CVR45%増の事例も! JTBのDMPを用いたデータドリブン成功の秘訣
旅行会社JTBでは、昨年、データドリブンを行う戦略組織Data Science Centralを作り、DMPを基盤にしたデータの統合と分析をもとにした施策の実行を開始した。それまでデータを扱う組織はあったが、データから顧客の旅行目的や購買動機を探り、その知見をもとに施策を実行するというデータドリブンの発想はなかったという。根本的に在り方が見直された新チームは、早くもCVR45%増の事例も生み出し始めている。
そこで今回はJTBを訪問し、Data Science Central 統括の福田晃仁氏、同分析チームリーダーの増原直美氏、同チームの保川一歩氏、鈴木瑠華氏、近藤正和氏に、成功の秘訣などを伺った。
データドリブンを実施する組織を作り、猛スピードで基盤を構築!
―― まずはData Science Centralはどのような組織かを教えてください。
福田晃仁氏(以下、福田):データドリブンを実施する戦略組織です。データドリブンは広く知れ渡っていますが、うまく実行できていないことが多いようです。そこで我々は、統合データ基盤、顧客分析、マーケティングアクションの3つのチームに分けて、それぞれの役割を明確にし、この3つのチームを統合する概念としてData Science Centralがあるという形にしました。
そしてこの3つのチームをうまく機能させるために、顧客との最適なコミュニケーションを実行するための機能設計を行っています。メルマガやキャンペーンなどの施策を行うためには、顧客データから旅行目的や購買動機を分析する必要があり、その分析をするためにはどのようなインフラが必要なのかというように、基盤(統合データベース)、分析、施策をそれぞれ、目的から逆算して設計を行っていきました。そして運用では、正回転をしており、統合データ基盤チームがID統合を行い、顧客分析チームがそのデータを分析し、探索することで得られた知見をマーケティングアクションに渡して施策を打ち、その打った施策の結果が統合データ基盤チームに戻ってくるというように、3つをぐるぐる回す形になります。
運用では、この3つをぐるぐる回し続けることが重要です。たとえば、2歳未満の子どもは航空券が無料なので、子どもを持った若い夫婦にとって、1歳11ヶ月までが旅行を考えるゴールデンタイムです。適切なタイミングでお客様の最適なコミュニケーションをとるためには、データから購買動機を解釈しなければなりません。そのためには、データ基盤を整備し、日々データをアップデートする必要がありました。
―― DMPを基盤にした設計から構築、運用開始まで超短時間で実行されたとお聞きしました。
福田:当初2年で実行する計画でしたが、それでは遅いと考え、「3ヶ月毎に成果を出していく」というスピード感で実施して、開始から4ヶ月でサンプルデータがあがるまでになりました。というのも、米西海岸のIT系企業スタートアップでは企画から2週間でプロトタイプが走り、4週間目にはファーストクライアントのレスポンスを得るといったスピード感があるからです。日本の事情もあるのでまったく同じとはいかなくても、せめて3ヶ月1タームのスピード感がほしいと考えています。
DMPの全体構成としては、「データ統合」と「データ活用」でエコシステムを分けることができます。データ統合では、JTBの販売データ、外部データ、Webの販売データをつなげてためるというアクションです。そして、データから顧客の購買動機や旅行目的を分析し、そこから得られた知見をもとに、施策を実行していきます。
コンテクストを読む質的分析チーム
―― 本日は主に、Data Science Centralの顧客分析を担う分析チームの方々にお集まりいただいていますが、JTBの分析チームの特徴は何でしょうか?
福田:分析チームのおもしろいところは、統計解析を扱う量的分析チームと、お客様のコンテクストを読み解く質的分析チームに分けているところです。
最初にデータサイエンティストという職種を作って公募したのはFacebook社だと言われていますが、彼らの雇用要件は、「データ解析で得た知見をサービスに落とせる人」。ところが日本にこの職種が伝わったときに、日本にはデータ解析とビジネスの両面の知見を持った人が少なく、「データサイエンス=統計解析」という片面のみの職能要件に偏っていきました。私は本質的に、「データの向こうには人の心がある」、そのデータの向こう側にある購買心理を読み解くことが大切だと考えています。
―― それが、コンテクストを読む質的分析チームにつながるわけですね。
福田:そうです。例えばハワイ旅行者を、統計的にクラスタリングするのではなく、”質的”な観点として、ハワイ玄人度で分けることができたら、玄人ではないグループは、宿泊するホテルにオーシャンビューを強く望むかもしれませんが、玄人度が高く土地勘のある後者の方々は、そこまで望みません。このような「質的な類型」からくるセグメンテーションがあるわけです。
それぞれ我々のWebサイトに訪問してくれたとき、双方に同じトップページや、レコメンデーションをするべきではありません。なぜなら、ニーズが違うため訴求すべきコンテンツが違うからです。
このような、“ハワイ旅行者自身の文脈”だけをとってみても、これだけのコミュニケーションの違いを生み出すことができるのです。
パフォーマンスを上げる方程式を探す量的分析チーム
福田:一方で、量的分析チームはパフォーマンスを追及していきます。たとえば、顧客データベースの約1,500万人のなかから、誰が来週ハワイに行くか、あるロジックに従ってリストを抽出し、CV率が高い人たちにヒットできたら、そこだけでビジネスインパクトがあるわけです。仮にその方程式を、コンマ1パーセントでもリフトできたら、億円単位のインパクトを生むことになる。このように、量的分析チームの仕事は方程式を探し、パフォーマンスを磨いていくことなんです。
コンテクストを読み解く苦労
―― 実際に質的分析をされるなかで、一番ご苦労されていることを教えてください。
保川一歩氏(以下、保川):分析をしていくにあたって、「どこの軸で、何を切り口にすればお客様の姿が捉えられるのか」をみつけることに苦労しています。たとえばハワイに行かれるお客様はなぜハワイなのか? 東京に来られるお客様はなぜ東京なのか? それを知る切り口は年代が良いのか、性別が良いのか、住んでいるところなのか、はたまた表層では現れていない別のこと、たとえば「〇〇が好き」というところなのか、そこに苦労しています。
どんなお客様がいらっしゃって、どうすれば旅行に行ってくださるのか、データの微妙な差から、その入り口をみつけることができたら、とてもおもしろいですね。「風が吹けば桶屋が儲かる」みたいなときもあるし、「本当にこれでいいのか?」と考えていかなくてはいけない。そこがおもしろくもあり、難しいところです。
―― 鈴木さんがご苦労されていることは何でしょうか?
鈴木瑠華氏(以下、鈴木):好きなものって年代で違うわけではなくて、20代と50代が同じものを好きだったりしますよね。そして今はSNSなど、いろいろなところから情報を手に入れられる。趣味も多様化しているし、店頭で見てからWebで買うなど動き方も複雑になっているので、それを1個1個ちゃんと「この人はこう思って行動しているのだろう」と考えることが大変ですね。それと、私は年に4回くらい海外旅行に行くほどの旅行好きで、旅行に関しては特殊な人間なので、まずは1度自分をおいて、お客様の気持ちになって考えることに苦労しています(笑)。
分析するときには、まずは「こういう特徴がありそうだ」とみつけて、「その人たちが何を考えているのか」を考えて、仮説を立てます。そして、「こういう施策をしたら刺さるかもね」みたいなことを妄想して考えるのですが、間違う場合もあります。いかに当たる施策を考えられるようになるかを、今、頑張っているところです。
ビジネスオーナーと一緒に分析することが成功のポイント
―― 分析チームをまとめていらっしゃる増原さんが一番苦労されたことは何でしょうか?
増原直美氏(以下、増原):この運用が始まったのは昨年からですが、それまでは「分析=データ抽出」が常識になっていた状態で、データドリブンという発想もありませんでした。そうした状態からデータをもとに、データの向こう側にあるお客様の購買心理を読み解くという、新しい分析手法を開始し、すごさや深さを伝播させ、業務フローに落とすことが、一番苦労したことです。
そこで、今年になってからいろいろな社内の方を巻き込んで、「コンテクストを捉える」という答えのない見立てを行うことを一緒にやり始めました。今では、だいぶデータドリブンが浸透してきていると思います。
―― データドリブン発想を社内で受け入れてもらえた、と思えたのはいつごろからでしょう?
増原:まずは基盤ができて、次に分析設計の初期分析を経て詳細分析という流れがあります。初期分析段階では「7月は売上が良いね」といった事実だけがわかる状態です。続いて詳細分析になると、「なぜ7月に売上が高いのだろう? ファミリーが旅行に行っているからだろうか?」という仮説から知見を導き出せるようになります。そうした知見をアクションに結び付けていくことを、各サイトのビジネスオーナーとやっているうちに彼らもおもしろいねとなってきました。それまでは「答えをちょうだい」「データを出して」となっていたのが、「一緒にみつけたい」となってきたんです。
以前はExcel表で「前年比より良かったとか、悪かった」をみていたのが、「こういうお客様がこういうことをしている」、だから、「こうするとコンバージョンがあがるかもしれないね」と、みんなで考えるようになりました。探索の視点を共有して、それを現場に持ち帰ってもらっています。
―― 社内の期待も大きいのではないでしょうか?
増原:その分、プレッシャーも大きくあります(笑)。見立ての精度は高くても、結果に結びつかないこともあるので、切り口がパターン化されないよう、常に違う視点から、違う角度からみることを心がけて、新しい発想で、時代の流れや季節の違いをとりこみながら見立てを行っています。
―― 事業部門の方々との分析が視点を広げてくれそうですね。
福田:データに偏りがあったときに、そこをさらに詳細に分析していきますが、このときに重要な切り口や視点はビジネスオーナーと話をしないと出てきませんね。詳細分析からは、教科書どおりでは良いものが出てこない。その場で見つかったことの事実に対して、それは重要なのか、そうでないのかを切り分けながら探していくことになります。それをこの分析チームを中心にビジネスオーナーたちとやっています。そして、それまでとは違う、強いアプローチができるネタができると皆が納得します。
特徴をみつけて、CVR45%増を実現
―― そういったなかで生まれた事例を教えていただけますか?
保川:「出張女子」という事例があります。出張で泊まっている方々は男性が多いですが、女性もいらっしゃる。しかも、男性と女性では単価を見比べると女性の方が10%くらい高かったんです。「では、それはなぜだろう?」という発想から「出張女子」は始まりました。そして、男性は泊まって寝て、駅から近いという便利さを求めていますが、女性は男性と同じフロアに泊まるのは嫌だという方や、お化粧を落としたら外に出たくないという方など、単に便利であることだけを求めているのではないようでした。女性はいわゆる「サービス購買」をしているのではないかという見立てから単価が10%高いのだろうと考えました。そこで「女性のインサイトに合わせたサービスをあてていこう」ということになりました。
かつて『出張するならJTB』という広告を出していましたが、『女性の出張はJTBのこのプランでどうぞ』という形で、「こういうサービスが付いています」といったサービス別のクリエイティブを出し分けたところ、コンバージョン率が45%アップしました。
―― どのようなサービスを付けらえたのでしょうか?
保川:まずは「タバコ臭いのはイヤ」ですね。それと「女性専用フロアや女性専用ルーム」、それから「毎日の習慣を続けられる」、その3パターンで出しました。
増原:クリエイティブも、女性の気持ちに寄っていって、気持ちに合わせたものにしていきました。
福田:出張女子はインサイトに合わせましたが、すべての施策がインサイトに寄るわけではないのです。出張する女性のコンテクストを分析していったとき、その1つとしてインサイト、女性の気持ちがありました。
増原:質的分析では、データの向こう側をみつめて特徴ごとに分類し、その分類ごとに最適なコミュニケーションを設計したいと思っています。そのために、発見したセグメントの1つ1つについて、カードと呼んでいる紙に発見した経緯と仮説を含めた読み物(ドキュメント)を書いていっています。つまり、データのエビデンスを、情緒にもどしているわけです。そして、すぐできそうなもの、時間かかりそうなものなどに分けてシールを貼っています。できそうなものから始めて、どの施策も、CVR50%増にする、それを目指しています!
―― 本日は、具体例をまじえてのお話、ありがとうございました!
DMPを用いたデータドリブンの活用は、企業や事業によってさまざまな課題があり、成功事例は多いとはいえない。企業文化や既存の常識を覆していかなくてはいけないという問題もあるだろう。とはいえ、猛烈なリーダーシップでまずはインフラを作り、そして社内の事業部のメンバーを巻き込んで成功事例を積み上げていくことで、そうした問題も打ち破っていけるのだと実感した。
ソーシャルもやってます!