終的には、リアルでの体験に勝るものはない。観戦体験こそが、最もファン化に直結する重要な要素だ。
「川崎ブレイブサンダースの場合は、試合会場で観戦するリアルが非日常の体験。周囲のデジタルの体験は日常に寄り添う形で毎日消費できる。コアのコンテンツと周辺のデジタルメディアをうまく融合して回遊してもらうことが、重視すべきポイントだ」と藤掛氏は述べ講演を終えた。
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