【レポート】Web担当者Forumミーティング 2022 春

月間400万PVを達成「となりのカインズさん」 オウンドメディア運営の目的とは?

『となりのカインズさん』立ち上げ人の清水氏が、どのようにオウンドメディアを成長させ、有効利用してきたかを解説。

創刊後1年で月間400万PVを達成した『となりのカインズさん』。「顔出し、名前出しNG」の暗黙の了解をいかに打破し、オウンドメディアを“マーケティングの仮説検証ツール”として活用するに至ったのか。

Web担当者Forumミーティング 2022 春」に、株式会社カインズのマーケティング本部メディア統括部部長である清水俊隆氏が登壇。「オウンドメディアは無用」と語る同氏が、オウンドメディア創刊から社内のマインド変革の取り組みを紹介した。

株式会社カインズ 清水俊隆氏(マーケティング本部メディア統括部部長)

社内の意識改革や全社改革にオウンドメディアを活用する

オウンドメディア「となりのカインズさん」概要

2020年6月に創刊された『となりのカインズさん』は、「社内エンジニアと3ヵ月で構築し、創刊半年で月間100万PV超、1年以内に月間400万PV超を果たした」と清水氏は説明する。いわば同社のデジタル改革の旗印を担うオウンドメディアだが、清水氏によると、ここまでの道のりは決して順風満帆ではなかったという。

立ち上げの契機となったのは「店舗スタッフがこれまで30年以上培ってきた専門知識が店舗以外で生かせていない」という課題だった。そこで、リアル店舗での「1対1」の接客を、デジタルで「1対N」で展開してはどうかと、デジタルマーケティング強化を目的に創刊が決まった。

「となりのカインズさん」を立ち上げた経緯。
当初はデジタルマーケティングのみを目的としていた

しかし、清水氏は「当時はオウンドメディアを作れる社内環境になかった」と振り返る。現場ではデジタルへの期待値が低く、社内の協力が得づらい状況で、「効率的な記事作成が難しい」ことが考えられた。さらに清水氏の頭を悩ませたのが、「社内メンバーの顔出し、名前出しはNGという暗黙の了解」である。

折しも2020年にはデジタル部門が創設され、「会社としていかに多様性を受け入れるか」がデジタル変革の課題となっていた。オウンドメディアをデジタル部門だけの取り組みで終わらせてしまっては、「社内融和、ひいては文化、組織の改革につながっていかない」と清水氏は考え、『となりのカインズさん』の目的に「全社改革の実現」を加えることにした。社内の意識改革や全社改革にオウンドメディアをどう活用するかを考えることになったのだ。

顔出し、名前出しNGには「外堀を埋める」作戦で対応

続いての課題はメディアのコンセプト作りだ。ホームセンターは商品カテゴリーが多岐にわたる。創刊に際しては「コンセプトやペルソナを絞ったほうがいいのではないか」という議論があった。

しかし、「商品や読者ペルソナを一部に絞ると全社施策でなくなる」ことから、あえて「料理グッズの横に防虫剤が売っているような、そんなホームセンターらしいメディア」をめざすことにした。

清水氏は「キャッチコピーは走りながら考えることにし、メディア名も、ロゴも変更してよいことにした」と振り返る。キャッチコピーも、「くらしの中にWOW! を発見するメディア」「ホームセンターをDXするメディア」「ホームセンターを遊び倒すメディア」などと変遷してきた。

コンセプトやペルソナを絞ることを避け、キャッチコピーもさまざまに変遷してきた

とはいえ、ベイシアグループとカインズの企業理念から離れることのないよう「カオスであっても企業理念をきちんと落とし込むことで、メディアの軸がぶれないようにした」ということだ。

最大の障壁となったのは「コンテンツへの実名、顔出しNG問題」への対応である。清水氏は「まず自社以外の取引先メーカーへの取材を重点的に進め、顔出し、名前出しで掲載した」と述べる。そして、「カインズのオウンドメディアなのに、社外のメーカーは顔出しで、カインズは匿名でいいのか」というふうに、徐々に社内の顔出しにチャレンジさせるよう仕向けていったのだ。

顔出しの暗黙の壁を突破して制作した記事が「売上や送客につながって、メディアからのお問い合わせのきっかけになる」という成功を実感すると、徐々に社内の理解が得られるようになったという。

たとえば、「カインズ社員が自腹で買った名作10選『お掃除道具』」という記事では、実際に社員が自腹で購入した商品をレビューする記事で、こうした実名、顔出し記事が売上貢献につながる成功体験を作ることで、記事依頼が増加し、社内の空気も協力的なものに変わっていったのだ。

記事依頼が増加し、社内も協力的になってきた

個や社員の「B面」を重視するカインドネスな組織風土に変わってきた

また、東日本大震災当時のホームセンターの様子を振り返り、地域に果たすべき役割を紹介する記事では、「泣いた」など社内外で大きな反響が得られた。

社内情報を紹介する記事も公開、大きな反響が得られた

さらに、Jリーグのザスパクサツ群馬のファンだというメンバーが「ザスパ愛」を告白する記事を公開したところ、大きな反響を得て、そのスタッフが店舗から広報担当に異動するなど、社内的な影響が出るケースも見られた。

メンバーのキャリパスに影響したケースも

このように、コンテンツは「自分の趣味などのプライベートの一面(B面)を積極的に出していく」方向へとかじを切っている。また「コンテンツとしてどの程度まで許容すべきか」という点で、社内に自由闊達な意見が交わされるようになったと清水氏は説明する。

社内効果としては、オウンドメディアの記事によって社内のマインドに変化が生じ、人事戦略やブランド戦略にも影響を及ぼすことになった。「服装規定の緩和、副業可能」や、キャリアを自分自身で作っていこうという「DIY HR」という人事戦略、また、キャリア選択や、個を社内に発信していく「らららジオ」という人事部の取り組みなど、さまざまな施策展開につながっているのだ。

「創刊時の名前も顔も出せなかった状況から、“個”や“B面”を重視するカインドネスな組織風土に変わってきた」と清水氏は述べる。

コンテンツ制作や店舗のマーケティング施策のヒントにもなる

『となりのカインズさん』は売上貢献でも成果を上げている。たとえば、商品Aに関する記事を投稿した前後週の販売数量をPOSデータで確認したところ「販売数量が前年対比で180%増加するなど、販売促進効果が認められた」と清水氏は話す。

昨年と今年の週別販売個数トレンド。
記事を投稿後、販売数量が前年比で180%増加していることがわかる

たとえば、実際に売上効果のあった記事としてグラノーラ・スープ用カップ「HAJIKU」を紹介した。この記事を投稿したところ、「社員が自腹で商品を購入し、主婦目線でシビアにレビューする」切り口が読者に評価され、店舗での販売数量が増加する効果が認められたという。

グラノーラ・スープ用カップに関する記事の売上効果。
主婦層向けの商品を自腹を切って購入し、レビューしたもの

また、コクヨのテープのり「ドットライナー」の関する記事を掲載し、同時に一部店舗にて棚展開した結果、当該期間の販売数量が約150%増加。認知拡大と販売促進効果が認められた。

記事投稿と店舗の棚展開を同時に実行した結果、販売数量は約150%増加

「コンテンツ起点でのマーケティング仮説検証」の取り組みも行われている。たとえば、ある商品は、データ上ではメイン顧客は女性層と想定されたため、コンテンツを女性目線で制作し、『となりのカインズさん』に掲載した。しかし、実際は、想定していた女性層の購買変化はなく、「想定外の男性層に顕著な売上増加があった」という。

そこで、データによる仮説に基づき、一部の男性層をターゲットにしたマーケティングに変更すれば、記事によるマーケティング仮説検証サイクルが回していけるようになるという。

記事を視点にしたマーケティングの仮説検証が可能に

このように、得られたデータからコンテンツだけでなく商品開発、店舗展開のPDCAを回すことも可能だと清水氏は説明した。

オウンドメディアはオワコンか

清水氏は「一般メディアに記事広告出稿するだけでは、効果が見えにくいことがある」とした上で、『となりのカインズさん』のコンテンツを通じて、多角的なマーケティングの仮説検証が可能になり、「商品カテゴリーが広く、店舗がある」特性から、データから様々な気づきを得ていると総括した。

オウンドメディアはオワコンではないかと言われた時期もある。清水氏は個人的な考えと断った上で「各部署が本来の業務を完遂すれば、オウンドメディアは無用だと考えている」と話した。「社内の誰も対応できないところに飛び込む」のがオウンドメディアの役割だというのがその理由だ。

その意味で、オウンドメディアとは社内にある課題と機会を嗅ぎ分け、誰よりも先に駆けつける「社内の用心棒的な存在」なのかもしれない。「社内で無縁なものは一つもない」と清水氏は述べ、「困っている事業部を助けることを意識して取り組んでいる」と話した。

カインズはホームセンターらしく、記事もDIY、オウンドメディアもDIY感覚を大事にしてその文化を広めていくことを大事にしている──清水氏はそのように述べ、セッションを締めくくった。

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