ユーザー経験(UX)とユーザー行動(UB)の方程式/HCD-Net通信 #22
前回、実利用経験(RUX)について書いたが、その後もいろいろと考えてきた。ステークホルダー経験(SX)という概念を考えたこともあり、一度はそれで原稿を書いたのだが、その後、ちょっと違った方向に考え方が動いてきたため、その原稿はお蔵入りにしてしまい、新しい原稿を書き起こすことにした。
今回のポイントは、次のとおり。
設計という範囲だけでなくライフサイクルプロセス全体で考えるべきだろうという点
ノーマンが最初に指摘したシステムイメージにもとづくユーザーのメンタルモデルの構成を拡張し、そのメンタルモデルにもとづいたユーザーの「期待感」「印象」「評価」の形成というダイナミックなプロセスが重要だという点
ユーザー経験にもとづいてユーザー行動が決定されるという点
「期待感」「印象」「評価」という3つのフェーズは、消費者からユーザーへの変貌に対応したものであり、最後の評価はRUX(実利用経験)にもとづいたものになっている。
なお、最後の点は、産業技術大学の安藤さんと飲みながら議論をしていて頭の中にまとめたものである。だから二人の考え方をマージしたものになっているだろうと思う。
ライフサイクルプロセス全体における、ユーザーの「期待感」「印象」「評価」の形成
最初の2つの点については、次の図がその内容を表現したものになっている。
この図は、2010年5月あたりから講演などの場でよく利用しているもので、上半分がユーザー(購入以前は消費者)で、下半分が企業になっている。また左から右に移るにつれてライフサイクル(主にプロダクトを念頭においている)の各フェーズをたどるようになっている。
まず、ユーザーは、旧型の製品を使っている状況や該当する機器やシステムがない状況で生活をしている。その中で、現在の生活実態に対する不満感やそれを解決してくれる製品に対するニーズを高めてゆく。
企業はそれを調査し、企画をたてて新製品の開発に入る。その後はISO9241-210(ISO13407)が記述している設計プロセスに入り、設計に関連した企業の内部文書が作成される。さらにそうした内部文書にもとづいて、ユーザーに提供するためのマニュアルや取扱説明書が作成され、その情報が製品サイトに掲載されることになる。
それと並行して企画や宣伝の部門からはテレビCMやカタログ、雑誌記事への情報リリースなどが行われ、ユーザーに対する情報提示が実行される。
ユーザーは、そうした情報や、それを読んだ友人や知人からの情報などにもとづいて製品に対するメンタルモデルを構築し、その結果として製品に対する期待感を高めてゆく。この部分がマーケティングアプローチの重視しているところである。言い換えれば、広義のテクニカルコミュニケーションの活動は、単にマニュアルを作る活動ではなく、マーケティング活動全体における重要な位置を占めていることにもなる。これが消費者としての期待感形成の段階である。
設計が終わって製造が行われ、販売のフェーズになると、ユーザーは実際に店頭でそれに触ったり、店員の説明を聞いたり、あるいは雑誌やWebサイトでレビュー記事を読んだりする。これによって製品を購入するかどうかを決定することになるのだが、その根拠となるものはきちんとした評価ではなく、短時間のインタラクションにもとづいた印象程度のものである。
製品を購入した段階から、彼はユーザーとなり、実利用経験(RUX)を蓄積してゆく。そのなかで経験にもとづいた評価を行ってゆく。製品ジャンルにもよるが、一般的にはISO9241-210が言っているように半年から1年程度経過すると、その評価は安定したものになる。そして、その状態が廃棄まで続くわけである。
これが、前出の図に説明してある、ライフサイクルプロセスとその流れのなかでのメンタルモデル構築にもとづいた消費者とユーザーの期待感形成、印象形成、そして評価という経緯である。
ユーザー経験とユーザー行動の関係
さて、最後に述べておきたいのがユーザー経験とユーザー行動の関係である。
ユーザー行動というのは、製品購入にかかわるものではない。それは経営学の消費者行動論が扱う範囲である。
ここでいうユーザー行動は、RUX(実利用経験)を経たユーザーが、利用を継続するか、それとも利用をやめたり、製品を廃棄してしまったりするかを表している。
これに関してモデル的に表現すると、次のようになる。
式(1)で、「S」は、RUXの指標としての満足度である。「q」は、ユーザビリティや信頼性、機能性、性能などの品質特性であり、その関数f(q)として、それぞれの品質特性に対する評価が得られる。
ただし、人によっては「性能が最重要であって他の特性はどうでもいい」という場合もあるので、そこにウェイト「w」が掛かっている。
すべての品質特性に関してこれを累計したものに、残差としてのεが加わる。これは「感性特性」といってもいいが、どうも従来の品質特性とは別のような気がするので残差項として扱っている。
このようにして実利用経験(RUX)を積み重ねるうちに、製品の実際的な評価にもとづいて満足感「S」が生成される。
これだけでも重要なことだし、どの特性にどのようなウェイトをかけているかということも重要なことなのだが、企業的に注目すべきなのは、その結果、ユーザーがどのような行動をとるかだろう。それが式(2)である。
満足度に関する任意の閾値「θ」があり、それを上回っているかぎり、ユーザーはその製品を使い続けるが、何らかの理由で満足度が閾値を下回ると、それを使わなくなったり、あるいは廃棄してしまったりする。そうなると、ユーザーとしての立場から消費者という立場にもどり、改めてほかの製品を探すことになる。
これが、ユーザー経験の指標としての満足度にもとづいたユーザー行動(UB: User Behavior)のモデルである。メーカーの立場からすると、次の購入にいたるかどうかはユーザー行動のほうだから、ユーザー経験よりもユーザー行動のほうが重要だと思うのだが、そのような指摘をしている人はいないようだ(それを言ってしまっては身も蓋もないということだろうか)。
ともあれ、現在はこのようなことを考えている。
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