行動経済学から見るマーケティングアプローチ:ユーザーエクスペリエンスへの応用
マーケティングを「企業と顧客の関係をよくするための活動全般」と定義し、そこに行動経済学を応用するとき、重要なのは「自己効力感」「規範」「幸福感」だ。行動経済学的アプローチでは、企業が促した行動で、顧客が貢献を実感できるようなマーケティングが有効ということになる。
慶應義塾大学経済学部の大垣教授が、「行動経済学から見るマーケティングアプローチ:ユーザーエクスペリエンスへの応用」と題して、ユニクロの「全商品リサイクル活動」を例にあげ、行動経済学とマーケティングについて解説した。
ユーザーに「自分が貢献している」と感じさせる
行動経済学の知見からマーケティングを考えると、次のようであろうと、学問的には考えられる。
企業と顧客の共同体作りを目的に、顧客が自己効力感を持って、共同体への貢献をよしとする規範の形成を企業側が促し、顧客が共同体への貢献をもって充実感を経験できるようなマーケティングが有効
のっけから難しいが、具体的な例でいうと、ユニクロの「全商品リサイクル活動」がある。ユーザーに、着なくなった服をリサイクルのために提供してもらうという活動だが、Facebookの記事で難民の方々がユニクロの服を着ている写真などを見ることができる。
すると、衣類を提供したユーザーは、「難民の人々の役に立っている」という「自己効力感」を持つことができる。貢献を実感できるということだ。これにより、ユニクロという企業とユーザーの間に共同体が形成され、この共同体に貢献しようと考えるユーザーが多くなる。
行動経済学的アプローチのマーケティングでは、目的は企業と顧客の共同体作りで、ポイントは次の3つだ。
- 顧客が自己効力感を持つ(共同体に貢献していると実感する)
- 共同体に貢献することがよいことだという規範が生まれる
- 共同体に貢献することで顧客が充実感を感じる
共同体は、利己的な人ばかりだと成り立たない。そこで、共同体作りでは利他的な行動をする人が何人かは必要になる。行動経済学の研究では、実験結果などから利他的行動の背景を次のように考える。それぞれが、企業と顧客の共同体作りのポイントと対応している。
- 「自分が違いをもたらすことができる」という“自己効力感”
- 共同体の人たちが実際に何をしていて、何が良いと思っているかという“規範”
- 共同体に貢献すると、予想外の“幸福感”を経験する。また、共同体に貢献することが重要という“価値観”を持つことで、人は利他的行動をする
そもそも、行動経済学とは何か。伝統的経済学では、ホモ・エコノミカス(経済人)という存在を仮定する。人間(ホモ・サピエンス)にはいろいろな側面があり、全てを考慮していては科学的分析ができないため、経済学的合理性を持つホモ・エコノミカス(計算高く利己的)で、感情を排除して単純化した研究を進め、多くの知見が得られてきた。
経済学においては、感情を無視しても大した影響はないと考えられてきたわけだが、そうではないようだと登場したのが、行動経済学だ。実験やアンケート調査などで検証し、実際の人の行動がホモ・エコノミカスの仮定とは異なる場合の行動モデルを考える。
人々は利己的かどうかを、「独裁者ゲーム」で検証した実験がある。独裁者ゲームとは次のようなものだ。
- 参加者を2つの教室に分け、違う部屋の人と無作為にペアを作る
- ひとり(配分者)に一定の金額(例えば1000円)を与え、もうひとり(受益者)にいくら与えるか意思決定する
「利己的なホモ・エコノミカスなら配分するのは0円」というのが伝統的経済学の理論予測だ。しかし実際には、もちろん利己的な人もいるが、そうでない人もたくさんいる。さまざまな国々の616の実験の結果は、次のようなものだった。
- 受益者に何も与えない……36.11%
- 受益者に50%与える(自分と見ず知らずの他者と公平に分ける)……16.74%
- 受益者に与える額の割合の平均……28.35%の配分
平均して、1000円のうち300円くらいは受益者に与えるということだ。これを説明するのは「多くの人は不平等を嫌うのだろう」という不平等回避モデルで、独裁者ゲームだけでなく多くの実験の結果がこれで説明できる。このモデルでは、多くの人々は自分に不利な不平等だけでなく、他人に不利な不平等も好まないという意味で利他的である。
しかし、同じ学生で市場実験をすると、結果が異なる。市場実験とは1対1ではなく多人数で競争するが、この場合は利己的な人だけでなく、利他性を持っているはずの人も、あたかも利己的であるかのように行動する。これは、競争があると、個人が利他的に行動しても、結果は全く、あるいはほとんど変わらないためだと考えられる。
不平等回避モデルでは、次のように説明する。
競争のない「自分が共同体の結果に違いをもたらすことができる」状況では利他的な行動をする人も、競争があって「自分が違いをもたらすことができない」状況では利他的に行動しない
つまり、共同体作りも「個人の行動が共同体に違いをもたらす」ことを伝えるのが重要ということだ。ユニクロの例でいえば、難民の方々がユニクロの服を着ている写真で、リサイクル活動参加者たちが貢献していると実感していることが、企業と顧客の共同体作りに有効なマーケティング活動となっている。
「みんながやっている、いいこと」と思わせる
利他的な行動を促して共同体作りをするために、次に重要なのが規範や文化だ。規範とは「みんなが何をしているか、何がよいと思っているか」のことだが、独裁者ゲームでは規範についての実験もある。先ほどの独裁者ゲームは標準バージョンで、こちらはいじめっ子バージョンと呼ばれる。
- 初期保有として配分者も受益者も同額(例えば500円)ずつ受け取る
- 配分者は受益者に自分の初期保有からお金を与えることもできるし、受益者の初期保有からお金を奪うこともできる
不平等回避モデルでは、結果だけについて考える。このため、いじめっ子バージョンでも標準バージョンと同じように、500円ずつの状態になるのは17%前後で、全体の平均では受益者が300円所有(配分者が受益者から200円奪う)という状態になると理論予測する。
しかし、実際に実験すると、標準バージョンよりもいじめっ子バージョンで、公平に500円ずつという参加者の割合が多い。これは、「お金を奪うことはよくない」という規範があるためだろうと考えられる。不平等回避モデルでは結果に注目するが、規範はむしろプロセスに影響する。
そこで、企業と顧客の共同体を作るなら、「その企業の活動に協力するのはいいことだ、多くの人がいいと考え、実際にそうしている」という規範ができればいいということになる。また、規範は情報に左右される。ユニクロの例では、2012年10月22日に「皆様のご協力により、300万着集まりました。」という記事があり、多くの人々が参加していることを発信して規範に影響を与えている。このように、具体的な情報は、どんどん発信する方がいい。
「貢献することが幸福」という状況を作る
規範は外部からの影響だが、自分の内部からくる価値観や幸福観も利他的行動につながる。それを研究するのが、行動経済学から発展した幸福の経済学だ。
- 一般的に言って、あなたはどのくらい幸せですか?
- あなたの生活にどの程度満足していますか?
のような質問に対する回答を主観的幸福度として用い、幸福感を次の3つに分類する。
- 感情としての幸福感
瞬間的あるいは一時的な喜び、悲しみ、怒りなどの快い感情と不快な感情の頻度と強度に関わる感情的な質。
- 生活満足度(life satisfaction)
①よりも長期的な、人生や生活全般などについての評価。
- エウダイモニア(Eudaimonia)
アリストテレスが用いた概念で「善く生きる」「善く行っている」とほぼ同義。それによる充実感。
大垣教授は次のように言う。
共同体を考える際に最も重要なのは、③エウダイモニアである
それを説明するために紹介したのが、次の調査だ。
大垣教授らは、東日本大震災前後の個人の幸福感、利他的価値観の変化と寄付行動を調べた。全国の成人を対象にしたパネル調査で、幸福感については、「全体的に見て、自分は幸福だと思う」かを0 (あてはまらない) から100 (あてはまる) までの11段階のうち1つ選んで解答する。解答を2011年2月時点(震災前)と6月時点(震災後)でどのように変化したかをグラフにしたものが次の図だ(下記の3つのグラフは金沢星稜大学の石野卓也教授らとの2013年の論文による)。
このグラフからは次のようなことが読み取れる。
- 被災中心3県を除いては、大震災の前後で幸福感が変化しなかった人々が多い
- 変化した人々のなかでは幸福感の上がった人たちの方が多い
幸福感がなぜ上がっているかを考えるための背景として、同様の調査を利他的価値観についても行っている。「自分よりも他人のことを第一に行動する」にどの程度当てはまるか0から100までの11段階から選ぶ調査を、2月と6月で比較したのが次の図だ。
この図からは、次のような利他性の変化が読み取れる。
- 全国と、被災中心3県以外の東北3県と、被災中心3県の3地域を比べると、利他性の変化しなかった人々の割合がしだいに下がっている
- 変化した人々の中では利他性の上がった人たちの方が多い
- 被災中心3県については、他の2地域と比較すると利他性の下がった回答者の割合が高い
この調査では震災関連の寄付をした人の割合も調べており、震災後全国の70%以上の人が寄付している。利他的価値観が上昇したことで、全国で絆感が広まり、普段はあまり寄付などしないような人もしたと思われる。
これらの調査から、幸福感が上昇した理由のひとつとして考えられるのは、「利他的価値観の上昇をもたらし、それを契機とした寄付行動が幸福感の上昇をもたらした」というものだ。「寄付をすると幸福感が上昇する」ということは、他の実験でもわかっている。
5ドルか20ドルを、自分のためか他人のために使うというエリザべス・ダンらの実験(Spending Money on Others 2008, Science)で、学生にどの条件なら自分が最も幸福になるか予測させたところ、「自分のために20ドル使ったら幸福」と答えた。しかし、実際には多くの人が、他人のために5ドル使うほうが、自分のために20ドル使うよりも幸福度が上がる。
アリストテレスの頃は共同体が非常に強かったので、エウダイモニアは常識だった。一方現代人は物質的に豊かなため、どうしても物質的な部分に目がいき、高級品を持っていると幸福のような気がする。しかし、物質的な幸福は一瞬で持続しない。
次のように大垣教授は言う。
本当の幸福は何か別のところにあり、特に利己的でない寄付や贈答が重要だとわかってきつつある
ユニクロの例では、リサイクル活動に貢献し、Facebookやツイッターで難民の笑顔の写真を見ることで予想外の幸福感を体験してもらうことで、顧客との共同体づくりを促している。
さらに、共同体に貢献することがいいことだという価値観を持続するには、リーダーシップが重要だ。ジョン・C・マクスウェルは「リーダーシップとは影響力である」と定義しており、地位がなくとも影響力がある人もいるし、地位があっても影響力のない人はリーダーとは言えない。
大垣教授によれば、重要なのは「サーバント・リーダーシップ」(ロバート・K・グリーンリーフ著『サーバント・リーダーシップ』)だ。支配型リーダーと異なり、共同体のビジョンとミッションを明確にして、メンバーがミッションに貢献できるように仕えるのがサーバント・リーダーで、共同体作りにはそういうリーダーが重要である。
マーケティングにおいても、ビジョンとミッションを明確にできるかどうかが、成功を左右することになるだろう。
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