[マーケターコラム] Half Empty? Half Full?

「推し」が武道館を飛び越えて東京ドームまで行くまでの道のり。BiSHの軌跡から見るコンテンツ成長のポイント

マーケターコラム、今回は明坂真太郎氏。明坂氏の“推し”「BiSH」の軌跡をマーケター視点で振り返ります。
明坂真太郎氏

こんにちは、明坂です。

突然の質問ですが、読者の皆様には“推し”がいますでしょうか? YOASOBIがアニメ「推しの子」をテーマに制作した楽曲「アイドル」が世界的なヒットを記録する昨今。NHKの番組では推し活特集が組まれるなど、世間では推し活への関心が高まっています。

私自身も10年ほど前からももいろクローバーZ(ももクロ)を始め、ここ5年ほどはBiSHというアイドルグループのライブに足を運び、積極的に推し活をしています。

BiSHは2023年6月29日の東京ドームでのワンマンライブをもって解散を発表しています(原稿執筆時)。チケットはすでにソールドアウト。2015年にWACKという小規模な事務所の手により結成されたグループが、最終的に東京ドームワンマンをソールドアウトさせるまでに成長するというのは稀有であり、コンテンツ好きとして非常に興味深いことです。

*6月16日、ミュージックステーション(Mステ)にBiSH最後の出演

モーニング娘。やAKB48、乃木坂46など大手メジャーグループが基盤を築き、ももクロやBABY METALなど多様な形態を取り入れ、2010年後半に急速に変化・拡大してきたアイドル業界。アイドル戦国時代とも呼ばれたこの時代に、BiSHはどのようにして人気を獲得し、紅白歌合戦出場や東京ドームライブの開催までに成長したのでしょうか。その過程にはコンテンツやコミュニティを成長させるための重要な要素が多く詰まっているのではないかと思います。

長い前置きとなりましたが、今回は近年のアイドル業界の現状とBiSHの歩みについて、マーケティングの観点から勝ち筋を考察していきたいと思います。

*6月のBiSH解散直前には、さまざまな特集が組まれました。

現代ほどプロモーション手段が豊富ではなかった時代背景

近年、個人でもYouTubeや各種SNSなどを通じて情報を発信し、大勢のファンを集めることは一般的になりましたが、2010年代はまだ情報を広く伝えるためにテレビやラジオ、雑誌、ネットメディアなど、マスメディアを含めたさまざまなメディアの発信力が必要でした。大手事務所はそれらメディアに影響力を持ち、他の所属タレントと共に売り込むなどの戦略をとることが可能で、その結果、ヒットを生み出すことに大手が優位に立っていました。

Wikipediaによれば、2015年当時、マネージャー(プロデューサー)である渡辺淳之介氏がBiSH始動を宣言。サウンドや衣装の担当者などを含む5人の最小限のスタッフで立ち上げられました。これは、ある意味で、マンションの一室で仲間たちと立ち上げたベンチャー企業が、すでに多くの会員基盤を持つ大手グループ企業に挑むようなものでした。

*2016年1月には、全国地上波に出演。現在のメンバー構成になる以前のBiSH。

狭くとも、深くさすプロモーションが支えた結成初期

今では前衛的で洗練されたイメージをもつBiSHですが、立ち上げ初期は大きく違いました。ミュージックビデオ“BiSH-星が瞬く夜に-”ではメンバーが馬糞にまみれになったり、過激な空耳に聞こえる歌詞の曲をリリースしたりと、かなりセンセーショナルなプロモーションを用いていました。

初めて見聞きした多くの人が「何だこれ!? むちゃくちゃやってるな」と強く印象づけられたでしょう。曲自体にも強力に惹きつけるものがありました。私自身も、当時オフィスで仕事をしながらApple Musicの新着曲をランダム再生で聴いていたところBiSHの曲が流れ、思わず仕事を中断して曲を最初から再生してしまいました。ただし、その異質さだけでなく、曲自体も私が好きなパンクロックの要素を持っていて、それが引き金となって他の曲も聴き、ライブに足を運ぶまでに時間はかからなかったのです。

*「BiSH-星が瞬く夜に-」のミュージックビデオでは頭から馬糞まみれに。

競合するアイドルが数多く存在する中で、注目を集めることは容易ではありません。また、例えば迷惑系YouTuberのようにただ目立つだけではなく、しっかりとした楽曲の質やグループの魅力を地盤に、確固たるファンベースを築くことが必要です。ファン基盤構築を見据えながら、大手にはできない、ギリギリのラインを攻めたプロモーションをしかけるというベンチャー的なゲリラ戦は、今でこそ輝かしい軌跡ですが、泥臭く、かつ競合を出し抜くために有効なプロモーションだったと思います。

その後もBiSHは独自の音楽性を持ちながらも、時折過激なプロモーションを用いてファンを驚かせ、自分たちの存在を周知させることに成功しました。

絆をより強固にするイベントでファンの熱量を維持する

さて、奇抜なプロモーションを通じて短期間で知名度を高めても、それが全てではないことを忘れてはいけません。アイドル運営のミッションとして、ファンが継続的にCDを購入し、ライブに足を運び、ライブ会場のキャパシティを増やす。そして、その成果をもとに更なるファン層にアプローチするというサイクルを維持する必要があります。

いわゆる地下アイドルやライブアイドルと呼ばれるグループの主な活動はライブです。これは渋谷や新宿などのライブハウスや、レコードショップ、商業施設等のイベントスペースでほぼ毎週行われています。週末ともなると他のアイドルグループも含め、数え切れないほどのライブが開催されます。

そのため他への誘惑が多く、特定のアイドルに専念し続けることはなかなか困難で、新規ファンを惹きつけることはもちろん、既存のファンを維持することすら難しい状況が生まれます。かくいう私も、BiSHを推しながらも、わーすた、PassCode、フィロソフィーのダンスといった他のアイドルのライブにもしばしば足を運びました。

*2016/8/24のライブよりメンバー加入したアユニ・D。

そんな環境の中、BiSHはさまざまなアクションを起こしていました。例えば、毎年Zeppで開催されるフリーライブ "TOKYO BiSH SHiNE"(通称:TBS)は、ファンにとって欠かせない恒例イベントです。先着で入場無料なので、初めてライブを体験したい新規ファンにとっては魅力的なイベントであり、さらには新メンバーがこのライブで初披露されることが多かったため、ファンが重要な瞬間を見届ける機会ともなります。

2枚目のメジャーアルバム「THE GUERRiLLA BiSH(ザ・ゲリラ ビッシュ)」が発売された際には、発売日前に歌詞カードがないなどの特別バージョンのCDをタワーレコードで事前告知なく限定発売。また、六本木や道頓堀でゲリラライブを行うなど、アルバムタイトルにふさわしい攻撃的なプロモーションを行いました。限定版CDはファンにとって魅力的なアイテムであり、SNSで情報を入手した多くのファンがすぐさまタワーレコードに向かいました。

*ゲリラ発売されたCD。

「BiSH逆参勤交代」という企画では、メンバーがスタッフとともに全国のCDショップを指定日時で訪問し、街中でメンバーを見かけたファンが自由に写真撮影やツーショット撮影を求められるといった、自由度が高く、ファンのマナーが試されるイベントも行いました。

特に印象深かったのは、アイドル版夏フェス「TOKYO IDOL FESTIVAL」のメインステージに出演した際、持ち時間中、同じ曲のみを連続でパフォーマンスしたことです。一見すると、多くの新規視聴者にアピールする機会であるフェスで、同じ曲を繰り返すのは奇異に思えるかもしれませんが、実際の現場では同じ曲が4回目、5回目と繰り返すうち、会場内の一体感と共に増大する熱狂に包まれ、他では体験できない空間が形成されました。

このようなさまざまなアクションから生まれる興奮に触れたファンたちは、「次に何をやるのか見たい」「伝説となる瞬間に立ち会いたい」という思いとともに、さらに熱心なファンとなりました。近年のアイドルの魅力は、1対1での会話を交わしながらツーショットチェキを撮ったり握手したりといった「接触」にあると言われていますが、BiSHの魅力は、それに加えてファンを巻き込む斬新な方法にあったと言えます。

BiSHはまた、メンバー間の親密さやリアルな人間関係を見せることで、ファンとのコネクションを強化しました。彼女たちは自分たちの日常や素直な感情をSNSに投稿することでファンと密接な関係を築き、自分たちのストーリーを共有しました。これにより、ファンはBiSHと深い感情的な絆を感じ、彼女たちの成功を自分たちの成功と感じることができたのです。

ターゲットをマス向けに転換しつつ拡大

馬糞にまみれたり、下ネタを言ったり、時にはスクール水着でライブを行うなど、破天荒なプロモーションで名を上げたBiSHですが、ファンが増えるとともに、奇抜さはマイルドになり、より洗練されたイメージへと変化していきました。

代表曲となっている「オーケストラ」や紅白歌合戦でも歌われた「プロミスザスター」など、パンク要素が薄まったJ-POPスタイルの楽曲は、パンクなBiSHが好きだったファンの立場からすると賛否があったかと思います。

*潮目が変わったヒット曲「オーケストラ」。

しかし、結果としてそこからの世間への浸透のスピードは凄まじく、2016年に実施した日比谷野外音楽堂公演以降、幕張メッセイベントホール、横浜アリーナ、と年を追うごとに会場のキャパシティを倍増させ、2021年には紅白歌合戦出場へと繋がります。

その拡大を見据えてか、歌唱やステージングなど、メンバーのパフォーマンスレベルも向上していきました。初期はさまざまな禁じ手を使って人気を積み上げてきたBiSHですが、これらの動きは、紅白歌合戦出場、そして東京ドームライブを実現するというゴールに対して逆算して緻密に計画がされていたことが伺えます。

以前、マネージャーの渡辺淳之介氏と会話したとき、「日比谷野音が成功した時に、その後一気に拡大できるイメージが見えた」と仰っていたと記憶していますが、破天荒な推進力とイメージを実現する計画力の両輪が機能していないと、これほどの成長はなし得なかったのだと思います。

さらなる再現が可能なのか

さて、ここまでBiSHの軌跡を辿ってヒットした理由を考察して来ましたが、単純に同じアクションで同じ結果を再現しようとするのは現代では難しいと思います。以前は破天荒なプロモーションと尖った楽曲がユニークでしたが、今では多くの競合グループが同じか、それ以上に過激なプロモーションを行うことも多いからです。

しかし、最初は王道から逸脱してニッチな領域で深く浸透し、強いファン基盤を築きながら市場のリーダーポジションに成長していくというストーリーは、多くのコンテンツにとって参考になる重要な成長プロセスだと考えます。

現代の環境を反映し、時代に合った差別化アイデアやファンの巻き込み方を実現することで、今後も魅力的なコンテンツやアイドルが生まれてくることを期待しています。

本テーマやそれ以外についてもくわしく聞きたいこと、などあればぜひお気軽に私のTwitterアカウントへリプライ(https://twitter.com/dr_akesaka)をいただければ幸いです。

それでは、今日もまた、ライブハウスに推し事をしに行きますのでこれにて。

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