さらなる“ユーザー中心設計”を目指すために [最終回]
ユーザー中心設計とは
これまで「師匠と弟子方式のインタビュー」「ペルソナ」「カードソート」「ペーパープロトタイプ」「ユーザーテスト」といったユーザビリティ手法を紹介したが、種を明かせば、これらは私の発明品ではない。「ユーザー中心設計(人間中心設計とも言う)」に含まれるテクニックの一部なのだ。
ユーザー中心設計とはソフトウェアの設計思想の1つであり、個々の手法を指すものではない。カレン・ホルツブラットの「コンテクスチュアル・デザイン」も、アラン・クーパーの「ゴール・ダイレクテッド・デザイン」も、さらにこの連載で紹介してきた「ディスカウント・ユーザビリティ」も、いずれもがユーザー中心設計の範疇に入る。
ただ、そこには骨格となるような共通したパターンがある。それは以下のようなものだ。
- ユーザーの利用状況を把握する。
- 利用状況からユーザーニーズを探索する。
- ユーザーニーズを満たすような解決案を作る。
- 解決案を評価する。
- 評価結果をフィードバックして、解決案を改善する。
- 評価と改善を繰り返す。
ユーザー中心設計の第一歩はユーザー調査だ。ユーザーを観察したりインタビューしたりして、ユーザーの具体的な利用状況を把握したうえで、潜在的なユーザーニーズまで探索する。
次に、それらのユーザーニーズを実現する方法を考える。そのときに、設計チームのアイデアは、いきなり実装するのではなく、まず簡単なプロトタイプを作成する。そして、ユーザーにプロトタイプを使ってもらって、そのアイデアの有効性を評価する。
評価の結果、ユーザーニーズを満たしていない個所があきらかになればプロトタイプを修正する。そして、改めてユーザーにプロトタイプを使ってもらって、改善案が有効であったかどうか評価する。その後も、評価と改善を繰り返しながら、少しずつ完成度を上げていく。
ユーザーの声聞くべからず!
一部の人はユーザー中心というコンセプトに対して「ユーザーの声ならばすでに十分に聞いている」や「素人の言いなりになって、本当によいデザインができるのか」といった反論をしたくなるかもしれない。しかし、それらの反論は間違っている。
ユーザー中心設計とは、ユーザーから出される「こんな機能が欲しい」「この部分を変更してほしい」といった要求や不満に対応することではないからだ。
ユーザーの声を重視すると言うのは、極論すれば単なるユーザー任せに過ぎない。プロのデザイナや設計者の本来の役割とは、ユーザーから提案してもらうことではなくユーザーに提案することではないだろうか。ユーザーから出された「○○が欲しい」といった明示的要求に応えるだけでは不十分だ。ユーザー自身が気付いていないような暗黙の要求まで満たしてこそ、プロとしての存在価値があるのだ。
そのためには、ユーザーの声ではなくユーザーの行動を分析すべきだ。ユーザーの声は、すでにユーザー自身が分析した結果なので、もはやあらたな発見はない。一方、行動データはまだ分析されていない生データなので、それを慎重に分析すれば暗黙のニーズを探索できるのだ。
驚くなかれ、ユーザー中心設計の第一原則とは「ユーザーの声聞くべからず」なのだ。
まずはテストから
一方、今回の連載の内容に共感して「さっそく、次のプロジェクトではインタビュー調査から始めよう!」と思った人も、ちょっと待っていただきたい。もし、あなたが、これまでユーザビリティ活動とまったく無縁であった場合は、いきなりユーザー中心設計のプロセスをフル規格で導入するのは難しいかもしれない。
何事も最初は試行錯誤の連続だ。試行錯誤から学ぶ点は多いが、そうやって時間とコストを消費する間に、刻々と期日と予算のリミットは迫ってくる。実際、最初の頃はユーザー中心設計のプロセス全体を完了できないだろう。それは、たとえるならば、せっかく最高の素材を選んで念入りに下ごしらえしたのに、最後に生焼けで料理を出すようなもの……。苦労したわりに成果につながらないのだ。
そこで、最初のプロジェクトではユーザーテストから始めよう。プロトタイプを使ったテストを行えば、設計の早い段階で問題点を発見して修正できる。的はずれなアイデアを実装して、ユーザーにとって使い物にならないサイトを作ってしまうというリスクを軽減できる。
立派な大人が紙芝居を作成して、オフィスの片隅でテストを繰り返していると、一見するとレベルの低い活動を行っているように感じるかもしれない。しかし、こういった地道な活動が具体的な成果を生んで、ユーザー中心設計の本当の価値がチームメンバーや社内に認められるようになるのだ。本格的なインタビュー調査やペルソナを導入するのは、プロトタイプでテストするという文化が社内に根付いてからでも遅くないのだ。
ドナルド・ノーマン
認知心理学者としての深い見識に裏付けられたデザイン理論の第一人者。著書『誰のためのデザイン?』(新曜社、著:ドナルド・ノーマン、訳:野島久雄)はデザイナ必読の書。著作は多数あるが、近年では『エモーショナル・デザイン』(新曜社、著:ドナルド・ノーマン、訳:岡本明ほか)が大きな反響を呼んだ。ヤコブ・ニールセンと共同でNielsen Norman Groupを設立して共同代表を務めている。
さらに学びたい人へ
インターネットが普及した現代でも、知識や技能を体系立てて習得するには、やはり書籍が適している。さらに詳しく知りたいと思うならば、ユーザー中心設計の全体像を把握できる本をまず1冊は読もう。
手前みそではあるが、この連載のベースになっている、拙著『ユーザビリティエンジニアリング』(オーム社、著:樽本徹也)を最初に推奨しておこう。また、ユーザビリティコンサルティング会社として著名なビービット社の代表者による著作『ユーザー中心ウェブサイト戦略』(ソフトバンククリエイティブ、著:武井由紀子/遠藤直紀)もお薦めできる。さらに、最近発行された『インタラクションデザインの教科書』(毎日コミュニケーションズ、著:ダン・サファー)も読みやすい。
多少ボリュームはあるが、『Web情報アーキテクチャ』(オライリージャパン、著:ルイス・ローゼンフェルド/ピーター・モービル)や『About Face』(アスキー・メディアワークス、著:アラン・クーパー)は情報アーキテクトやインタラクションデザイナを目指す人には必見であろう。
全体像をつかんだら、次は個別の手法を学ぼう。『ペルソナ手法の教科書』(毎日コミュニケーションズ、著:スティーブ・マルダー)、『ペーパープロトタイピング』(オーム社、著:キャロリン・スナイダー)、『実践ユーザビリティテスティング』(翔泳社、著:キャロル・バーナム)などは、それぞれの分野を掘り下げて学習できる。
一方、Webの魅力は最新の情報が気軽に入手できる点にある。特にWebユーザビリティのバイブルとして名高いヤコブ・ニールセンの『Alertbox』は、イード社が提供するU-site上でオフィシャルな日本語版が読めるので、ぜひ定期的にチェックしてほしい。また、Web、セミナー、雑誌というマルチチャンネルで展開する『Design IT!』は、ユーザー中心設計に関連したコンテンツも多い。
本やWebで情報を入手するだけでなく、同じ興味や目標を持った人たちとリアルに交流することも重要だろう。米国には『UPA(Usability Professionals' Association)』という専門組織があるが、日本にも『人間中心設計推進機構』というNPO法人がある。専門分野のセミナーやワークショップも活発に行っているので、知識や技能のステップアップを図りたい人は加入するとよいだろう(なお、同機構の黒須正明氏と山崎和彦氏が当Web担当者Forumにて『HCD-Net通信』を連載している)。ぜひこれらを参考としてほしい。
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