「貢献できていないのでは」と不安だった―Web解析の第一人者・小川卓氏が語る「仕事の軸の見つけ方」
キャリアチェンジは誰にとっても不安なものだ。しかも、周囲を巻き込んで施策を実行していく必要のあるWebマーケターにとって、周囲に味方になってもらえるかは死活問題でもある。
Web解析の第一人者として知られる株式会社HAPPY ANALYTICSの小川卓氏も、若手の頃にそんな悩みを抱えていた。小川氏は数々のキャリアチェンジの中で、どのようにその悩みと向き合ってきたのだろうか。
データ分析を成果に変えるために
ルール1 分析だけでは売上は伸びない。周囲を味方にしていくことが不可欠
リクルート、サイバーエージェント、アマゾンジャパンと名だたる企業でWeb解析の経験を積んだ後に独立し、現在は多くのクライアント企業のWeb解析を手掛けている小川氏。Webマーケターの中では広く知られた存在だ。そんな小川氏はどのようなきっかけでWeb解析の世界に足を踏み入れたのだろうか。
新卒で入社したWeb系企業でメールマガジンやWebサイトのコンテンツ制作を行っていました。上司と成果を測ろうと考えて、有償の解析ツールを導入したんです。まだGoogleアナリティクスが存在しなかった頃のことです。解析ツールの画面を初めて見たときに『結果がここまで数値でわかるんだ』と驚き、うれしくなりました(小川氏)
解析の世界にはまっていった小川氏は、さらに多くのユーザーが訪れる大規模なサイトを分析したいと考え、リクルートに転職する。リクルートでは全社的な解析ツール導入プロジェクトを経験した後、住宅系事業のWebアナリストとして働いた。
解析を自分のキャリアの軸にしようと決め、さまざまなカテゴリのWebサイトの解析を経験したいと考えました。その頃、アクセス解析のブログを書き始め、書籍を書く経験もしました。将来的に独立まではいかなくても副業として複数の会社のWeb解析をやれたらいいなと思っていました(小川氏)
その後、小川氏はスマホを利用したBtoCのビジネスを行うサイバーエージェントや、ECサイトを運営するアマゾンジャパンでWebアナリストとして働いた。華やかな経歴を重ねていく一方で、「貢献できていないのではないかとプレッシャーを感じることは多かった」と小川氏は語る。
分析の仕事はそれだけでは1円の売上にもなりません。分析をした結果、何かしらのキャンペーンやコンテンツを制作するなどの施策を行って初めて結果につながります。つまり、一人では何もできない仕事なんです。施策を実行するには周囲を味方にしていく必要がありました(小川氏)
社内の味方をつくるために、小川氏は社内のメーリングリストに解析の情報を流したり、社内で勉強会をしたりしていた。まずは自身が解析が得意であると多くの人に知ってもらうことから始めたのだ。
1人でも返信してくれる人がいれば、その人が自分の味方になります。Webアナリストの仕事は自分から社内に情報を探しに行くよりも、相手から相談してもらった方が進めやすいんです。Webサイトについて誰かに相談したいと思ったときに、『小川だったらわかるかも』と思い出してもらえるように情報発信をしていました(小川氏)
タスクを抱えすぎている人へ
ルール2 作業負荷を最適化するために、相手の期待値をコントロール
アマゾンに入社後は、大学院の客員教授やセミナー・講演などの機会が増えた。副業の収入が本業の半分を上回った頃、自然な流れで小川氏は独立の道を選んだ。しかし、独立当初は仕事を引き受けすぎてメンタルに支障をきたしたこともあり、現在は仕事量の配分にも気を配っている。
現在、小川氏は上場企業の役員や顧問などを務めながら、10~20社ほどの企業から解析の依頼を受けるなど、多忙な日々を送っている。その中で工夫していることがあるのだろうか。
社内やクライアントから『〇〇のデータを見たい』と要望があったときに、一度見たいだけなのか定期的に計測しなければいけないものか判断するようにしています。要望にただ対応していると、レポートの項目が増えて作業負荷が増えていってしまうからです。そのため、まずは定期レポートとは別に数値を出すことが多いです。一度レポートに組み込んでしまうと、不思議なことに『項目を減らしてくれ』とは誰も言わないんですよね(笑)(小川氏)
Webマーケティングの仕事をしている方なら共感するだろう。また、新たにレポートを作成する際は、簡単に概要を作り掲載項目をすり合わせてから進めている。
できること、できないことを伝えて期待値をコントロールすることも大切です。定期レポートは健康診断のようなもので、サイトの分析や改善策がすぐに出てくるわけではないんです。具体的な改善策を考えるには、さらに深掘りして分析する必要があります。そういったこともあらかじめ伝えています(小川氏)
小川氏が作成するレポートの形式はクライアント企業ごとに異なる。レポートを見る人のWebリテラシーやタイプに合わせてアレンジしているのだ。
Webリテラシーがあって詳細な情報を知りたい方もいれば、詳しくないから結論を先に知りたい方もいます。詳しく知りたい場合はデータを説明した後に改善案を説明し、結論を先に知りたい方には改善案を話してから必要に応じてデータについて説明しています。
仕事の依頼をいただいたときには、期待値や定例会議に参加する方のリテラシーやタイプを確認しながら進め方を決めています(小川氏)
多くの仕事やクライアントを抱える小川氏は、ともすると働きすぎになりやすい傾向があると話す。同様に多くのタスクを抱えすぎた経験がある人は多いだろう。そんなときの対処法はあるのだろうか。
手持ちの仕事が多いときには、それぞれ5%ずつでいいので手をつけます。何か記事を書くなら、見出しと内容のメモだけ作っておく。すると、完成までにどのくらい時間がかかりそうか、何を調べる必要があるかを把握できます。それが安心につながるんです。逆に一つの仕事を終わらせてから次の仕事に手をつけようとすると、見積もり時間がずれやすく、やっていない仕事に対する不安だけが膨らんでいきます。自分が働ける上限を把握しながら、その中でうまくやりくりするようにしています(小川氏)
Web施策はおもしろい! 成功率は3~4割
ルール3 自己評価より、ユーザー評価がすべて
「Web施策は、やってみないと結果がわからないからおもしろい」と小川氏は言う。
個人的にいい施策だと思ってもうまくいかないこともあれば、自信がなかったのにうまくいくこともあります。施策の成功率は3~4割くらいです。大事なのは自分自身の良い・悪いの判断ではなく、ユーザーが受け入れてくれるかどうかなんですよね。
取引先との関係でも同じことが言えます。私にとっては10年前から話していることでも、その企業にとって今まさに知りたいことかもしれないし、自分が注目している新しい技術の話をしても、お客様に全然刺さらないこともあります。自己評価と他者評価は別物だと思っておくと、心の安定にもつながります(小川氏)
経験やノウハウによって施策の精度を上げたり、数多くアイデアを出すことはできる。しかし、うまくいかないことがあって当たり前。そう思うことができれば、失敗したときに必要以上に落ち込まなくても済むだろう。
成功すればもちろんいいですし、失敗したら気づきが得られる。最も良くないのは停滞して何もしないことです。だから、常にユーザーに対して何かを検証したり、施策を実施したりしている状態であることが大切です(小川氏)
Webサイトによって人生が変わった……
ルール4「世の中に良いWebサイトを増やす」ために働く
小川氏は独立する以前から、自分の仕事に対するミッションをもっているという。
『世の中に良いWebサイトを増やす』が私のミッションです。良いサイトとはユーザーがストレスを感じずに使えるサイトであること。ユーザーがポジティブな体験ができるための施策には、多くの企業が力を入れています。コンテンツを拡充したり、動画を入れるなど情報を充実させるなどです。
しかし、ストレスを感じないサイトにすることはあまり優先順位が高くないと感じています。Webサイトの中で目的のページに迷わずたどり着けるナビゲーションができているか、商品を選ぶためのガイドがしっかりと用意されているかなどです。こうした改善をもっと進めていきたいと思っています(小川氏)
なぜ、小川氏は「世の中に良いWebサイトを増やす」というビジョンにたどり着いたのだろうか。
Webサイトはさまざまな情報にアクセスでき、情報発信をすることもできます。しかもそれが安価で実現できる。実は、妻との出会いは私の個人サイトの掲示板に書き込みをしてくれたことがきっかけでした。私自身がWebサイトによって人生が変わった経験をしているので、世の中に良いWebサイトが増えたら一人のユーザーとしてもうれしいです(小川氏)
小川氏はこうしたミッションや自身の得意とするスキルに照らし合わせて、引き受ける仕事の優先順位を決めているという。
私の得意な領域はWebサイトの解析なので、たとえばSEOなど自分より違う人のほうが貢献できると思えばお断りします。世の中に良いサイトが増えるためには、私が力を発揮して貢献できる仕事をした方がいいからです。お客様と契約する際も契約期間は短くしています。自分が貢献できることが終わったら、また別の企業のお手伝いをする方がいいと思うからです(小川氏)
小川氏のように自分の軸をもつことができれば、仕事で選択を迫られたときに適切な判断ができそうだ。現在、自身の軸が明確ではない場合はどのように軸を見つけたらよいのだろうか。
一番楽しくワクワクすることは何か考えてみてほしいです。どんな仕事をしていても、一つの業務だけをずっとやっていることって実は少ないと思うんです。たとえば、Webマーケターなら解析やSEO、コンテンツ作成などさまざまな仕事をする中で、どの仕事をつい優先してやってしまうかを考えてみるといいでしょう。
仕事で見つからなかったら趣味でもいいと思います。自分の好きなことを情報発信することが大事です。たとえば、ロードバイクが好きでSNSで発信していたら、ロードバイクのYouTuberから声がかかって動画に出演することになるかもしれない。自分の好きなものについて情報発信することは、実は情報収集にもつながります。ビジネスにつながらなかったとしても、好きなものに関わっていたら人生が楽しくなりますよね(小川氏)
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