【レポート】Web担当者Forumミーティング 2014 Autumn

世界一のCS評価にふさわしいWebサイトへ、ユーザー目線にこだわった中部国際空港セントレアのリニューアル

中部国際空港セントレアのWebサイトリニューアルの裏側を発注側と受注者側の視点で公開

2013年に行われたWeb広告研究会による「第1回Webグランプリ」を受賞した「中部国際空港セントレア」。空港のおもてなしが世界的に評価される一方、Webサイトがブランド毀損の危機にあったと、リニューアルの責任者である中部国際空港の村松洋文氏は語り、制作を担当したアクアリングの吉村卓也氏とともにWeb担当者Forumミーティングの基調講演に登壇。ユーザー中心のリニューアル作業の舞台裏を、発注側と受注側双方の視点から明かした。

“世界一のおもてなし”には遠いWebサイト

中部国際空港株式会社
営業推進本部 営業企画室
村松 洋文氏

名古屋市内から電車で28分の距離にある愛知県常滑市沖合に2005年に開港した中部国際空港は、日本初の民間空港会社として知られているが、首都圏・関西圏に比べユーザーベースとなる後背人口が少ないため、旅客利用者数は年間900万人(羽田:6,300万人、成田:2,500万人、関空:1,300万人)と、思うように伸びない環境にある。

そのため同港では「盆踊り」「イルミネーション」「展望風呂」など、普通の空港ではやらない施策を実施し、テーマパーク的要素を持った「エアシティ」を目指して独自の営業努力を行ってきた。こうした、「世界最高のおもてなし」を目指した取り組みによって、空港の世界的リサーチ機関“Skytrax”や国際空港評価の“ASQ”から「CS(顧客満足度)世界ナンバーワン」の評価を獲得している。

翻ってWebサイトをみると、社内全体にWebのガバナンスがなく「Webは単に情報を提供する媒体に過ぎず、必要であればユーザーが自ら探すものだ」という考え方が根底にあった。ユーザー動線も軽視され、情報が掲載されているだけのサイトになっており、ユーザーに伝えたい「想い」や「志」を伝える「ショールーム」になっていないと村松氏は考えていた。こうした現状の一因には、リテラシーの異なる部署からさまざまな依頼が担当者に舞い込むため、その更新だけで運用が手一杯になっていたという事情もあった。

一方で空港への年間訪問者1,100万人に比べ、Web閲覧者(ユニークユーザー数)は3,600万人とWebの方が圧倒的に多いという現実があり、なんとかしないと致命的なイメージダウンになるのではないかという危機感があった。

以上のような背景から、村松氏は6年ぶりのサイトリニューアルを決意することになる。

社内の承認を得るため地道に各部署を訪問・説得

株式会社アクアリング
プロデュースグループ プランナー
吉村 卓也氏

リニューアルを行うためには、まず社内の承認を得る必要があるが、Webはだれもが日常的に使う身近なツールであり、使い方や集まる意見はさまざま、社内の多数の意見をまとめることは困難だった。また、各部署によってWebの役割・期待が違うという温度差の問題も大きい。Webの予算は付けてほしいが、社内を納得させるだけの突破口が見つからず、2年間予算が付かなかったという。

空港のおもてなしの品質とWebサービスが乖離した状況では、ブランドにダメージを与えてしまうと、危機感を抱いた村松氏は、Web担当者になったときから7年間に渡り運用に携わっており、師匠ともいえる存在のアクアリング吉村氏に相談を持ちかけた。しかし吉村氏も、村松氏の想いは理解できるが、社内事情に外部制作者が対応することの限界も感じていた。

そこで両氏は営業、総務、CS、宣伝など各部署を訪問。それぞれの部署の業務にWebをどう活用できるか、「Webに求める役割」についてヒアリングをしていく。それぞれの解決方法を示したうえで、リニューアルの必要性を説明していくという作戦を取ったのだ。

たとえば、CS部門では上長に対し現状のWebで“ラウンジの場所を探してください”と質問しました。すると彼は見つけることができなかったのです。そこで初めて、同じ不便をお客様にかけているということを理解し、この状況を改善したいので予算を付けようという気にさせることができました(村松氏)

いくら良い商品でも汚いショールームでは良さは伝わりません。社内ではなく、制作会社という客観的かつ専門的な目線で課題を抽出し、村松氏とともに各部署をまわってリニューアルの必要性を、熱意を持って説得するという、火付け役の役割を担うことになりました。そこでは単に現状サイトの問題点を列挙するだけではなく、担当者の心を動かし「自分ごと」として考えてもらうよう、さまざまな語り口を求められる仕事になりました(吉村氏)

このような地道な作業を通して、最終的には社内のコンセンサスを取ることができた。リニューアルの前の段階から制作会社を交えることは、今回のケースでは極めて有効だったという。

「要件定義フェーズ」と「実制作フェーズ」でコンペを分割して実施

リニューアルプロジェクトに際し最初に行ったことは、関係者全員の合言葉となる2つの目標の設定だ。すべての関係者、上層部、制作会社を巻き込み、迷ったらここに戻ろうと関係者全員に周知を行った。

  1. セントレアの意思が体現され感じられるサイトとする。
  2. サイトはユーザーが使うもの。最高の利便性を提供するサイトとする。

関係者の目標を1つにした次に行ったのが、制作パートナーの決定だ。今回のプロジェクトでは、「要件定義フェーズ」と「制作フェーズ」の2つに作業を分割し、それぞれコンペを実施した。

  1. 要件定義フェーズ

    サイトのあるべき姿を検討し、なにをしたいか、どうあるべきなのかを検討・整理し、成果物として“制作仕様書”を作成する

  2. 制作フェーズ

    要件定義で決定したあるべき姿を体現し、成果物として“Webサイト”を作成する

プロジェクトを要件定義とサイト制作に細分化したことには、発注者と制作会社が互いを理解し、「自社の想いが伝わるサイトを作る」という狙いがあった。制作会社に任せているだけでは、自分たちの想いが制作会社の想いにすり替わってしまう恐れがある。

また、コストや納期を重視するあまり、発注側の想いがすべて実現できない可能性もある。もちろん、コストや納期を無視することはできないが、フェーズを分けることで、「発注側の意見を正しく汲み取り実現するパートナーを欲している」という本気度を示した。

発注側と受注側がお互いを理解したうえでリニューアルに取りかかった

もちろん制作会社としては一気通貫で仕事をいただいたほうがやりやすいですが、その場合、要件定義の段階で“こういう実装だと難しそうだな”といった制作都合の考えがどうしてもちらついてしまいます。そういった事を避けるためにも、分割するという手法は有効だったのではないかと発注者目線では思いました(吉村氏)

結果として今回のリニューアルは、要件定義と制作、どちらもアクアリングが受注することになったが、場合によっては別々の制作会社に発注することになる。

ワークショップやインタビューで課題を集約・共有

要件定義フェーズでは、制作仕様書を作成する前に、社内各部署の関係者を揃えてワークショップを開催した。ワークはアクアリングがファシリテーターとなり、各部署からのヒアリングをもとに作成した印象的な課題をカードにし、それぞれ「根本的な問題はなにか」「これはWebでフォローできる問題なのか」といったディスカッションをするカードソート型で行われた。

この結果、各部署の業務課題をWebでの課題に落とし込むことに成功し、さらに「自分の業務」の解決だけではなく「自分の会社」がどのようなサイトを目指すべきかというゴールについて全社的に共有できた。また、制作会社側から見てもクライアントが納得したうえで要件定義の機能設計に進むことができたため、大変な作業だが実施してよかったとのことだ。

並行して空港利用者へのインタビューによるユーザーニーズの把握も行われた。これも通常の定量調査ではなく、制作会社が抜き打ちで空港内に入り、特定の質問ではなく「今日はなんのためにいらっしゃいました?」といったところからはじめて、興味深いトピックを自由に話してもらうスタイルで行われた。

印象に残ったのは、“飛行機の写真を撮りに来ました”という、1人で来ている若い女性を複数見かけたことです。空港施設を観光資源として使うという“エアシティ”構想は伺っていましたが、この事例を見るまでは机上の空論ではないかと思っていたところも正直ありました。空港が実際にこういった使い方をされていると知ったことで、コンテンツを作る際にも当たり前の項目だけではなく、ちょっと尖ったものを作る際のヒントにもなりました(吉村氏)

何度も空港にいらっしゃっているのに、到着ロビーにしか来たことがないというご婦人の意見も伺いました。我々としては、あまった時間を、4階にあるショッピング街で楽しんでほしいとWebを通してPRしてきたつもりなのですが、Webを見ないお客様をはじめ、浸透していないこともあると非常に参考になりました(村松氏)

また、ユーザーに直接聞けないことは、ユーザーに一番近い売り場や案内所のスタッフからヒアリングを行い、多くの具体的な事例を通して意見を集約・共有化した。ワークショップやインタビューを活用し、具体的な事例を通して意識を共有化できたことは、スムーズな要件定義の策定に役立ったといい、これらの作業を経て、次のような要件定義がされていった。

  • サイトコンセプト
  • ユーザー定義(ターゲットユーザー一覧とその優先度)
  • コンテンツ定義(セントレア各部署がWebに求めるニーズ)
  • ユーザー環境
  • アクセシビリティ
  • 情報設計
  • デザイン、マークアップなど各種要件

要件定義によって意図が明文化されているため、個人の主観によらずに議論を進めることができた。

要件・コンテンツ定義をもとに制作開始

次の制作フェーズでは、要件定義書をもとにWebサイトの設計やモックを作っていくことになる。

サイト設計の肝となるトップページとグローバルメニューの設計では、トップページの画面上部に「フライト情報」「フロアマップ」「交通アクセス」など、旅客利用者が目的の情報にすばやく到達できるパネル型のメニューアイコンを配置した。また、各アイコンの下には、セントレアの多様性を示す必要を鑑みて、「飛行機に乗る」「食べる・買う・遊ぶ」「もっと楽しむ」といった目的別メニューを採用している。

メニューにはニーズの高い情報を優先的に配置、目的別にもたどれるようにした

メニューの構成上、載せきれない情報もあったが、ユーザーが迷子になったとしても情報にたどり着けるように、ページ下部では「サイト内検索」「お問い合わせ」「FAQ」へ容易にアクセスできる動線を確保した。

制作会社が作成したトップページ案に対して、発注者側の合意が得られず時間がかかることも多いのですが、ここでは事前にしっかりと意見の共有を行ったうえでユーザー定義、コンテンツ定義を行っていたため、「ああそういうことね」とスムーズに理解してもらえました。おかげで通常もっとも時間のかかるグランドデザインが思いのほか早くできました(吉村氏)

とはいえ、すべてがスムーズな合意ではなく意見の相違もあった。たとえば、フライト検索の仕組みや、免税店アイコンの設置場所などがある。

フライト検索はプルダウンメニューと地図検索のどちらが便利?

制作側
目的地が決まっていれば検索ニーズは明確。シンプルなプルダウンメニュー検索があれば十分なはず。運用コストも抑えられる。

運営側
地図から感覚的に探すというニーズがあるのではないか。サイトはユーザーのためにあると考えれば、プルダウンだけではなく地図からも探せた方がよい。

リニューアル目標の1つ、「サイトはユーザーが使うもの。最高の利便性を提供するサイトとする」に則り、更新のしやすさよりもユーザーの使いやすさを選択。プルダウンメニューと合わせて地図インターフェイスを採用した結果、フライト検索利用者の3割が地図検索を利用している。

サイトはユーザーが使うものと考え、フライト検索にはプルダウンメニューと地図検索の両方を採用

免税店ページのリンクはトップページに必要ない?

制作側
免税店を使えるのは国際線の搭乗者だけ。免税店の情報は「飛行機にのる」ページからの動線があればニーズを満たせる。

運営者
確かに国際線搭乗者しか使えないが、案内所では「免税店はどこ?」と質問されることが多い。店舗担当者からは、「お客様にとっては空港にある店舗の1つ、通常の店舗と同様に『食べる・買う・遊ぶ』メニューでも案内するべき」と指摘されていた。

免税店も空港にある店舗の1つとして、現場の意見を聞いて商業カテゴリにもメニューを掲載。その結果、「食べる・買う・遊ぶ」ページからの流入数が「飛行機にのる」ページの2倍に達した。

商業カテゴリのリンクからも免税店ページに多くの流入があった

プロの目線で考えてしまうと、普通のユーザーの意見が抜け落ちてしまうこともあります。そういう意味で、現場担当者の声、ユーザーの声を真摯に聞くのが大事だと改めて思いました。また、他のクライアントと比べ、このような議論がとても活発に行われました。この結果が成果につながったのではないでしょうか(吉村氏)

成果が実りWebグランプリを受賞

このようにして完成したセントレアの新サイト。社内の評価は上々であったが、「ひいき目で見ているのではないか?」という意見もあり、客観的に見てもらおうとWebグランプリに応募し、前述の通り見事グランプリを受賞した。

PV数を見ても、1年間で約2割増加と訪問者の底上げが行われた。また、従来通り繁忙期ごとに訪問者数が増加するのは変わりがないが、その水準が繁忙期を過ぎても下がることがなくなった。

リニューアルによって繁忙期によらず訪問者が増加した

リニューアル後には、「同業他社にベンチマークされるというのは正直とてもうれしかった。光栄です」と吉村氏がいうように、他の空港でもセントレアのサイト構成を参考にしたようなリニューアルが行われるようになった。ある空港からは「お手本にさせていただきました」と、直接連絡があったという。

Webを使うという発想が生まれる

リニューアルによって、これまでの「Webをどうしよう」から、「Webをどう使っていこう」という発想ができるようになったと、村松氏は成果を語る。オウンドメディア化のスタートラインに立ち、今後はWebサイトをベースに、広告のほか、Facebook、Twitter、LINE@といったソーシャルメディアなどセグメントの違う経路から流入を促す施策を打っていく。

今まで“自分の家をどうしよう”という心配をしていたのが、リニューアルによって“自分の家にどう招き入れよう”という心配ができるようになったというのは、担当者冥利に尽きると感じています(村松氏)

中部国際空港セントレア
http://www.centrair.jp/

株式会社アクアリング
http://www.aquaring.co.jp/

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