マネージャーが知っておくべき本質的なKPI設計のメソッドとは?
デジタルマーケティングにおいて、データや数値を基本とするデータドリブンは必須だが、そもそもそのKPIの最大化を目指すのはなぜか、きちんと説明できるだろうか。
「Web担当者Forum ミーティング 2019 春」に登壇したブレインパッドの佐藤氏は、「何でもかんでもCVR・売上で評価すればいいというものではない」と述べ、チームがビジネス貢献という成果を上げるためにマネージャーが知っておくべき、本質的なKPI設計のメソッドについて解説した。
そのKPIの最大化を目指しているのはなぜか
幅広い分野のデータ活用・分析に精通し、日々AIと向き合っている最先端のデータサイエンティストである佐藤氏は、「今こそ、KGI・KPIと真剣に向き合おう!」と聴講者に呼びかけた。なぜなら、「AIにはKGI・KPIは決められない。決めるのは人間の仕事。AIが台頭してきた今だからこそ、この問題と真剣に向き合うことが重要」だからだという。
- KGI(Key Goal Indicator):ビジネスの最終目標を定量的に評価できる指標
- KPI(Key Performance Indicator):KGIを達成するための各プロセスが適切に実施されているのかを定量的に評価するための指標
この2つについて、佐藤氏はまず2つの問題を提起した。
- 問題提起① 本当に今のKPI設定でよいのでしょうか?
- 問題提起② 施策評価、きちんとできていますか?
問題提起① 本当に今のKPI設定でよいのでしょうか?
KPIは、KGIを要素分解して設定する。たとえば「EC売上」がKGIの場合、下記のような要素分解がすぐに思いつくだろう。
EC売上 = 来訪数 × CVR × CV単価
しかし、これは一例でしかない。他にもたとえば、「EC売上」は「新規顧客」と「既存顧客」に分けて、下図のように分解することもできる。
もちろんこれ以外にも、「EC市場規模と自社サイトシェア」や「平日売上と休日売上」など、いくらでも分解の視点はある。佐藤氏が強調するのは、KGIは多面的であり、「このKGIは必ずこのように要素分解できる」と決まった形はないということだ。
であれば、「他にもさまざまなKPIがあるのに、なぜ現時点で設定しているそのKPIの最大化を目指すのか?」という問いに明確に答えられるだろうか。昔に設定したKGIとKPIをそのまま使って、「成果に直結しないKPI」を管理していないだろうか。これがひとつめの問題提起だ。
問題提起② 施策評価、きちんとできていますか?
KGI・KPIが決まったら、施策を打ってそれを高めていこうとする。その施策の評価を、KPIの増減だけで見ていないだろうか。これが2つめの問題提起だ。
たとえば、先ほどのEC売上の場合、「来訪数×CVR×CV単価」を分解すると次のような予測を簡単に立てられて、自分たちでコントロールできそうと感じるだろう。
- 来訪者数は、広告を打てば増やせる可能性がありそう
- CVRは、いいコンテンツを作れば上げられそう
- CV単価は、「ついで買い」を促進すれば上げられそう
そして、その増減だけで施策を評価してしまう。
しかし、別の視点から見ると、EC売上は「EC市場規模」と「自社サイトシェア」という分解もできる。EC市場規模は自社だけでどうにかなるものではないし、他社のデータは取得しづらい。
では、それらの要素は無視して良いものだろうか。そのようなことは決してない。なぜなら、それらの要素は現実にKPIに影響を及ぼしているはずだからだ。それに目を背けて、無数に設定できるKPIのうち、自分たちの力でコントロールできないものを無視してはいけない。そのため、KPIの増減だけで施策を評価することはできない。「なぜその施策でこのKPIが増減したかという背景を考えることが重要」だと佐藤氏は言う。
メンバー全員が納得してこそKGIは価値がある
KGI設定の基本は「数値で表せる」ことだ。このため、「EC売上」「サイトのCV数」などは、KGIとは言い難い。なぜなら、これらはどちらも流量であり、期間が定まらないと数値で表せないからだ。つまり、最低限「ECの年間売上」「サイトの年間CV数」など、期間が決まっていなければKGIとは言えない。
しかし、期間を決めるだけでは完璧ではない。マーケティングは、単年で達成するものと長期間かけてやるものがある。「ビジネスの目的は、シンプルではなく複層的。だからKGIについて、いつも『それでいいのか』と考えることが重要だ」と佐藤氏は言う。時には、KPIを見直すことも必要になるが、なぜそのKPIを追っているのかという大元となるKGI設定の理由がわからないと、こう変えたらいいのではという創意工夫もできない。
KGI設定の基本をまとめると、以下のとおりになる。
数値にできるものをKGIにする
- 期間の定めのない「売上げ」や「利益」は数値にならない
- たとえば「利益」は、種類を定めなければ数値にならない(粗利、営業利益など)
そのKGIを追求する背景・根拠を明確にする
- ビジネスの目的は複層的、客観的な唯一の指標は存在しない
- 背景・根拠のないKGIは、硬直的なKPIを作る
佐藤氏によれば、KGIを定める最大のメリットは「組織のメンバーで目標を明確に共有し、目標達成に向かって効率的な意思決定ができるようになること」だ。そのためには、とにかくこれを追えばいいというやり方ではなく、なぜこのKGIを追っているのかメンバーが納得してこそ意味がある。
いいKGIを設定する手順は、たとえば、以下のようなものだ。ただし、「KGIは多面的で簡単には決められない」ので、必ずこうしろという意味ではない。
- ステップ①: 重要な指標を挙げる(年間売上、年間新規獲得顧客数、etc.)
- ステップ②: 制約条件を考える(特典や割引の総額、可測性、etc.)
- ステップ③: 指標になりそうな値を考える(年間売上げ/インセンティブ総額、年間新規獲得顧客数/インセンティブ総額、etc.)
- ステップ④: ③の中から、よさそうなものを決める
- ステップ⑤: 決めた根拠や背景を明文化しておく
KPIを決める3種類のロジックツリー
たとえば、KGIを「年間売上げ/インセンティブ総額」に設定したとしよう。ここからKPIを決めるわけだが、もし下図のように要素分解したなら、これは間違いだ。
「年間売上げ/インセンティブ総額」を上げるには、「年間売上げを増加させる」か、「インセンティブ総額を減少させる」といいのではないか。そう考えると正しいように感じるかもしれないが、要素分解のためのロジックツリーの視点には3種類あり、使い所を間違えるとKPIをうまく設定できない。
- WHATツリー: 何で構成されているか追求していく → KGIの達成過程を評価するための良質なKPIを策定できる
- HOWツリー: どうすればいいのか追求していく → KPIの達成に向けたアクションを明らかにし、優先順位をつける
- WHYツリー: 理由を追及していく → KGI・KPIの増減の真の要因を探求し、KGI・KPIを見直す
KPIを設定するためにはWHATツリーを使い、何で構成されているかを追求しなければならない。しかし上の例では、「どうすればKGIを上げられるか」と考えている。つまりHOWツリーを使っているのだ。
この3種類のロジックツリーは「混ぜるな危険!」だと佐藤氏は言う。HOWツリーを作り始めると、必ず「できる・できない」が気になり、視野が狭くなってしまう。だからWHATツリーを作る時にはWHATに専念する必要がある。
「年間売上げ/インセンティブ総額」というKGIを構成要素で分解するなら、「年間売上げ」と「インセンティブ総額」である。これをさらに要素分解したのが以下の図だ。
この図は、さらに日別、時間別などに分けることもできるし、時間以外の要素でも分解できる。
WHATツリーを作って、どこまで、どのように分解するか、どの要素をKPIにするかは、マネージャーの腕の見せ所(佐藤氏)
KPI設定の基本は「SMART」と呼ばれるものが一般的で、これらを満たしたKPIが設定できるまで要素分解する。設定したKPIがいいKPIかどうかは、SMARTに当てはまるかどうかで確認できる。
WHYツリーを使ったKPIの見直しの事例
あるECサイトで、1to1マーケティングの一環として、あるページのメインバナーをユーザーのセグメントごとに切り替える施策を行ったと仮定しよう。施策評価のため、バナーを切り替えないコントロール群も用意されているものとする。
まず、施策は何らかのKPI達成のために実行しているはずだから、「施策開始から1か月経過した時、どのような数値で評価されるべきか」と考えるのは論外だ。では、以下の状況だったら、この施策はどう評価すべきだろうか。
- 施策の目的は「日平均CVRを高める」
- 1か月間実行し、日平均CVRがコントロール群より有意に高いという結果が得られた
この場合、施策は成功か失敗かで言えば成功だと言える。だが佐藤氏は、「KPIの増減が目的になり、その理由や背景の考察、施策を行う意義の確認が疎かになっていたらダメ」だと言う。施策が失敗した時だけでなく、成功した時にもなぜ狙い通りになったのかと考える必要がある。その時に有効なのが、WHYツリーである。たとえば、以下の図のようにWHYツリーを作ってみる。
見てわかる通り、WHYツリーは仮説で構築されるので、真偽が確かめられそうなものは確かめる。たとえば、上の「必要な情報にたどり着きやすくなった」は、コンバージョンしたユーザーのコンバージョンまでのPVを確認すれば真偽が確かめられそうだ。
2番目の「購入する気のない顧客をその気にさせた」のように真偽が確かめられそうにないものは、さらに理由を追及する。そして、理由が思いつかないようであれば、その仮説は怪しいということになる。
怪しい仮説には、ツッコミを入れてみる。それによって、仮説が正しいか間違っているかのアタリがつけられる。この時に重要なのは、消費者としての自分の感覚(佐藤氏)
この例で、「購入する気のない顧客をその気にさせた」という仮説について、その理由をさらに細かく思いつかなかったとしよう。すると、「そもそも購入する気のない顧客をその気にさせるほどのオファーだったか?」「このクリエイティブでそんなことが起こせるか?」などとツッコむことができるだろう。この時、「日平均CVRを高める」というKPIが間違っているのではないかと疑問を持ったら、その時がチャンスだという。
KPIが間違っているかもしれないなら、もう一度WHATツリーで要素分解してみる。それが以下の図だ。
このように分解すると、「欲しい商品にたどり着けなかった訪問者の数」を減らすことを1to1マーケティングの目的にすべきだろうと思いつく。つまり、施策の目標は「日平均CVRを一定に保ちながら、CVする顧客が、CVするまでのPV数を減らす」にすべきということだ。
このように、KPIを一度決めたら、増減だけで語るのではなく、KPI増減の理由を考えて、KGI達成に最も効果的なKPI設定を目指し続けることが重要だ。
ブレインパッドのレコメンドエンジンを搭載したプライベートDMP「Rtoaster(アールトースター)」では、1to1マーケティングにおいてKPIの達成に向けた多種多様な施策の実行からKPI増減の理由を考えるための顧客の分析に活用されているという。
- 顧客、自社サービスなどの多様なデータ収集・統合
- 顧客を分析し、戦略的・自動的なターゲティング
- 多様なチャネルでのアクション(施策)
DMP市場において3年連続シェアNo.1(※)となり、幅広い業種で250社以上の導入実績も有しているという。また、ブレインパッドでは豊富なコンサルティングサービスも提供しており、企業の課題解決をサポートしている。
(※)DMP市場:ベンダー別売上金額シェア【2014年、2015年、2016年度実績】 出典:ITR「ITR Market View:メール/Webマーケティング市場2018」「ITR Market View:マーケティング管理市場2017」
マネージャーが知るべき本質的なKPI設計のポイント
最後に佐藤氏は、デジタルマーケティングにおける本当のデータドリブンマネジメントについて、マネージャーが知るべき本質的なKPI設計のポイントを、以下のようにまとめた。
① 客観的な唯一のKGIなどないので、常に最善を追求する
- 曖昧な定義ではメンバーは動けないので、きちんと数値化できるKGIを設定する
- ビジネスの目標は複層的なので、なぜそのKGIを使うのかメンバーと共有する
② なぜそのKPIなのか常に考え、見直す
- WHATツリーでKPIを決めるときには、複数のツリーを作る
- 施策(KPI達成のアクション)実行後は、WHYツリーでKPIを見直す
③ なぜその施策でKPIが増減するのか、意味を常に考える
- 何でもかんでもCVR・売上で評価しない
- マーケティングは奥深いので、つねに謙虚に細かい改善を続ける
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