戦略なきDXは頓挫する――オーディオテクニカの事例から学ぶ失敗しないマーケティングDXの進め方
データ活用、データドリブンを目指しユーザーデータを集めたものの、そのデータをどう活用すればいいかがわからず、つまずくケースが多い。データから多くの事実を拾うことはできるのだが、それを施策にどうつなげればいいのかを考えると、前に進めなくなるのだ。
「Web担当者Forumミーティング 2021 秋」のセッションでは、そのような“頓挫リスク”を減らしつつマーケティングDXを進める方法を、市場調査や施策立案を支援するヴァリューズが、オーディオテクニカの事例を通じて紹介した。
オーディオテクニカのマーケティングDX
オーディオテクニカは、ヘッドフォン、マイクロフォン、レコードプレーヤーなど、高品質なオーディオ製品/プロ用音響機器でお馴染みのメーカーだ。創業1962年という“還暦”間近の老舗であるがゆえに、デジタルシフトに遅れをとっていた状況があったという。当初課題となっていたのは以下のような点だったと、同社の松本氏は振り返る。
- EC化が加速している中、デジタル関連の部署がなく、施策のプランニングや効果検証を戦略的に取り組むことができていなかった。このため、競合にシェアを奪われていた。
- Webを中心とするマーケティング全体をリニューアルすることで、オンラインにおけるブランドプレゼンスの向上が必要だった。
- 外部販路に頼っていたため、ブランドのユーザー像や多様化する消費者ニーズを把握できていなかった。
これらの課題を解決すべく取り組みを開始したが、その変遷は現在まで大きく3つのフェーズに分類できるという。
【フェーズ 1】方向性の策定
- カタログ的でデザインも古く、ブランドの魅力を正しく伝えられていないWebサイトのリニューアルを決断。
- 同時にブランドのユーザー像理解やKPI管理の取り組みを開始。
【フェーズ 2】リニューアル実施
- デバイスを限定しないUIを意識した作り、製品ごとの価値を伝えるデザインへとWebサイトをリニューアル。
- オウンドメディア「Always Listening」をオープンし、コンテンツマーケティングを開始。
- サイトにEC機能を搭載し、購買データ、購買後のユーザー行動データも可視化。
【フェーズ 3】施策展開(現在)
- Instagram/Twitter/Facebook/YouTubeなど各種SNSを活用した施策を展開し、外部販路やD2Cへの送客を強化。
- コラボ商品やD2C限定商品の企画販売。
次にこの3つのフェーズにまたがって実施されたマーケティングDXの進め方を見てみよう。
頓挫リスクを回避するマーケティングDXの進め方
ヴァリューズがオーディオテクニカの支援に入ったのは、フェーズ1でユーザー理解度を上げる取り組みを始めた頃だ。ヴァリューズは、250万人規模のインターネット行動ログデータを元に、市場調査や施策立案支援を行う会社で、検索ワード、Webサイトの閲覧履歴などのデータを保有している。その他、顧客企業が保有するデータの分析や、分析結果をもとにコミュニケーション設計・施策実行も支援している。
オーディオテクニカに対しては、フィリップ・コトラーの提唱するマーケティングプロセスのフレームワーク「R-STP-MM-I-C」に則って支援している。R-STP-MM-I-Cとは、「R=リサーチ(調査)」「STP=セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング、MM=マーケティングミックス」「I=インプリメンテーション(実施)」「C=コントロール(管理)」のことである。
今回はその中から「R-STP」に当たるアンケートのデータ活用と、「C」に当たる効果検証の取り組みにおいて、頓挫リスクを避けながらマーケティングDXを推進する事例が紹介された。
頓挫リスクの高い進め方とは?
マーケティングDXを進める際によくあるのが、下図のようにまずデータの収集・調達を行い、データ統合基盤を構築し、分析要件の定義、目的設定というプロセスをたどる方法だろう。
ただし、これは頓挫リスクが高いと、ヴァリューズでは考えている。考えていたような分析結果が出なかったり、その目的のためには別のデータが必要だったりするなどの問題が起きて、コストの肥大化や長期化が起きがちだからだ。
そこでヴァリューズが推奨するのが、発想を逆転させ、まず目的を設定し、そこから要件定義、基盤構築と進めて、必要なデータを取得するというプロセスだ。オーディオテクニカの場合も、データ収集からスタートしていたが、起点を目的設定へと軌道修正したため、うまく施策まで結びつけることができているという。
では、どのように目的設定からのスタートへと軌道修正していったのかを掘り下げてみよう。
頓挫リスクの回避策①
クラスターをもとにしたマーケティング活動の実行
オーディオテクニカでは、イヤホン、ヘッドホンユーザーを対象としたアンケートを行っていた。しかし回答データはユーザー理解度の向上や市場の把握にとどまっており、施策の活用には至っていなかった。
そこでヴァリューズは、ユーザーをクラスターに分類することを提案した。以下の3つに整理し、目的の設定から取り組みを再スタートさせた。
- クラスターの設定(Who)
- クラスター別の特徴(What)
- クラスター別の行動特性(How)
これにより、クラスターごとの特徴や、そのクラスターを獲得しやすいチャネルが把握しやすくなる。たとえば「今回の商品はクラスター1がマッチする。クラスター1はYouTubeをよく見ているので、YouTube広告を試してみよう」という施策の実施が可能になった。現在、クラスターは6つに分類されているという。
この取り組みの結果、オーディオテクニカでは以下のような変化が起きているという。
- ターゲットの理解:各々が思い描いていたユーザー像をデータという事実から再構築することで、既存の顧客層と獲得すべき顧客層を認識できるようになった。
- 他組織との連携強化:デジタルマーケティング課だけでなく宣伝などの別部署はもちろん、社外の協力会社へも「Who」を伝えやすくなり、施策の目的や手法をより具体的に精査できるようになった。
- 効果的なSNS運営:SNSチャネルごとのクラスターを設定したことで、ターゲットに合ったコンテンツを提供できるようになるなど、戦略的なSNS運営が可能になった。
また、社内に浸透させるためのコツとして、「InstagramやWebサイトでどのような数字変化があったか、細かい成功体験をシェアしたのは意識したポイント」(松本氏)だったという。
頓挫リスクの回避策②
データ分析ダッシュボードをもとにした取り組み
続いて前述の「C = コントロール」にあたる効果検証の部分では、さまざまなデータを一元管理できるダッシュボードを「Tableau」で構築した。
まずは競合分析のためのデータ収集がしたいということで、ヴァリューズが提供する競合分析ツール「Dockpit(ドックピット)」に、オーディオテクニカが興味を持ったところから始まっている。
こちらもアンケート同様、データの収集から始めてしまったが、目的の設定やデータ活用の検討に立ち返り、フェーズ2のサイトリニューアルに向けてWebサイトの立ち位置や指標の整理、指標を把握するためのデータ設計を行った。それをもとにGoogleアナリティクスのデータやDockpitによる競合分析のデータを一元管理できるダッシュボードを作成し、その後、ECデータの追加というプロセスを経ている。
ダッシュボードを活用した取り組みの効果は大きく、以下のような変化が起きているという。
- 社内の意識統一:さまざまな指標がまとまって把握できるため、社内へのデータ共有がしやすくなり、意識統一がしやすくなった。
- 効果検証の精度向上:単体のプロモーション結果というより、施策全体の効果について前後のデータの動きを俯瞰して見られるようになり、施策に対する判断がしやすくなった。
- データドリブンな組織の醸成:ダッシュボードがあることで、データを見て考える風土ができ、「勘と経験のマーケティング」から「データドリブンなマーケティング」へと変わりつつある。
クラスター(ユーザーデータ)とダッシュボードという2つの取り組みのどちらも、最初はデータ収集から始めてしまったが、目的をきちんと決めるところから再スタートし、丁寧に議論をしながら進めたことが成功につながっている。
最後に中尾氏が、セッションのポイントを以下のようにまとめた。
- 自社データと外部データを統合的に把握することで、顧客や競合への解像度を上げることにつながる。
- データ活用の推進が頓挫しない進め方のポイントとしては、データ活用の目的や活用領域をきちんと設計すること。
- データ活用が進むことで、意思決定の質とスピードの向上や、組織間の連携強化を生み出し、より効果的なマーケティング体制を作り出せる。
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