2018年、プログラマティック広告が抱える2つの課題とは? これからの広告に大切なこと【後編】
プログラマティック広告は、「枠から人へ」という考え方のもとで大きく取引シェアを伸ばし、2017年にはインターネット広告媒体費の8割近くを占めるまでになった(前編を参照)。ところが、この考え方が進んだ2018年現在、大きく次の2つの課題が見つかり、揺り戻しが起こっている。
- 「人」だけではなく、実は「枠」も重要
- ブランドセーフティと不正広告の問題
後編となるこの記事では、これらの課題と、これからのプログラマティック広告について解説する。
課題1「人」だけでなく「枠」の良しあしも重要だった
オーディエンスデータにもとづいた「人」に対するターゲティングの結果、ディスプレイ広告の効率は上がったように見えたていた。ところが、配信された「枠」ごとに効率の成果を見てみると、上位は結局大手の優良媒体のプレミアム広告枠が占める割合が高かったのだ。
このことに対する仮説として考えられたのは、「『人』に対してターゲティングしても、配信先の媒体(メディア、コンテンツ)の質が悪いと、ユーザーは広告をきちんと見ないのではないか?」ということであった。
たとえば、あるメディアで自分にとってまったく有益な情報がない記事だった場合、その記事をしっかりと読み込むことはないだろう。ページをすぐに離脱するので、当然広告もじっくりと見ることはない。逆に、有益な情報がきちんと整理されている記事であれば熱心に読むので、結果的に広告に目が留まる機会も多いはずだ。
プレミアム枠の取引形態が細分化して混沌とした状態に
この仮説は、プレミアム枠を対象にしたプログラマティック広告の取引形態に影響を及ぼしていくことになる。
そもそもプログラマティック広告は完全な自由競争で、広告枠はオープンな在庫市場にSSP経由で供給され、それを各広告主が、DSPを使って横並びでオークションを行う形だった。目的は「人」のターゲティングにあったのだから、「枠」の良しあしを考慮する必要はなかったのである。
ところが、「実は広告枠の『質』も重要だ」という考えが広がり始めると、「それならば広告枠の質はある程度担保したうえで、良質な広告枠だけを対象とした会員制のオークションをしたほうが良い」という考え方も生まれてくる。
この考え方をさらに推し進めると、「プレミアム枠は決まった広告主に販売するから、オークション取引をする必要はない」という考えすら出てくる。それを受けて、プレミアム枠の取引は大別すると4つの取引形態が生まれることになった。
- Programmatic Guaranteed(固定金額での優先買い付け・期間と在庫も固定)
- Preferred Deal(固定金額での優先買い付け・在庫保証はなし)
- Private Auction(最低入札価格のあるオークション)
- Open Auction(誰でも参加できるオークション)
これらは、オーディエンスデータを使い、広告主が望むターゲット(人)に表示されるときだけ自動で買い付ける仕組みは維持したまま、「取引がオープンかクローズドか」「オークション形式か固定単価制か」「在庫予約はあるかないか」で分類される。ただし2018年現在、これらの名称はまだ業界内でも確定されたものではなく、分類条件もあいまいな部分があり、いまだ混沌とした状態である。
課題2近年注目度を増すブランドセーフティの問題
2つ目の揺り戻しが、広告主のブランドを守るための「アドベリフィケーション」の登場だ。
アドベリフィケーションとは、DSPなどを利用して配信した広告が、きちんと広告主の意図どおりに配信されているかを検証するための仕組みをいう。それによって次のことを確認するのが目的だ。
- 広告がきちんとユーザーに見られているか(ビューアビリティ)
- 広告主のブランドイメージがきちんと守られているか(ブランドセーフティ)
特に近年、海外では「ブランドを損ねたりコンプライアンス上問題があったりする広告配信を嫌って、大手の広告主がインターネット広告の出稿を大幅に抑制する」というニュースがインターネット広告業界を揺るがしている。
たとえば、2017年3月、英タイムズ紙が、白人至上主義団体KKKやホロコーストを否定する過激主義者の動画に、大手企業の広告が配信されていると報じたことを発端として、広告会社ハバスが「ブランド毀損リスクの高さ」を理由に、イギリスにてグーグルやYouTubeへの広告出稿を全面的に取りやめる事態に発展した、ということがあった。
この問題は元をたどればプログラマティック広告が根底にある。
かつては広告媒体の質が値付けに直結していたのに対し、プログラマティック広告の登場によって、広告枠があるWebページのコンテンツの質が低くても、オーディエンスデータの精度さえ高ければ、広告主に高く売れるようになった。このことを悪用すると、質の低い媒体を量産して広告枠をたくさん作って、「人さえ集まればもうかる」ということになる。
このような一部の媒体によるモラルハザードによって、「ブランドセーフティ」という考え方が重視されるようになり、アドベリフィケーションが近年着目されているのだ。もちろんプログラマティック広告自体が悪いわけではなく、悪いのは一部の媒体側の不正なのだが、この不正が成り立つのはプログラマティック広告ならではの仕組みがあってのことだ、ということは強調しておきたい。
「自動買い付け」の仕組みゆえにさまざまな形で現れる不正広告
現在のアドベリフィケーションが解決しようとしている問題には、いくつかの種類がある、たとえば「アドフラウド(Ad Fraud)」と呼ばれる不正な広告表示がある。これは機械(ボット)に広告を表示させて、広告の表示回数やクリック回数、場合によってはコンバージョン件数を水増しすることによって、不正に媒体費=売上を伸ばそうとする行為だ。
あるいは、「ブランドリスク(Brand Risk)」の問題もある。アダルトや暴力、ヘイトスピーチなどの不適切な内容のコンテンツを作り、ユーザーを集めることで利益を上げようとしている媒体というのは存在する。そうした媒体に自社の広告が掲載されてしまえば、広告主にとってはブランド毀損のリスクがあるというわけだ。
その他、1つのページに大量に広告枠を配置することで利益を増幅する「アドクラッター(Ad Clutter)」や、その結果としてユーザーの見えない位置に大量に広告が出てしまう「ビューアビリティ(Viewability)」の問題など、さまざまな問題が噴出している。
なお、アドベリフィケーションの問題は、「必ずしもClean impression(問題なし)でなければならないかというと、そうではない」という議論にも発展しているが、本稿の趣旨からは外れるため今回は割愛する。
良質なメディアがインターネットの媒体価値を担保する
プログラマティック広告における「枠から人だが、枠も大事」と「広告主のブランド価値毀損問題への対応」の2つの揺り戻しは、実は相互に密接にかかわっている。
単に広告効率の観点だけではなく、広告主のブランド価値毀損の問題も考慮するのであれば、「人」だけを重視するのではなく、きちんと良質な「枠」を選んでいくべきだ。「枠」を重視する姿勢とは、すなわち「メディアが掲載するコンテンツの質を重視する」ということでもある。
従来のオークション形式の取引は、一部の媒体のモラルハザードを助長してきた。これは、裏を返すと「良質なコンテンツを作っている媒体にきちんと利益が還元されない」ということだ。この状況を放置すると、低品質な媒体に良質な媒体が淘汰されていき、インターネット自体の媒体価値が低下することにもなってしまう。
インターネット広告は本来、その特性を生かした「一対一」のきめ細やかなコミュニケーションと、「双方向」の明確な成果計測にもとづくPDCAという、大きな利点を持ったものである。その価値を毀損してしまうのは、インターネットを母体とする多くの媒体だけでなく、広告主にとっても大きな損失ではないだろうか。
プログラマティック広告×アドテクはパンドラの箱を開けた
話をプログラマティック広告に戻そう。広告成果の指標が多岐にわたる中、どの指標を目標設定するとしても、効果的に効率改善していくためには、適宜運用でチューニングできるプログラマティック広告で取引することが圧倒的に有利である。
チューニングの要素は取引形態だけではなく、「どのオーディエンスデータを使うか」だったり、「クリエーティブの要素」だったり、さまざまな要素が重なり合ってくる。そのため、一概に「この活用方法が良い」ということは不可能であり、目的に応じて試行錯誤していくしかない。
ただし、1つだけいえることは、プログラマティック広告×アドテクノロジーの組み合わせは、パンドラの箱を開けたということだ。
今までのインターネット広告における、CPCやCPAといったシンプルすぎる指標と比べて、より複雑な指標を計れるようになってきた。心理的な態度変容や検索への転換といった指標(ビュースルー行動転換率)に加え、最近ではオフラインデータの掛け合わせによって、店舗への来店や購買といった指標も計測できるようになっている。
この流れはインターネット広告だけにとどまるものではない。電子看板(デジタルサイネージ)の取引のプログラマティック化はすでに始まっているし、あるいはテレビ広告の取引をプログラマティックに行う、なんてことも、遠い話ではないだろう。見えなくて良かったものが見える世界は、とどまることなく広がっており、もうその流れを止めることはできない。
しかし、この変化を前向きにとらえれば、「見えるものが増えた=解決すべきこと、できることが広がった」ということもできる。私たちは、広告の目的を適切に定義したうえで、これらのテクノロジーをうまく活用していかなければならない。
少し話は逸れるが、この議論をさらに進めると、「広告の目的とは何か」を問われることになる。
ここまで「効率」という言葉をあいまいに使用してきたが、そもそも「効率」とは何の効率だろうか?
多くの場合、クリック単価(CPC)や、レスポンス型の広告主であれば申し込みなどの獲得単価(CPA)などの指標だろう。こうした指標は、インターネットの「双方向」という特徴を生かして計測される、非常にわかりやすい指標である。
しかし、非常に低品質な媒体でいくばくかのクリックをされる(ほとんどの場合、クリック率は1%を大きく下回る)ことと、優良媒体のプレミアム枠でバナーが表示されることは、果たしてどちらが価値のあることなのだろうか。もちろん「CPAのほうが大事」という広告主も存在するだろうし、それを否定するものではないが、しかし「広告価値を計るものがCPCやCPAだけ」というのも違和感がないだろうか?
これは、広告効率の説明責任を放棄して「抽象的な『ブランディング』につながりました」と言ってごまかそうとしているわけではまったくない。幸いなことに、プログラマティック広告の隆盛と共に進化してきたアドテクノロジーによって、CPCやCPAだけではない、数多くの指標が計測できるようになっている。
たとえば次のような指標だ。数えれば枚挙に暇がない。
- 広告のクリックを見る
- 広告を表示したあとのユーザーの動きを見る(ヒートマップ分析)
- アンケート調査によって心理指標の向上を見る(NPS、JCSIなど)
- オーディエンスデータを使って、狙ったターゲットにどれだけ広告が到達したかを計測する(DMPを利用したインプレッション分析)
こうしたさまざまなアドテクノロジーをうまく活用することで、「CPCやCPAか、それとも抽象的なブランディングか」という両極端だけでなく、より本質的な広告の目的を設定することができるようになってきている。
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