MSNの「今日の特集サイト」とインターネット専業広告代理店の台頭[第2部 - 第12話]
「インターネット広告創世記〜Googleが与えたインパクトから発展史を読み解く~」シリーズ第12話。前回の記事はこちらです。
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バナー広告の出稿管理はとてもアナログで、おまけに二重のコミッション構造が生まれてしまいました。佐藤さんが思い描いたような世界とは少し違った形ではありますが、とにもかくにもインターネット広告市場がスタートしました。
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バナー広告が徐々に浸透していくなかで、広告主の利用目的が大きく2つに分かれていきました。
- テレビや雑誌などと同じように、いかに多くの人に広告を見せるかを重要視する方向性の「ブランディング」目的
- 自社のウェブサイトへのクリック誘導目的でコストの安いバナー広告を買っていく方向性で「パフォーマンス」目的
テキスト形式が新鮮だったMSNの「今日の特集サイト」
佐藤:当時のCCIやDACなどのメディアレップは、電通や博報堂から出向している人たちが中心だったので、バナー広告をテレビや雑誌などと同様に「ブランディング」目的で利用できる広告商品に育てることを志向していました。
DACの社長からは「とにかく出た感が必要なんですよ」とよく言われました。この「出た感」とは、インターネット上の広告が存在感をもってユーザーに認識してもらうためにしっかりと表示されていることが大事という意味合いでしたが、当時はインターネットの回線も貧弱で、表示できるバナーのサイズも小さかったので、はたして価格通りの効果があったかどうかは懐疑的でした。
そんな中、Microsoftが運営するポータルサイト「MSN.com」(以下MSN)が「今日の特集サイト」(通称「今日特」)という広告商品を出してきました。下の画像のように、MSNのトップページにテキスト形式のリンクが表示されるというシンプルな広告商品なのですが、これがとてもよく売れたんです。
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出典:Internet Archive
佐藤:この「今日の特集サイト」を開発したのが、SEOや有料版のGoogle アナリティクスの販売代理店として著名なアユダンテの大内範行さんです。Microsoftはこの時期のインターネットにおいて大きな影響力がありました。大内さんから当時のMicrosoftの様子も含めて話を聞くと理解が進むと思います。
ビル・ゲイツの「インターネット宣言」で社内の空気が一変
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はじめまして、アユダンテの大内範行と申します。僕はMicrosoftに入社する前は日本IBMに勤めていて、1994年ぐらいからIBMの社内掲示板を外部のインターネットと実験的に接続したり、三菱商事などと組んでパソコン通信事業に乗り出したりしていました。そういう取り組みに参加するうちにインターネットに強く惹かれていきました。
大内:Microsoftならインターネットに進出するだろうと考え、Microsoftのインターネット関連の求人があるか探したのですが、当時はWindowsの求人しかありませんでした。仕方なくWindowsの面接を受けて、
実はインターネットがやりたいんです
と伝えると、運良く担当者を紹介してくれて古川享さん(マイクロソフト(現:日本マイクロソフト)初代代表取締役社長かつ初代会長)配下のMSN.com日本版の開発チームに転職することができました。
今でこそMicrosoftは大企業ですが、転職活動をしていた当時はWindows 95の発売前で一般的な認知度は低く、父親にMicrosoftに転職することを伝えると、強く反対されました。IBMの方がよほど安定した企業に見えたのだと思います。
Microsoftに入社すると、「大内さん!」と声をかけてくる人がいました。それが今も一緒に仕事をしているアユダンテの代表を務める安川洋です。安川も、元々は私と同じ日本IBMに勤めていて面識があったのですが、私が入社する1年前にMicrosoftに先に転職していました。MSNのチームで一緒に仕事をすることになり、私が主にサイトやコンテンツの企画を担当し、サーバー周り、インフラ周りを安川が担当していました。先行するYahoo! JAPANが提供していたニュースや星占いなどのコンテンツをMSNでも提供できるようにするなど、日本人向けのコンテンツ拡充に注力していました。
でも、当時のMicrosoftの社内はWindows OSやWord・Excel・Power PointなどのOffice製品を販売することに注力する人達がほとんどで、インターネットに興味を持つ人が少なかったので、実はひどくがっかりしていました。
そんな雰囲気が一変したのは、1995年12月7日(米時間:日本時間では12月8日)にビル・ゲイツがInternet Strategy Dayで発表した「インターネット宣言」の影響でした。発表日の12月8日は真珠湾攻撃の日を意識したもので、ビル・ゲイツの声明の最初に「小さな国(日本)が大きな国(アメリカ)に立ち向かった日だ」という言及がありました。翌日のロサンゼルス・タイムズでも、インターネット宣言は記事化されています。当時の発表の様子を垣間見ることができます。
参考:マイクロソフト、インターネットへの進出計画を発表。ソフトウェア大手はライバル企業と提携しているが、目標は市場を支配すること:全文英語
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当時、インターネットへ幅広い取り組みをすると宣言したリリースはこちら
果たしてそのような比喩が効果的だったかどうかはわかりませんが、発言の主旨としては、Windows OSを擁して大企業になりつつあるMicrosoftではあるが、小さな日本という国がアメリカという大国に立ち向かったように、Microsoftは大企業の立場を捨てて挑戦者としてインターネットの世界に乗り出すのだ、という主旨の内容でした。
このインターネット宣言が出たあと、それまで見向きもされなかったMSNの部署が一夜にしてMicrosoft社内の多くの部署から注目され、他部署と一緒に仕事を進める機会が格段に増えていきました。「トップダウンとはこういうことか!」と感じたものです。1997年12月9日にビル・ゲイツは当時の首相の橋本龍太郎と会談をしています。
「今日の特集サイト」がMicrosoft本社のMSNチームに認められる
大内:実は、この「今日の特集サイト」は日本のMSNが独自に作った仕組みでした。当時本当によく売れました。あまりに好調で、日本のMSNの売上が急成長していくので、米国本社に呼び出され、MSNチームの責任者に売れている理由を説明をしに行くことになりました。海外のMSNも日本の真似をして、あっという間に世界中のMSNに「今日の特集サイト」と同様の広告商品が展開されることになりました。僕の成功体験のひとつです。
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僕がCCIに在籍していた当時、1クリック当たりの価格が50円を下回ると広告の効果が高いと言われていました。それをクリアする広告商品の筆頭が、Yahoo! JAPANの「パイロットシート」とMSNの「今日の特集サイト」でした。
角:「今日の特集サイト」は僕が担当していた当初は4枠(1行目~4行目)あってCCIが独占していたのですが、途中から枠数が増えたり、DACも下段の枠が買えるようになったり、人気と同時に変化の激しい広告枠でした。
広告をクリックしたあとに商品の購入や資料請求など、広告主が意図した行動をユーザーが取ることを「コンバージョン」と呼びますが、当時のメディア側では「コンバージョン」をしっかり計測できていなかったんです。それでも「今日の特集サイト」に広告を出すと広告主側の業績に直結するということで評判でしたね。CCIが確保できた枠も社内で取り合いが発生していました。
親会社である電通や大手総合広告代理店との枠争い結果、長く継続いただいていた広告主の枠を確保できない事態が発生しました。広告枠が限られているため仕方がないことですが、枠争いで社内の雰囲気が殺伐とすることもしばしば。資本の論理に負けて、結果的に僕は「とある広告代理店」に謝罪しに行くことになりました。
加藤:その「とある代理店」は僕の日広です。キャンセルの煽りは僕が受けました(笑)。
佐藤:CCI、DACが画像を使った「見せる」広告に注力していたので、テキスト形式の広告は当時とても新鮮だったんです。インターネットはテキストをクリックするのが基本なので、、実はバナー広告よりもテキスト広告の方がうまくいくんじゃないかと考えるきっかけにもなりました。後のGoogleの検索連動型広告につながる大きな気づきでした。
クリック保証型広告とインターネット専業広告代理店の台頭
佐藤:「今日の特集サイト」の登場と同じ頃、「クリック保証型広告」が登場してきました。「クリック保証型広告」は、1クリック100円といったようにクリック単価が固定で決められていて、クリック毎に課金される仕組みでした。掲載期間内に保証したクリック数に達しなかった場合には、広告主は掲載を終了するか、掲載期間を延長するかの選択肢が与えられていました。
当時のバナー広告の課金モデルは、広告の表示回数を保証する「インプレッション保証型」しかなかったので、「パフォーマンス」目的でバナー広告を出稿している広告主からは「クリック保証型にしてくれ」という要望が出てきていました。トップページより下の階層のページに表示される広告枠のこと「Run of Site」(ランオブサイト)と呼ぶのですが、掲載箇所を指定できない代わりに値段が安いという事情もあり、「Run of Site」を中心に買っていく広告主も出てきました。
広告枠を提供するメディア側の立場としては、トップページより下の階層ページの広告枠は売れ残ることが多かったので、そこはクリック保証型にして売りたいという思いもありましたが、それをやってしまうと今度はトップページのバナー広告が値崩れを起こす可能性があるということで、大きくは踏み出せない状況でした。
こうした背景の中で、「バリュークリック」などのサービスが登場してきました。
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「バリュークリック」は、二人のニュージーランド人が起業し1998年2月にサービスを開始しました。彼らは元々トランスパシフィック有限会社(現バリューコマース株式会社)という会社を運営していたのですが、米ValueClickと合弁契約を締結し、同年11月にバリュークリックジャパン株式会社を設立したという経緯です。
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加藤:「バリュークリック」は、 さまざまなウェブサイトに貼られたクリック保証型バナー広告を束ねるアドネットワークでした。
彼らがサービスを開始してすぐに日広は、バリュークリックの代理店になったのですが、ほぼ同じタイミングで代理店として手を挙げたのが、1998年3月に設立されたばかりのサイバーエージェントです。同社は創業間もない時から、日広と競うように売り上げを伸ばしていたのですが、同年7月に「バリュークリック」と同様のクリック保証型のバナー広告ネットワーク「サイバークリック」というサービスを開始します。このサービスの開発と保守を担当していたのが堀江貴文さんのオン・ザ・エッヂ(のちのライブドア)です。
両社が「サイバークリック」に続いて開発したのが「クリックインカム」というサービスです。このサービスは、メールマガジンの本文にクリック保証型の5行広告を掲載する広告ネットワークでした。「クリックインカム」の特長は、メールマガジンの発行者が収入を得られる仕組みを明確にうたっていた点です。当時メルマガ配信最大手の「まぐまぐ」が発行する「ウィークリーまぐまぐ」は400万配信まで伸びていて、メールの最上部に掲載される広告は150万円まで価格が騰がっていました。しかし、メルマガ発行者への収益の分配はありませんでした。
つまり、「クリックインカム」は「まぐまぐ」で配信数の多いメール発行者の登録を狙ったわけです。既にネット広告に特化していた日広としては、1000クリック15万円~という少額な予算でも使えるクリックインカムは売り易かったし、実際売れていましたね。
杓谷:「サイバークリック」「クリックインカム」の開発の経緯は、堀江貴文さんのYouTubeチャンネル「ホリエモンチャンネル」で語られていますね。
加藤:クリック保証型の広告商品が増えてきたので、僕は逆手を取ってクリックされづらい広告をたくさん作りました。何回表示されても、クリックされなければ費用は発生しません。ですから、バナー全体に写真やサービス名を大きく掲載したり、ロゴだけを点滅させたり、派手な色味で「今すぐ購入」「購入予約する」というあえてクリックのハードルが高い表現にして、無駄なクリックを減らして、関心がある人しかクリックしないようにしていました。
たくさん表示されれば認知は広がるし、クリックが保証された回数に到達しない限り広告表示1回あたりの価格はどんどん下がります。お客様からはとても喜ばれたのですが、バリュークリックジャパンやサイバーエージェントからは
「全然クリックされなくて困ってます。クリックされやすいクリエイティブにしてください」と、よく怒られていました(笑)。
佐藤:まさにこうした事態が起こりうるので、CCIもDACも1クリック何円みたいなクリック保証型の広告は避けていたと思います。メディアレップは大手総合代理店出身の人が多かったので、テレビや雑誌のように、見せる広告で価値を作りたいという想いがありましたし、インプレッション保証型広告の値崩れを引き起こす可能性もあったので、メディアレップはクリック保証型広告を嫌悪してましたね。「あんなのは広告じゃない」と。僕自身もそこは同じ考えでした。
こうした大手総合代理店、メディアレップの間隙を縫って、いわゆる「インターネット専業広告代理店」がクリック保証型広告とともに台頭してきます。特に、サイバーエージェント、オプト、セプテーニ、加藤さんの日広の4社が目立っていました。
次回は2/20(木)公開予定(毎週木曜日更新)です。
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