【後編(実践編)】本当の案件売上につながるB2Bマーケティングを突き詰めてたどり着いた「Account Based Marketing(ABM)」とは?
B2B企業にとって、自社の顧客となる企業の数は非常に少ない。また、営業活動には物理的な限界があり、従来のマーケティングのように無駄の多いリストでは効率が上がらない。そこで、案件となりそうな企業にしぼって訪問するために、後工程の生産性に注目するのがABM(Account Based Marketing)だ。
KDDIの中東氏が「本当の案件売上につながるBtoBマーケティングを突き詰めてたどり着いた『Account Based Marketing(ABM)』とは?」と題した基調講演から、前編の基礎編に続いて後編ではABMを実践する方法を紹介する。
ターゲットアカウントの決め方は「上位○○社」
ABMのポイントは、ターゲットアカウントを先に決めることだ。従来のマーケティングでは、最初はとにかく多くのリストを作ることが目的だったが、そのために無駄が多くなっている。そこでABMでは、以下の点に注目する。
- 個人ではなく企業(アカウント)を対象にする(MAでは個人を見ている)
- 最も売上貢献が高い企業にフォーカスする
- 対象アカウントを事前に選定する
- 対象企業へのリーチを優先する
ABMと従来のマーケティングを比較すると次の図のようになる。
従来のマーケティングでは、まず「言いたいこと」があり、マーケティング活動の結果をスコアリング・評価してターゲットを選定する。マーケティング活動の対象を広くとっているため、本当に案件化する割合は低く、無駄が多い。
しかしABMでは、最初に対象となるアカウントを選定し、そこに対してマーケティング活動を行う。先にアカウントを選定することで、本当に案件化する割合が高くなり、従来のマーケティングのような無駄が減るというわけだ。
進め方は次のとおりだ。
1. ターゲットアカウントを決める
方法は簡単で、企業の属性情報データベースを使って、「上位○○社」を何パターンかやってみる。属性情報は以下のようなさまざまな企業・団体が提供しているので、そこから入手する。
たとえば、自社の売上額トップ80%を除いた企業を、従業員数でソートする。その上位500社は、「まだ買ってくれていない大企業(顧客と似ている)」というわけだ。さらに、その500社を除いた企業を資本金額でソートする。このように、「まだ顧客ではないが、顧客と似ている企業」を探し、ターゲット企業としてリストアップする。
2. リーチしているのが本当にターゲット企業か分析する
ターゲットアカウントが決まったら、自社がリーチしている企業が本当にターゲットなのかを分析する。サイト訪問者のIPアドレスからドメイン名を分析すれば企業名がわかるし、フォーム通過者やメルマガ反応者の企業情報と、ターゲット企業リストがどのくらい重なっているか比較する。
中東氏の経験では、「Adobe AnalyticsやGoogle Analyticsで来訪者のドメイン分析をしてみると、TOP100までに大手のお客様はほとんどいない」という。
たとえば、かつて所属していた外資系ITベンダーでは、「スイッチ」が直帰率の高いキーワードだった。その企業では、企業のIT部門や通信事業者が使うネットワークスイッチやコアスイッチを扱っていたが、家庭用の「スイッチ」を探して誤ってサイト訪問しているケースがかなりあったのだという。また、深い階層までコンテンツを回遊している訪問者の殆どが、販売パートナーと競合企業だったという。
ターゲットアカウントのリストとサイト訪問者を分析してみると、多くの人が事前にWebで情報収集しているのは確かだが、「全てのお客様は自社サイトに来訪している」とか「自社サイトで活動が多い人は重要顧客」と思うのは間違いだということもわかる。
選定したターゲットに対してデジタル施策を行う
ターゲットを先に決めるのだからマーケティングオートメーションは不要かというと、決してそうではない。企業には、
- 売上のあった企業
- 購買力のある企業
- コンタクト可能な企業
がある。この3つのうち、アプローチすべきは「購買力のある企業」だ。つまり、「購買力のある企業」でかつ「コンタクト可能な企業」を増やすことが、マーケティングの目標となる。そのための指標がECPA(Effective Cost Per Acquisition)だ。
「ECPA」は、B2Cで使うCPAのような「単純個人情報獲得コスト」ではなく、「効果のある(Effectiveな)対象企業限定の情報獲得コスト」という意味である。商材やマーケットの規模、情報取得のしやすさでECPAは大きく変わるが、コンタクトリストの獲得方法をECPAで比較することが重要となる。
集めたコンタクトリストのうち、コンタクト可能な企業(下の図では赤い星のマークの部分)は、インサイドセールスや営業部門に渡すが、手が足りない部分はDMPやマーケティングオートメーションを使う。さらに、営業がコンタクトしながら、同時にマーケティングオートメーションを使う場合もある。DMPやマーケティングオートメーションは、データベースに適切なプロファイルがあれば厳密なターゲティングができるし、コストも安くなる。
重要なのは、対象となる企業を選別した後に、デジタルの施策を行うことだ。
たとえば、顧客データベースの中から「情報システムの部長以上、なおかつ東京で訪問が可能」のようにリストアップし、メールを送る。クリックするとランディングページに飛び、Cookieを発行する。そのデータをDMPに入れてDSPと連携すると、広告のターゲティングができる。さらにIDをシンクさせると、将来のさまざまなターゲティングに使える。中東氏の経験では、このようにするとコストも非常に安かったという。
まだ実現はしていないが、中東氏が最終的に目指しているのが「非クリックターゲティング」だという。たとえば、「東京地区の既存顧客企業で情シスの部長以上で、1か月以内に5回以上ディスプレイ広告が表示されたが、クリックしていない先に電話する」といったものだ。
Webは基本的に行動ベースで、クリックした人にCookieを発行して何かのアクションをする。しかし、ディスプレイ広告に反応しない人は重要ではないのかというと、プロファイルを見たら重要だったということもある。そこで、「広告を見てほしい相手が実際には見てくれていないから、電話しろ」というために使うことが、「テクノロジー的には可能になっているので、早くやりたい」という。
その他、「ターゲットとしてピックアップした数社のディスプレイ広告を青天井で買う」とか、ディスプレイ広告を「取締役以上には特別イベントの招待」「非東京圏はリアルイベントではなくWebセミナーを紹介」のように出し分けることも考えている。IDをシンクすれば可能なので、相談すればやってくれるベンダーも何社かあるとのことだ。
また、広告を出し分けるだけでなく、メディアに存在する顧客を「マーケティング側からみた質や状態」とそれぞれに対して「とるべきアクション」をフルファネルで考えたのが次の図だ。
左側が顧客の質や状態で、右側がその顧客に対して行うべきアクションだ。上から順に次のとおり。
非ターゲット(Non Target)
→ 非効率なため、マーケティング投資を行わない好ましい顧客(Preferable)
→ 専門媒体の広告で接触する(クッキー付与)アクションに反応したことがあるがコンタクト情報不明(Responded Anonymous)
→ DMP(1)でリターゲティング広告を出す(フォームに誘導)企業情報からターゲット企業としてIdentify(識別)されている(Identified Target)
→DMP(2)でリターゲティング広告を出す
たとえば、専門媒体の広告を通じて接触した人たちにクッキーを付与し、そのあとは、リターゲティング広告などを活用して接触回数を上げていく(クローズドループ)。
まずはクッキー情報をもとにDMPやリターゲティング広告で自社サイトに誘導する。フォームで個人情報を送信してくれれば、その情報をターゲット企業のリストと照合する。
ターゲット企業に含まれる顧客ならば、さらなるコミュニケーションを進め、最終的にはインサイドセールスに引き渡すというわけだ。
ターゲットが先に決まっていると、こういうことが可能になる。
マーケティングの基本は「STP」だと言われる。STPとは、
- セグメンテーション(S)
- ターゲティング(T)
- ポジショニング(P)
のことだ。しかし、中東氏は「B2Bでは、ターゲティングを最初にするとコスト効率が良かった」という。
ABMでマーケティングオートメーションの使い方が変わる
AMBで最初にターゲティングすることで最も変わるのは、マーケティングオートメーションの使い方だ。マーケティングオートメーションでは、「シナリオを作って、スコアリングして、ターゲットを決める」というのが王道だが、「選定したターゲットにマーケティングオートメーションでアプローチする」という考え方になる。
たとえば、「初級・中級・上級の3つのコンテンツを用意して、全部見てもらう」のではなく、ひとつのコンテンツを見てくれるまで出し続ける。しつこいからクレームになるのかというと、そもそも見ていないのだからクレームにはならない。極論すると毎回タイトルを変え、開いてくれるまで、タイミングを変えて同じコンテンツを送り続けるという使い方だ。
また、展示会やメッセージ到達率の考え方も次のように変わる。
- 旧――5,000人の名刺を集めて営業にリストを渡した――×
- 新――コンタクトできていなかった対象企業のキーマンが何人発掘できた――○
- 旧――CTRが2%から4%と倍になった――×
- 新――非到達の96%に対し、別のアクションが必要――○
- 旧――CPCが500円――×
- 新――99%が非ターゲットなら、ECPR(有効到達コスト)は50,000円。――○
このように考え方が変わると、次のような効果が期待できる。
- マーケティング活動の高ROI化
- 自社商材との整合性が高い企業選定で、案件単価の向上
- 放置リードの減少で、営業戦略との整合性向上(営業と仲良くなる)
- 「行きたかったけど行けない企業」の明確化と攻略
たとえば、自社顧客と同業・同規模の企業には、売れていてもいいはずだ。そのような「売れてもいいはずだが売れていない」という企業が明確になる。そのリストから、営業が行くべき企業と、営業は行けないのでマーケティングでアプローチする企業に分類する。通常、営業担当者は縄張り意識で他の部門が手を入れることを嫌うものだが、「行きたかったけど行けない企業」が明確になれば、行けないのだからマーケティング部門でやると言いやすい。
企業には、カバー領域と定義がある。案件があろうがなかろうが、月に一度は営業が御挨拶に行かなければならない企業もあれば、インサイドセールスが毎月電話で御用聞きする企業もあるだろう。その外側に、デジタルがカバーすべき領域がある。ABMは、各機能のカバー領域を定義することができるので、それぞれに適した施策を行えばいいのだ。
このセッションレポートの前後編を通して、ポイントをまとめると次のとおりとなる。
- 営業プロセスの見える化で、B2Bマーケターを取り巻く環境が変化
- 対象の企業は少ない
- 「後工程」の「生産性」を考える
- 最初にアカウントを選定する
- コンタクトリストの取得はECPAを重視する
- 選定したターゲットにDMP/MAを使う
- 購入する資金力のある会社に絞り、営業、インサイドセールス、デジタルで担当範囲を決める
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