インタビュー

モール出店はもう古いのか? 「D2C」視点で考える中小ベンチャーEC攻略術

なぜD2Cに取り組む企業が増えているのか。一体どんなところが魅力的なのか。バーティカルメディアの役割などを髙重正彦氏、石川森生氏に聞いた。

変化の激しいEC業界の中で、今最もアツいトピックの1つが「D2C(Direct-to-Consumer)」だ。メーカーないしサービス事業者が、中間業者を通さずダイレクトに消費者へ製品を販売・提供する方式として知られ、新興のベンチャーを含む中小企業に広がりを見せている。

なぜD2Cに取り組む企業が増えているのか。一体どんなところが魅力的なのか。ルームクリップ株式会社代表取締役の髙重正彦氏と同社CEO室 室長 兼 株式会社bydesign取締役社長の石川森生氏にWeb担当者Forum編集長の四谷が話を聞いた。

中小D2Cが成長過程で向き合う「既存流通」の壁

髙重氏は、2011年にルームクリップ株式会社を創業。同社のメインプロダクトは「RoomClip」で、ユーザーはスマホアプリを通じてインテリアの写真を投稿し、現在は500万枚超の写真が投稿されている。「収納」「DIY」といったタグ別に写真を集めるなどして、部屋の模様替えに関するアイデアを得たり、ユーザー間でコミュニケーションしたりできる。2020年9月には、家具メーカーなどを対象とする法人向けサービスも開始した。

また、8月25日にD2Cのインテリアブランドの「Kanademono(カナデモノ)」を展開する株式会社bydesignを子会社化し、同社の社長、石川氏がルームクリップの経営に参画すると発表したばかりだ。

※2021年6月現在
「RoomClip」PC版のWebサイト(編集部が画面キャプチャ

石川氏はSBIホールディングスでEC関連のビジネスに携わった後、ファッション通販サイト「マガシーク」のマーケティング責任者に就任。マーケターとしてのキャリアを積んだ。

本稿のテーマである「D2C(Direct-to-Consumer)」とは、メーカーやブランドが独自に企画・製造した商品を、販売代理店や小売店を通さず、消費者に直接販売するビジネスモデルのこと。比較的新しい言葉ゆえに、話者によって定義のゆれはあるが、「企画・製造を行う企業が一般消費者と直接売買を行い、商品に対するフィードバックをやりとりし、更なる製品改良に活かす」という点は、多くの人にとって共通する認識と言えるだろう。

この定義の場合、健康食品・化粧品などのメーカーが大量のテレビCMを投じて電話やカタログで受注する形態も、D2Cに含まれる。つまりD2Cとは、数十年の歴史を誇るビジネスモデルではあるものの、ECサイト、SNSやYouTubeなどITテクノロジーの普及によって、大企業以外の中小ベンチャー企業などが実践できるようになったし、大企業も無視できなくなってきた。だからこそD2Cが脚光を浴びているのではないかと髙重氏・石川氏は口を揃える。

では、なぜ中小企業がこぞってD2Cに取り組むのか。その背景について、石川氏は次のように説明する。

ビジネスの規模を大きくしていこうとすると、ECからスタートした企業であっても、既存の流通、リアルビジネスに商品・サービスを載せていかざるを得ない。まず、これが大前提です(石川氏)

ECの普及・浸透は凄まじいものがある。しかし、経済産業省がとりまとめた調査によれば、国内の全ての商取引に対する一般消費者向けの物販系電子商取引(BtoC)の割合は2019年時点で6.76%に過ぎない。

経済産業省によるEC化率調査結果(同省Webサイトより引用)。2019年調査では物販系BtoCのEC化率は6.76%だった

国内でインターネットの利用が広がりはじめてから20年以上が経過しているものの、いまだ流通市場の大半はリアル店舗が占めている。であるならば、EC専業の企業であっても、既存の店舗網・流通網とは向き合わざるを得ない。「どの販売代理店と組むか」「大規模キャンペーンをどう打つか」「店頭の棚(販売スペース)をどう確保するか」といったリアルビジネスならではの商慣習にも、踏み込んでいく必要がある。

中小ECは「D2C」でリピート客を獲得するしか道がない?!

とはいえ、EC流通を前提に立ち上げられた中小ECが、巨額の広告費を使ってプロモーションをしていくことは難しい。商品・サービスの原価構造に広告費を組み込まなければならないし、また社内に宣伝関連の人材を配置する必要もあるだろう。石川氏は中小ECと既存の大手ビジネスを比較して「同じ土俵に立つことが許されていない」と言い切る。

売価1000円のTシャツを中小企業と大手企業がそれぞれ作っているとしたら、製品の品質は間違いなく大手企業のほうが高くなります。これに、中小企業が追いつこうとするなら原価率を犠牲にする(利益を削る)しかありません(石川氏)

ルームクリップ株式会社 CEO室 室長 兼 株式会社bydesign取締役社長 石川森生氏

広告費を捻り出して大企業と全面的に競い、新規客を獲得し続けるのも1つの手だが、やはり限界はある。ならば、一度商品を買ってくれた客に再度購入してもらう、つまり「リピート客」の存在を前提としたビジネスプランを組むことが、中小ECには必須だと石川氏は主張する。

新規顧客の獲得にかかるコストに比べ、リピート客とのコミュニケーションにかかるコストは相対的に安価である。だからこそ、原価構造に大きな手を加えることなく、ビジネスを継続できるという訳だ。

既存流通に商品を載せられないという現実がある以上は、『一を聞いて十を知る』というような、商品の世界観がお客様に伝わる状態を作って、コミュニケーションをしていかなければなりません。だからこそD2Cが発達していったとのだと思います(石川氏)

常識を打ち破るほどの「多様化」も要因か

一方で髙重氏は、「ユーザーの嗜好の多様化」「顧客分析手段の発達」という2点をD2C注目の要因に挙げる。

ユーザーの嗜好が多様化しているのは、なにもここ数年の話ではない。しかし髙重氏はその多様化の進展スピードが、SNSなどの登場によって劇的に加速している点に注目する。

今の時代、摂取しているメディアは人によって全くバラバラ。社会構造にしても、昔だったら『○人家族、主婦は家事専業』のようなロールモデルがあったが、今はそこもバラバラになっている。つまり掛け算で多様化が加速してきています(髙重氏)

ルームクリップ株式会社代表取締役 髙重正彦氏

かつてであれば、そうした顧客像を分析するのに多大なコストがかかっていたが、デジタルマーケティング技術は圧倒的に進化している。自社で訴求したい顧客をあぶり出し、かつダイレクトにモーションをかけられるだけの環境が、ここ数年で確立されてきたというのが髙重氏の考えだ。

また、ソーシャル(SNS)の発達もD2Cには好影響だった。ユーザー自身の発信が、ライフスタイルが近いユーザー同士のつながりの中で拡散するという流れが、より効率的・経済的に回るようになったという。

モール出店は不要? いえ、そんなことありません

とはいえ、EC業界がすべてD2C一辺倒になってしまうかと言えば、それもまた違う。石川氏も「D2Cを是とした時、モール型ECの不要論が飛び交いがちです。しかし結論としては『特性を理解した上で使い分ける』。これで全く問題ないですし、ECに携わる人々の共通認識でしょう」と述べている。

立ち上げ初期で知名度が低い企業・ブランドなどにとって、モールは有力な出店先だ。ただモール内において、一度購入してもらった客に対して行うマーケティング手段については、自社ECサイトでのD2Cに比べると自由度は低い。一例として、モールで買われた商品の配送時に、自社ECサイトのチラシを同封できるかと言えば、ルールで禁止されているケースが多い。

また、モール出店を通じて顧客名簿を構築しても、それを外部に持ち出すことが規約上できない。モールにはこうした制限があるものの、商品購買前後の検索行動やページ遷移情報などは統計的に把握できるのは大きな利点だと髙重氏は述べる。

一方、モノづくり系のD2Cの場合、初期の資本の範囲内で、製品開発し、量産し、その上でさらにECサイトをイチからスタートさせることになる。ECサイトを運用するとなれば広告も必要だ。つまり、経営のやりくりに必要な運転資金の自由度が減り、資金を回転させるスピードも遅くなる。その点において、素早く安価にモールに出店する意義は大きい。

すべての企業が自社ECをやるべきかというと、そこは意見が別れると思います。やれるのが理想でしょうが、ブランドを作って、リテンションを気にして、コンテンツも用意するといったことを全てやる覚悟とチームがいる。その点モールは、入り口としては良い選択肢でしょう(髙重氏)

石川氏が携わる家具ブランド「bydesign」も、創業初期はモール型ECを活用していた。それにはやはり厳密なコスト計算があったという。現在は、モール出店をやめ、自社ECサイトへ完全に切り替えた。ただし“自社ECへの完全切り替え”は相当ハードルが高く、石川氏の周辺でも自社ECとモール出店を並行運営させる例は少なくない。

顧客と関係し続けるために「バーティカルメディア」

企業が顧客との関係を保持・継続させようという取り組みは「リテンション」と呼ばれる。リピート客が重要なD2Cにとって、リテンションは非常に重要なトピックで、たとえばメールマガジンを定期的に送付したり、アプリのプッシュ通知で新着情報を届けたりする手法が代表的だ。

SNSに積極的に投稿して、情報の拡散を狙うのも定番手法である。とはいえ、企業のSNS利用はすでに珍しいものではなく、何もしなければ埋没してしまうのもまた事実。だからこそ石川氏は、「RoomClip」のような、“バーティカルメディア”の注目度が高まっていくのではないかと予測する。

バーティカルメディアは「特化型メディア」とも呼ばれ、ある特定のテーマや産業市場の情報にフォーカスしたWebメディアを指す。RoomClipは、運営によるオフィシャルな記事を掲載する一方で、いわゆるUGC(User Generated Contents)を全面に押し出したSNSとしての側面を持つ。

ユーザーから投稿されたインテリア写真には、どんな家具や照明を使っているかの情報が紐付けられる。これを見た別のユーザーは、気にいった商品を見つけ、情報をクリックすればそのままECサイトへ遷移して、購入ができる。

 

「RoomClipショッピング」の画面。ユーザー投稿画像に映っている商品がリストアップされている

RoomClipは、家具やインテリアに興味があるユーザーが集まり、コミュニティとしても機能しています。家具メーカーにとっては、そうした場でテスト的にマーケティングを実施してみたり、新商品を展示してみたりするのは効果的です。いくらSNSやターゲティング技術が発展しているとは言え、完全にピンポイントで情報を顧客に届けるのは難しい。かといってモールに集まる方の多くは『買いたい商品が決まっていて、どうすれば安く買えるか』なので、微妙に役割が違うんです。バーティカルメディアには、リテンションのための仕組みが内包されている、と言えるかもしれません(石川氏)

購買行動の変化から見るUGCの役割とは

購入の後押しやきっかけとして、クチコミは有効な手段である。モールや自社ECでもユーザーの声をサイトに掲載していることは多い。ただ、そこに集まる声の多くは、商品を購入してすぐか、あるいは数日~数か月の短期の使用感に基づいて投稿されるのが普通で、1年通して使った感想が記載されるケースは稀だ。

自社ECやオウンドメディアを作ったからと言って、使用してから1年後のユーザーのクチコミを集めるのは至難の業です。RoomClipのようなユーザー参加型バーティカルメディアでは、自然とそのクチコミが集まっています(石川氏)

また最近は、(オウンドメディアで)自社製品の魅力をアピールしても「それは自社の製品だからそう言ってるんでしょ」と見透かされ、効果7割減といった話になる。誰が語っている記事かが重要で、それが見ず知らずの第三者や身近な人、信頼できるコミュニティで話題となると、効果は目に見えて違う。

リビング商材はそれなりの価格がしますので、『ユーザーは失敗したくない』『良い買い物をしたい』と思っています。莫大なフォロワーを抱えるインフルエンサーにプロモーションを依頼しても全然売れず、逆にフォロワー1000人程度のユーザーが驚くほど売り上げるという話は現実にあります。無名であっても製品を愛用してくれているユーザーがUGCを投稿してくれるほうがコンバージョンにつながりやすいのです(石川氏)

InstagramがEC強化、中小はどう迎え撃てばいいか

ECサイトを取り巻く環境変化の1つに、巨大プラットフォーマーによるEC機能の内包化がある。最も顕著なのはInstagramで、日本国内においてもアプリにEC関連の専用タブが設けられており、ユーザーは気になった商品を見つけると、やはり外部のECサイトに遷移して購入手続きができる。またビジュアル探索ツール「Pinterest(ピンタレスト)」もEC連携を強化している。

既存のECにとって、巨大プラットフォーマーのECは脅威になるのだろうか。髙重氏はこの問題に対して次のように述べる。

それほどセンシティブに考える必要はないと思います。それこそ『ヘッドレスコマース』という用語もあって、在庫管理や販売系のシステムをUIと切り分け、どんなサイトやアプリ内でもモノを売れるという環境にはなるので、それぞれのチャネル毎の特性を理解して、アプローチはする必要はあります(髙重氏)

企業にとって販売機会そのものを増やすことが重要なのは間違いなく、コストやリスクなどのバランスをとりながら、巨大プラットフォーマーの利用は是々非々で検討すべきです。ただ巨大プラットフォーマーに商品を並べておくだけで売れていくわけではないことは理解しておくべきです(石川氏)

髙重氏は、現状のモールやECサイトが「購入を決意した商品の、決済手続きを行う場」としてしか機能しておらず、それこそ「店になんとなく足を運んで、価格や機能を厳密に比較することなく、フィーリングで購入する」といったオフラインでよくある購買体験がオンラインで提供できていない点を特に危惧している。

石川氏も「目的をもって買いに来た人に接客するのは、Webは得意です。たとえば、『ソファ 通販』で検索した人を見つけて、刈り取る力はあります。しかし、何を買うか決まってない人に対する接客は、Webは得意ではない」と述べ、EC体験にはまだ改善の余地があるとした。

それこそ『街を歩いていたら突然、一目惚れする椅子に出会った』とか、『電車で反対側に座っていた人のスニーカーが妙に格好いい』がきっかけで、購入することがオフラインにはよくある。『セレンディピティ』ではないですが、これをどうWebで構築するかは課題であり、バーティカルメディアへの期待はまさにそこです(石川氏)

安売り競争から抜け出す。これからのEC

D2Cに関する議論は尽きないが、では、髙重氏・石川氏が専門とするインテリアECの分野はどうなっていくのか。最後に聞いた。

髙重氏はRoomClipを運営してきた約10年を振り返り、家づくり・インテリアづくりにはまだまだ課題があると感じている。

一般のお客様の多くは、住生活の興味にあっても、上手く実行できず、諦めている風潮があると思います。一方で事業者も、そうしたお客様をサポートしたいと思いつつ、結局は安売り競争に終始している現状もある。ただ、偶然にもお客様と事業者が“幸せな出会い”をできた例が、RoomClipに少しずつ集まってきた。これをもっともっと広めていきたいですね(髙重氏)

石川氏はインテリアに限らず、あらゆるマーケティング分野を指して「製品が顧客に正しく届く」ことを理想に掲げる。消費者向け製品の市場は基本的に大企業が有利で、マーケティングにかけられるコストや施策から逆算的に開発された商品でなければ流通に載せられないケースがままある。

地方のおじいちゃんおばあちゃんが作って、原価も計算できていないがそれでもおもしろいといった商品は沢山ありますが、流通に載せられず、世にも出ていかない。そうした問題を何とか改善できれば(石川氏)

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