[マーケターコラム] Half Empty? Half Full?

BTS沼落ち体験から考えた カスタマージャーニーにおけるコンテンツ量の重要性

マーケターコラム、今回はヘイ株式会社の加藤千穂さん。BTSのコンテンツの届け方から見えてきた、企業のコンテンツマーケティングに必要なこととは。
ヘイ株式会社 PX部門広報本部 加藤千穂氏

こんにちは、ヘイ株式会社の"えんじぇる"こと、加藤です。

2021年、私が出会えてよかったと心から思っている人がいます。それはBTS。私は新米ARMY(アーミー/アミ)になりました。BTSは、2013年に韓国でデビューした、7人組の男性グループで、ARMYとはBTSファンの愛称です。

BTSに出会い、音楽を聴き、ミュージックビデオを見たり、そのほかオンライン上に溢れるさまざまなコンテンツを見たりすることで、どれだけ癒やされたことでしょう。

このままBTSのよさを語り続けたいところですが、そこはぐっとこらえて。今回は、「BTSのコンテンツの届け方は、企業のコンテンツマーケティングの参考になるのではないか」ということを、私の体験を踏まえながらお話ししたいと思います。

まさに「n=1」な話ではありますが、私の「BTS沼落ちジャーニー」が皆さんの参考になれば幸いです。

それまでの推しへの情熱が消え、新しい推しを渇望していた

まずは、BTSに出会う前の私の状況からお話しします。私は学生時代から某アイドルグループのファンで、長い間いわゆる「推し活」というものを続けてきました。しかし、そんな愛を捧げ続けてきた推しなのに、グループは休止、推しは結婚という報道が流れた瞬間、その熱がシュッと冷めてしまったのです。

じゃあ「推し活」自体から卒業……とはなりません。私の生活には推しがいなくてはダメなのです。推しがいるから毎日ががんばれる、推しがあっての私なのです。この気持ち、おわかりいただけますでしょうか(そう話したら、夫からはドン引きされました)。

これまで情熱を捧げてきた推しに代わる推しを、私は渇望していました。しかし、国内の他のアイドルグループには、いまひとつハマる要素を見いだせずにいました。それは好みの問題もありますが、それ以上に、日本のエンターテインメント企業にありがちな「出し惜しみ感」も、大きく影響していると感じていました。

きっかけはNetflix(でもBTSには出会ってない)

BTSは2014年に日本デビューもしており、日本のテレビや雑誌にも出ていたので、存在は以前から知ってはいました。ただ、進んで音楽を聴いたり、ミュージックビデオを見たりしたことはなく、どんなメンバーがいるのか、名前も顔も知りませんでした。

そんな状態からどうやって出会い、沼落ちにまで至ったのか。そのきっかけは、各サービスのレコメンデーションエンジンでした。

最初のきっかけとなったのは、Netflixでリコメンドされた『彼女の私生活』という韓国ドラマでした。このドラマがリコメンドされたのは、以前に見た『キム秘書はいったい、なぜ?』に出演していたパク・ミニョンが主演女優だからだと思います(ちなみに、これらのドラマにはBTSのメンバーはいっさい出てきません)。

レコメンデーションに導かれて

では、ここからどうやってBTSに辿り着いたのか。直接のきっかけとなったのは、Pinterestのレコメンデーションでした。

私は、ドラマや映画で見て素敵だなと思った人の画像をPinterestでPinする(保存する)のが趣味のひとつで(オタクが好みの画像をフォルダに収集するのと同じようなものと思ってください)、『彼女の私生活』に出演していた俳優の画像もPinしていました。それによって、Pinterestのホームフィードに表示されたのがBTSのメンバーだったのです。

補足すると、Pinterestのホームフィードは、フォロー中のクリエイターのピン(画像/動画)のほか、ボード、トピック、閲覧履歴をもとに、おすすめのピンが表示される場所です。もともとPinterestのレコメンデーションは、人物に限らず精度が高いなと日頃から感じていたので、Pinterestがおすすめするのならたぶん私の好みだろうと、当初は誰なのかもわからず、軽い気持ちでPinしたのです。

豊富な無料コンテンツを見続けるうちに沼に

あとで画像の情報からBTSのメンバーだとわかり、もっと知りたいと思って検索してみると、無料ですぐに見られるコンテンツがとても多くて、驚きました。

公式からの情報は、SNS(Twitter、Instagram、Facebook)はもちろん、週4、5本の動画がアップされるYouTubeチャンネルがあります。そのほかにも、韓国のファンコミュニティプラットフォームのWeverse(ウィバース)に、アーティスト本人の投稿や無料で見られる番組、メンバーを深掘りしたインタビュー記事などもあります。ミュージックビデオひとつをとっても、同じ曲で複数のパターンがあり、メンバーの見た目もそれぞれ違うので、見るたびに新鮮です。

無料で見られるコンテンツでもこれだけのボリュームがあると、本当に、深掘りがはかどります。あっという間にBTSの沼に落ちていきました。

マルチビューの魅力に釣られてファンクラブに入会

沼に落ちたと自覚し始めた頃に、ちょうどオンラインライブの開催が予定されていました。BTSのオンラインライブのチケットは大別すると、一般発売と、ファンクラブ経由で購入するMEMBERSHIP ONLYチケットの2種類があります。基本的に価格は同じですが、前者がシングルビューでの閲覧のみに対して、後者はマルチビューで視聴することができるのです。

マルチビューとは、複数台のカメラ映像を自分で切り替えながら見られる機能で、6画面を切り替えることができます。もう十分に無料コンテンツを参照し尽くして完全に沼落ちした状況では、シングルビューだけで満足できるはずありません。自分の推しをいろいろな角度から見たい!という気持ちを抑えられず、マルチビュー目当てに、とうとうファンクラブにも入会してしまった、というわけです。

ちなみに、Pinterestにレコメンデーションされてから、ファンクラブに入会するまでの期間は、おおよそ1週間でした。

BTS沼落ちジャーニーはDECAXにあてはまる

長々と私とBTSの出会いからファンクラブに入るまでのジャーニーをお伝えしましたが、本題はここからです。

私のジャーニーを改めて振り返ると、認知(BTSの存在に気づく)から行動(ファンクラブ入会)までをわずか1週間で達成したのは、2つのポイントがあると思いました。

1つは、気になる、もっと知りたいと思ったときに、深掘りできるコンテンツが大量にあったこと。もう1つは、そのコンテンツを欲しいタイミングでスムーズに得られたことです。

ここで思い出したのが、DECAX(デキャックス)という、購買行動モデルです。

これは、電通デジタル・ホールディングス(現 電通イノベーションパートナーズ)が2015年に提唱した、コンテンツマーケティングに対応した購買行動モデルです。

  1. Discovery(発見)
  2. Engage(関係作り)
  3. Check(確認や注意)
  4. Action(行動)
  5. eXperience(体験と、それの共有)

私のジャーニーをDECAXに当てはめてみると、まさにぴったりハマっていました。手軽に深掘りできるコンテンツが大量にあることでEngageとCheckがはかどり、スムーズにActionまで進めました。私はファンクラブに入会して以降、会社でもその旨をアピール。すぐさま会社のSlackにARMYが集うSlackチャンネルを作成しましたが、これなどまさにExperienceです。

タイパを意識した情報設計

私が短い期間でActionまで進んだのは、エントリー段階時に彼らを知るための情報を短期間で大量に、そして無料で取得できたことにあります。しかも、ただたくさんのコンテンツを並べるだけではなく、効率よく見てもらえるような情報設計や導線設計がされていました。仕事があり、家庭があり、小さい子どもを抱える私にとっては、それも大事なポイントだったと思います。

誰もが忙しい世の中です。時間あたりの効果をタイムパフォーマンス(以下タイパ)というそうですが、今後は費用対効果、いわゆる「コスパ」と並んで、「タイパ」も重視される時代になると思います。

たとえば、エントリー段階でもっと他の曲を聴きたいとなったときに、CDを購入しなければ叶わないのであれば、私は間違いなく、Engageの段階で離脱していたでしょう。音楽や映画コンテンツはストリーミング配信が一般化したため、CDの購入やレンタルは大きな手間だと感じる人の割合は増えたと思います。まさに、これが「タイパ(タイムパフォーマンス)が悪い」という感覚です。

沼落ち以降ならば、こうした手間は「コレクションしたい、応援したい」という気持ちに置き換わり、むしろ喜びでしかありませんが、比較検討段階ではハードルでしかありません。BTSが提供する大量の無料コンテンツは、「タイパ」よく、興味関心を一気に増幅させる起爆剤として、また、ロイヤルティのスピーディーな醸成にも効果的に作用したと感じています。

ファンを意識したコンテンツ作り

こうした流れを達成するためには、当然コンテンツそのものが良質である必要があります。BTSももちろん、ファンの期待を裏切らない素晴らしい、そして多角的なコンテンツが魅力の核になっています。

たとえば、BTSの公式YouTubeチャンネル「BANGTANTV」には、オフィシャルMVだけでなく、[Special Performance Video]として、リミックスバージョンに合わせたダンス動画などがアップされるほか、その動画制作シーンは[Behind The Scenes]として公開されます。そこにはメンバーのクオリティに対して妥協しない姿(納得がいくまで何テイクも撮り直す)が写っていて、いかにファンに喜んでもらえるかにこだわり、突き詰めていく姿が見られます。そこに彼らのホスピタリティを感じ、より推したくなります!

一般企業にも「ファン目線」の発信は必要

BTSの徹底したファン目線での発信姿勢は、私が普段担当している採用広報においても参考になるポイントがたくさんあるように思います。いかに効率よく情報を受け取ってもらえるか、見るべき、そして読むべき価値を1つのコンテンツに込められるか、といった興味を持ってくれた方へのホスピタリティは、ぜひ意識したいポイントです。

会社やサービス、商品にも応援してくれるファンはいます。そうした方々に喜んでもらい、好きになってよかったと思わせるコミュニケーションをとることが大事だと思います。

コンテンツを作っていると、ついつい作り終えること、公開することに意識を持っていかれるのですが、そうではなく目的を果たせるものになっているか、これを見た人はどう感じるのかということを忘れないようにしたいです。また、応援してくれている人たちに喜んでもらいたい! という視点は、いつも持っていたいですね。

◇◇◇

今回は個人的な嗜好の話にお付き合いいただきありがとうございました。これからもBTSから楽しみと癒やしをもらいつつ、自分の業務に活きる視点を得たいと思います! ご感想、ご意見があればぜひ、お気軽に私のTwitterアカウント(@sweet_chiho)へ、リプライください。

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