第一生命のオウンドメディアが1年で月20万セッションを達成! 成功を支えた3つのポイントとは?
生命保険の加入検討者に保険会社発信で信頼できる情報を届けるべく、第一生命保険株式会社がオウンドメディア「ほけんの第一歩」を公開したのは2021年3月末のこと。わずか1年で、月間セッション数は20万を記録。
「Web担当者Forumミーティング 2022 春」に登壇した第一生命の松村光一朗氏が、成功を収めるまでの紆余曲折をリアルな経験談や具体例を交えながら紹介した。
2021年3月末に「ほけんの第一歩」を公開
松村氏は2011年に広告代理店からキャリアをスタートし、営業を経験した後、事業会社のデジタルマーケティング支援に従事。2016年に第一生命に中途入社し、現在はオンライン広告の統括やオウンドメディア運営、他部門のデジタル業務支援など幅広い業務に携わっている。
松村氏が立ち上げメンバーの一人として携わったのが、第一生命のオウンドメディア「ほけんの第一歩」だ。「ほけんの第一歩」は2021年3月末に公開され、保険検討段階のユーザーに対して、保険会社発信で「信頼できる情報を伝えること」をコンセプトとしている。目的は「サイト訪問者の見込み顧客化」で、月数本のペースで記事を公開しているという。
気になる運営体制はどうなっているのだろう。「ほけんの第一歩」には専任担当はいないという。プロジェクトマネージャーの松村氏を含む全てのスタッフが、他業務と兼業して「ほけんの第一歩」の運営に携わっている。PMである松村氏はサイト管理から予算管理、スケジュール等の調整に、企画考案・選定から記事点検まで多くの業務を担当しており、サイト分析や記事制作においてはパートナー企業の協力を仰ぐ体制になっているという。
第一生命がデジタルマーケティングに注力しはじめた理由
では、第一生命はなぜオウンドメディア施策に代表される、デジタルマーケティングに力をいれるようになったのか? 松村氏は生命保険業界の仕組みと販売チャネルの変遷について説明をした。
松村氏によれば、生命保険会社と顧客間の販売チャネルは主に3つあるという。
- 営業職員が顧客を訪問して販売する「対面販売」
- 保険代理店や保険ショップ、銀行などに生命保険を販売してもらう「代理店チャネル」
- 郵送による書類の提出やインターネットで手続きが完結する「ダイレクト販売」
この、「対面販売」・「代理店チャネル」・「ダイレクト販売」のシェアはどう変遷してきたのか。生命保険文化センターの「生活保障に関する調査」によると、直近で生命保険に加入した方の加入チャネルは、営業職員による対面販売の割合が最も多いが、減少傾向にあるという。一方で、保険代理店(特に街中やショッピングモール内に店舗を構える窓口型ショップ)からの加入は増加している。
また同調査でどのチャネルを通じて保険に加入したいかという調査では、加入意向が増加しているのは代理店窓口と通信販売(主にインターネット)だった。
従来、生命保険は訪問営業が一般的かつシェアの多くを担っていました。第一生命においても訪問営業が中心でしたが、時代の変化とともに、保険ショップの台頭やインターネットでのダイレクト販売などさまざまなチャネルが登場したことで、お客様との接点が持ちづらくなっていました。加えて、お客様のニーズ、メディア接触を考えると、マーケティング戦略のデジタル化は必須でした(松村氏)
こうした状況に対し、第一生命では2017年ごろからデジタルマーケティング施策への取り組みを本格化させていったという。さらにコロナ禍でオンラインでの面談・応対が頻繁に行われるようになり、今後も非対面(デジタル)でのコミュニケーションを望む顧客は増加していくと考えられる。
オウンドメディア「ほけんの第一歩」は1年で月間20万セッション規模に成長
“プチ成功”を支えた3つのポイント
松村氏によれば、大手の生命保険会社がオウンドメディアを運営する例はまだ少ないという。「ほけんの第一歩」は、1年目のKPIを「月間1万セッション」としていた。2021年3月末にスタートし、約3カ月後に月間1万セッションを達成。
半年後には月間10万セッション、1年後には同20万セッションの規模に成長した。集客のための広告は実施せず、流入の97%が検索エンジン経由だ。松村氏は“プチ成功”とでも言うべき手応えを得ている。
では、成功のポイントとは? 何か特別な手段があるのか? そうした疑問が湧くところだが、松村氏は「がっかりされるかもしれませんが、特別なことはやっていません。しいてあげるなら、次に挙げる3つのポイントに合致したからだと思います」と、成功のポイントを順に説明していった。
成功のポイント①YMYL領域に対する強み
YMYLとは「Your Money or Your Life」の略で、Googleが作成した「検索品質評価者向けガイドライン」に登場する言葉だ。お金や、健康など生活に大きな影響を与える可能性があるトピックのことで、具体的には「ニュース・時事問題」「金融」「健康・安全」などがYMYLに該当し、生命保険は「金融」に該当する。
YMYLを扱うサイトでは、Googleが「E-A-T」をより重視すると言われている。「E-A-T」とは、「Expertise(専門性)」「Authoritativeness(権威)」「Trustworthiness(信頼性)」の頭文字をとったもの。サイトが何らかの専門性に特化しているか、情報発信者にどれだけの権威・信用があるのか、コンテンツやサイト運営者の信頼性があるかをGoogleが評価しているとみられる。
「ほけんの第一歩」は、生命保険に特化したオウンドメディアだ。生命保険会社が発信しており、コンテンツはファイナンシャルプランナーが監修をしている。また「ほけんの第一歩」は第一生命のドメインで公開されており、コンテンツに記載されている多くのデータの引用元は政府・公的機関のものなので、「E-A-T」の観点では評価されているのではと松村氏。
ネットに強い企業が保険関連の情報をすでに多く公開している状況であっても、YMYL領域とE-A-Tに強みがあれば、(これから立ち上げるオウンドメディアでも)SEOで上位を狙えるポテンシャルはある(松村氏)
成功のポイント②コンテンツ作成における品質担保
SEOで優位になるポテンシャルがあるからといって、単にコンテンツを作成して発信すればよいかというとそう簡単な話ではない。それはあくまで高クオリティなコンテンツがあってこその話だ。成功のポイントの2つ目はコンテンツの品質担保だ。「保険会社が発信するゆえに、高いクオリティが社内でも求められており、専門領域であるからこそ厳格な制作・点検体制による品質担保が必要だった」と松村氏。
コンテンツの品質担保には相当気を使っています。外部のパートナーにも厳重な体勢をとってもらっているが、社内でも、正直やりすぎなくらいの人数をかけています。体制上しかたないところもありますが、ある意味それが強みだと思っています(松村氏)
成功のポイント③調査と仮説による3C分析から立てたキーワード戦略
YMYL領域で、E-A-Tもあるコンテンツが作成でき、品質も担保できるなら、優れたオウンドメディアを作れるのか。松村氏は「それでもまだ足りない」と語る。最後のポイントは戦略だ。自社・競合の立ち位置、顧客の動向を踏まえて、オウンドメディアの方向性、作成するコンテンツの優先度を決めていく必要性があるという。
松村氏は顧客のペルソナからコンテンツSEOと親和性が高い層を抽出し、オウンドメディアのコンセプト・方向性を決めていった。その上で、競合企業などベンチマークとすべきサイトの検索流入キーワードやコンテンツなどを調査し、自社の立ち位置を把握し、差別化できる部分を探った。
成功の3つのポイントを振り返り、「YMYL領域に対して自社の強みが発揮でき、コンテンツ作成における品質担保が可能で、分析や仮説を元にKW戦略を組み立ててオウンドメディアの方向性が定まったことで、現時点で言うとまずまずうまくいっていると思います」と松村氏は振り返る。
オウンドメディア立ち上げのきっかけは上司の“無茶振り”
成功のポイントはわかったが、そこに至るまでのプロセスはどのようなものだったのだろうか。続いて、松村氏はオウンドメディア立ち上げのきっかけや、立ち上げまでのプロセスを紹介していった。まずはオウンドメディアの立ち上げのきっかけだ。
実は松村氏は、もともとSEOに関する知識が豊富だったわけではない。「ほけんの第一歩」立ち上げ期は、SEOの知識は素人同然だったという。広告代理店在籍時代、失敗の原因が分かりやすいWeb広告と比べ、ブラックボックス的なSEO施策と戦い苦しむ同僚の姿を見ていて、SEOへ苦手意識があったという。それゆえ、「必要だと思っていても、ボトムアップで上層部にコンテンツSEOの実施を訴えかけるのは無謀な行為だと思っていました」と松村氏。
ではなぜそんな松村氏がオウンドメディアを立ち上げることになったのか。2020年2月頃、上司から突然「SEOの提案を受けたのだが、検討したい。やるならば業界トップクラスの集客を実現したいので……」と、“無茶振り”をされたという。
一口にSEOと言っても、それが「公式サイトのSEO施策」か、それとも「コンテンツSEO」かで意味は全く異なる。コンテンツSEOならばオウンドメディアの立ち上げが必要だが、そもそも短期的な施策で終わる訳がない。コンテンツによってはコンプライアンス部門との協調も必要……という具合に、立ち塞がる課題の多さに戸惑いを感じたという。
広告であれば経験上、失敗する施策については、明確な根拠をもって『この施策は失敗する』と伝えられるが、SEOだと知識の少なさゆえに、ハードルが高いとは思いつつも、『絶対失敗する』とまでは断言できなかった。情報収集をしながら、外部や関係部署と相談するだけの合意形成はすべきだろうと動き出していきました(松村氏)
想定外の事だらけ? 「ほけんの第一歩」立ち上げまでのプロセスとスケジュール
続いて松村氏は、「私がやってしまった失敗をしないために、これからオウンドメディアを立ち上げたり、コンテンツSEOを実施したりする方の参考にして欲しい」と想定外の事だらけだったという、「ほけんの第一歩」立ち上げまでの流れとスケジュールを紹介した。以下は、「ほけんの第一歩」がオープンするまでの1年間をまとめた図である。当初の予定では2021年2月末公開予定であったが、1カ月延期して3月末に公開となった。
まず取り組んだのは社内の合意形成だ。人・モノ・予算の観点で、松村氏は以下が必要だと考えていたという。
- 人:ライティング力に優れる制作パートナー。大量のコンテンツ(記事等)を確認・点検できる社内人員(松村氏は記事を点検できるほどのスキルはないので、PMに専念)
- モノ:メディアを掲載するドメイン、CMSの導入
- 予算:すぐに成果が出るものではないので、3年は我慢できるような予算取り
当初必要だと思った人・モノ・予算が確保できたかというと、結果はそうならなかったという。
- 人:一般的には制作に力がある制作パートナーだが、自社のコンプライアンスや記載ルールの基準に達するまでは時間がかかった。協力部署からは人員のアサインができなかった
- モノ:自社環境に合うCMSが導入できず、サーバーから含めイチから検討。ベンダーヒアリングが難航し長期化
- 予算:“3年継続”はしたいものの、半年ごとの報告や、1年ごとのKPIを定めて、撤退基準を明確にする必要があった
役員・協力部署との合意形成にあたっては、各部門の理解度に応じて、丁寧に説明をしていったと松村氏は振り返る。
大きな課題となったのがサーバー周りだ。SEOの評価上、YMYL領域では、第一生命のドメインでオウンドメディアを公開するのが重要だ。オウンドメディアを定期的・継続的に運用していくにはCMSを導入したいが、自社環境へのCMS導入は困難だということがわかった。そこで初期はCMS導入を断念し、HTMLでページを制作していくことにしたという。
制作パートナー選びの進め方とコンセプト・戦略設計の考え方
コンテンツを制作するパートナーの選定では、条件を固める前にリサーチを兼ねたヒアリングを各社に行い、SEOに関する知見、オウンドメディアの運営実績、コスト感などをもとに、方向性がマッチしそうな企業数社に本提案を依頼したという。
どの制作パートナーを選ぶかは、各社の状況・業界事情によっても異なり、正解はない。第一生命の場合はコンプライアンスの優先度が特に高いが、会社固有の事情を理解し、現実的なプランを組み立て、伴走してくれそうなパートナーを選ぶのがベストではないかと松村氏は述べた。
続いてはコンセプト設計・戦略設計についてだ。「ほけんの第一歩」は、検討初期から中期(候補を絞っている段階)の見込み客とコンテンツで接点を持ち、さらに資料請求や相談といったCVにつなげることで第一生命が検討候補に入ることを狙いとした。キーワードは「保険」といったビッグワードを狙うのではなく、ミドルワードから着手することを戦略とした。
最終的には約2,000のキーワードをリストアップし、どのキーワードを優先するのか、検索ボリュームや、CV確度、競合のコンテンツ状況などの基準を設け、スコアリングしていった。
ビッグワードよりもミドルワードの上が上位に入りやすい傾向があるので、評価される(検索上位に入る)コンテンツを増やすことで、オウンドメディア全体の評価を高めるという方針で計画策定を進めていった(松村氏)
構成案の段階で社内担当者の合意をとっておくことが重要
狙うキーワードが決まったら、次は記事の構成案の作成だ。松村氏は構成案作成時のポイントとして、構成案段階で記事の方向性の合意形成を必ず社内担当間で取っておくことが重要だと述べた。会社として掲載するにあたって不適切な内容はないか、などこの段階で厳しくチェックした方がよいという。構成案が完成したら、次はライターによる執筆だ。
執筆時の注意点として、「事業会社が求める品質と、パートナーがイメージする品質が擦り合わないケースが多い。専門性が高い業種ほど事業会社が求める品質のレベルに到達するのはなかなか難しい。ある程度は、失敗の中から学ぶ根気強さが必要」と松村氏。
パートナー側で記事執筆時のルールのようなものを管理してもらいつつ、記事の意図が正しく伝わっていないケースもあるので、適宜コミュニケーションを取りながら、認識をすり合わせていくことがポイントだという。
執筆された記事をチェックする段階では、チェック担当間での点検レベルの違いの解消や、パートナー間との認識共有のため用語の使い方等が書かれた簡単なガイドラインを作成しておくとよいという。また、「コンテンツSEOにおける記事制作の意図をチェック担当者にしつこいくらい説明した方がいい」と松村氏。
チェック担当者への説明を怠ると、“職人レベル”の修正案の提示があったり、「こんなに長い記事を作成する必要はないのでは?」といった指摘が入ったりする事態になる。
オウンドメディアの評価が本体サイトの順位へ影響し、クリック数が4倍に
こうして「ほけんの第一歩」は公開から1周年を迎えた。オウンドメディアの評価によって、第一生命の本体サイトへもよい影響が確認できているという。「ほけんの第一歩」公開前は、キーワード「生命保険」の平均掲載順位は12.9位だったが、2022年2~3月の平均掲載順位は4.9位に上昇。クリック数は4倍以上になった。
最後に今後の展望として、松村氏はUI・UX面での改善を挙げる。CMSの導入にも目処がたったため、今後は導線設計などを改善し、CVRの向上を図りたいと述べ講演を締めくくった。
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