ドナルド・ノーマンの「まずテクノロジーありき、ニーズはあとから(Technology First, Needs Last)」というエッセイが話題になっている。人間中心設計やユーザビリティの関係者が常識だと思っていたことに真っ向から反対する、
フィールド調査にもとづくニーズ把握からは革新的な製品は生まれない
という主張が、人間中心設計(HCD)を否定したものとして受け取られているようだ。
もともとノーマンとしては、そうした騒ぎが起きることを予想していたことだろう。絶対に“確信犯”だと思っている。その意味で、一種の逆説であると受け止めていればいいとは思うのだが、それにしてもちょっと誤解を招きやすいので、ここに反論を書いておくことにする。
このエッセイの中でノーマンはブレークスルーに重きを置いているが、もともと彼は創造的ユーザビリティと標準的ユーザビリティとを区別していないので、こういった内容になった可能性がある。また「ブレークスルーにこそ価値があり、標準的ユーザビリティには価値がない」(と直接言ってはいないが)と読めるような書き方をしている点も問題である。
僕の考えを図を使って説明したい。図1は、創造的ユーザビリティと標準的ユーザビリティ、それと人間中心設計と技術中心設計の違いを説明するものである。
これまでISO13407の4つのプロセス(活動)の1番目である「ユーザー特性や利用状況の把握」の部分が企画プロセスまで含むのかどうか、しばしば問題になったが、僕の考えは次のとおりだ。
- 企画フェーズと設計フェーズとははっきり区別する必要がある
- ノーマンが言及しているようなエスノグラフィックな調査は企画フェーズに位置づけられるものである。
だからといって、「エスノグラフィックな調査(フィールドワーク)は設計の関係者が行うべきではなく、企画を担当する事業部などの関係者が行うものだ」と主張しているわけではない。むしろ反対で、企画のフェーズにも設計関係者は入り込むべきだと考えている。ただ、何をつくるかというコンセプト立案は企画フェーズのものであり、設計というのはそのコンセプトにしたがって具体的なデザインを行っていくフェーズであると考える。
企画フェーズにおいて出発点になるのは、エスノグラフィックな調査(フィールドワーク)などを利用したユーザー調査である。とはいえ、常に型どおりのContextual Inquiry(ユーザーシナリオ法)などを行う必要があるのではなく、開発関係者の日常生活のなかから問題を見いだそうとする努力も意味あるものだと思っている(開発関係者の日常生活もまた1つのフィールドなのである)。ともかく、何らかのユーザー調査から問題点を見いだし、確認し、その重要性を判断することが大切なのである。
その次にくるのが、「革新的なブレークスルーになるか」「平均的な製品やシステムを生み出すことになるか」の分かれ目である。図1の企画フェーズで「革新的着想」と「平均的着想」と書いてある部分がその分岐点である。ノーマンのエッセイでは、革新的着想は技術的検討から生み出されるように書いてあるが、そうではないと思う。革新的な着想を生み出すのは、エンジニアであろうとマーケティング担当者であろうと、デザイナであろうと構わない。ただ、その人が深い洞察力をもって問題を理解し、新たな着想に至ることができるかどうかが問題である。そのための素材として、ユーザー調査にもとづく問題点の把握は有用であると考える。
さらに、新たなコンセプトが創出される段階については、これまでの技術的な提案(いろいろな試作、商業的には成功しなかった過去の製品提案などを含む)や、最新の技術的進歩が関係してくるし、さらには法制度の改変や世論の変化など、時代背景や状況の変化、あるいは社会の成熟を待たねばならないことも多い。
このようにして革新的コンセプトが生まれたら、次に設計フェーズに入る。この段階でこそ、ISO13407が提起しているような人間中心設計のプロセスが重要になるのである。ノーマンが誤解されやすいような書き方をしている「技術ありき」という表現を技術中心設計のアプローチの段階で行ってしまうのでは、“アイデアはおもしろいが使いものにならない”製品やシステムができてしまう。
その後、製造フェーズにおけるVA(Value Analysis)や製造上の要因による設計変更が行われる可能性があるが、そこについても人間中心設計の考え方による評価と確認は必要である。
さらに販売フェーズにおいて、コンセプトをきちんと理解した「筋のとおった」広告・販売活動が行われる必要がある。
このような開発プロセスによって生み出される製品やシステムは、図2のように4種類に分けることができる。
ノーマンは下の2つに関係した技術的革新を強調しているが、革新的着想を持ったものであっても、そのあとの設計が人間中心設計でなければ、優れた着想であっても使いにくいものができてしまうことになる。このあたりについて十分に注意する必要があるのに、その点をきちんと説明していない点、ノーマンのエッセイの重大な欠陥だというべきだろう。
こうした点を頭に入れながら、ノーマンのエッセイを読んでいただければ、と思う。
※なお、ここに書いた話は、総研大の博士後期課程に在籍しておられるリコーの早川さんとの議論のなかからでてきたものであることを付記します。
ドナルド・ノーマンのエッセイ
「まずテクノロジーありき、ニーズはあとから(Technology First, Needs Last)」の要約
デザイン調査の価値は、革新的なコンセプトの新しい製品に関する場合と、既存のコンセプトの製品を継続して改善する場合でそれぞれ異なる。結論としては、前者の場合、デザイン調査によって隠されたニーズをあぶりだすことは不可能である。
というのも、革新的なコンセプトの新製品は、技術の進化によって着眼を得て作られるものであり、存在していたニーズに応えるというよりも、技術がそれを可能にしたから作るといったものだから。
たとえば水洗トイレ、家庭内への上下水道の配管、電気照明、自動車、飛行機、電話などは、必然的なニーズから生まれたものではなく、技術の進化が生み出したもの。
ほとんどのイノベーションはブレークスルーというものよりは小さな改善であり、そういった小さな改善の積み重ねがビジネスに価値をもたらしている。ブレークスルーとなる真に革新的なイノベーションは10年に何度か起きる程度。というのも、人々の生活やニーズにピッタリと合う新しいコンセプトを発明するのは非常に難しいため。また、既存の製品が人々のニーズをすでに満たしており、新しいコンセプトが出てきても既存の製品はかなり長く生き残るから。また、真に革新的なイノベーションは理解されづらく、90%~95%は浸透できずに失敗する。
●都市伝説:満たされていない潜在的なニーズを発見するのに、エスノグラフィックな観察を利用する
革新的なイノベーションを達成するために、エスノグラフィックリサーチによって潜在ニーズを発見するという手法は、一見論理的だ。しかし、実際には製品の開発には役に立たないのではないだろうか。
技術から発生した過去の革新的なイノベーションは、調査に基づいて行われたものではない。「そこに山があるから登る」登山家と同様に、技術的に実現可能だから作ったもの。こうした発明のほとんどは失敗するが、一部の成功した発明が我々の生活を変化させてきた。飛行機、電話、ラジオ、テレビ、コンピュータ、インターネット、携帯電話など、どれもデザイン調査やマーケティング調査が大きな役割を果たしたものはない。エコノミストのブライアン・アーサー氏も同様に、過去の技術が進化して新しい技術が生まれ、それを進めるのは科学やエンジニアリングであるという結論に達している。ニーズに関しては触れられてもいない。
まず新しい技術が出てくる(新しい技術であれ、古い技術が時期を得たのであれ)。そしてニーズは最後に来る。
イノベーションが生まれたとしても、まず社内で既存の概念と争って製品化されるまで困難が存在するし、市場の理解を得るのに困難が存在する。製品化されて市場に出ても、少なくとも初期の製品は人々の生活スタイルやワークスタイルにフィットしなかったり、高価だったりして受け入れられづらいし、生産ラインも確立されていない。
米国で最初に自動車を生産した企業は失敗したし、最初のデジタルカメラも、最初のグラフィカルOSも失敗した。多くの革新的イノベーションは世に出ても失敗したが、その一部は、人々に価値を見いだされて成功した。しかし、しばしば、初期の製品から時間をかけて改善したり、人々に慣れてもらったりする必要があった。
●技術ありき、次に発明、ニーズは最後
デザイン調査の目的は、どんな手法を使うのであれ、イノベーションを導き市場で成功するための、表出していない隠されたニーズを見つけること。
製品のサイクルにおいて、少しずつコストを下げたり少しずつ製品を改善したりする(非ブレークスルーな)イノベーションは、デザイン調査が得意とするところ。
しかし、真に革新的なイノベーションの場合、創造性や想像力は必須だが、デザイン調査やマーケティング調査や人々のニーズを探るアクションはほとんど無関係。発明者は発明者だから発明するのであって、まず技術が来て、次に製品が生まれ、ニーズは少しずつ生まれてくるもの。
製品ができたあとは、顧客を調査することによる改善は可能になるが、製品ができる前は、技術者に任せるべき。
とはいえ、技術者が大きなアイデアを描くのだが、だいたいにおいてそれは複雑でひどい出来である。だからこそ、そのあとに改善を重ねるためのデザイン調査は、永遠に必要とされるものなのだ。
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