マンガで人の生き様を知る! ~「スキップとローファー」「ベルセルク」「ひとりでしにたい」
業界の最前線で活躍する方にオススメの書籍を教えてもらう本連載。今回はマンガ編の第2回だ。お話を聞いたのは、メルカリでコンテンツディレクターをされている中川香里さん。前回、登場していただいた諏訪さんに「影響を受けたマンガを語ってくださる人」ということでご紹介いただいた。
人の信念や哲学、生き様が出ているマンガが好き
中川さんは、デザイン事務所でHTML、CSSのコーディングを担当するフロントエンドエンジニアとしてキャリアをスタート。その後、Webディレクターに転身し、広告制作プロダクションに転職。大手企業広告の企画制作などを担当した後にクックパッドにて、タイアップ広告などを作成するコンテンツディレクターとなった。
メルカリに転職した現在は、カスタマーマーケティングのチームで、メルカリのお客さま向けのコンテンツを制作する部署にいる。人の状況に思いを馳せるのが好きな中川さんにとって、どうしたらメルカリを楽しく使ってもらうかを考える現在の仕事はマッチしているという。
そんな中川さんが好むマンガは、人間の良い面も悪い面も含めて世界はいいよね、と肯定的に受け止められるような作品だ。特に人の信念や哲学、生き様が出ているマンガが好きで、いろいろな人の生き方を知るのが楽しみだと語る。
夢の実現のために上京した女子高生の素直さがまぶしく、元気がチャージされるマンガ
1冊目に紹介するのは、2023年5月に第47回講談社漫画賞総合部門を受賞した『スキップとローファー』だ。現在も「アフタヌーン」で連載中の作品で、アニメが各種動画配信サービスで視聴できる。
1冊目
『スキップとローファー』(高松美咲:著 講談社:刊)
主人公は、大学進学を目指して能登から東京の進学校に入学した、高校1年生の岩倉美津未。真面目で素直な美津未が、クラスメイトたちとの関係を築きながら成長する学園モノだ。あまり少女マンガは読まないという中川さんだが、周囲の人に勧められて読んで、衝撃を受けたという。
学園モノのマンガには、わかりやすく意地の悪い人が出てくるとか、テンプレートがありますよね。でもこのマンガは、安易に悪役を作らない世界観なんです。ちょっと性格に問題がある子もいるけれど、その子にも過去の経験や思いがあって、そうなってしまっているというのが丁寧に書かれていて、登場人物全員が愛おしく感じられ、爽やかでみずみずしい作品です。
作者の高松美咲さんは、講談社漫画賞受賞時のスピーチで“人生が後悔と喪失ばかりでは無かったと思い出させてくれる友だちのような、ただ寄り添える作品になれたら幸せ”といったようなことを話されていましたが、まさにその通りの作品だと思います(中川さん)
主人公の純真さはクラスメイトの心をほぐしていく。たとえば、主人公がクラスメイトの江頭さんと二人で体育祭のための自主練習をするシーンがある。
主人公たちが、1年生が使用する曜日の体育館に行ってみると、3年男子の2人がすでに使っている。それでも文句は言わずに体育館の隅で練習していると、3年男子がぶつかってきて江頭さんはよろけてしまう。でも、ぶつかってきた3年男子は謝らない。主人公が“今日は1年生が体育館を使う日だ”と文句を言っても3年男子は無視。そこに、“1年女子相手に恥ずかくないのか”と注意してくれる先輩(3年生)が登場して、体育館を使っていた3年男子を追い出してくれる。
そこで江頭さんは、江頭さんのことを理不尽に扱った人間の名前がすべて刻まれている「心の許さじノート」にしっかりと書き込むため、体育館を使っていた3年男子2人の名前を覚えた。一方で、主人公は注意してくれた先輩の名前をあげて喜ぶ。その時、江頭さんは気づく。「私がムカつく奴の名前をふたつ覚えている間に、岩倉さんは親切にしてくれた人の名前をひとつ覚えるんだろう」と。
主人公も含めて完全な善人というわけではありませんが、いろいろなエピソードの中でどんな人が読んでもハッとするシーンがあります。疲れていて、気持ちを奮い立たせるのが無理な時、このマンガを読むとやさしさ、元気がチャージされて、自分もまっすぐに生きてみようという気持ちになります(中川さん)
なお、最新刊の10巻は「能登半島地震応援版」が刊行されている(2024年5月末まで)。
仕事を頑張るすべての人に読んでほしい。自分が生きる理由を見つめ直したマンガ
「このマンガを布教するために残りの人生を生きようと思う」と中川さん。2冊目は『ベルセルク』だ。未完のまま2021年に作者の三浦建太郎さんが亡くなったが、その後の展開を知る友人やアシスタントなどに制作が引き継がれている。現在の最新刊は、2023年9月に発売された第42巻だ。
2冊目
『ベルセルク』(三浦建太郎:著 白泉社:刊)
『ベルセルク』は、親戚が「好きだと思うよ」と貸してくれて、すぐに夢中になったという。退職する時には、挨拶がわりに当時刊行されていた全巻を置いてきたことがあるというほど「仕事を頑張る人全員に読んでほしい」と推す作品だ。
細かなあらすじは書けないが、『ベルセルク』では中世ヨーロッパのような時代を背景に、主人公ガッツなど主な登場人物たちの内面、葛藤を緻密に描いた壮大な物語が展開される。孤児として生まれ、巨大な剣を背負って戦うガッツの物語は、12巻の途中で世界が一変する。
ストーリーがガラリと変わる事件が起き、そのことに衝撃を受けて1日放心状態になってしまいました(中川さん)
未読の人は、ネタバレ無しで読んでその衝撃を受けてほしいという中川さんは、特に夢に生きるグリフィスの言葉に考えさせられたそう。
壮大な夢を持つグリフィスは「夢に苦しみ、夢に生かされ、夢に殺されるとしても、自分自身のために成す夢…“夢”という名の神の殉教者としての一生を思い描いている」と言います。夢を持つのはすばらしいことですが、その一方で夢に殺される人もいる。また、自分の夢にいろんな人を巻き込んでしまうこともある。グリフィスの夢に多くの人が巻き込まれ、人生が変わってしまった…夢を持って生きる人に必要な覚悟のようなものを感じました(中川さん)
中川さんはこのマンガを読んでから、自分の生き方そのものを見直し、社会に貢献できることをしていきたいと考えるようになったという。
生き方に正解はありませんが、自分が生きる理由を自分で決めて責任感を持ったほうが人生は充実したものになるのではないか、そんなメッセージを作品から受け取っています。今は嫌なら逃げよう、自分を大切にしようという風潮がありますが、自分の信念を曲げすにもがくことも素晴らしい生き方だと教えてもらいました(中川さん)
『スキップとローファー』もそうだが、『ベルセルク』でも、善悪が立場によって変わる。
仕事でも、エンジニア、デザイナーなど職種が異なれば、それぞれ異なる信念や美学があります。そういう人たちが集まってモノを作るということは素晴らしいことだなと思いますし、違う価値観があるのだという前提で、お互いを理解することが必要だと感じています(中川さん)
「よく死ぬためには、よく生きよう」というメッセージを受け止めたマンガ
3冊目は、中川さんがタイトルを見て思わず「どういうこと?」と思って手に取ったというマンガだ。第24回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞している。
3冊目
『ひとりでしにたい』(カレー沢薫:著 ドネリー美咲:原案協力 講談社:刊)
物語は、アラサーの主人公の叔母が孤独死したことから始まる。そして、主人公は自分が孤独死しないための方法を調べていく。介護や積立NISAなどの現実に役立つノウハウ、解説もありながら、全編を通してシュールな笑いのあるマンガだ。
心洗われるマンガを読んでも、沁みてこない…忙しくて疲れてやさぐれてしまっている時ってありますよね。そんなときにこのマンガを読んでみると、現実に揉まれながらも、笑いも忘れずに主人公がたくましく生きていることに励まされます。
笑えないときこそユーモアが大事。よく死ぬためにはよく生きようというメッセージがカラッとした表現で伝わってきます。程よく諦めて笑うことも必要だなと感じます(中川さん)
NHKの番組をきっかけに知識を深める
最後に、マンガや書籍以外の情報源についても聞いてみた。中川さんはNHKの番組が好きで、社内でNHKの部活をしているほど(メルカリでは、5人以上メンバーが集まると部活と認定され、毎月部費が支給される制度がある)。たくさんのお気に入り番組があるが、今回オススメしたいのは「100分de名著」と「ロッチと子羊」とのこと。
「100分de名著」は、名著とされる本の要点をわかりやすく解説する番組で、「ロッチと子羊」はお悩み相談番組で、お悩み解決のヒントを哲学者の言葉から得るというライトなコンテンツだ。中川さんは、これらの番組で紹介された哲学書などを買い集めているという。
働き方がフルリモートになり、変化に慣れずに心がついていかなかった時期がありました。そんな時、「100分de名著」の過去の放送回でアリストテレスのニコマコス倫理学(幸福とは何か、そのための生き方を論じている)を観たんです。あらためて、昔から人間が直面する問題は変わらないんだなと思いました。
先に哲学書を読むと重いので、映像コンテンツでライトに把握したあと、書籍をメルカリで探して買って集めています(中川さん)
ほかにもNHKの「アナザーストーリーズ 運命の分岐点」もよくみる番組とのこと。「金閣炎上 若き僧はなぜ火をつけたのか」で取り上げられていた『金閣寺の燃やし方』(酒井順子:著 講談社:刊)も番組がきっかけで購入したという。
その他、ポッドキャストが好きで、特に歴史を面白く学べる「COTEN RADIO」がオススメとのこと。この番組をきっかけに空海にも興味を持ったそうだ。
熱量たっぷりにオススメのマンガを3つ教えてくれた中川さん。ただ面白く楽しむだけでなく、中川さんがどの主人公にも共感し、影響を受けていることが感じられた。「あのシーンのあのセリフが今読みたい」という気持ちにいつでも対応できるように、好きなマンガはKindleに入れて、持ち歩いているとのこと。明るくて話上手な中川さんに引き込まれた取材となった。
中川香里(なかがわ かおり)
株式会社メルカリ カスタマーマーケティングチーム コンテンツディレクター
横浜のデザイン事務所にて、フロントエンドエンジニアとしてキャリアをスタート。株式会社アマナ、クックパッド株式会社などでの企業広告の企画制作ディレクターを経て、コンテンツディレクターとしてメルカリに入社。メルカリでは、SNSやオウンドメディアの企画・運用、オンボーディングコンテンツの企画・制作を担当している。
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