「採用マーケティング」がアツい! 選考者数を前年比50%UP 小学館集英社プロダクションの取り組み
人材獲得競争が激化する現在、採用活動にマーケティング思考を取り入れる「採用マーケティング」が注目されている。小学館集英社プロダクションも採用活動に課題を抱えており、「採用マーケティング」思考を取り入れ、応募後の選考者数を前年比50%引き上げることに成功した。
「デジタルマーケターズサミット 2021 Winter」のセッションでは、採用マーケティングを実践している小学館集英社プロダクションの久末真一氏が、その内容と効果を紹介した。
獲得競争の激化で採用コストが高騰
求人サイト以外の取り組みが必要に
小学館集英社プロダクション(以下、ShoPro)は、キャラクターライセンス管理やイベント運営、テレビ番組制作などのメディア事業と、保育園、幼児教室、学童保育、児童館、公共施設などの教育を企画運営するエデュケーション事業を行っている。
エデュケーション部門を横断した教務改革推進室キャリアデザイン課に所属する久末氏のミッションは、それぞれの部門の現場(保育園、教室、施設)で働く人の採用、育成、活用(活躍の提案)だ。
実は、この部門横断のキャリアデザイン課は、最初からあったわけではない。本題に入る前に、キャリアデザイン課ができた背景について簡単に説明しておこう。
ShoProでは事業部制を敷いている。部門によって求める人材像が少しずつ違うため、独自の採用施策やフローにもとづき、部門ごとに採用活動を行っていた。しかし、教育系の有資格者を採用するのは難しく、どの部門でも課題を抱えていた。
さらに、個別に行うことで採用費用が膨らんでしまうのが、経営的な課題でもあった。そこで、うまくいっている部署の施策やノウハウを共有できないかと、各部門の採用担当者が集まって議論をしていたという。
その結果、採用管理システム(ATS:Applicant Tracking System)を導入して候補者情報や採用活動のデータを集約することになった。採用活動を見える化してみると、求人媒体による採用施策は競争激化のために獲得単価が高騰しおり、別の施策を考える必要があることが見えてきた。
そこで、オウンドメディアリクルーティングを模索し始めました。数字が見えてくると、採用費を抑えようとか、採用単価を圧縮しようという取り組みになりがちです。もちろんそれは必要ですが、ただ安く採ろうということではなく、最適な費用、最適なコストで採ろうというのが、本来あるべき姿だと個人的には思っています。
そこで、何を伝えたらいいのか、求職者は何を知りたいのかという方向に視点が変わりました。それが、マーケティング思考に至った要因かと思います(久末氏)
さらに、ある書籍から得た「コトラーが提唱する5A理論(5段階の購買プロセス)を採用に活用する」という言葉もヒントになったという。
とはいうものの、部門ごとに人材、組織、体制が異なっているため、ATSを導入して数字や施策を共有しても、十分に活用できる部門ばかりではなかった。そこで、部門を横断した採用の専門部署が必要だろうということになり、キャリアデザイン課が設立されたという。各部門との役割分担は、以下の図のようになっている。青い部分が各部門の採用担当、オレンジの部分がキャリアデザイン課の担当で、主に選考の前部分のPRやエントリー施策をキャリアデザイン課が担っている。
また、一番下の「リサイクル施策/OB・OGマネジメント」は、エントリーしたが選考に至らなかった人や、退職した人などにコミュニケーションすることを意味している。通常のマーケティングでいえば、休眠ユーザーの掘り起こしのような部分だ。
数字や施策の見える化により見えてきた新たな課題
ATSの導入によって課題があることが見えてきたが、どこを最優先で解決すべきかは、部門によって異なっていた。その課題解決に向けた取り組みを見てみよう。
課題と取り組み①
課題:内定率・入社率の改善
取り組み:応募受付~採用までのフローの見直し
採用活動をマーケティングのファネルに当てはめると、たとえば部署Aでは、エントリー数は十分にあるが、選考の結果、内定に至る率、最終的に入社してくれる人数に課題があった。
採用数が目標に達していないと、応募施策を強化してもっと母集団(エントリー数)を増やそうという施策に走りがちです。ですが、内定率が悪いのは、資格要件や勤務条件がマッチしづらいからだということが見えてきました。つまり、広報強化してエントリーを増やすより先に、募集内容や勤務条件を見直すべきだという施策になりました(久末氏)
つまり、エントリー数の増加を目指す施策(広報強化)ではなく、選考まで進む人にエントリーしてもらう施策(募集内容の見直し)や、内定者にできるだけ入社してもらう施策(勤務条件の見直し)を強化した。これにより、応募数は微減したものの、選考数を維持したまま、選考実施率や採用率を上げることができたという。
課題と取り組み②
課題:エントリー数と採用数のアップ
取り組み:選考に進まなかった人へのコミュニケーション強化
一方、部署Bでは、エントリー数が少なく、採用人数が目標に達していなかった。実は、従来はエントリーした人の何人を採用できたかを指標としていた。しかし、ATSで見える化し、フローを細かく分けたところ、もっと前の段階に課題があることがわかったという。
以前は、エントリーしてくれた母集団から採用に結びついた比率に注目していました。しかし、もう少し細かく採用フローを見ると、そもそもエントリーから選考に至る率が低いことがわかりました。これは、せっかく弊社に興味を持ってエントリーしてくれたのに、会えなかった人がたくさんいるということです(久末氏)
この部署の場合はエントリー数も少なかったので、まず広報強化して認知を広げることが必要だ。ただし、ある程度認知が広がったら、それ以上広報強化してエントリー数を増やしても選考に至る率が下がるだけなので、届けるコンテンツや届け方を見直すことが必要になる。
そこで、「エントリーしたが選考に至らなかった人」を休眠リストと捉え、選考に進んでもらえるようなコミュニケーションを取ることを考えた。いわば、歩留まり改善施策である。これは、まさにマーケティング的な手法が得意とするところだ。
数字・施策の見える化と中長期、双方向のコミュニケーション
久末氏は、「採用成功とは、採用目標数の達成で終わりではなく、入社後の活躍」と考えている。そのためには、「活き活きと働いてもらいたいし、その就職・転職がよい出会いであってほしい」という。
言葉を換えれば、たくさんの人に選考試験を受けてもらい、たくさんの人に「ご縁がありませんでした」と連絡をするのは、どちらにとってもあまり嬉しいことではない。100人の人材を求めているなら、100人がエントリーして、全員を採用できることが理想だろう。そこに近づくために取り組んでいるのが、「誠実に情報を出す」ということであり、ShoProでは3種類のツールを活用している。
- ATS(採用管理ツール)で見える化
- 中長期型コミュニケーションを可能にするメディアの活用
- MAでコミュニケーションを一方通行から双方向へ
1. ATS(採用管理ツール)で見える化
ATSを活用することで、以下の3つが見える化できる。
- 採用活動が数字で見える
- 数字を蓄積することで傾向が見える
- フローを分解することでボトルネックが見える
2. 中長期型コミュニケーションを可能にするメディアの活用
求職者は求人広告や採用サイトで待遇や福利厚生を調べるが、それだけで他社と差別化するのは難しい。人はサービスサイトやニュース、掲載サイト、口コミなど、さまざまなところから情報を得ているし、新卒採用を除けば求職活動のタイミングや期間は人それぞれだろう。
そこで、求人広告や採用サイトでの短期的なコミュニケーションだけでなく、中長期的なコミュニケーションで自社の魅力を知ってもらえば、エントリー数を増やすことができるはずだというのが、久末氏の考えである。
それを実現するためのメディアの一つとして、ShoProでは「talentbook(タレントブック)」というメディアツールを使っている。これは人にフォーカスしたコンテンツを紹介することで企業カルチャーを発信するというコンセプトで開発されたクラウドサービスである。
求人サイトには多くの企業が掲載され、求人検索エンジンで検索すると何ページにもわたって企業が表示されます。その中から見つけてもらうにはどうしたらいいのかということで、オウンドメディアリクルーティングを実践して強化しています。
さらに、選考のフロー上で停滞している休眠リストの方には、せっかく興味を持ってくれた方とのコミュニケーションなので、いかにtalentbookのコンテンツに触れてもらうかを考えています(久末氏)
3. MAでコミュニケーションを一方通行から双方向へ
コミュニケーションを双方向にするためにShoProでは、アドビの「Adobe Marketo Engage(アドビ マルケト エンゲージ)」を導入した。
以下の図は、Marketo Engageで作ったライフサイクルモデルをもとに、フローとチャネルと施策をまとめたものだ。「これができると、ボトルネックがどこか、どの施策を見直せばいいのか、何が足りないのかが見えるようになる」と久末氏は言う。部署Bの事例で実施したのは、オレンジ色、認知拡大から選考に至る部分だ。
具体的には、以下のような施策を実施している。
- 自社サイトから説明会(ウェビナー)申込用のランディングページに誘導してコンバージョン(エントリーフォームに入力)
- オフラインイベントで掲示しているQRコードからエントリーフォームにアクセスしてもらいコンバージョン
- コンバージョンしたら自動返信メールやSMSでの自動メッセージを配信
- 採用担当者に説明会申込のアラートメール通知
- LINEとのデータ連携
- 属性ごとのナーチャリングプログラム(配信セグメント)に追加
見込みリード育成のためのナーチャリングメールの内容は、たとえば以下のようなものだ。
- 勤務希望地域や興味のある事業などの属性情報に応じ、関連したコンテンツを案内する
- 志望度合いがまだ高くないコールドリードには、採用から遠いが自社を知ってもらうコンテンツ(talentbookなど)を知らせる
エントリーからすぐにイベントや選考に進んだ方に注力せざるを得なかったため、今までは採用活動は非常に短いスパンで考えていました。しかし、Marketo Engageやtalentbookによって、情報収集する方々と継続的にコミュニケーションできるようになりました(久末氏)
この取り組みによって、エントリーから選考に進む人数が、前年度対比で50%改善したという。それに伴って入社人数も改善し、前年比プラス45%までアップした。
「採用目標数を達成するという範囲で考えるのではなく、会社のビジョン、ミッションを実現するためにキャリアデザイン課ができることは何かという視点で考える」と言う久末氏。
最後に、「採用候補者や社員を含めた弊社のステークホルダーがShoProを理解して好きになってくれる」をKPIに置いて、日々以下の2つの施策を実践していると、セッションをまとめた。
施策①:会社のカルチャーを表現する良質なコンテンツを作る
施策②:パーソナライズして最適なタイミングで最適なコンテンツを届ける
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