どうして経営陣は自社Webサイトの価値を理解してくれないのか。悩めるWeb担当者への処方箋
こんなにがんばっているのに予算も人も増やしてもらえない。経営陣に必要を訴えても必要を認めてもらえない。こんな悩みを持つWebサイト担当者は多いだろう。Web担当者Forumミーティングの基調講演に登壇した日本ブランド戦略研究所の榛沢明浩氏は「理解してもらうためには彼らに“響く”言葉や数字が必要」と主張、Web担の連載「Webのコト、教えてホシイの!」でも語った課題解決の方法を具体的に明かした。
Webサイトの価値はなぜ経営者に理解されないのか
日本ブランド戦略研究所はアンケートやユーザー行動解析を用い、主にWebに関する「サイト価値の算定」や「BtoBにおける事業貢献度」などのさまざまな調査を行い、その結果を自社サイトで発表している。これは、インターネットを通じたブランディングの可能性に対する正しい認識を広げ、Web担当者の貢献度に対し、より妥当な位置付けが与えられるようにすることが目的だ。
いまや企業Webサイトは単なる情報サイトではなく、多くの役割を担っており、今後も大きな可能性を秘めている。これらに携わる担当者が正しく評価されるようにしているのだ。
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だが、残念ながら社内でWebサイトが「電子版会社案内」や「電子版カタログ」とみなされていることも多く、ひどい場合は「収益を産まない固定費」という扱いになっていると榛沢氏は指摘する。また、組織上の位置付けも「広報」「宣伝」「情シス」など会社次第でころころ変わる。Webサイトの重要性が問われる一方、多くの企業において、そもそも経営トップレベルの意識に上がることすらないのが実態だ。
経営者の理解がないため、予算も付かず人員も配置されない、というのがWeb担当者共通の嘆きである。Web担当者が今の部所で大きな仕事をしたいのであれば、どうすれば上層部に振り向いてもらえるかを真剣に考える必要がある。
もちろんWebに理解があり、その必要性を認識している経営者も多い。例として榛沢氏は、ある企業の社長が経営陣を集めて語った言葉を紹介した。
災害が起きたとき、最も重要なものはWebサイトだ。たとえ物理的に拠点が閉鎖されたとしても、自社のWebサイトが健全に動いていれば、我が社が機能していることを確認してもらえる。
これくらい経営トップがWebサイトの重要性を認識してくれれば、予算も通り、仕事もしやすくなって大きな成果を上げることにつながるだろう。
経営者がわかる“言葉”と、経営者の好む“議論の組み立て”を意識
経営者がWebサイトについて理解を示そうとしない理由はいくつかあるが、まず言葉の問題があると榛沢氏は指摘した。
たとえば、Web業界で常識的に使われている「PV」「UU」「コンバージョン」「直帰率」「CTR」といった用語は、経営陣には理解困難であるため、「金額(単位:円)」「シェア(単位:%)」「人数(単位:人)」「件数(単位:件)」「比率(単位:%)」「順位(単位:位)」といった、経営者が理解できる用語を意識して使う必要がある。
経営者が理解困難なWeb用語 | 経営者が理解できる用語 |
---|---|
PV | 金額(単位:円) |
UU | 人数(単位:人) |
コンバージョン | 獲得などの件数(単位:件) |
アトリビューション | シェア(単位:%) |
直帰率 | 比率(単位:%) |
CTR | 順位(単位:位) |
また、説明の方法も歩み寄る必要がある。予算、人員、権限の獲得につなげたいのであれば、会社が収益を上げる仕組みのなかで、Webサイトがどのような役割を担うのか、位置付けを示し貢献度をわかりやすく説明するべきだ。
たとえば、次のような議論の組み立てである。
- 当社は市場においてこのような位置づけにある
- 優位性確保のためにWebサイトはこのように貢献できる
- そのためにこのような戦略をもっている
- この議論の対象はバリューチェーンのこの部分に関することである
上記のように、Webサイトが会社の事業収益にどのような形でどれくらい貢献しているか、結論として経営者に対してわかりやすく説明する必要がある。
共通言語としての「Webサイト価値ランキング」
経営者が理解できる指標を示すべきだとわかっていても、Webサイトの役割は業種・業態や企業戦略によってさまざまであり、指標化するのは難しいもの。そこで強力なツールとなるのが日本ブランド戦略研究所の提供する「Webサイト価値ランキング」だ。
このチャートはWebサイトの価値を経営者が理解できる「金額」と「順位」という、2つのわかりやすい単位を共通尺度にすることによって、その企業のオンライン活動が実現した価値を表現したものだ。
名前は「Webサイト価値」だが、対象は必ずしも狭い意味でのWebサイト(公式サイト)だけとは限らない。ブランドサイトやメルマガといった自社メディア上の活動、SNSやペイドメディア(広告・キャンペーン)といった外部メディア上の活動も含まれている。
調査のコンセプトは単なるPV比較などではなく、自社商品購入までのユーザーの行動推移を把握し、Webサイトがもたらしたビジネスへの貢献度を評価するものとなっている。これは「Webサイトの価値を上げるとは、消費者の行動をできるだけ高い水準に保つことにほかならない
」からだと、榛沢氏は述べる。
ユーザーに対する調査項目は、「接触」「好感」「販売」「ロイヤルティ」の4つに分類された14項目が抽出されている。
これは、Webサイトが創出する価値を「閲覧価値」「行動価値」「売上価値」の3つに分類した「Web価値創出モデル」が考え方のベースになっている。「行動価値」にはオフラインでの行動も含まれ、「売上価値」は、ほとんどの場合が店頭(オフライン)でなされる。Webサイトの価値を上げるには、より多くのユーザーにこれら「価値のある行動」を促すことが重要となってくる。
Webサイト全体の価値は上記3つの価値を合計したものになるが、そのウェイトは「売上価値」が一番大きく、次いで「情報(行動)価値」と「情報(閲覧)価値」が続く。
価値の算出方法
次に榛沢氏は、Webサイトを評価する3つの「価値」の算出方法を紹介する。
売上価値:Webサイトのユーザーが購入にいたるための貢献度を数値化
売上価値は、Webサイトのユーザーが購入にいたるための貢献度を数値化したものだ。ECサイトのようにWebサイトから購入された場合だけではなく、Webサイトを見て購買意欲が湧きオフラインで購入した場合も、売上に対する貢献として計上される。かつては雑誌などが担っていた役割だ。たとえば、自動車や住宅などは、ほぼすべてオフラインでの購入となる。
オフラインでの購買行動はアクセスログでは把握できないため、商品の購入者を対象に大規模な消費者調査を実施し、購買に至るまでの行動を尋ねている。設問項目は「Webサイトにアクセスしたか」「その後商品を購入したか」「購入時にWebサイトを参考にしたか」「その時どの程度参考にしたか」などになる。
調査結果を参考に推定購入者数(アクセスしたUU数×購入率)を計測し、さらに売上価値単価(業種別に設定)を乗算したものが売上価値となる。これは各社の財務成績に直接的に依存しない
情報価値(閲覧価値+行動価値)
情報価値は、「閲覧価値+行動価値」という2つの価値で表される。閲覧価値は「推定PV×閲覧価値単価」で、行動価値は「推定行動者数×行動価値単価」で算出される。
対象となる行動の一例は、次のようなものだ。
- 会員登録
- メルマガ登録
- Twitter・Facebook・LINEのフォロー
- ブログやSNSでの共有・投稿
- キャンペーンへの応募
- 資料請求
- 見積もり請求
- 問い合わせ
業種別に計算方法が異なる売上価値単価と異なり、情報価値単価と行動価値単価は業界共通となっている。
これらの価値の計算過程にはPVやUUを使っているが、経営陣に報告する際は一考が必要だ。もちろん報告する立場の人は調査の方法や算出ロジックをすべて理解しておく必要があるが、IT用語に詳しくない経営者には、Web業界用語をなるべく使わずに金額や順位などを共通言語として、デジタルコミュニケーション活動の総合的な成果を報告し、次になにをすべきか、そのためにはどれだけの予算が必要かをプレゼンテーションすべきだ。
事例:自動車業界のWebサイト価値評価
たとえば、自動車業界のWebサイト価値を算出すると、Webサイト閲覧のきっかけは「定期的な情報収集(33.7%)」が最も多く、「キャンペーンに応募(13.2%)」と「テレビ、新聞、雑誌(11.3%)」と続き、テレビや新聞などのマス広告で認知を獲得し、Webサイトがその受け皿となっている様子が窺える。
ここで注目されるのは日産だ。通常、ほとんどの指数は販売台数とユーザー数に比例するのだが、オウンドメディア上での行動は、日産がトヨタとホンダよりも多くなっているのだ。
これは、日産がキャンペーンを効果的に活用し、多くの会員を獲得しているところが背景になっている。アンケートで興味のある車種や、買い替え時期といった情報を取得しマーケティングに活かしているのだ。
また、Webを経由した推定来店率に関しても、日産はホンダを上回っている。これらのことから、日産はWeb上の施策から店頭に送り込むことで成果を出していると言える。
事例:ネットスーパーのWebサイト価値評価
ネット上で買い物ができるネットスーパーを提供する流通3社「イトーヨーカドー(以下IY)、イオン、西友」の調査結果を見ると、サイト経由で購入に至ったユーザーの半数を上回る人がネットスーパーを利用している。
なかでもでもIYは使いやすさに対する評価が他社よりも高くなっている。これは、Webサイトのタイトルや見出しがわかりやすいといった基本的なところはもちろんだが、同時購入数が制限されている商品を購入する際、イオンは精算画面まで進まないとアラートが出ないのに対し、IYは最初から制限以上の個数を選べないといった、実際に使ってみなければわからない細かな使い勝手の部分が練られていることが一因だ。
また、店舗をとりまく物流システムによってもネットスーパーの利便性が大きく左右される。
たとえば、ある地域では、15時に商品注文をした際の配送時間は、IYは最短で当日20時、イオンは翌日12時、西友は翌々日の10時以降となっていた。物流に関してもIYが優れていることがわかる。その結果、来店者数、カート投入者数の割合ともにIYが他2社を大きく上回っており、IYはWebとリアルが独立した存在ではなく有機的に融合しているところが大きな特徴だといえる。
Web担当者7つの挑戦
最後に榛沢は、Web担当者に経営幹部候補として挑戦してほしい7つのことを挙げた。
- 経営者との共通言語を持つ
上司に報告するときは、PVやUUなどの業界用語は使用禁止にし、共有できる言語を持つことが重要。また、アクセスログからは出てこない、ライバル企業との比較は常に意識する必要がある。業界内ランキングに注目し、上がっても下がってもチャンスに変えるという意識を持つ。
- 会社の仕組みに関心を持つ
日本企業はOJTが中心なので現在の業務に関すること以外を習得しづらい。経営者に必要な知識は意識して自己学習する必要がある。
たとえば、バランスシートの基本構造、ROAとROE、自己資本比率、キャッシュフローと会計上の利益の違い、ROIの評価方法、ブランド価値とはなにか、など経営者が意識することを学習し理解する。
- 全社レベルでの費用対効果の把握に務める
会社全体でWebサイトにいくらかかっているか意識しているだろうか。固有の勘定科目を設定し、把握できる仕組みがある会社もあるが、自分の部署でかかったコストしか把握できていないことが多い。
実際にはWebサイトには多くの人が関わっており、それなりの予算が動いているはずである。経理や会計システム関係部門の協力が必要だが、費用効率を向上させるためにも「見える化」プロジェクトを行うべきであり、それは経営陣へのアピールにもなる。
- 大きな予算を確保する
スマートフォンやアクセシビリティ対応など、すぐに収益を生むとは限らないことは後回しにされやすい。しかし、優れたWebサイトを実現するために大切なことは、大きな全体予算のなかに意識して組み込んでおくこと重要だ。
- マイルストーンを設定する
目標の設定を正しく行い、中期計画に盛り込む。多くの目標はWebサイト単独では達成が難しいものであることが多い。Web部門単独ではなく、販売・商品・IT・広報部門などと協力し、目標達成をサポートすることは十分な事業貢献になる。
たとえば、自社製品の検索ボリュームを増やしたい場合は、ブランド力や広告投下量が必要になってくる。また、新規顧客の獲得には営業や代理店の協力が必要だ。自分たちだけで達成するという目標設定は避け、Web施策が効果を発揮するように各部門を結びつけることが重要になる。
- 会社組織内におけるポジショニングを確立する
Webサイトに多くの予算を取るには、大きな予算を持つ部署の傘下に入ったり、「キャンペーンの獲得率向上のためはWebサイトが不可欠」「マスメディアでは届かない若年層にメッセージを届ける」といった、他の部署にとって頼られる存在になるといった努力が必要だ。
また、「時間帯別アクセスログから、毎回の広告キャンペーンの有効性に対する興味深い情報を提供する」など、これまでになかった新しい視点を提供するのもよい。
- 顧客を理解する
アクセスログだけではユーザーの顔は見えない。これまでもさまざまなツールを用いて推定しようとする試みが繰り返されてきたが、来訪者に直接尋ねる方が確実で納得性も高いことも多い。データを分析するだけでなく、定期的に来訪者アンケートを行うとよい。
インターネットがメディアの主役になる日
講演の最後、榛沢氏はメディアが変遷するなか、インターネットの将来を信じ、Web担当者は来るべき日に備え、経営陣を巻き込める戦略を意識してサイトの運営を行ってほしいと、次のように語った。
15世紀中頃のグーテンベルクによる活版印刷の発明から、新聞、ラジオ、テレビとメディアは変遷を続けてきた。1975年まで、日本の広告媒体の主役は新聞だったが、長い時間をかけてメディアが移り変わってきた。ネットへの主役交代はやがて起こるだろう。インターネットが主役となることを信じるかどうかが、マイルストーンの決め方とも深く関わってくる(榛沢氏)。
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