【レポート】Web担当者Forumミーティング 2019 Autumn

インターネットの中の“街”を目指す――だれもが創作をはじめ、続けられる「note」の開発舞台裏

月間2000万人が利用する「note」。ランキングがなく、個人が気軽に記事を販売できる独特な世界はどうやってできたのか? 開発の舞台裏を加藤氏と深津氏が語った。

株式会社ピースオブケイクが運営するメディアプラットフォーム「note」は、その独特な運営方針で知られる。いわゆるCGMでありながらランキングはなく、個人でも気軽に記事を単品販売できる。

こうした独特の世界観は、どのような発想から生まれ、その先にどんな成長モデルを描いているのだろうか? 創業者で代表取締役CEOの加藤貞顕氏と、サービス全体の世界観やユーザー体験の構築などで辣腕を振るう、CXOの深津貴之氏が、Web担当者Forum ミーティング 2019 秋の会場で語り合った。

※CGM……Consumer Generated Mediaの略。主にインターネット上で消費者が書き込むことで内容が生成されていくメディアのこと。

株式会社ピースオブケイク
代表取締役CEO 加藤貞顕氏(右)/CXO 深津貴之氏(左)

「だれもが創作をはじめ、続けられるようにする」――noteの“ミッション”が意味するもの

加藤氏はもともと編集者で、ベストセラーとなった『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(2009年刊)などを手がけた。2011年12月にピースオブケイクを設立。翌年の2012年9月にはコンテンツ配信サイト「cakes」をオープン。そして2014年4月には、講演の本題でもあるメディアプラットフォーム「note」をオープンした。

加藤氏

深津氏は、クリエイター・デザイナーが多数在籍する「THE GUILD」の代表取締役を務める傍らで、2017年にピースオブケイクのCXOに就任。以後、noteの開発に携わっている。

深津氏

現在のnoteは「だれもが創作をはじめ、続けられるようにする」をミッションに掲げている。これは深津氏がCXO就任直後に実施した全社ワークショップで、決めたという。

noteのミッション

加藤氏はnoteのミッションについて、以下のように振り返った。

もともと出版関係の仕事をしていたこともあり、インターネット上で創作活動を続けやすいプラットフォームを作ろうと考え、ピースオブケイクを設立した。ただ最初のうちは、このミッションが明確には言語化されていなかった(加藤氏)

また、深津氏は開発チームの仕事ぶりを観察する中で、施策の優先度決定がバラバラな印象を受けたという。そこから、「ミッション」を「意思統一のためのツールとしてのミッション」へとアップデートさせて、実際に機能させることを狙ったと、真意を明かした。

では、ミッションを策定したあとは何をしていったのだろうか?

企業を成長させるために「最初に旗を立てる」

新ミッションの策定に続いて深津氏は、ミッションを体現するコンセプトとなる「旗」をたてた。「旗を立てる」とは、どういうことだろうか?

深津氏は、「旗を立てる」ことを「北極星」だと表現した。

「北極星を指針にしましょう」と社内に共有されていれば、スタート地点が多少異なっても、全員が自力で目的地に行けるからだ(深津氏)

これに対して、加藤氏は「きれいごとに聞こえるかもしれないが、皆が“自力で”目的に行けるというのは非常に重要」だと補足した。

従業員すべてに細かい指示を出して、さらに上司の承認を待って……というプロセスでは、どうしても事業スピードが遅くなってしまう。だからこそ、社員の主体性を促せるだけのミッションが重要だ。

noteが掲げる旗とは? 「noteはクリエイターの集う、1つの街である」

「noteはクリエイターの集う、1つの街である」という概念。これは加藤氏の発案によるもので、ポイントは「街」の部分だ。

街には、共通の構成要素がある。たとえば、商業施設、小学校、公園などだ。しかし、構成要素は同じでも、新宿にある歌舞伎町と代官山では、雰囲気や気質が異なる。たとえば、noteも他のCGMと構成要素は同じだが、雰囲気や気質が異なる。

また、ビジネスでは、たった1つのわかりやすい指標・KPIだけを管理して判断することがある。街に置き換えて考えると、どうだろうか?

利益を求めて商業施設だけを増やし、コスト食いで収益を生まないから学校や公園を作らないのでは、暮らしやすい街とは言えない。noteのような営利サービスもまた、売り上げだけを追求していてはいずれ限界がくる。

つまり、企業利益と社会利益のバランスが大事なのだ。

企業利益と社会利益のバランスが重要

では、企業利益と社会利益のバランスが取れている状態とは、どういった状態だろうか?

たとえば、高尚なミッションを掲げて、ベンチャー企業がひたすら社会利益を追求しても、それは「壮大なボランティア」で、いずれ資金が尽きて終焉を迎える。

一方、企業利益を追求するなら、ミッションなどかなぐり捨てて仮想通貨投資をしたほうがもうかる可能性もある。

企業利益と社会利益のバランスについて、加藤氏はメディア産業を例に挙げて説明した。

日本のメディア産業は約100年の歴史がある。なぜここまで続いたかと言えば、昔はメチャクチャもうかったからだ。もうかったからこそ、クリエイターに投資できて、コンテンツが生まれていった。

つまり、企業利益と社会利益の両輪のバランスが取れていた。noteもバランスをとりながら続けていきたい(加藤氏)

具体的なモデルを考える前に、「ダークサイドを考える」

自分たちが立てた旗を軸にした施策を考える前に、やらなければいけないことがある。それは、「ダークサイトを考える」ことだ。つまり、「こんなnoteはイヤだ」という姿を決めて、チームであらかじめ共有しておく。たとえば次のようなことだ。

  • 売り上げのために極端に大きなバナーをTOPページに貼る
  • スキャンダラスな記事ばかりがnoteで表示される

このように、noteのミッションからはずれるような事象をあらかじめ全社ワークショップで洗いだした。

深津氏は、「最初に旗を立てること」と、「ダークサイドを考える」ことをやっていれば、重要なところだけを細かく効果測定すればいいと言う。その理由を人体(人間の体)にたとえて説明した。

人が健康でいるためには、あまりに多くの要素が必要だ。血圧や血糖値など、数値で測定できる部分は少ない。特定の数値1つだけに注力しても、人は健康をたもてない。

むしろ「健康を保つ」という旗を立てて、「病気になる行動は何か」というダークサイドを考えて避ければいい。

たとえば、健康を保つために、早寝早起き・バランスが良い食事・適度な運動など、エビデンスがあって、一般的に健康に良さそうなことを30個くらいやる。

たとえダメなことを1、2個やっていたとしても、健康診断に行って異常がなければ、致命的な結果にはなりにくい(深津氏)

「最初に旗を立てること」と「ダークサイドを考える」のどちらも、ようは「いかに歪んだ目的達成をしないか」のために意識している。深津氏は、そこへ向けて全ての設計をしていると語った。

良いことをすれば報われる、現在のインターネットの真逆を目指す

そして、noteがより具体的な目標として掲げているのが「安全と自由を両立したネットの表現の場づくり」だ。noteは一般的なブログ構築サイトに近い体裁ではあるが、以下のような特徴がある。

  • ランキングがない
  • 広告がない
  • ディスっても伸びない
  • 正しいことをすると普通に報われる
  • クリエイターのキャリアパスがある
  • 応援しあう

深津氏が認識している、現在のインターネットの課題は「スキャンダラスだったり、あおったりすることが一番お金になる設計になっていて、ユーザーがそれに最適化した行動をとっている」点だ。

加藤氏も、現在のインターネットにおけるビジネスの軸は広告であり、そこで重要になるのはPVだと指摘した。PVを稼ぐにはスキャンダルが手っ取り早く、コピペサイトの隆盛は“ネタの仕入れが安くなる”ので、合理的ではある。

しかし、noteが目指すのは真逆だ。自分の知識を開陳して、周りの人を引き上げ、困っている人を助けた人が報われるのが理想像だという。この理想像があるため、noteにはランキング機能がない。

深津氏は、ランキングを導入すると2つのデメリットがあると考えている。

ランキング導入2つのデメリット
  • 多様性が失われる
  • 極端化する

noteではハンドメイドから政治まで、あらゆる話題が展開されるべきなのに、少数のランキング軸では、一見の客がつきやすいスキャンダル記事ばかりが上位にきてしまう。

また、書き手もランキング上位の記事を参考にして、上位を狙いやすい記事ばかりを作るようになって多様性が失われてしまう。

加藤氏は、「ランキングがだめなわけではない。商業メディアであれば、ランキングはコンテンツと読者のマッチング機能として優秀な一面もある」と説明する。

ただしnoteはCGMであり、商業メディアとは一線を画して多様性のあるクリエイティブが生まれる環境を重視している。そのため、noteでは運営スタッフによる手動でのおすすめ記事ピックアップや、AIによるパーソナライズによって、ランキングとはまた別のコンテンツ発見機能を提供している。

これまでの話もきれい事に聞こえるかも知れないが、『きれい事をどうシステム化するか』がnoteのチャレンジ。いいことをすれば報われるシステムを作れば、皆いいことをしだしてくれるはずだ(深津氏)

noteの成長モデルと3つの柱

noteが考える成長モデルは、以下の図に集約される。

作者が集まれば、コンテンツが増え、読者も集まり、さらに作者が増え……というのが基本的な構造だ。

noteの成長モデル図

この図における「矢印の部分をいかに力強いものにするか」が、note運営チームの主業務だ。noteは今、記事投稿が急速に増えているが、PVもそのペースに比例して伸びていかなければ、成長にはつながらない。

図中のブロック1つ1つを重視しつつも、それをつなげていく線が切れていないことが重要(加藤氏)

深津氏は同時に「コンテンツパワー」「発見性」「継続性」という3つの指標を作った。

成長するための3つの柱

いいコンテンツがいっぱいあって、それがきちんとユーザーに届いて、読者と作者がそれぞれ読み続けてくれる・書き続けてくれるようにするための指標(深津氏)

この指標は、個別の施策を実施するときの優先度付けに役立つ。たとえば、投稿用エディターの改修(コンテンツパワーの強化)、AIレコメンドの精緻化(発見性の改善)など、3つの指標のどれかに大きく寄与するならば、力を入れて良い。

しかし、もし3つのどれにも当てはまらない新機軸は、実施の是非自体を検討する、もしくは最小限の工数に抑えて行うようにするという具合だ。

また、加藤氏によれば、この指標はチーム作りや仕事の指標作りにも役立っているという。

noteは2019年9月時点で会員登録数が約150万人、月間アクティブユーザー数が2000万を超え、好調だ。

ただ深津氏は「人間は、一番弱っている臓器が壊れたら死ぬ」という言葉を常に念頭に置き、サービス全体の中で最も弱い部分を常に改善していかなくてはならないと、気を引き締めていた。

なぜ開発チームを3つに分けたのか

noteの開発チームは、現在3チームに分かれている。

noteの開発チーム
  • 大局チーム
    永続的に行う、SEOやデータ基盤の強化、Web表示速度などの施策を受け持つ。
  • 開発チーム
    2週間以上~3カ月未満の単位で、新機能の開発などを担う。
  • カイゼンチーム
    約1~2週間で終えられるUIの微調整など、細かな開発を担当。
noteの開発体制

なぜこのように開発チーム3つに分けたのか? その根底には、“歪み”を発生させないためという考えがある。

たとえば、売り上げ向上・業績アップなどだけに目標を絞ってしまうと、短期的成果のために開発チーム全員が力を尽くしてしまい、結局のところユーザー体験の向上に手が回らず、長期的には深刻化することが多いからだ。

また、「エンジニアそれぞれの長所を活かした編成にしたことで、働きやすくなる」と加藤氏は指摘する。

街作りのためには仲間が必要

最後に、加藤氏と深津氏は「noteという街を大きくするには、仲間が必要だ」と語った。

インターネットという世界の中で、これからもnoteという街をどんどん大きくしていきたい。私たち2人では限界がある。ぜひ会場に集まった皆さんともぜひご一緒したい(加藤氏)

多くの人や企業と友達になって、一緒に街を作っていければ楽しいのではないかと思う(深津氏)

2人は、noteという街を大きく、より豊かな街にしていくために、さらなる仲間作りに励むとして、講演を締めくくった。

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