日本版ABMは何が違う? 外部データ活用・コンサルを拡充させたMarketo ABMの狙いを聞く
マーケティングオートメーション(以下、MA)が日本で本格的に普及し始めてから数年、新たにBtoBマーケティングの分野で注目されているのが、アカウントベースドマーケティング(ABM:Account Based Marketing)だ。ABMは文字通り、優先する企業(アカウント)に限られたリソースを配分し、重要顧客へ優先的にアプローチしていくことで、マーケティングの効率を高めようとする考えだ。米国を中心に広まっている。
すでに日本国内でABMに取り組む企業はいるが、マルケトは3月8日、日本国内のBtoB企業向けABMサービス「Marketo Account-Based Marketing(Marketo ABM)」をパートナー企業11社と協業して提供開始した。
パートナー連携によって、マルケトのMAツール上で、顧客を絞り込むための企業データベースや分析ソリューションを利用できるようになる。また、組織改革も含めたABM導入支援コンサルティングも提供する。Marketo ABMの導入はBtoB企業のマーケティングにどのような変化をもたらすのか、マルケトの福田社長とパートナー各社に聞いた。
日本企業向けの外部データベース、コンサルティングを強化
――発表したMarketo ABMについて聞かせてください。
福田氏(マルケト): Marketo ABMは、昨年10月に米国で発表されたソリューションを日本市場向けに整備して提供開始した製品です。実は、日本でのリリース以前から、マルケト社内でABMに取り組むために実装していました。
実際にABMを導入して、過去の顧客データから、利益を上げているセグメントはどこか、獲得単価が費やされている企業はどこか、契約更新率や商談期間はどうかなど、理想的な顧客プロファイル(ICP:Ideal Customer Profile)を見つけ出すことをしました。
マーケティング、ファイナンス、営業、カスタマーサポートなど、いろいろな部門の知見を持ち寄ってターゲットを決めていった。実践してみると、CRMや基幹システムにある過去データ、実際の市場データ、自社のターゲット企業と類似した企業を見つけていくためのデータが非常に重要だと実感し、日本と米国には違いがあることを感じました。
たとえば、米国は日本よりも外部データの活用サービスが発達しています。アカウントにスコアをつけるサービスベンダーの多くが、ABMとして外部データを活用しているが、日本はここが整備されていない。
また、ABMに取り組むにはマーケティングと営業の2部門だけでなく、ファイナンスやサポートなど、あらゆる部門が取り組むことが重要です。そのためには、組織作りや業務プロセスの支援も重要です。
日本でABMを展開するには、これらを整備しなくては受け入れられないと考え、国内のパートナーシップを準備してきました。今回の発表は、データを中心としたテクノロジーパートナーと、コンサルティングを提供するパートナー、計11社と日本でABMを推進していくというものです。
ABM導入には営業とマーケティングの連携が必須
――パートナー各社とは、具体的にどのような連携していきますか。
槇氏(アクセンチュア): アクセンチュアは、戦略を作り、実行に移して成果をだすことを、エンドツーエンドでサポートしています。我々はもともと、SFA(Sales Force Automation)の領域を得意としていて、営業管理の仕組みを変えることは、かなり前から手がけてきました。
しかし、ここ数年はマーケティング部門がもっと営業活動に貢献すべきと考えるようになり、MAというキーワードをトリガーに、マーケティグにデジタルを取り入れて、営業活動につなげようとする動きがでてきています。こうした動きに対して、組織間をつなぎ、成果をだすための支援をしてきました。
福田さんがお話ししたように、ABMの実行には部門をまたいだ取り組みが必要であり、ABMは部門をまたいだ取り組みを加速させるためのきっかけになると見ています。
ですが、BtoB企業のマーケティング部門は、人員も予算も限られています。また、デジタルマーケティングのスキルが十分でないこともあります。そこで我々が戦略作りからはじまり、仕事の進め方、連携の仕方、実際に何をやるべきか、その企業において必要なツールは何かなどを一緒に考え、ときには顧客の組織の中に入って伴走して立ち上げを支援しています。
約2億7,000万超の企業データベースから重要アカウントを分析
弓削氏(東京商工リサーチ): 東京商工リサーチ(TSR)は、主に与信管理向けの企業データベースおよび信用調査レポートを販売しています。ここ数年は、与信管理のマーケットだけでなく、BtoBマーケティングにおけるターゲティングでも重要性が認知されてきました。
これまでも大手企業の一部では、企業データベースを使って顧客を分析し、分析の精度を上げたり、ホワイトスペースを見つけたりしていましたが、なかなか浸透していません。TSRではBtoBマーケティングを行ううえで、企業データは非常に重要だと考えています。
TSRは国内から海外まで、2億7,000万超の事業所データベースをワンストップで提供できます。今回の連携によって、まずターゲットの顧客を分析するための「正確な企業情報データ」と「属性データ」を提供します。
企業属性データの具体的な活用法としては、TSRが保有する1つの企業に対して300以上の企業属性項目で与信管理の精緻化を図るのですが、営業・マーケティング活動に関しては、すべての項目が必要とは限りません。そこでTSRでは25の属性項目に着目して、顧客の特性を企業属性データに基づいて分析するサービスを提供しています。これは、スコアリングのモデルにも使えます。
さらに、TSRのデータベースは、販売先、仕入先など、1,000万を超える企業間の取引先情報を保有しているので、業種や売上規模をベースにどのような企業が顧客になりうるのか、スコアリングしてターゲットリストとして提供することもできます。これは、新規事業や新サービス、さらに競合対策向けアカウントのスコアとしても提供できます。
人事異動・市場環境など、顧客のあらゆる情報を知り尽くす
佐久間氏(ユーザベース): 我々は、「SPEEDA」という企業・業界情報プラットフォームを提供しています。主に金融機関やコンサルティングファームの方に使っていただいていましたが、直近2年ぐらいは、経営企画部、営業、マーケティングなど、事業会社のお客様が増えています。
経営企画部では、コンサルティングファームと活用方法が似ていて、競合分析、中期経営計画、市場環境の分析などに使っています。営業、マーケティングがSPEEDAを使うのは、まさにABMの文脈です。
1つは、ターゲティングの文脈です。SPEEDAには、約560の業界分類があり、各業界の成長性やバリューチェーンなどがわかります。自社製品がターゲットとする業界の分析だけでなく、上下左右の業界まで簡単に分析でき、各業界には実際の企業名がひもづいています。
もう1つは、ターゲットの顧客を知り尽くす文脈です。ABMの実践では、営業現場はターゲットされた顧客からの売り上げを最大化するため、顧客のありとあらゆることを知らないといけない。SPEEDAに構造化して格納されている、企業ニュース、人事異動、競合企業との比較、競争環境の変化など、顧客にひもづく定量情報・定性情報がターゲットのアカウントを知り尽くす文脈で使われています。
ただし、SPEEDAはもともと金融機関やコンサルティングファーム向けのプロダクトなので、ABMの2つの文脈では製品が最適化されていません。そこで、ターゲティングと顧客を知り尽くすという、2つの文脈に重きを置いた製品「FORCAS(フォーカス)」を4月にリリースする予定です。FORCASとMarketo ABMとの連携によって、ABMプラットフォームを一緒に作っていきたいと考えています。
パートナー連携によって目指す重点顧客からの収益最大化
――MAは、オンラインの行動履歴、各種問い合わせやCRMなど、ある程度、姿が見えている顧客をスコアリングして、ターゲットしていくものでした。ABMは、いま見えていない顧客も含めて、顧客を発掘したり、重要顧客を決めたりするものですが、Marketo ABMではどんなことができるのか。
福田氏(マルケト): ABMの世界でも、MAのスコアリングは重要ですし、活用もしていきますが、これまでのMAはどちらかというと、「認知」「関心」「検討」「購入」という、入ってきたリードから確度の高い顧客を絞り込み、検討段階が進んでいく顧客を見つけていく発想でした。
今回の連携は、その前段階、そもそもどういうお客様に売っていきたいのか、予算、営業人員をどこにアサインすべきなのか、前提となる選定をしっかりやっていくところで、非常に生かされると思います。
弓削氏(東京商工リサーチ): 私自身も、TSRでABMを実践していますが、当然、黙っているだけでは存在しないコンタクト情報は取れません。そこでまず我々がやるのが、ポテンシャルがあるアカウントを定義することです。これは、ターゲティングにつながります。
ターゲティングをした後は、営業とリストを見ながら、重点的どの顧客を攻めていくのか選定する作業が必要になります。そのうえで、優先して攻めていくターゲットが決まる。
次はそのターゲットをどう攻めていくのか、まず社内リソースを当たります。営業部門から他部門まで、組織横断的にターゲット先のコンタクト情報が本当にないのか、たとえば営業になくてもファイナンスやサポートにはあるかもしれません。そういったコンタクト情報を1つに、MAに集めます。
それでもコンタクト情報がない場合は、ピンポイントにターゲット先のコンタクト情報が取れるように、セミナー案内を送ったり、キャンペーンを行ったりします。あるいは、営業が直接訪問したり、系列会社からの紹介を探したりもする。
――日本では海外のようにアドレスのリストを買って、新規のアカウントを見つけるようなことは難しい。まずターゲットを絞り、コンタクト情報がないのがわかれば、そのためのマーケティング施策を仕掛けていく。
弓削氏(東京商工リサーチ): 個別のアカウントごとに、さまざまな戦略を練ってコンタクト情報を取得していく。これがTSRでも実際にやっていることです。泥臭い方法ですが、日本ではこれが王道です。
ABMの導入によって営業とマーケティングの連携が加速する
――営業部門には昔からアカウント営業という概念がありました。ABMの考えと混同して妨げになるようなことはないでしょうか。
槇氏(アクセンチュア): おっしゃるとおり、営業部門は顧客をランク付けして、重要な顧客については、どの部署の、どの人に、何の商材を持っていき、どのようなコミュニケーションをして、受注を獲得するのかという戦略を、アカウント単位に年・半期などのサイクルで立てていました。
これは営業視点では従来からあるアプローチですが、そこにマーケティングも参画して一緒に取り組むというのが、ABMのコンセプトです。
ここ2~3年、マーケティング部門は営業がアプローチしていないリードを営業の代わりに掘り起こし、マーケティング部門側でホットリードに育成して営業に引き渡すことをやってきたと思います。ただし、それだけでは、売上貢献の観点で十分な成果がでないことがあり、営業からするとマーケティングがやるべきことだと、役割を分けてしまっていました。
――マルケトABMとの連携で、営業とマーケの連携が加速すると言っていたのは?
槇氏(アクセンチュア): 営業部門主体で営業だけにフォーカスして改善すると、営業が作っているアカウントプランに基づいて日々の営業活動を最適化するところにどうしても目が行きがちです。
ここにマーケティングが入ってくると、マーケティングが持っている接点を使い(展示会、ホワイトペーパーダウンロード、商品紹介動画など)、営業活動のもう少し早いタイミングから行動を捕捉する活動ができます。
営業は限られた時間で最大の売り上げを獲得することを考えて活動するので、確度の低い案件には、時間を投資するマインドが働かないことがあります。そこに対して、今日いらっしゃるパートナー2社のような、企業情報データを拡充するサービスがつながることで、営業がタッチする前から確度を上げていくことができるのです。
限られた営業の時間をどこに使うのか、より戦略的なアプローチを営業とマーケティングが部門間で連携して一緒にやっていく。そのプロセスの整備と実行を支援するのが我々のミッションだと思っています。
――MAがブームになったとき、日本企業にはMAの業務経験がないから、ツールだけあってもうまくいかないと言われていた。ABMはスムーズに導入できると考えていますか。
福田氏(マルケト): よく、日本は米国と比べてどうかという話があるが、私自身は劣っていると思っていません。実際、米国のカンファレンスでも営業とマーケティングの連携が必ずテーマになります。米国でMAを使う企業でも、マーケティングが供給したリードを営業がうまくフォローしてくれないとか、組織作りはどうすればいいのか、CMOがいないといった話はある。
日本と米国の課題が同じだとはいえ、日本企業がフルにMAを活用しているかというと、そういう段階ではない。2014年、15年ごろからMAを導入して、今はPDCAの最初のCheckに来た段階だというのが私の実感です。どの企業も課題が見えてきて、次のアクションを取ろうとするフェーズにあると思う。
一方、MAの普及において、少し勘違いされていたケースもあると思っています。マーケティングでスコアが高い顧客をインサイドセールスがフォローし、営業につなぐという、一方通行のシリアルな分業体制が強調されている感があった。実は、そういう流れで来るのは全体の一部でしかない。
たとえば、新規顧客の発掘をするとき、最初は営業がコールドコールをして何とか面談にこぎつけたけど、商談にはつながらなかった。営業は一度コンタクトをやめるけれど、半年後に何かの記事を見てセミナーに参加し、やっと営業につながるようなことがある。
つまり、マーケティング起点なのか、営業起点なのかではなく、クロスして動いていくことが重要だということです。そういった点で、ABMは営業とマーケティングが、同じ目線に立ってターゲットを選定し、その間の過程も共有していくプラットフォームになる。そこに大きなチャンスがあると思います。
マルケトが3月8日のサービス開始時点で発表したパートナー企業は、記事に登場した3社を含む11社。パートナー企業は、順次拡大していく予定だ。
- Sansan
- アクセンチュア
- サイバーエリアリサーチ
- サンブリッジ
- シンフォニーマーケティング
- 電通デジタル
- 東京商工リサーチ
- 富士通
- ユーザベース
- マーケットワン・ジャパン
- ランドスケイプ
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